軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

312話 別離

世の中にとって幸いなことであるかどうかは人によるが、一応は幸運なことにペイスの容体はすぐにも回復した。元々魔力を使いすぎるということに関しては、モルテールン家にはある程度の知見があったのも回復が早かった要因の一つだろう。モルテールン子爵カセロールは【瞬間移動】を使い、従士長シイツは【遠見】を使うのだ。どちらもいざという時は頻繁に使うし、使えば使えるだけメリットがあるのだ。若かりし頃は無理をして魔力が足りなくなったことなど何度もあった。

一方ペイスは、生まれ持った魔力が膨大なこともあり、魔力不足というのは殆ど初めての経験だったのだ。

普通の魔法使いであれば、最初に魔法を授かったあたりで使いまくって一回は経験することなのだろうが、今更になって経験することになったというだけペイスの騒動癖は健在である。

「すっかり、坊も元気になったな」

「ええ。元気になり過ぎてますね」

元気になったペイスが、まずやったことは勿論厨房に行こうとして部下に捕まえられることである。

お菓子が、スイーツが僕を呼んでいるんです。などとほざきやがる輩を、二人掛かりで執務室に連行。今は仕事の方が優先に決まってるだろうがこの菓子ボケ、という説教と共に軟禁された。

目下、モルテールン領の政務は忙しさに拍車がかかっている。通常の政務だけでも普通の領地以上に仕事が有る上、龍の機密保持対策に常以上の警備体制を敷いているのだ。外に出ている人間も呼び戻しての厳戒態勢。非常時に決断を下せるトップが不在など、洒落にもならない。

更に、大龍関連の研究で、ペイスの人身御供の甲斐もあって著しい進展が見られたのだ。追加の研究、派生の研究、改めての追研究などなど、機密の塊がダース単位で産まれている。

ペイスが居ると居ないとでは、仕事の進み具合が雲泥の差なのだ。

シイツ従士長としても、やむなく、嫌々ながら執務室にペイスを軟禁しているのだ。素晴らしい笑顔で。

「仕事が減りません」

「口よりも手を動かして下せえ。とりあえずそこにある奴片付けりゃ、急ぎの仕事は終わりですんで」

そして幾日かのペイスの奮闘の甲斐もあり、晴れて幾ばくかの気晴らしの時間を捻出できた。

時間が出来たとなれば、ペイスはお菓子作りや妻との語らい、或いはペットまがいの動物との触れあいで心を癒す。

今日は、一応は大龍の教育という名目。ペイスはピー助を連れて人目の無い荒野に来ていた。

一緒に連れてこられた部下たちは、少々呆れ気味だ。口の悪い連中に至っては、もう少し大人しくしててくれた方が良い。何なら首から上が動くなら寝たままで良かったとまで言うほどである。

「行きますよ。それっ!!」

「ぴいっ」

ペイスが、小さい御手製の布ボールを遠くに投げる。距離にして二十メートルは飛んでいるので、中々良い肩だ。伊達に体を鍛えているわけでは無い。

特筆すべきは、そのボールを追いかけているのが、体長がバレーボールほどに大きくなった龍ということだろうか。

前足というのか何というのか。両手と 思(おぼ) しきものを被膜と共に動かしながら、更には首を上下に揺らしながら走っている。尻尾もふりつつ。

サイズを勘案しなければ、中々にユーモラスで愛らしい爬虫類の動きであろう。

飛んで行ったボールを咥え、ペイスの元に戻ってきた龍の子。その頭を撫でながら、ペイスはボールを受け取った。

「良く出来ました。はい、ご褒美です」

「きゅきゅぅ」

ペイスが与えるのは、飴の欠片。勿論、魔力がふんだんに込められたものである。

目下、ペイスが忙しい時間を押して龍と遊んでいるのは、ここに多分な意味合いがあるのだ。

魔力を“食われ過ぎ”て倒れてより、大至急行わねばならなかったのは“人間の魔力を直接食べる”ことを、間違っていることだと教えることだった。そうでなければペイスや、或いは他の人間が魔力を食われて軒並み倒れることになりかねない。

そこで、モルテールン家としては頼もしき縁戚に助力を乞い、龍の躾けトレーニングを何とか急ごしらえで作り上げた。

それに従い、ペイスが餌で無いことと、餌はちゃんと貰えることを教え込んでいるのが今だ。

躾けトレーニングの方法で参考にされたのが、狼の躾け方と、熊の躾け方と、蜥蜴の躾け方と、鳥の躾け方である。それぞれやり方は異なるし、知能レベルも全然違う。どれが大龍の躾け方に一番近しいかなど、この世の誰も知らない。

しかし、全てに共通するのは“反復”が重要であること。

まずは、餌を餌であると教える訓練に始まり、餌を貰える行動を体に覚えさせる。更には望ましくない行動をした時にはちゃんと叱る。

試行錯誤を繰り返しながらのチャレンジ。

ペイスが引きこもったまま訓練をしていては、“ペイスが餌”という認識を持ったまま躾けられてしまうかもしれないという懸念から、ペイスが直々に躾ける必要がある。そういう結論が、猛獣飼育のエキスパートであるハースキヴィ家から齎されたのだ。

シイツなどは仕事が滞ると渋い顔をしたが、かといって代案があるわけでも無し。今のところ、遊んでいるとしか思えないペイスの行動も、黙認せざるを得ない状況である。

「食べ過ぎては駄目ですよ。ではもう一度、それっ」

「ぴぃっ」

もう一度投げられたボールは、綺麗な放物線を描きながら遠くに飛んでいく。

羽をぱたぱた、しっぽをくねくねさせながら、とてとてと走ってボールを取って来るピー助。見守るペイスはとても純真な笑みを浮かべている。

ボールを咥えて戻ってきたところで、頭を撫でながらまた飴を一欠けら与えた。

「良い子ですねえ。はい、ご褒美です。美味しいですか?」

「きゅっきゅう」

まるで人間の言葉が分かるかのように、ペイスの言葉に反応する大龍。

魔力の籠った飴を貰ってご機嫌なピー助は、尻尾をびたんびたんと動かした。そして地面が尻尾の形に抉れる。

「ピー助は本当に賢いですね」

「きゅい」

尻尾の一撃で地面が抉れていることなど、龍が大人しくボールを取ってくるようになったことに比べれば些細なことである。

ペイスは、大龍とのスキンシップを楽しんでいた。

「あはは、くすぐったいですよ。よしよし」

ピー助が、チロチロと細長い舌をだしてペイスの顔を舐める。

これが捕食活動なのか、或いは親愛故の行動なのか。

少なくともペイスは親愛行動と受け取ったらしく、気にすることなくスキンシップを続けた。

「あれが、ドラゴンってのが信じられねえ」

「そうですね」

シイツ従士長と部下のプローホルは溜息をついた。

ペイスの肝の太さは今に始まったことではないが、成長すれば人間をダース単位、小隊単位で食う化け物をあやしているのだ。他の人間においそれと真似のできるものではないと、感心するしかない。

そもそも、今のペイスの朗らかで闊達な様子と、明らかに懐いている大龍の様子とを見れば、本当に目の前の生き物が伝説に謳われた大龍であるのかも怪しくなってくる。

「どう見ても、犬じゃねえか」

シイツから見てみれば、尻尾を振ってじゃれついている時点で犬である。

「犬より賢いみたいですけどね。ハースキヴィ家の見立てで」

「ハースキヴィの連中も災難だよな」

「本気で逃げてましたからね」

「そりゃ逃げるだろ。腐っても龍だぞ?」

「まあ、そうなんですけど」

大龍の躾けをしなければならないという話が持ち上がった際、ハースキヴィ家に助力を乞うという点については早々に結論づいていたし、異論も無かった。既に以前、熊の調教について助力を乞うた実績も有るし、獰猛な獣の扱いについては一家言ある家だからだ。

しかし、大龍を直接躾けて欲しいという要望は、ハースキヴィ家から勘弁してほしいと泣きが入った。

実際に大龍を見てみたい、などと言っていた嫁も居たらしいのだが、ハースキヴィ家当主は流石に自分の手には余る事態だと困惑すること頻りであったという。

失敗すれば食われるかもしれない。或いは、調教に不備があれば王家が関わるだけに物理的に首を飛ばされるかもしれない。

ペイス程のクソ度胸を持てなかったハースキヴィ家では、躾けるための知恵は貸しても手は貸さない、という結論をモルテールン家に伝えていたのだ。

それも仕方ねえ、と溜息をつきつつ、シイツは空を見上げた。

そして、どうやらそこそこの時間が経過してることに気付く。

「坊、そろそろ会議の時間ですぜ」

「分かりました」

これで仕舞いだと、ペイスは真上にボールを投げあげた。

それが終わりの合図だと既に覚えているピー助は、ひと際張り切ってボールを見つめ、更には落ちてくるところをダイレクトにキャッチして見せた。

「うん、上々です」

ペイスは、大龍を専用の小屋に連れていって、そう呟いた。

この小屋、何と総龍金製である。正しくは、龍金の網で骨組みが作られた壁で出来ている。

ただの鉄では簡単に脱走されてしまうという事実から、試行錯誤の末に作られた大龍小屋なのだ。

龍金に魔力が自然に溜まるものなのだが、それを片っ端から食っているのが中の龍。しかし、魔力の空っぽの龍金は、近接或いは接触すればそれなりに強い吸引力で魔力を吸おうとする。

龍が魔力を吸おうとする力と、龍金が魔力を蓄えようとする力。それが、ある程度の量の龍金で釣り合うことが判明。この檻が作れるのはモルテールンだけである。とりあえず、継続的に魔力を込めさえすれば閉じ込め続けられる劣化版の檻も有るのだが、それは王家に販売予定。

取り急ぎ、やっと龍を閉じ込めて置ける場所が完成したという訳だ。

ただし、日に日に龍は成長しており、建て増しを何度か行っているという話もあるのだが。

「しっかし、大きくなりましたね、ピー助」

「ええ、そうですね」

小屋のサイズは、既にちょっとした倉庫ぐらいはある。ソフトボール程の大きさであったものが、既に小型犬ぐらいの大きさにはなっているのだ。

成長著しいとはこのことだろう。

ピー助の成長を、ペイスだけは喜ばしいことと受け取っていた。

他の連中は、厄介さが日に日に増していくのだから、いつ暴れ出すかと戦々恐々としている。

そんな部下の懸案もなんのその。

ペイスは、会議室に部下たちを集め、会議の開始を告げる。

「それでは会議を始めます」

最初は、定期報告から。

案の定、龍の秘密を狙って有象無象がやって来ていたことであるとか、臨時支出があったためにモルテールン家の樽貯金が幾ばくか減ったことであるとか。

しばらくいつも通りの会議が行われた時。

もう報告事項も無かろうと、皆が帰り支度を意識し始めた時だった。

「そして最後に。ピー助とのお別れについて、話すとしましょう」

ペイスの、若干言いよどんだ発言に、皆の気持ちも大きく揺さぶられるのだった。