軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

297話 復活の卵

件の事件が一応の決着を見た後、ペイスは王都別邸に戻ってきた。

「プリンを作りましょう!!」

そしていきなり、いきなり宣言しだした。

「あ゛あ?」

仕えるべき主君の息子に対し、一の重臣たるシイツ従士長は、ドスの利いた低い声ですごんで見せる。

お前は何を言ってるんだという気持ちが、ご丁寧にラッピングされたドス声だ。

「あれ? 父様はどうしました?」

「王都とあちこちを飛び回るのに、今忙しいんですよ。誰かさんの尻ぬぐいで」

「それはそれは。勤勉な父を持って、僕は誇らしいです」

うんうん、と頷く少年に、相も変らぬ図々しさと太々しさを感じるシイツ。

彼は、自分の仕事をこなす為に、ペイスを防諜の出来る部屋に引きずって連行した。

少々どころでは無いフラストレーションが溜まっていたのだろう。

「坊、とりあえず聞きたいんですがね」

「ええ」

「……盗まれた龍の卵、泥棒から取り返したんですかい?」

モルテールン家の大番頭は、真っ先に一番重要なことを聞く。

「その質問ならノーですね。泥棒さんからかっ 剥(ぱ) いできたのは、大量の卵と金庫の中身です。見てください、聖国方面から南の海図まで手に入れたんです。お手柄でしょ?」

「んなこたどうでもいいんでさあ。俺らが龍の卵を盗まれっぱなしなら、根回しも何もかも台無しじゃねえですか。大将の顔も丸つぶれだ!」

シイツの言葉には、この上ない焦りがあった。

それもそのはず。モルテールン家が、こともあろうに王都で献上品を盗まれたのだ。これを円満解決しないことには、方々に迷惑がかかるし、最悪の場合はモルテールン家が何らかの罪を問われる事態になりかねない。

世の中には難癖をつけてでも他人を貶めたいという人間は大勢いる。特に宮廷貴族辺りは日頃からその手の足の引っ張り合いに終始しているだけに、他人を蹴落とすのが得意だ。

屋敷の管理体制が甘かった、貴重な物の管理が悪かった、王都で揉め事を起こした、軍まで動かして成果が無かった。色々といちゃもんはつけられる余地がある。

だからこそ、ペイスが直々に動いたのだろうし、カセロールも裏方に尽力した。

にも関わらず、呑気な声でスイーツを作りましょうなどと言われれば、幾ら自称温厚なシイツ様でも怒りが湧くってもんでしょうと、従士長はペイスに詰め寄った。

「それなら安心して下さい。外務官が間に入って、正式に条文も交わして契約しましたから」

「いや、でも……結局してやられたってんでしょうが?」

かくかくしかじかと経緯を説明したペイスだったが、シイツの顔色は晴れなかった。

問題は、形式として外交問題にならないということではない。戦争を未然に防いで国益を守ったというなら、それは外務閥の手柄だ。犯人を結局証拠不十分で解放せざるを得なかったことや、盗まれた品を取り返すことが 能(あた) わなかったことは、軍家閥としては大きな、そして手痛い失敗である。

「金庫に入っていた卵が聖国の何処かに持ち出されてしまっていたのは間違いないでしょうね」

「なら……取り返さねえと」

盗られたものは取り返す。

それが出来て初めてメンツが保たれる。シイツの言い分は、ペイスとて正論と認めるところだ。

「……シイツ、聖国の狙いは何だったと思いますか?」

「龍の素材を手に入れることでしょう」

「ええ。それで、彼らは我々から“金庫に入れられた卵”を盗み出した」

「はい」

含みのあるペイスの言葉に、勘の良いシイツは何かあると気付く。

「我々としては“龍の卵”を守り、“盗まれたものを取り返した”という事実が必要ですね」

「ええ」

「ならば、我々は勝利した」

どや顔で断言して見せるペイスに対し、おおよそのことを察したシイツだったが、それでも詳細な説明を求めた。

「どういう意味ですかい?」

「彼らは確かに、金庫に入っていた卵をまんまと持ち去った。実に見事な手際でした」

「ええ」

「では龍の卵は今どこにあるでしょう」

「……聖国ではないと?」

「はい。実はここに」

「え?」

ペイスが、どこからか卵を取り出した。

ダチョウの卵か、何ならスイカ程は有りそうな大きさのそれを、ドンとシイツの目の前に置く。色合いどころか大きささえも“聖国に持ち去られた卵”とは違うようだった。

「実は、上手く事故で割れたことにして、プリンの材料にしようと思ってすり替えていたのです」

「はぁああ!?」

イタズラ坊主が、とんでもないことを言い出した。

「しかしこれが硬いのなんの。剣で叩いて割れないのですよ。信じられますか?」

「色々と信じられませんぜ……」

「割れなかったので、後でこっそり元に戻しておくつもりでした。てへっ」

シイツが信じられないと言ったのは、何についてなのか。

こともあろうに王家献上品をちょろまかそうとしていたことなのか、事故を装って割ろうとしていたことなのか、或いはそれが偶然のこととはいえ外国勢力の陰謀を未然に防いだことなのか。

もしかしたら、それらをひっくるめても悪びれない悪童っぷりにだろうか。

「折角卵を探してもらった向こうさんには悪いですが……この機会に頂いた卵で料理でもしましょうよ。何なら、盗まれたってことで龍の卵割りに再挑戦して……」

「駄目に決まってるでしょうが!!」

「……世界に唯一の、最高のお菓子が出来るかもしれないのに」

「道楽も大概にして下せえ。とりあえず、大将には問題なしって報告で良いんですね?」

「そうですね。特に大きなトラブルは起きませんでしたし」

外国勢力とドンパチやらかすことは、大きなトラブルじゃないのか。という言葉をぐっと飲み込んだシイツは、頭に幻痛を感じながら、モルテールン子爵への報告をまとめることにした。

「それで、向こうさんが“盗んだ”龍の卵ってのはどうなるんですか」

「ああ、それなら、ちょっと考えがあります。まずは、父様への報告を済ませておいてください。僕は領地に戻りますので」

ペイスは、ニヤリと笑った。

◇◇◇◇◇

モルテールン領の領主館。

従士長が王都に長期出張中の為、珍しくペイスとグラサージュという取り合わせで執務を行っていた。

「若様、これ、何ですか?」

グラサージュが、一つの資料に目を止める。

中に書かれているのは、領内の幾つかの住所。

モルテールン領はどの村も区画整理が非常に行き届いていて、ある意味碁盤の目の様に綺麗に整地されている。その為、ペイス発案による住所登録が為され、数字で管理されるようになっているのだ。

南十九区画八番三号、といった具合だ。ちなみにザースデン中央区一番一号が、領主館である。

「何って、住所の一覧ですよ」

「それは分かりますが、何の住所一覧かってことです」

書かれているのが住所なのは一目瞭然。

しかし、グラスが気に止めたのはその一覧の内容があまりに恣意的だったからだ。

グラン男爵家ひも付きの商家、コウェンバール伯爵がパトロンになっている店舗、聖国人が経営している料理店、ブールバック男爵の要請で建てられた屋敷、そして真新しい教会。

どれもこれも、随分と前から領内を探りまわっている連中の拠点と目されていたところだ。

それなりに後ろ盾があるため、モルテールン家としても無暗に取り締まることは出来なかったが、何故か昨日、これらの一覧の場所にモルテールン家の兵士が押し入り、徹底的に捜索されたという経緯がある。

担当して指揮を執ったのがコローナ=ミル=ハースキヴィ。皆からは愛称でコロちゃんと呼ばれている女性従士であり、グラスは担当外だったために詳細は知らない。

他の仕事に手いっぱいだったので、改めてこの一覧が事前の捜索予定リストだったのかと聞いたのだが、ペイスは首を横に振る。

「それは、卵を探せなかった場所です」

「卵?」

「ええ。イースターエッグを隠したんです」

「はあ?」

ペイスがえへんと胸を張るが、勿論グラサージュにはイースターエッグというものが分からない。話のつながりもさっぱりだ。

「イースターエッグとは、元々とある場所で行われていた 復活祭(イースター) で使われる卵のこと。綺麗にデコレーションした卵を隠しておいて、それを子供たちが探す風習があるのです」

「ほう、それは知りませんでした」

イースターを祝う風習は、現代でも世界中で広く見られ、特に欧米では宗教的行事として一つの伝統文化となっている。

イエス・キリストがゴルゴダの丘で処刑されてから復活した日の行事とされていて、卵がそのシンボルとなっているのだ。

復活祭の時にはウサギがイースターエッグを運んでくるとの逸話があり、子供たちは家の外のイースターエッグを探すという風習。

現代では本当の卵を使うところは少なくなり、チョコレートなどで卵を象ったお菓子として振る舞われることもある。ペイスが詳しいのも当然といえば当然だろう。

「そこで、領内の子供たちを集めまして」

「ああ、何やら子供たちが集まってましたな」

グラサージュの子供は既に成人済みなので、子供と言っても自分の子ではない。近所の子だ。

未成年の子供たちが集められて、何かをしていたような感じはあったが、如何せんグラスの仕事は領内の土木工事やその関連業務の統括。村に戻っている方が珍しく、大抵はどこかで泥にまみれている。子供たちが何をしていたのかも、詳しいことは知らない。

それ故、続くペイスの言葉には驚かされる。

「龍の卵を探させました」

「ぶほっ!!」

いきなり何を言い出すのかと、グラサージュは思わずむせてしまった。

「勿論、本物ではありません。レプリカです。大き目の卵に、僕が【転写】して龍の卵を模し、幾つか隠しておいたのです」

「ほほう」

「子供たちが村の中を一生懸命探し回り、龍の卵を見つけた子にはご褒美、というイベントですね。楽しんでもらえたみたいですよ?」

「……狙いは何ですか?」

グラスの言葉に、ペイスは片眉をあげ、しばらく黙り込む。

「若様が、ただ普通に子供たちを遊ばせるだけの行事をするとも思えませんので。教えてもらえますか」

ペイスは、はあと溜息をついた。

この辺、仮にシイツ辺りだと大半は言わずとも察する。頭の回転という意味では、シイツも相当に賢い部類に入るのだ。

グラサージュも別に馬鹿ではない。計算もできるし、人の管理も上手い。だが、どうにもペイスやシイツほどには物事の裏を読むことが出来ない。

「目的は三つ」

「ほう」

「一つは、さっきの一覧を作ることですね」

「ん?」

「子供たちが、街中でイースターエッグを探す。子供は遠慮がありませんからね。他人の家の中にも入っていって、探そうとする。何なら、家の中で家探しまでするでしょう」

「子供はそうでしょうな」

自分も子供たちが小さい時は手を焼いたと、しみじみと感慨にふけるグラス。

今でこそ王都の寄宿士官学校で学んでいるが、娘のルミニートなどは兎に角ヤンチャないたずらっ子だったから、苦労したと語る。

「特に疚しいことのない人間は、子供たちが家探ししても、本当に見られて不味いような……例えば日記や下着やへそくりの場所以外は大らかです。僕がわざわざ布告していますから、物を探すぐらいなら寛容に対応する」

「そうでしょうな」

モルテールン領の領民は、元々みんな顔見知りのようなところがある。

今でもその感覚は根強く、特に子供たちは地域ぐるみで面倒を見るような風習があった。

領主代行のペイスが率先して行う“遊び”だ。いちいち怒鳴りつけるような野暮な人間は少ない。精々、本当に見られたくないものや、危ない場所を注意するぐらいなものだろう。

「逆に、子供たちが家探ししようとして、過剰反応をするところがあれば……」

「なるほど、怪しいですな」

「ええ。明らかに何かを隠している。それがそのリストという訳ですよ」

「ほほう」

「後は“領主代行の命を軽んじた”ということで、堂々と捜索が出来たと。そのリストの何件かで、スパイの証拠を押収したらしいですよ? 昨日コロちゃんが報告に来てました」

「それは重畳」

イースターエッグが無いかと探しに来た子供たちを、明らかに過剰に追い返そうとする連中。

こんなもの疑ってくれと言わんばかりの状況だ。しかし、かといって子供たちに卵探しだと家探しされ、万が一隠しておきたいものが見つかると拙い。

下手なスパイなら、子供たちを追い返す方を選ぶだろう。ペイスの思うつぼである。

「そしてもう一つ、龍の卵を“増やせる”こと」

「え?」

「実は、聖国の泥棒が持って行ったのも、隠したイースターエッグと同じ“レプリカ”なんですよ。レプリカを掴まされた誰かさんは、きっと本物かどうか裏付けを取るでしょう。それでモルテールン領を調べて驚愕するわけですね。確かに龍の卵だが、思っていたものと違う……と」

「何とも酷い悪戯だ」

龍の卵の為に多種大量の卵を用意した聖国とやり方は似ている。

特徴的すぎる龍の卵を隠すことは難しかろう。ならば、木を隠すなら森の中。龍の卵を量産してしまえば良いのだ。

という、何とも悪戯っ子らしい発想で、ペイスはイースターエッグを作った。敵を騙すにはまず味方からと、誰にも内緒で作ったレプリカだったから盗られもしたが、終わってみれば全てよし。

頑張って作ったレプリカも活躍したのだから、いいことづくめだ、とペイスは胸を張った。

勿論、それにツッコミを入れる人間はここには居ない。

「そして三つ目……これが一番大事ですが」

「何でしょう」

一番大事な理由。

これを聞かないわけにはいかないと、身を乗り出すグラサージュ。

「卵でお菓子作りが出来る!!」

「はあ?」

「イースターエッグとして使った卵。捨てるわけにもいきませんから、料理に使うべきです。折角龍の卵になってくれたのですから、ちゃんと最後まで責任を持つべきでしょう」

「……ええ」

一体何を言っているのかと思いつつ、グラスは頷く。

「ということで早速、僕はプリンを作ってきます。グラスはそのまま仕事を続けてください。後は任せました」

「分かりました……ってちょっと、若様!!」

今日も今日とて暴走するペイス。

同じ頃に龍の卵が“孵って”しまう事件が起きているのだが、彼はお菓子作りに夢中で、何も知らずにいるのだった。