軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

021話 穴

「フバーレク卿、フバーレク卿は居られるか」

賑やかさが最も似合わないのが教会であるが、厳粛な雰囲気が欠片も無い騒ぎ。

それは 偏(ひとえ) に辺境伯家令嬢の婚約披露の為であった。

色々な思惑が交錯し、祭りと間違えそうな騒ぎだったのだが、それが水を打ったように静まり返る。

一人の男が来たために。

馬に跨るこの男が何者であるか。

それは身に着けているものを見ればわかる。

磨かれた全身鎧。見事な装飾の鞘に入れられた佩剣。たなびく儀礼用ケープ。

そしてケープに目立つ三頭龍。公爵家紋章の刺繍。

待ちに待った、カドレチェク公爵家の使いである。

「我がそうである。 其(そ) は 誰(たれ) か」

野次馬のような連中を部下が押し分け、その間に姿を見せたのはフバーレク辺境伯。

流石は東方の雄という威風を持って、使者となった男を出迎える。

使者の男は、辺境伯を見るとまず下馬した。

右手を左胸に当てる儀礼を見せ、片膝を着かないところから、貴族であると分かる。

だが、これは形式儀礼である。

辺境伯自身、入念な打ち合わせで、今日迎えに来る人間が誰かなど既に承知していた。

「ご無沙汰しております閣下。プラウリッヒ神王国ヴェツェン子爵領領主が子、中央軍参謀エーベルト=エッカール=ミル=ヴェツェンにございます。この度の婚約披露にあたり、御息女に万一の事もあってはならぬとのカドレチェク中央軍大将の仰せにより、拙職がお迎えに参りました」

「お役目大儀である。閣下の御好意に対し、篤く御礼申し上げる。早速娘を連れてまいりましょう」

使者の男は、ヴェツェン子爵の長男で、嫡男になる。

幾つかある軍系派閥の、カドレチェク公爵派と呼ばれる中央軍系の重鎮の息子になるわけで、当然、フバーレク辺境伯とは何度となく社交や交渉の場で顔を合わせている。

だが、あえて公衆の面前で役儀を正す意味は大きい。

護衛をそれ相応の高い地位のものが務めるという事を内外にアピールすることで、今回の婚約を公爵が重要視していることを知らしめる効果があるのだ。

余所の会社の社長を出迎えるのに、平社員が出向くのと重役が出向くのでは印象が違うようなものと考えれば分かりやすい。

「お父様」

「うむ、いよいよお前の晴れ舞台。向こうも待ちわびている事だろうから、早速出向くとしようか」

いつの間にか聖別の儀を終え、都合よく現れた姫君。何故か迎えが来て直ぐのタイミングで、儀式が丁度終わった所だったそうな。教会の神父とて、上得意先には融通も利かせるようだ。

ペトラ嬢は、魔力は人よりもやや多めで、魔法を使える可能性がギリギリあったらしいが、残念ながら魔法そのものを使えるようにはならなかったらしい。

それもあってか、不安げな様子であるのは致し方が無い。

自分を見つめ直す荒行には、否応なく弱気になる要素もあるのだから。

教会の前に着けられた馬車は、十人乗り。

公爵家の三頭龍紋章が装飾された、六頭引きの最高級品。軍家らしく、光物の飾りは殆どついていないが、実用も考えられた立派な馬車だ。

「どうぞ、御手を」

エーベルト子爵子が、馬車の傍で手を差し出す。

男女の背の高さから、ややペトラ嬢を見下ろす形になるのだが、立ち居振る舞いは流石に貴公子然としていた。

「さあ、乗りなさい」

父親に促されて、少女は馬車に乗る。

合わせて辺境伯自身も馬車へと乗り込み、公爵邸へと進みだした。

「モルテールン卿。リコリスと、後の事は頼みましたぞ」

ガラガラと大きな音が遠ざかるのを見送りながら、カセロールとシイツはようやく安堵のため息をついた。

「これで、俺たちの仕事はひと段落ですかい?」

「まあ、後はお披露目が終わって戻ってこられるのを待つだけだな。それで伯の御領地までお送りして終わり。私たちは大儲けと」

「しっかし、案の定トラブルが多かった」

「まあな」

入り口が一つで頑丈な部屋に匿えたからこそマシであったが、今でも人がわんさか押しかけてきているのだ。

仮に裏口だのがある部屋なら、そこの見張りを考えただけでも護衛の数は今の倍は要る。

また、本来それほどに護衛が必要だからこそ、我こそはという仕官にあぶれた連中が、臨時雇い目当てに押し掛けてきているというのもある。

臨時雇いで実力を認められて、正式雇用になった例などもある為、彼らは必死である。

それが為、無理に押し入ろうとした者もいた。邪なことを考えて近づこうとしたものも居たが、目立たぬところでモルテールン家とフバーレク家の護衛戦力が相当数を実力で排除していたのだ。

「ところで、坊は大丈夫ですかい?」

「何がだ」

「俺が言うのも何ですが、七つとはいえ成人している男と成人間際の女の子です。間違いの一つも起きやしませんか?」

シイツの心配する所は、尤もな所だ。

自分でけしかけて置いて何を今更というのがカセロールの思いではあったが、その心配は無用だと考える。

「これからリコリス嬢の聖別の儀で、彼女は隔離されるし、心配いらんよ。それに、二人きりになどさせはしない。怖い見張りをあらかじめ先にやっておいたからな」

「怖い見張り?」

「ああ。うちの妻並みに怖い」

「そりゃ最恐だ」

シイツは、可哀そうな捨て犬でも見るような目をしたまま、脇の部屋の方を見るのだった。

◇◇◇◇◇

教会の一室。

普段は来賓の応接などに使われる簡素な部屋。

聖堂の脇にあり、壁も薄いので外の喧騒が伝わってくる。

「えっと……」

そんな部屋の中。

ペイストリー=ミル=モルテールンは居心地悪げに座っていた。

少年の向かい合わせには、非常に美しい少女が座っている。ペトラの双子の妹、リコリスである。

本来であれば、美少女との差し向かいなどは、男としてテンションが上がって当然。

ホモでも無い限りは、誰しも喜ぶべきシチュエーションのはずだ。無論ペイスは極々ノーマルで普通な、ただの菓子狂いなので、嬉しがっても良いのだが、それが出来ない理由が少女の斜め後ろにある。

「何でキャエラさんがここに?」

「リコリスお嬢様を御守りする為でございます」

「ペトラさんの方には付いて行かなかったので?」

「リコリスお嬢様を御守りする為でございます」

目つきのキツイ、年齢不詳の侍女が、ずっと射抜くような目で少年を睨んできているのだ。

ペイスが身じろぐ僅かな動きまで先んじており、もしも万が一おかしな動きをするようなら、恐らく先手は彼女の方になる。

侍女という役職は、貴族の家にとっては特別な役職だ。

そもそも貴族の家に仕える立場には、二つの立場がある。

一つは貴族としての生活を維持する為。すなわち、プライベートな面を守る人員。

もう一つは、領地貴族や王国官僚としての政務を補佐する為。すなわち政治家としての実務を補佐する人員。

どちらにしても重要な役職ばかりであり、世襲陪臣家として制度化されていることも多い。執事長の子が執事としての教育を受けて次代の主に仕えたり、財務補佐官としての役職が子に引き継がれたりといった形だ。

人の往来が物理的に難しいこの世界では、有能な者を探すにしても領内か縁故で探すしかなく、専門的な知識を持つ人間は、親がその知識を教える以外にない以上自然とそうなるのだ。

侍従というポストも、大枠で見れば貴族のプライベートを守る職であるのは変わらない。である以上、大抵は世襲されていく。

だが、侍女は違う。

貴族家は、当主の妻などを始めとした女性が居る。

その女性の身の回りの世話をする場合、まさか男性にさせるわけにもいかないので、女性のみが侍女になれる。

財務秘書等は男女のどちらでも可能だが、侍女は女性しかなれないのだ。

侍女として働く女性が仮に子供を産んだとして、それが必ず女児であるという事は無い。そもそも、嫁いでいれば産んだ子は嫁ぎ先の子として扱われるため、侍女としての立場を“世襲する”という事が極めて困難という現実がある。

それ故、多くの職業がある中で、侍女というポストは珍しく“実力主義”がまかり通る。

「えっと……物凄く気まずいのですが」

「……」

美的センス、礼儀作法、容姿、教養や知識、護衛能力から掃除の腕まで。

ありとあらゆる万能性が侍女には求められる。

雑用女中(オールワークス) から始まり、より多くを兼ね備えた人間ほど侍女としてはより高位の地位に昇っていく。

東部屈指の名家で、令嬢の傍に仕える侍女ともなればかなりの高待遇であり、侍女としてはそれ相応に高い地位になる。

すなわち、何がしかに秀でた女性であるということに他ならない。

ペイスはそこに思い当たり、背筋の寒くなる思いがした。

何故なら、目の前の女性が何に秀でているかを察したからだ。

ペイスは、見た目はどうみても子供であるが、父親から言葉より先に剣を習ったほどの武芸者でもある。一芸に秀でる者は多芸に秀でるとの例えの通り、呑み込みの早さは父親のみならずその友人であるシイツも認める所。

それ故に、気づくこともある。

この侍女の女性。

相当に強い、ということに。

すなわち、目の前の女性は、護衛も兼ねた武闘派である、と。

“いかにも”な女性を前に、気を取られてしまったのが不味かったのだろう。

また、キャエラにしても、少年らしからぬ少年に対して、要らぬ警戒心を強めてしまったのも不味かった。

この場に居る、リコリス嬢の護衛を兼ねた戦力二人ともが、全く別の事に気を取られてしまった隙。

あたかも、それを狙っていたようなタイミングで、突然地面が揺れ出した。

「きゃぁぁ!!」

「おおぉっと」

体感的には震度5。或いはそれ以上かもしれない強烈な揺れ。

地震というものが極めて珍しい国に生まれ育った女性陣は、狼狽した。

キャエラ女史は、リコリス嬢の斜め後ろに立っていた。だが、それは座っていたペイスやリコリスとは決定的な違いを生む。

如何な武芸の達人であっても、震度五以上の揺れの中で立っていられるわけが無く、へたり込んで動けなくなった。

僅かな時間で体勢を整えたのは、流石というべきだったのだろうが、彼女が動けるようになったとき。目の前にあったのは大きな穴が一つあるのみであった。

「お嬢様!!」

ぽっかりと開いた大口。

丁度“椅子のあったあたり”が丸々切り取られたようになっていた。

「何事ですかっ」

そこに飛び込んできたのは二人。

聖堂で部屋を守っていたはずのカセロールとシイツ。

二人が部屋に入った所で目にしたものもまた、石畳のはずの床に綺麗に開けられた大きな穴であった。

「お嬢様がこの穴の中に」

「うちの息子はどうしました?」

「恐らく一緒に穴に落ちたと……」

その場の誰にとっても、明らかな事実。

椅子のあった所の大穴。姿の見えない少女と少年。結論として考えるならば、二人揃って穴に落ちたと考えるのが自然なことだった。

「シイツ。直ぐにカドレチェク家の屋敷に行け。関係者各位に事情を説明するんだ」

「大将はどうするんで?」

「こうするんだ!!」

底の見えないほどの深い穴。

にもかかわらず、カセロールは迷わず飛び込んだ。相変わらずの無茶さ加減に、シイツはため息を一つついた。

勇気と無謀は、時として相似形になる。

目の前に未知と危険があるとき。必要とあれば危険を恐れずに未知にぶつかっていく。

守るべき為の必要性があるのなら、それは勇気と言える。

自分の息子。或いは護衛対象の少女。守るべきを思えば、未知という名の大きな穴に、迷わず飛び込んだ騎士爵の勇気は賞賛されるべきものがある。伊達に勇名を馳せたわけではなく、いざというときのこの豪胆さはいまだ健在。

まして、何かあった時に転移してこられる騎士爵は、これ以上ない適任であるのも事実。

後始末を押し付けられる部下兼親友の事を考えなければ、であるが。

「あいつはいつも無茶をしやがんだ。結局俺がいつも尻拭いってか。この親にしてあの子ありってか」

シイツの愚痴は、穴の中に消えていった。