軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

299話 ドラゴンエッグの異変

モルテールン家王都別邸。

常日頃はひっそりと息を潜めるような雰囲気のある場所が、物々しい警備に囲まれていた。

警備しているのは、いつもは街の治安維持を担当する第二大隊の面々。常日頃から厳しい訓練を受け、実戦も何度か経験している精鋭中の精鋭部隊だ。数にして三百人程の猛々しい連中が、屋敷をこれ見よがしに取り囲んでいるのだ。素人目でもただことでないと分かるだろう。

元々中央軍は、昨今の体制変革を受けて八つの部隊編成に改められている。本当に危急存亡の際に備えて、第一大隊は基本的に王都から動かないことを思えば、王家が抱えている実戦戦力の、中心となる精鋭の七分の一を動員していることになる。

幾らモルテールン家が有力な貴族であろうとも、明らかに異常な警備体制だろう。

父親に呼び出されて、王都まで【瞬間移動】してきたペイスは、まずこの過剰ともいえる警備体制に不審を持った。

「父様、一体何事ですか」

開口一番の質問が、やや詰問調であったことも、ある意味では驚きと不審の意味合いが強いのだろう。誰の目にも明らかな異常事態だ。至急の説明を求める気持ちは誰でも同じだろうし、ペイスも例に漏れない。

愛息子の疑問に対して、鷹揚に頷いたモルテールン子爵カセロール。

「実は、お前から預かった龍の卵のことでな」

先日、放火騒ぎのあった後に、改めて龍の卵はカセロールの手元に預けられていた。

それを使って幾つかの策謀が動いたりもしたのだが、いずれ王家に献上することになっている以上、モルテールン家としても出来る限りの防衛措置を行っていたはずである。

父親の顔色を見て、ペイスはある程度のことを察した。

「この物々しい警備は、龍の卵を守る為のものですか?」

「そうだ。カドレチェク閣下が一隊を預けると言われてな」

中央軍を動かしている以上、中央軍トップのカドレチェク公爵が何がしか関わっていることは明らかだった。

彼の御仁が精鋭部隊を預けてまで何をしようというのか。考えてみれば答えはすぐに分かる。龍の卵を守っているのだ。

「……つまり、例の提案をお採り上げになったということでしょうか」

「そうだ。お前の発案を受け入れ、王都内に盛大に噂がばらまかれた」

「噂が流れていることについては、ついさっき、ダグラッドから聞きましたよ」

放火犯が出た、窃盗犯が出た、とあえて大きく騒ぎ、軍を動かして検問による封鎖を行う口実とする。その上で、窃盗犯を捜索するという名目で大々的に人を動かす。

本来であれば 不可触(アンタッチャブル) な場所にも、大義名分を掲げて堂々と捜査し、結果として外国のスパイが芋づる式に捕まったらしい。更には、スパイと繋がりのある貴族も結構な数で検挙されているということだった。

普段であれば、外国人と金銭の授受が有るぐらいのことは罪でも何でもない。一定程度の金銭や財宝を対価に便宜を図る程度のことは、貴族であれば大なり小なり誰でもやっている。

しかし、今回は内々にではあるが国宝級に内定していた王家の宝を盗んでいる。これは流石に反逆罪にもなることであり、関わっていれば無罪などあり得ない。

などと言う実に都合のいい錦の御旗を手に入れた軍家閥は、今も主に外務系の貴族に狙いをつけて、追い落としにかかっている最中だという。

余計な藪をつついて 蛇(ペイス) を出してしまった聖国は、外務系の神王国貴族の恨みも買ってしまったことになる。勿論、恨みの一部が聖国に向けられるにせよ、主たる憤怒は軍務系貴族に向けられるだろうが、年がら年中政争している間柄では今更だ。

「それで、こんな警備を?」

「いや、それとは別だ」

目下の厳重警戒態勢は、後ろ暗い所を探られている貴族たちの襲撃を警戒してのことかと思っていたのだが、あてが外れたペイスは一層怪訝な気持ちになる。

「また卵が盗まれでもしましたか」

「まさか、そんなことをされてしまえば、私は面目丸つぶれだぞ」

「では、何が?」

もしも、また卵を盗まれていたのならこの警備も分かるが、そうでもないという。

こうなってくると、如何にペイスでも理由が分からない。お手上げだ。

「……まずは、見てもらった方が早い」

しばらくの間、何がしかの説明をしようと葛藤していたカセロールだったが、おもむろに動き出した。

ペイスを連れて、屋敷の奥に進む。

「ここだ」

連れ立って来たのは、お屋敷の中で最も厳重に守られている部屋。

ペイスに曰く秘密の部屋、シイツに曰く悪趣味部屋、従士の間には金庫室と呼ばれる部屋だ。

壁は三重構造の上に金属板が挟み込んであり、窓も無いという頑丈さ。物理的に屋敷が潰されたとしても、この部屋だけは残るだろうと建築者が豪語したほどの堅牢さを備えている。

また、貴重な軽金やモルテールン家のみで作られる龍金といった素材もふんだんに使われていて、魔法対策も完璧。

これらの対策は、放火事件を受けて更に強化されていた。

ペイスやカセロールでも、この部屋の中のものを盗み出すのは限りなく不可能と結論付けた部屋である。

コンコン、と部屋の分厚い扉をノックする。

すると中からくぐもった声の返答があり、合言葉を問われた。

「合言葉を」

「『手に剣を持ち、胸に誇りを持ち』だ」

「どうぞ」

がちゃり、がちゃりと、幾つかの鍵を開ける音がしたのち、ゆっくりと扉があく。

「コアン、異常はないか?」

「……異常しかない、と答えた方が良いですか?」

「いや、すまん。俺が間違っていた。例の異常事態以外は、問題ないか?」

「はい」

部屋の中から鍵を開けたのは、モルテールン家でシイツ従士長に並んで古株のコアントローであった。

明らかに警戒した様子で扉を開けるものだから、思わずペイスも身構えてしまったほどだ。

そして、カセロールとコアンの間のやり取りも気になる。

異常が起きている、と明確に認識している状況のようだ。つまりは、これこそ自分が呼ばれた理由なのだろうと少年は察した。

部屋に入ったところで、異常の原因はすぐに分かった。

「きゅう」

龍の卵が有るはずの場所から、明らかに場違いな生き物の顔が覗いている。

大きさは、十センチほどだろうか。小ぶりのホールケーキ程度の大きさのように思える。

色合いは、鈍色。シャボン玉でも膨らませたように、虹色と呼べる色合いが見て取れるものの、銅板でも磨いたような金属光沢も感じられるだけに、どこまでいっても非生物的な色合いにしか見えない。

姿かたちを言うのであれば、刺々しい頭のトカゲというのが相応しいだろうか。

眼だけはつぶらでキラキラとしているだけに、愛くるしい雰囲気もある。

こんなもの、思い当たる単語は一つしかない。

「ドラゴン、ですね」

「ドラゴン、だ」

そう、 大龍(ドラゴン) である。

しかも、よく見れば卵の殻が散乱しているではないか。二階から堅い地面に叩きつけても割れず、トンカチで叩いても罅すら入らなかった卵が、割れている。

「これはまた、どういうことでしょう?」

割れた卵の殻が散らばっていて、どう見ても龍としか思えない小さい生き物がいて、おまけにその場所が人の出入りなど碌に出来ない厳重管理区域とくれば、何があったのかを類推するのは容易い。

誰がどう考えても、龍の卵が孵ったと考えるのが至極当然だろう。

ペイスがどういうことかと尋ねたのは、卵が孵ったのかどうかを聞いているのではない。その先を聞いている。卵が孵った事実は事実として受け入れる。その上で、どういう過程を経て卵が孵るに至ったのかという説明を求めているのだ。

「さてな。これはと思う推測は有るが、確実ではない」

「なるほど」

壊すに壊せぬ不壊の卵が、 如何(いか) にして孵ったのか。

元々、モルテールン家としては卵をそのまま献上してそれまでのつもりだった。卵を孵すつもりなど欠片も無かったのだ。

故に、孵卵器を使うようなことも無かったし、卵を温めるようなこともしていない。

にもかかわらず、卵が孵化してしまった。

一体、何が原因だったのか。

明確な答えなど、カセロールも分からない。もしかしたらと思えることは有るにしても、不確かな推測をここで語っても意味がないと判断する。

問題なのは、卵が孵った原因ではない。孵ってしまった卵と、そこから生まれたであろう子ドラゴンをどうするかだ。

ペイスは、ドラゴンの赤ちゃんと思しき生き物に近づき、そっと手を伸ばす。

「気を付けろ!!」

「分かってますよ、大丈夫です」

得体のしれない生き物。それも、散々に人間を食い散らかした巨大生物から生まれてきたと思われる生き物だ。いきなり襲い掛かってくることも十分にあり得るし、何なら毒を持っているかもしれない。

ペイスとて危険性は十分に分かっているが、それでも誰かがやらねばならないことだ。ゆっくりと手を伸ばしつつ近づき、いよいよ指が赤ちゃんドラゴンの顔の傍にかかりそうになった時。

「お?」

「あはは、くすぐったいですね」

赤ちゃんドラゴンは、伸ばされたペイスの指をペロリと舐めた。

そのまま頭やあご、と思われる場所を優しく撫でるペイス。

大人しく撫でられるままになっている龍の様子を見ていたカセロールやコアンは、ほっと安堵の息を漏らした。とりあえず、ドラゴンが誰かれ構わず襲い掛かり、人間を餌にするような様子は見られなかったからだ。ペイスの指が齧られでもしていたら、ドラゴンを処分する可能性だってあったのだ。

最低最悪の事態は避けられた。いざという時は【治癒】の魔法が使えるペイスだからこそ果断に出来たことだろうが、触れても大丈夫だろうと判明しただけでもお手柄だ。息子を呼んだ甲斐があったとカセロールは思った。

「しかし、お前にやけに懐いているな」

「この手の動物は、最初に見た動くものを親と思うはずなんですが、どういうことでしょう」

試しにとばかりに、コアンがそっと指を近づけようとした。

ペイスの時と同じようにゆっくりと動かしたにも関わらず、赤ちゃんドラゴンは指から逃げるそぶりを見せる。ペイスの時とは明らかに違う反応だ。

コアンが、そのまま触れるまで強引に動かそうとしたところを、カセロールが止める。ここでペイスに懐いたというなら、下手に嫌がる真似をして人に危害を加えるようにしてしまうのは悪手だろうとの判断からだ。その間にも、ペイスは赤ちゃんドラゴンを撫でながらそっとすくい上げ、胸の中にかき抱いた。

息子が無事にドラゴンを抱き上げることに成功したことで、カセロールとしても王城まで運べる目途がついた。ならば、これ以上は王城に持って行って、他の連中に押し付けるべきだろう。

「そうですね、すぐにでもこの子をお偉い方々にお見せしないと」

その場の全員による満場一致で、厄介ごとの押し付けが決まった。

「しかし、いつまでもドラゴンと呼ぶのも拙いな。どこに耳があるか分からんのだし……」

目下、モルテールン家は多くの耳目を集めている真っ最中である。

そんな中で、『ドラゴン』だの『こどもドラゴン』などと、内容がモロバレの呼び方をして会話するのも拙い。誰が何処で聞き耳を立てているかも分からない現状。それでなくても色々な人間が警備の為に出入りしているのだ。情報は、洩れると考えていた方が良い。

そして、情報が漏れてしまったならば、何が何でも押し入ろうとする不逞の輩の数は倍増すること間違いない。

防げるものならば防いでおきたいと考えるのは当然だ。

「とりあえず、名前でも付けてみますか?」

「そうだな。何かいい案があるか?」

身内だけで通じる符号を使う手も無くはないが、それならばいっそ名前を付けてしまえばいい。

ポチやタマと名前を付けて呼んでいれば、会話が漏れてしまったところで犬猫のことだと勝手に勘違いしてくれるはずだ。恰好良すぎる名前はいけない。どんな生き物かと興味を持たれてしまう。

そう考えて、ペイスにドラゴン命名権を与えたカセロール。

しばらくの間考え込んだペイスは、おもむろに子ドラゴンに向かって呼びかける。

「じゃあ、ピー助で。あなたはピー助ですよ!!」

「ぴゅい?」

小さなドラゴンは、どこか嬉しそうに鳴き声をあげるのだった。