軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

316話 イチゴタルトは涙味

「陛下。外務尚書から、大龍の飼育権を返還したいと申し出がありました」

「……これで、何件目だ?」

「五件目であります」

「うち一件は、お前か」

「はっ。恥ずかしながら、当家では手に余る事態となりました」

ジーベルト侯爵は、恥じ入った姿勢で深く頭を下げた。

先ごろ、龍の飼育について自薦に基づき権利が割り振られた。

農務尚書から始まり、財務尚書、軍務次官、外務尚書、果ては内務尚書まで。

最初は、大龍の飼育権を手にした者たちは喜んだ。所有権こそ王家から不動であるが、飼育する権利が有れば、龍から採れる鱗などは自由に差配できる。実に美味しい利権であり、皆が皆群がった。

だが、最初に農務尚書が自分の手には負えないと言い始め、次に権利を勝ち取った財務尚書までが匙を投げる事態に至ったことで、多くの人間が思い始めた。

これは、貧乏くじなのではないか、と。

「死者は出たのか?」

「いえ。ただし、怪我人が数名とのこと」

「死者が出てないのは不幸中の幸いなのだろうな」

大龍の飼育について、何よりも困難なのは大龍が人に懐かないということ。

より正確に言うならば、大人に懐くことが無く、若年者には懐くものの、大龍の持つ力が凄まじいため、若年者が近づくとじゃれ付かれただけで怪我をする。

大人ならば暴れられて怪我をして、大人しくさせるために子供を使えば子供がじゃれ付かれて怪我をする。どう転んでも怪我人を量産してしまう為に、育てるのは困難極まるという状況が明らかとなった。

更に、大龍を閉じ込めておくことが難しいと判明した。龍金で出来た檻ならば、魔力が蓄えられている限りは閉じ込めておける。魔力の込められた量で質量や強度が変わる金属こそ魔法金属であるからだ。軽金以上の強度を誇る龍金ならば、最良の状態であれば龍も手が出せない。数々の犠牲の上で実証されるに至った事実だ。

だが、龍は魔力を食べるのだ。どれほどしっかりと魔力を込めていようとも、何日かすれば龍に魔力を食われて檻としての強度を保てなくなる。

ならば、常に魔力を龍金に込め続ければよいではないか。

そう考えて試そうとしたのが、他ならぬジーベルト侯爵だ。

魔法使いを何人か揃え、専任で檻に魔力を込め続けさせた。

だが、魔力を使い過ぎて倒れる魔法使いが、指折り数えて両の手の指で足りなくなった時点で、不可能を悟った。どうあっても、長期間維持し続けるだけの魔法使いが揃えられない。そう計算出来てしまったからだ。

無傷で返上したのは、ジーベルト侯爵のみ。他の家は、色々と試しながらも軒並み怪我人やらを出して返上している。

最悪だったのは農務尚書だろうか。

家を半壊させられた。物理的にだ。返上する際に、農務尚書自身も骨折させられていて、事の重大性を知らしめるのに一役買ったことは甚だ余談である。

「他に、我こそはというものは居ないか?」

「一応居りますが……恐らく、飼いならすのは不可能でしょう」

物が物だけに、もしかしたら自分たちであれば上手く飼えるかも、という期待をもって、手を挙げている家は有る。

しかし、ジーベルト侯爵の見るところ、見込みは薄い。

既に、有力貴族は揃って手を引いている。傍観を決め込むことに決めたのだ。有力貴族が、可能な限り情報を集め、出来得る限りの可能性を模索した上で、手を引いた。この事実を見ても、それ以外の中小貴族が上手く御せるとは思えない。

「やはり、王家が引き取るしかないか?」

「それが出来れば理想ではあります」

「お前の見立てでは、不可能か」

「不可能とは申しません。魔法使いを毎日ダース単位で使いつぶす覚悟があるなら、可能です」

「実質不可能ではないか」

魔法使い以外でも魔力を持つ者は多いが、やはり魔力量という意味では魔法使いが一番多い。その魔法使いを一番多く抱えている家は、王家だ。

王家の抱える魔法使いをフル活用すれば、龍を飼いならすことも、閉じ込めておくことも、出来るかもしれない。計算上は出来ると内務尚書は言う。計算するのは内務貴族の十八番である。

しかし、王家の抱える魔法使いは、皆が皆有益さを認められている魔法使い。魔法を使って欲しい場面は幾らでもある為、たかが龍一匹の為に何人も使い物にならない状態にさせてしまうのは国家の損失である。

「……やはり、手は一つしかないと思いますが」

「返す返すも残念だ。あそこには負担をかけてばかりだ。何か報いてやらねば」

国王は、深く懊悩するのだった。

◇◇◇◇◇

その日、モルテールン家に大龍がやって来た。

「ピー助!!」

「ぴゅい!!」

厳重な龍金製の檻から飛び出したがって動いていた金属色の生き物は、ペイスを見つけると檻を壊さんばかりに騒ぎ出した。

「待ってください。すぐに出してあげますから」

檻を開けた瞬間。ピー助は、ペイスに飛びついた。

大きさ的には 子犬(パピー) 程度であるにも関わらず、ペイスに与えた衝撃はかなりのものだった。並みの人間ならば骨の何本かは折れていたはずの衝撃。

しかし、事前に予想済みだったペイスは、力を上手く受け流して、可愛い家族を受け止めた。

「お帰り」

「きゅうぴゅい」

ペイスの腕の中、必死に鼻先を擦りつけ、甘えた様子を見せる大龍。

「結局、騒動を起こすだけ起こして、何も変わらず、ですかい」

「そうではありませんよ。ピー助が、名実ともにうちの子になりました。神王国の全貴族がそれを認めたのですから、これからは隠す必要が無くなります」

紆余曲折があった。幾つかの貴族が大損をこき、幾つかの貴族が後釜をしくじり、幾つかの貴族が大けがをした時点で、モルテールン家しか御せないという結論がでたのだ。

これは大きい。

今後はモルテールン家が“王家の所有する大龍”を飼育しているという事実は公表される。つまり、大龍に何かあれば。例えば誘拐されるなどと言うことが有れば、それ即ち神王国全体を敵にするということである。

大手を振って、大龍を育てることが出来るとあって、ペイスはピー助の頭をくりくりと撫でまわす。撫でられた方も甘えた声を出しながら嬉しそうである。

「これから、その子はどうするんです?」

「一応は僕の傍で育てるつもりですが……他の人間に徐々に慣らしていくつもりです」

「いずれは、坊が居なくとも育てられるように、ですかい?」

「ええ。理屈ではそれが正解というのが明らかですから」

モルテールン家において、ペイスは唯一無二である。他に替えの利かない能力を幾つも持っているし、立場としてもモルテールン家次期当主という地位だ。余人に代えがたいのは誰の目にも明らか。

大龍は、大変に貴重であり、重要な資源の生産に欠かせない。動くお宝であり、歩く金貨だ。それがペイスに懐いていて、モルテールン家のみが飼育に適するというのは朗報だろう。どう転んでもモルテールン家のメリットに繋がる。

しかし、大きな利益になるからと言って、大龍にペイスが付きっ切りで居るのも拙い。替えが利かないのは先の通りなので、ペイスがフリーで動けるようにしておくのもモルテールン家としては重要なことである。

理屈ではペイスも分かっている。

問題は、感情的にどうか、だろう。

「……どうしようもない親馬鹿になるってのは、親譲りですかね」

「どういう意味ですか?」

「そういう意味ですぜ」

モルテールン家の初代は、自分の子供を溺愛する親馬鹿だった。とにかく子供を大事に育て、分不相応と思えるような教育もし、子供のことは目に入れても痛くないほど可愛がっていた。

勿論、子供というのも個性が有るし、それぞれに手を焼くことはあった。特に末っ子に関しては騒動が服を着て歩いているような息子だ。頭が痛い思いをしたことは数えきれない。

それでも、愛情だけは常に欠かさず、今もなお社交の場に出るたびに息子の自慢をするのがモルテールン家の子爵閣下だ。

親馬鹿が遺伝していても不思議はねえ。とシイツはしたり顔で頷く。

「非常に不本意な評価ですね」

「その子ドラを猫可愛がりしてて、不本意も何もねえでしょう」

抱えた大龍の鳴き声に、ペイスは反論を諦める。

「僕はこの子には厳しく教育するつもりですが、それよりもまずするべきことは、お披露目でしょうか」

「お披露目、ねえ」

「領民にも広くお披露目して、この子が賢くて害の無い存在だと周知しなくてはなりませんから」

「害のない?」

「そうですが、どうかしましたか?」

貴族を数人病院送りにしておいて、無害と言い張るペイスの面の皮の厚さたるや、シイツは改めて驚くばかりだ。

「いきなり大龍がお友達になりますってんじゃあ、領民が驚くでしょうぜ」

「それもそうですね。まずは改めて身内からの周知でしょうか」

「そりゃそうだ」

領民に広く宣伝する前に、モルテールン家の家人に改めて大龍の紹介をすべき。

特に、ペイスの妻たるリコリス。彼女はペイスにとって最も身近な存在である。つまり、ピー助がペイスの傍にある限り、ピー助と最も接する機会の多い者ということである。

最初に報告するべきなのは間違いない。

「じゃあ、早速お祝いをしましょう」

「お祝い?」

何言ってんだ、という気持ちを言外に込めたシイツの問い。

周知徹底を図るという話が、何をどうとち狂ってお祝いという話になるのか。

「最初は、普通の報告で良いかと思ったんですが」

「それで良いでしょう」

「ピー助がうちの子になるというなら、味気なさすぎるじゃないですか」

「そんなもんですかい?」

やはり、親馬鹿か。

シイツの心中は、親馬鹿二世の誕生を祝福する気持ちでいっぱいである。勿論、祝いの言葉にはデカデカと「俺の苦労を増やすんじゃねえ」と添えてある。

「ピー助の好きなものでご馳走です。イチゴ三昧です!!」

「はい?」

そして、更に意味の分からないことを言い出した。

イチゴというのは、研究所から強奪してきた貴重な研究材料のはずである。それをよりにもよって、龍の餌にすると抜かし始めた。

「まずは、イチゴタルトから。さあ、忙しくなってきましたね!!」

うひょう、とピー助を振り回しながら、領主館の厨房に向かうペイス。

それを見送るシイツは、呆れるほかない。

「ま、元気になったなら良しとしますかい」

ペイスの頬に嬉し涙が光っていたことを、シイツ従士長は心の中に仕舞っておくのだった。