軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

229話 教え子の相談

「主任!!」

デジデリオは、自分に可能な限りの最高速で研究室に戻って来た。ドアが外れんばかりの勢いで扉を開ければ、壁とドアとが大太鼓の如く大きな音をたてる。

「おわぁ!! びっくりした」

室内に籠り、実験の結果と睨めっこをしながら考察を続けていた主任研究員は、いきなりたてられた大きな音に心臓が縮まるような心地を覚えた。

「主任、み、みつけ、見つけました」

「何を?」

「な、難問を解けるかもしれない、糸口です」

「はあ……そうかい」

主任は、デジデリオの言葉に気の無い返事をした。

元々、研究所というところは知的エリートの集まる場所だ。それは、構造的に成果が出しにくい窓際部署でも同じこと。配属された人間にも、プライドもあれば自負もある。あったと過去形で語らねばならない人間が多いのだが。

今は寄り付きもしなくなった研究員たちだが、彼らにだって配属当初はやる気があったのだ。窓際であろうと自分が成果を産みだし、自分が日陰に日を当てるのだというやる気。

しかし、一年二年と成果を碌に出せないまま月日を数えるうちに擦り切れ、やる気を失っていく。

配属間際の、やる気がまだ残っている人間が、些細なことを大発見だと騒ぐのは良くあることだった。或いは、過去に先人がなぞったことを改めてなぞり、成果が出たのだと勘違いすることもままある。

今までのケースであれば、例外なくやる気を削がれる結果に繋がる。

例えば、合金。鉄だの銅だのといったありふれた素材に希少金属や鉱物を混ぜることで、銅や鉄の単体であった時よりも良い結果が得られた、とはしゃぐ。このまま最適な素材と配合比率を見つけられれば、一気に状況を改善できるはず、などと気色ばむ。

しかし、これらはどれほど試行錯誤を繰り返しても、混ぜた希少金属などを越えることが無い。つまり、銅や鉄を使わない方が良いという結果になるのだ。悲しいかな、先人たちの多くが通った袋小路の一つだ。

或いは、人工的に宝石を作れないかと模索する。魔力を貯める素材として宝石が良いというのは明らかであり、ならば宝石を作れないかと考える。これも配属して間もない人間が陥りがちな思考だ。

冷静な人間がよくよく考えれば気付きそうなものだが、そう簡単に作れるものならば、宝石は宝石と呼ばれていない。希少価値があるから宝石と呼ばれるのだ。

中には成功した例も無くは無いのだが、そのどれもが宝石を普通に採掘するよりも遥かにコストがかかる結果となった。それなら普通に宝石を買って使えと言う話だ。汎用化の為に王家でも財政が傾くような金を出せるかといえば、不可能という結論に行きつく。大量に作ればコストを低減できる、等と結論付けて成果にしようとして、机上の空論と叩かれるのも何度か起きた実例だ。大量に作れるようになるまで、幾つの国を潰す気だと笑われるのだ。

或いは、魔法によってそれらを解決しよう、等と考えた人間も居た。これなどは、研究室の本旨を完全に逸脱している。魔法を汎用化させる研究に、魔法が必須となるなど、何のための研究だと笑い話にされてしまう。

新しい人間が、工夫を凝らして難問に挑む。そして散っていく。出来上がるのは、やる気を失った研究員。他所を手伝って、何とかそっちで成果を出せないかともがく幽霊部員の誕生である。極稀に、他所で華々しい成果を出し、それを他人の手柄とすることで左遷の境遇から抜け出すものも居る。これに望みをかけ、日々を過ごすことになるのだ。

左遷先が何故左遷であるか、身をもって体験するのは、新人の通過儀礼と言える。

上司の気の無い返事は、そんな実情を良く知る故のことだった。

「本当なんです」

「わかったわかった。一体何を見つけたんだい?」

一応、上司として話しぐらいは聞いてやるかと、軽い返事だった。

それにめげることなく、デジデリオは自分の恩師から売りつけられた……もとい特別に手に入れた物体を見せつける。

「これを」

「……珍しい宝石だね」

主任は、デジデリオの手のひらに乗ったままの物体を観察する。

色は琥珀色。若干茶色みがかっているが、デジデリオの手のひらの皺が見える程度には透明度がある。見た目的に堅そうな感じもするので、ガラス玉か何かのような気もする。が、ガラスだとするならこんなにはしゃぐことは無いだろう。

となれば、貴重な宝石でも手に入れたのだろうかという推察。

「違います。宝石ではありません」

宝石ではない。となれば、やはりガラスだろうかと、主任は考える。

「水晶か、ガラス?」

「違います。これは、飴です」

デジデリオが、自慢げなどや顔で正体を告げる。別に彼が作ったものでも無いし、オリジナルを発見したわけでもない。ただ、若者の柔軟な発想が、お菓子という可能性を見つけただけの話だ。魔力を貯めるなら鉱石か宝石という先入観に頭が凝り固まっていた主任は、新人の言葉に雷に打たれたような衝撃が走った。

「飴……おっ!! もしかして」

「はい。これならいけるんじゃないかと」

「おお、中々良いところに目を付けたね。確かに、これまで試したことが無かったかも」

飴を実験に使う。こんなこと、やろうと思っても出来なかった。適当に自分が採取してこれる鉱石と違って、入手方法が購買しかない。研究資金が常にカツカツの貧乏な研究室であれば、お菓子といった娯楽品、嗜好品に目が行くことも無かったのだ。

「透き通った固体、宝石のようでありながら、ガラスのように形を変えられる。材料も普通に手に入ります」

望ましい条件のオンパレード。

「……なら、後は協力的な魔法使いか。来年までに、何とか予算を付けてもらえるように走り回るかな」

主任は、自分がデジデリオに頼んだ内容を覚えている。モルテールン家の魔法使いを拝み倒せというものだ。しかし、そんなことが上手くいくとも思っていなかった。ダメ元ぐらいの気持ちだったのだ。ここにきて研究が進みそうな気配がする。ならば、何としてでも魔法使いを雇わねばならない。

研究予算と、自分の私財。これで何とか傭兵の魔法使いでも雇えないものかと、主任は算段を巡らせる。研究室を見回し、売れそうなものが無いかと算段を始める始末。

「それも、解決しています」

「え?」

「恩師に頼んだところ、了承してもらえたのです。“何故か”寄宿士官学校の校長や、うちの所長の許可もすんなり取れたらしく」

「何と!!」

「実は、主任に会わせて欲しいと言われて、案内してきました。他所の見学をしてから来ると言っていましたので、そろそろ……」

まるで話を聞いていたかのようなタイミングで、扉がノックされる。

「デジデリオ、居ますか」

扉の外から聞こえた声に、足取りも軽く迎えるデジデリオ。

「はい。モルテールン教官。良くおいでくださいました」

「ああ、中々探すのに苦労しました。最上階の隅にあるだなんて、嫌がらせじゃないかと思いますね」

「ははは、当たらずとも遠からずでして。あ、紹介します。此方が当研究室の実質的なトップ。ホーウッド=ミル=ソキホロ主任研究員です」

「どうも。モルテールン卿のことは兼ね 兼(が) ねお聞きしています。今日はようこそ」

主任は、指紋を消したいのではないかと思うぐらいの勢いで揉み手する。実験に協力的な魔法使い。こんな美味しい話は滅多にあるものでは無いのだ。

「よろしくお願いします。さて、簡単な説明はデジデリオ=ハーボンチ卿から聞いていますが、詳しい説明をお願いできますでしょうか」

分かりましたと、主任は研究内容の説明を行う。魔法が汎用化されることの社会的な意義や、研究室の設立目的から始まり、三大難問の説明や、研究室の現状に及ぶまで細かく説明がなされた。

「なるほど。つまり、魔力を上手く蓄えられて、形の加工がしやすい物質であれば、魔法を定着させられる可能性が高い。魔法の発動については不明瞭ながら、飴細工は今のところ誰も試したことが無いもので、是非とも魔法使いである僕の協力が欲しい……と」

「はい。協力して頂けるなら、些少ながら報酬をお支払いします……来年にも。或いは、ここにあるものであれば、現物支給というのも可能です」

お金が欲しいと言われれば、来年になる。主任は冷や汗をかきながら説明していた。この研究室は、予算が本当に最低限しか下りないのだ。

「協力については条件次第ですが、現物支給とは?」

「ええっと。例えばこれなんてどうですか。コーヴェル産の石灰岩。これほどの白さと来たら他所には無い逸品です。手に入れるのには苦労しましてね。徒歩で往復一ヶ月を掛けて自分で採掘しに行ったものです。夜中にこっそりとこれだけ拾って来たので、産地直送です」

「はあ」

盗掘してきたと言わないだけマシなのだろう。国内を移動することは貴族なら可能だし、落ちている石を拾うぐらいなら目くじらを立てられることも無いだろう。

「或いは、これなんてどうでしょう。レーテシュ産の金鉱石。含有量は良質なので、きっと小粒の砂金ぐらいは金が含まれているはずです。運搬している馬車がポロリと落としたものを拾ったので、出どころは確かです」

何処が確かな出どころなのか。現代日本ならば遺失物横領罪である。

落とし物を拾った場合の所有権については統一した法が無いことが救いだろうか。拾った人の物だとする土地もあれば、落とし主のものだとする領地もある。ここは、正当な入手方法だったのだと思う方が気が楽である。

「……要らないものばかりですね」

「そんなあ……なら、条件をおっしゃってください。出来る限りのことはしますので」

折角の獲物、もとい魔法使いである。是非とも協力して欲しい。金は無いが、研究者としての経験を買ってくれればと、主任は食い下がる。

「それなら、僕からの条件としては……秘密厳守を徹底してもらいたい」

「秘密厳守?」

思いがけない話に、きょとんとする主任とデジデリオ。

「ええ。僕の魔法のことは口が裂けても人には言わない。魔法の内容も勿論、魔法が使えるかどうかも明言しないぐらいの徹底ぶりをお願いしたい」

「……はい」

やけに真剣な表情のペイスに対して、主任も真剣さを取り戻して答える。

「そして、成果の秘匿。研究結果の公表は、ここに居る人間のみに限る。他に漏れないように、厳重に管理してもらいたい」

「……はい」

研究成果の隠匿。研究者として、出来れば頷きたくない。公表できないとなれば、対外的には成果なしと言わねばならないのだから。本当なら、成果が出た時はあちらこちらで言いふらして回りたいぐらいなのだが、それを禁じるとペイスは言う。

研究成果を秘匿し、利益を独占したいというパトロンは珍しくないので、主任は渋々頷く。

「代わりに、僕が資金を援助しますし、望むのであれば、当家から報奨金と名誉を与えます」

「報奨金は分かりますが、名誉?」

「はい。研究内容は秘匿した上で、当家から勲章を与えます。何なら、名誉称号もプレゼントしましょう。いっそ、当家に雇われてくれても構いません。研究所を用意し、所長と副所長という形で席を用意しても良い。給料は今の倍を出しましょう」

「ほ、本当ですか!!」

意外な大盤振る舞い。気風の良い太っ腹なパトロンが出来たと、主任は喜んだ。

その様子を、ペイスは相変わらずのニコニコ顔で眺める。

「ええ。成果が出れば……ね」

何か含みのある言葉に、一抹の不安がよぎる研究員たちだった。