軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

232話 マッドなパティシエ

謎のサバトからしばらく。夜な夜な続く怪しげな儀式に対し、いよいよ苦情が届いたころ、ペイスは一つの結果を手にしていた。

「ふむ……中々思い通りにいかないものですね」

手にした飴を見つつ、呟く少年。

今は外も明るい。怪しげなる儀式は行わずに済みそうであるが、明るいということはそれはそれで問題である。ペイスは、研究員ではないのだから。

「き、教官、学校の方は良いのですか?」

デジデリオが、極々一般的で常識的な質問を投げかける。寄宿士官学校の教官であるなら、今のような時間には学校で仕事があるのではないかという疑問。

しかし、常識とは破る為にあると行動で示してきた異端児は、デジデリオの予想の斜め上をいった。

「僕はアドバイザー的な立ち位置になってしまいましたから、時間にはゆとりがあるのです。一応、手合わせを望まれれば予約ということで時間を決めて受けていますし、その時には指導もします。他ならぬ貴方が去年の講義内容を記録していてくれましたので、【転写】を使って教科書も販売……頒布してます。質問を投書箱に入れて貰えれば、時間のある時に回答するようにもしました。ほら、ちゃんと給金分の仕事をしてるでしょ?」

「はあ」

確かに、教官として求められる仕事はこなしている。学生を鍛えるために力を注ぎ、悩みを解決し、正しく導いてやるのが教官の役目。ただ単にその場にいることが無いというだけで、教育自体は手を抜いていない。

まるで遠隔地からのオンライン授業のようなやり方であるが、これが許されるのはペイスがいつだって研究所と士官学校を行き来できる特別な存在だからである。

それに、有名人になってしまったペイスが学校でうろちょろしていては、学生が集まってしまって邪魔になるという言い訳、もとい名分もあるのだ。

今のペイスは、黙っていても教科書が売れて不労所得の入る、優雅な身分である。

「出来る限り手抜き……効率的な時間配分をすることで、こうやってお菓子作りの時間を捻出しているのです。誰にも文句は言わせません」

「も、文句はありません。大丈夫かどうか、し、心配だっただけです」

「心配無用」

サボリに関しては、歴戦のシイツをして敵わないと言わしめたペイスの行動。徹底的に磨かれた、研鑽の賜物である。サボリの為に一生懸命。研鑽の方向性を間違えている点は否めないが。

「はあ、それで、上手くいかない様子ですが」

「ええ」

「何か問題でも? やはり魔力の蓄積がう、上手くいかないのでしょうか?」

基本的に、魔法の汎用化研究が今まで失敗続きだったのは、魔力の蓄積が上手くいかなかったからだ。ならば、現状の悩みもそれに起因するのではないかというデジデリオの考え方は論理的であり常識的なものだ。

しかし、ペイスの悩みはそこには無い。

「魔力を蓄える事には成功しました。そして、魔力を蓄えたまま一定程度であれば加工することも可能になりました」

ペイスの言葉に、今度は驚くデジデリオ。魔力を物質に定着させたまま加工する。これがどれほど難しいかは、筆舌に尽くしがたい。バケツに水を貯めることを魔力の定着とするなら、それをザーッと流しながら精密な絵を描くようなものである。それも適当に書くのではなく、筆で描くが如く精密なものを描かねばならないといえば、どれほど難しいかを理解出来よう。

それをペイスはあっさりやってのけたというのだから、改めて非常識さに感服する他ない。

「それは凄い。では、やはり魔法の定着でしょうか」

「ええ。やはり形が問題になるらしく、色々と試しているのですが、中々思うようにいかない」

魔力を蓄えて安定させること、魔法というものを用意すること、そして魔力を使って魔法を発動すること。これらが魔法汎用化の三大難問と呼ばれるもの。

魔法汎用化の三大難問のうち、二つはペイスによって解決を見た。最後の難問が、魔法の発動である。これがどうにもうまくいかない。

「魔法って、絵描きの魔法ですよね」

「いえ、父様の魔法です」

「え?」

「これは当家のトップシークレットになるのですが、実は父様の魔法は血縁の魔法使いには貸与できるようなのです」

「そうなんですか!!」

ペイスがさらッといったことは一応はモルテールン家のトップシークレットである。勿論大ウソのダミー情報であるのだが、本当のことだと信じている人間も多い。人間というのは、隠されていれば暴きたくなるものだが、それっぽい回答を手にしたなら、それ以上は気にならなくなるものなのだ。更に答えがもう一個あるとは思わない。

「ええ。なので、魔法の定着というのか、付与というのか、それもやり易いはずだと考えて、色々試しているのですが……」

実際にペイスが試しているのは、勿論【転写】だ。魔力を蓄えた物質に魔法が転写出来れば、自分が他人の魔法を使っているような状況になるのではないかという予想をしていたのだ。

その予想は半分正解であり、半分外れであった。

「魔法が発動しないと?」

「発動は、するようになりました。どうやら、魔法のイメージに近い形にすることが大事らしく、【瞬間移動】のイメージに近いかと思い、飛んでいく感じで鳥の飴を作ったのです。一応、発動することはしました」

とんでもない爆弾が投げ込まれたものである。今まで軽金でしか実現しなかった事象を、畑で作れる野菜から生産したもので実現できたというのだから。しかも、その魔法は世に名高い【瞬間移動】だというではないか。この魔法の有用性は世界中で知られていることであり、南大陸でも最も有名な魔法の一つだ。これが使えるようになったというなら、まさに世界を変える大発見。デジデリオのテンションも上がろうというものだ。

「す、凄いじゃないですか!! 大発明ですよ!!」

だが、大発見をやってのけた当人の顔色はさえない。綺麗な景色を見て感動している最中に、動物の糞を踏んずけてしまった時のような微妙な顔をしている。

喜んではいるのだろうが、手放しで喜べない不満も含んでいる顔だ。

「確かに成功は成功……しかし、座標の固定が上手くいかないのです」

「座標の固定?」

魔法学者としては新人のデジデリオは、実は魔法についてあまり詳しくない。基本的なことは過去の資料やらを読み込んで知っているが、根本的に魔法とは個人差が大きすぎるのだ。共通点を探すのが難しく、とにかく不思議なことが出来るのが魔法、というような曖昧な理解でしかない。一般人に毛の生えたような知識しかないのだ。

瞬間移動の魔法は、結構複雑な概念で出来ている。無意識の感覚でやってのけているカセロールも才能の塊なのだろうが、彼とて自分の魔法と向き合い、長い時間を掛けて出来ることと出来ないことを区別していったのだ。

個人的な素養に大きく左右される魔法。何が出来て、何が出来ないのか。一般的にパトロンの付く魔法研究とは、このような個人的な魔法の特性を調べる研究についてである。

「ええ。瞬間移動の魔法は、移動先の認識が大事なのでしょう。発動したは良いものの、てんで出鱈目なところに跳ぶようなのです。これでは、危なっかしくて使い物になりません」

ペイスが失敗として考えている理由は、ここにある。瞬間移動が出来るようになったは良いものの、何処に跳ぶか分からないのだ。これでは劣化と言われても仕方がない。

勿論、それはそれで使い道は多々あろうが、カセロールやペイスが使う魔法に比べると、利便性が大きく減じている。

魔法の発動は、どうやら魔法を定着させた魔力蓄積物質の、形状に強く依存しているらしい。魔法をイメージしやすい形であれば発動しやすいらしいとの先人の研究結果から、鳥の形にして瞬間移動を試してみた。すると、発動はするものの、何処に跳ぶか分からない魔法になってしまった。鳥の形や大きさを変えた場合に多少の差異が生まれるようで、大きさや形が、距離や方向に関係しているのではないかと研究しているのが、今の主任のテーマだったりする。

この研究が一定程度めどがつくまで、何処に跳ぶか分からない魔法の飴は、危険性が高いとして封印するしかない。

「そうなんですか?」

「ええ。例えば、火山の真上にでもとんでしまえば、自分で【瞬間移動】を発動できない人間は即座に死んでしまう。魔法というのは便利でも、それなりに使用にはリスクがあるのです。僕や父様が使うのであれば、慣れや感覚もあって多少は補正も出来るのですが、初めての人間がこの感覚を掴むのはかなり難しいでしょう」

「……じゃあ、例えば自分が魔法を使うのは難しいと?」

「使うだけなら使える可能性は高い。ただ、使いこなすのが難しいと言っています」

「むむむ」

デジデリオは、葛藤した。自分が魔法を使えるようになりたいという思いは、この世界の人間であれば誰しもが持つ夢のようなものだ。宝くじが当たって欲しいと願うようなもの。

自分が魔法を使えるかもしれないものが目の前にある。しかし、それには最悪死亡してしまうリスクを伴う。魔法使いで無いのに魔法を使った最初の人間という名誉が目の前にある。冒険精神を発揮して試してみたい気もするが、かといって死にたいわけでもない。実に悩ましい。

「一応、試作品は作ってみたのですが……危険なので、僕が保管しておくことにします」

ペイスの言葉に、デジデリオは執着を断ち切った。仕方のないことだと自分を納得させたのだ。

「それが良いでしょうね。ところで主任は?」

「試作品でも魔法が使えることは事実ですから、狂喜乱舞して論文を書いてます」

「うわあ……」

光景が目に浮かぶようである。きっと、寝食を忘れて没頭しているのだろう。長い間成果の出ない不毛な研究を続けてきた中で、千年に一度の大発見をしたのだ。これで動かないなら研究者とは呼べないだろう。

「ま、先の約定通り機密ですから、幾ら書いても日の目を見ることは無いのですが、纏まった文章にしてもらうと僕が助かりますし、何かと使い方もありそうなので放置してます」

しかし、ペイスからは無情なお達しを受けている。論文を書くのは良いが、書いた後は没収の上で内容を他人に語ることも禁じられるのだ。これは研究者的には酷と言える。

「……主任がこっそり隠したり、他人に見せるようなことが有ったらどうするんです?」

ふと、デジデリオが思いついたことを口にする。ペイスはパトロンであり、協力者であるが、もし今回の大発見を手土産にするならば、大貴族や王家の後援は容易く手に入るだろう。それだけの価値がある。ならば、ペイスを裏切ってでも秘密をばらすのではないか。或いは、それを唆されて誘惑に負けはしないだろうか。

そんな不安を語るデジデリオに、ペイスはニヤッと笑った。

「やれると思うなら、僕を舐めているとしか言いようがないですね。そうですね……デジデリオは昨日の晩御飯に肉野菜炒めを食べてましたよね。丸パンは二つ食べ、スープはお替りまでしていた」

「え? 何故それを」

「さて、何故でしょう。食事の後部屋の中で、こっそりとベッドの下に隠しておいた……」

「わあ!!わあ!!」

デジデリオや主任は知る由も無いが、ペイスの使える魔法は【転写】や【瞬間移動】だけではない。こっそりと監視する為にも重宝する魔法も持ち合わせているのだ。

だからこそ、ペイスは主任やデジデリオにある程度の自由を許していられる。

「僕に内緒で機密を漏洩させられると思っているのなら、モルテールン家を甘く見ているということです。その代償は、かなり重くつくでしょう。主任にも、そう伝えておくと良いですよ」

「わ、分かりました」

「では、僕は学校に戻ります。この試作品も、どこかに隠しておかないといけませんね」

ペイスの手には、魔法の力のこもったキャンディーがあった。