軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

201話 伯爵家の歓待(2)

朝というのは、気怠さから始まる。

少なくともヴァッレンナ伯爵にとっては。

ここ最近は社交の機会が多く、夜遅くまで客を歓待することも多い。夜が長ければ、朝が短いのは自然の摂理。人体の道理。

これが問題ならば改善するべきだろうが、幸いなことにこの社交が家の利益に結び付いているのだから辞めるわけにもいかない。

ヴァッレンナ伯爵家は、高位貴族とはいえ、表立って功績をあげてきた家ではない。武名ではカドレチェク家などの軍家閥が幾らでも幅を利かせるし、地縁を持つ地域閥は四伯がそれぞれがっちりと手綱を握っている。

内務閥や外務閥といった役務閥では、自分のように無役の人間はあまり歓迎されない。

位階こそ高いものの、存在感の薄い存在。それがヴァッレンナ伯爵家だった。

それがここしばらくは、話題の中心となっている。凄腕の魔法使いを迎え入れたことで、家が躍進の時を迎えている。そう感じていた。

夜の忙しさなど、得られる利益や称賛に比べれば如何ほどのことは無い。そう思える。

しかし、それはそれとして朝のだるさや眠さは 如何(いかん) ともしがたい。

生あくびをかみ殺しつつ、仕事をせねばならない。

さて、今日の仕事は何であるかと、執務室に入ったヴァッレンナ伯爵。

最初は、面会希望者の振り分けだ。

近年は面会希望者がかなり増えている。優先順位を付けねば、捌ききれない程である。

目ぼしい高位貴族や、有力貴族の当主、或いはそれに類する者。王家を除けば、これが最優先。さて、どんな者が面会を希望しているのかと、部下にリストを持ってこさせた。

「モルテールン家の長男が来る?」

一通り希望者に目を通していて、気になる名前があった。

モルテールン男爵嫡子ペイストリー。

先日、自分の敬愛するゾッズビー様に対して、失礼な態度をとった少年である。砂糖の利権を産みだし、領地を集金皿のようにしてみせたモルテールン家の長男。決して粗雑に扱って良い相手ではないが、正直なところ、自家の大切な宝でもある魔法使いを貶されたことは不快であった。

「はい。ゾッズビー様との面会も求めております。いかがいたしましょう」

「ふふん、やはりゾッズビー殿の【未来視】は素晴らしい。こうなることも見通していたのだろう」

「はっ」

だが、こうして面会を求めてきたことで、不快さも多少は薄れた。

彼の偉大な魔法使いは、未来を見通す。恐らく、先の不快だったやり取りも、こうやって先方から出向いてくることを予見していたからこそあえて行ったことなのだろう。

何か、大きな歴史の流れの一端だった。そう思えば、子どもが多少騒いで我儘を言い、順逆の分からぬことを述べたとしても、大人の度量として温かい目で見るべきだ。

「構わん。向こうから来るというのなら、拒む理由もなかろう」

「承知しました」

伯爵は、早速面会の日時を調整して、都合のいい日時をモルテールン家に知らせた。

そして三日後、伯爵家にペイストリーがやって来た。傍には、名高き『覗き屋』が侍る。御供が腹心の部下ともなれば、生半可な要件では無かろう。

ペイス自身、すっかりしょげ返った風であり、気落ちした様子である。悲しげな顔をすれば憂愁の美男子といった雰囲気がある。とても、先日烈火のごとく猛っていた人物と同じとは思えなかった。

「ヴァッレンナ伯爵。ご無沙汰しております」

ペイスが挨拶をする。実に丁寧な立ち居振る舞いで、一分の隙も無い。相当にしっかりと教育を受けたのだろう。

「ようこそ、ペイストリー=モルテールン卿。こう近いうちに何度も足を運んでいただけるとは、とても嬉しい」

「僕も、閣下の御顔を拝見できてうれしく思います」

まずは社交辞令から。お互いに顔を合わせるのは何度目か。ごく最近でも二度三度と顔を合わせているのだから、慣れ親しんだ顔と言っていいのかもしれない。

応接室の椅子に少年を案内して座らせる。一応お茶も用意している。形だけであっても、貴族を迎えるのに最低限の礼節は必要だ。少年の後ろには、護衛ということでシイツが立つ。

「うむ。それで、今日は何用かな?」

今回は伯爵の方から本題を切り出す。

面会希望者も多い中、あえて会う時間を設けたのだ。無駄な世間話で浪費するわけにもいかない。

「実は、ゾッズビー殿に謝罪をしたいのです」

「謝罪?」

「先日、ゾッズビー殿のお力を疑うような発言をし、いささかなりとも不快な思いをさせてしまいました。あれから、ゾッズビー殿の予言通りのことが起きた為、自分の不明を恥じた次第です」

ペイスの申し出は、ヴァッレンナ伯爵を喜ばせた。

そうだ、やはりゾッズビー様の魔法は素晴らしい。その思いを新たにする伯爵。

ヴァッレンナ伯爵に富を運び、これからの躍進を支えてくれるであろう逸材。例え砂糖菓子の生産と販売の為にそれなりの金銭を求められたとしても、それは先行投資。これから生まれる大きな富の呼び水。

福を運ぶ精霊の如き人物を、認める。共通の人物を共に称える。これからモルテールン家と共存を図ろうというなら、やはりこうでなくてはならない。

謝罪をしたいというならば、受けてやろうじゃないか。何も悩むことは無く、先達の包容力として、年長者の余裕として、許してやるべきじゃないか。

ヴァッレンナ伯爵は、うんうんと頷いた。

「ふむ、そうか。そういう事であれば、本人を連れてこよう」

「はい。お願いいたします」

伯爵の指示を受けた部下が、応接室を出ていく。

連れてこられたのはゾッズビー。

やはり年齢相応に若い部分があるのか、ペイスを見たとたんに表情を曇らせた。

勿論、すぐに表情を取り繕ってはみせたが、ペイスがそれを見逃すわけもない。

早速とばかりに“自称魔法使い”に対して笑顔を向けた。

「お久しぶりですゾッズビー殿」

実に胡散臭い笑顔である。つい先日、周りが呆れるほどに感情を荒げた人間が、当事者に向けて満面の笑みを見せているのだ。

自分がやることは人もやるはずだと、考えるのが人間。伯爵にはペイスの笑顔は好ましく映ったのだが、ゾッズビーには本音を隠した得体のしれないものにみえた。

「……謝罪したい、とのことだが?」

胸中にある、もやもやとした不安。ペイスの笑顔の裏にある思惑を見通せないことから産まれる怖れ。

そんな感情を押し殺しつつ、尊大な態度でペイスをねめつけるゾッズビー。

大事な大事なスポンサーである伯爵に、自分のことを疑わせてもならない。先日は何とかうまくいったが、ここで年下の少年に改めて引っ掻き回されても敵わない。

舐められるわけにもいかないので、精神的に優位に立つべく、自らを叱咤鼓舞して会話を続ける。

一応、ペイストリーなる人物がやって来た用件の概要は聞いている。謝罪したいという話だったのだから自分のことを見直したのだろうという予感はあった。

だが、それでもなおペイスの笑顔の理由が分からない。

「ええ。実は先日、当家の貯水池で“事故”がありました。その件で、うちの女衆にしこたま怒られました。これはゾッズビー殿のおっしゃっていたことに相違ないと感じ、最後の予言である剣の災いを防ぐ方法を享受して頂きたく、こうして伺った次第です」

「ふむ、なるほど」

横柄な態度のまま、頷くゾッズビー。心の中で、よし、と拳を握り込む勢いだ。大戦の英雄と呼ばれる相手に、賭けのような手を打った。ここで万が一があれば、全てを捨てて逃げねばならないところだった。

自分の思い通りの展開になっていることに満足げだ。

「ならば教えて進ぜよう。そもそも災厄は過ぎたる欲によって生まれる。欲をかき、不要に恨みを買うと、運気が悪くなるものなのだ」

「なるほど」

「欲を捨て、誠実に人に接し、運命を信じて行動すれば、物事は全て上手くいく」

ゾッズビーの言葉に伯爵は感動すらしている様子だ。

こういう、いかにもな言葉遣いを、ここ数年ずっと研究してきたのだ。重々し気に言葉を発する態度は、堂にいった物である。

「具体的にはどうすればよいのでしょう」

演技の甲斐あってか、少年が愁傷に質問してきた。

少しだけ考えるふりをし、ゾッズビーは選び抜いた言葉を紡ぐ。

「モルテールン家にとって、富を生むのは砂糖であろう。それをここに居られるヴァッレンナ伯爵と分かち合えば、それすなわち災厄を退ける行いとなろう」

これだ。この言葉を言いたいがために、色々と手を尽くしたのだ。

一匙で銀貨と同等とも言われる砂糖。それをしこたま抱え込み、噂では自領で生産しているとも聞く。金貨の山を、自分に寄越せ。そう言いたいところをぐっとこらえ、あくまでヴァッレンナ伯爵が事業を行う手助けという体裁を崩さずに話を進める。

頻りに頷いている少年を見て、ゾッズビーはことが順調に進んでいる、と確信した。

「ふむふむ。よく理解しました」

「分かってもらえたようだな。では、早速細かいことを伯爵閣下と詰めると良い」

「いえ、理解したのは、やはり貴方のいうことには従えないということです」

「何を!?」

だが、ペイスの言葉にゾッズビーは顔色を変える。

ここまで順調にきていて、何を言い出すのかと気色ばむ。

「貴様は謝罪しに来たのではないのか!!」

そうだ、謝罪をしに来たのだ。自分はあくまで上位者、優位な立場で交渉せねばならない。

自称魔法使いは、自分に言い聞かせながら少年を怒鳴りつける。

「私は、貴方の力を疑い、貴方を不快にさせた事実を知っています。そして、当家であなたの予言通りの事件が起きたことで、自分の不明を知った。なので、貴方に謝罪しようと思ったのです」

やはり、自分の打った手は有効に働いている。ならばここは押しの一手。ゾッズビーとしては、ここは引けない。

「ならば、我の言葉に従え!!」

ダン、と椅子が地面を叩く音。勢いよく立ち上がった為に、ゾッズビーの座っていた椅子が倒れたのだ。

そんな自称魔法使いを見る少年の目は冷ややかである。先ほどの笑顔は既に面影も無い。

「勘違いしないでいただきたい。不快にした事実を、僕は一切恥じていないし、間違ったことであったとは言ってません。僕の言う自分の不明とは、貴方のようなどうしようもない人間も居るのだと事前に知らなかったことを指す。貴方への謝罪とは、これから起きる剣の災いについてです。申し訳ありませんが、貴方と剣を交えねばならない」

「なっ!!」

事ここに至り、少年の目的が自分を害することではないかと気付く。

男は、剣の腕など持ち合わせていない。戦う術など学ぶことは無かったし、学んでいたとしても、武名高きモルテールン家に敵うとも思えない。

じりじりと逃げる体勢を作りつつ、必死に少年を言い負かそうと足掻く。

「そんなことをすれば、更に災いが起きるぞ!!」

「その件なのですが、実は面白いことになっていましてね。当家が水場を“いつもより入念に”見回っていたところ、少なからぬ不審者が捕まりました。堤防を決壊させようとしていたようで、全員捕らえ、然るべき刑罰を与えています。彼らはどうやら、貴方に指示されていたようなのです」

「出鱈目だ!!」

事実だ。

だからこそ、こうしてペイストリーが謝罪に来たのだと、さっきまでは思っていた。

誰の目にも明らかな水の災いが、指定した期日通りに起きれば、予言を疑っていたモルテールン家も自分の信者になるはず。パトロンの伯爵も、更に信頼してくれるようになる。そう思ってのことだった。

賭けだった。そして、どうやらそれに負けたらしい。

「その際、僕も最前線に居たもので、妻や姉、母にまで心配を掛けまして。特に妻からは小言を頂戴しました。これらすべては、“予言”に端を発するものでしょう。事ここに至っては、僕らが剣を抜くのも又、予言の内と思うことです」

「そうそう。予言ならしかたねえよな」

ペイスの横で、シイツが剣に手を掛ける。顔には嘲笑が浮かんでいる。こういう、遠慮なくストレスを発散できる場というのは、シイツとしても血沸き肉躍るところである。

「クソッ」

いよいよ逃げ出そうとしていたゾッズビー。

だが、それを引き留める者が居た。

「待て、待たれよ、モルテールン卿」

ヴァッレンナ伯爵だ。間に入る伯爵を見て、ゾッズビーも急速に頭を冷やす。

自分は、まだ終わっていないと気付いたのだ。少なくともモルテールン家から利権を頂戴する目算は消えたが、まだこれから。大事な伯爵の信頼は、まだ消えていない。それに気付いた。

「はい、何でしょう」

「いきなりのことで私も戸惑っているが、今おしゃられたことは事実だろうか」

「はい、神に誓って事実です」

「しかし、私はゾッズビー殿が予言を的中させる場面を何度も見てきたのだ。その力が偽りであるとは、到底思えない」

「ほう」

そう、伯爵は、予言のからくりを知らない。また、モルテールン家の予言も的中した事実しか見ていない。人間は、都合のいいことを重視するように出来ているのだ。不都合なことは何かの間違いだと考える。認知的不協和と呼ばれる心の動きだ。

まして相手は歴戦の古強者として名高いモルテールン家。ゾッズビーの予言が当たったはいいものの、脅威を感じ、犯人を捏造してでっち上げた上で 弑(し) いそうと図っているかもしれないと考えたのだ。

予言が当たった当たっていないと水掛け論になれば、信頼の浅いモルテールン家より、信頼しているゾッズビーを信じる。伯爵としては、当然の選択だった。

「私から見れば、砂糖の利権を惜しみ、御家がゾッズビー殿を陥れているようにも見える。無論、武門の誉れ高きモルテールン家がそのような真似をするとも思えないが、どうかここは、明確な証拠が出るまで待ってもらいたい」

「明確な証拠ですか」

「はい。予言の力が、卿の言う通りのものかが分かるまでは……」

伯爵としても、ひょっとしたらと思う切っ掛けではあった。

だが、今まで信頼してきたのだから信じるつもりだし、これから長い時間を掛けて交友を深めてもらえれば、ゾッズビーの力が本物だと分かるはずだと思っても居る。

場を改めて欲しい。伯爵の要求はそれだけだった。

「ならば、この場ではっきりとさせましょう」

「はい?」

しかし、ペイスは首を横に振る。

どうあってもゾッズビーを殺めるつもりなのか。伯爵も自分がどうするべきかを真剣に悩み始めた。

「僕は、この場で“本当の予言”を見せることが出来ます。どのようにも解釈できる曖昧な言葉でけむに巻くのがこの男の手口。そうでないならば、自分で予言を実現させるというインチキ。こんなものは予言ではない」

「何と」

「本当の予言者を伯爵閣下に紹介しましょう」

「え?」

ところが、どうも話の方向がおかしい。

目の前の少年は、本当の予言を見せると言い出した。

元より、予言というものを心から信じ切っている伯爵である。本当の予言なるものがあることは信じられるし、それを見せてもらえるというのなら願っても無いことだった。

是非とも、そんな予言者を教えて欲しい。掛け値なしの本音だった。

そんな伯爵にペイスは素敵な笑顔を向けた。

「ここに居るのがその予言者。千里神眼と異名を持ち、未来をも見通す魔法を持った真なる予言者。シイツ=ビートウィンです」

紹介されたシイツは、ことのほか迷惑そうな顔をしていた。