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作品タイトル不明

190話 新公爵との会合

「モルテールン卿、わざわざの足労、感謝する」

「閣下の為とあらば、 如何(いか) ほどのこともございません」

カドレチェク公爵家王都別邸。

敷地内の広大な庭園は、有事には一軍を収容するに十分な広さを備えてある。そして何よりも人の目を惹くのは色とりどりの花々。代々王城のお抱えである庭師の一族によって整備されている花は、冬を除いてほぼ一年中何かしらの花が咲いていて、今時分、初夏の風が庭を掠めれば、香しい匂いを載せて人々の鼻腔を癒す。

敷地の中は手の入っていない箇所は一切なく、石畳を引いてあるか、木々が植わっているか。でなければ、手入れの行き届いた芝生で覆ってある。芝の丈は定規で計ったかの如くきっちりと揃えてあり、短くもなく、されど長くもなく。

斯様な手の込んだ庭園であるが、驚くべきはこれらは付属品であるということ。敷地内の最も重要な部分は、屋敷そのものである。

王都にはよくある石造建築であるが、その大きさは王城を除けば一と言って二と下らない。ただ石造レンガを積んだだけのようなものではない。選りすぐりの白い石材を切り出した石造レンガを積み、三階建てはあるだろう高さまで築き上げた、石工職人や大工たちが最高傑作と胸を張る、威容を備えた建物なのだ。

国内屈指の大貴族の屋敷。権力と財力を惜しみなくつぎ込んで作られたのには訳がある。

元々、神王国で軍事利権を握っていたのはアーマイア公爵家だった。カドレチェク家は、常に彼らに頭を抑えつけられる境遇だった。

二十数年前。アーマイア家が周辺諸国と内通。大戦が終息した際、アーマイア家は取り潰され、軍事の権限の多くが、カドレチェク家に移行されることとなった。

新興勢力が旧来と比較されることは自明の理。過去の亡霊の影響を払拭する為、カドレチェク家は、誰にも分かりやすい権力と財力の誇示を求められる。

そうして出来上がったのが、王都に 聳(そび) えるこの別邸。初めて訪れた者は、誰もがその素晴らしさに目を見張る。

そんな、貴族街の中でも一等豪華な家屋敷に通されたカセロールは、その屋敷の主と対面していた。

先年父親から公爵位を引き継いだプラエトリオ=ハズブノワ=ミル=カドレチェクその人である。父であるエリゼビオから爵位や家督を譲られ、現在のカドレチェク家当主の地位にある。

モルテールン家にとっては、ペイスの妻であるリコリスの双子の姉ペトラの旦那の父親、というかなり迂遠な縁戚でもある。

カセロールとプラエトリオの間では殆ど他人も同然だが、子ども世代では妻同士が姉妹という親密さ。他人行儀に接するには近く、親戚づきあいをするには遠いという、実に微妙な距離感だ。

「そうか、まずはお茶でも 如何(いかが) かな?」

「ありがとうございます」

カセロールとプラエトリオが共にソファに座ったところで、三十代から四十代と思しき女性が、手慣れた風で紅茶を入れる。高価な調度品に囲まれた中に、お茶の香りが広がった。

「ほう、とても良いお茶です。素晴らしい」

出された茶で軽く口を湿らせるカセロール。人に呼ばれて出向くことも多い男爵としては、お茶の味にも造詣が深いのだ。

「レーテシュ産の上物だ。若芽の中でも色の良いものを選りすぐっているらしい」

「らしい?」

「貰いものなのだ。代替わりの際に、とある家から貰った。どうも私がお茶好きという噂があるらしく、あちこちから色んな茶が届く。正直、私一人では飲み切れないほどあってな。カセロール殿には、是非とも消化を手伝って貰いたいものだ」

公爵が軽く笑った。

そも、プラエトリオがお茶好きという噂は、根拠のないものではない。

今のカドレチェク家は家格もあり、それに見合う程度の荘園や領地を保有する。全体的に王都に近しい土地ばかりであり、豊かさという面では文句のつけようもない。

だが、王都に近しいということは、そのまま王都の文化に染まりやすいということ。産業にしろ文化風土にしろ政策にしろ民衆の気風にしろ、基本的には王都に右へ倣えとなる。

王都に近いという立地条件自体は良い。問題は、ありとあらゆる面で王都や王領の下位互換となる点であり、領地を預かっていたプラエトリオはこれを打破しようともがいていたのだ。

領地内でお茶の栽培を試みたのもその一環。

来客があった際、お茶の一つも出さずに応接するのはあり得ない。会話が途切れたタイミングであったり、多少の気まずさが有ったりといった時、極自然に間を持たせるためにも飲食物を用意するのは、客人との応対においては基本中の基本。物を口に入れていれば無言でもそれが当然であり、相手にも失礼になることが無い。貴族社会における接遇のマニュアルでは、初歩の初歩。

ちなみに、平民から成り上がったような家ではこういう当たり前の暗黙の了解を知らずに、無言で気まずい時間を来客に与えてしまって不利益を被る、ということもある。

そういう意図がある物だとは知らずとも、貴族家で生まれ育った人間ならば“来客にお茶”は常識として根付いているもの。

つまり、貴族に茶葉は必需品、ということだ。

お茶の良し悪しで、来客に対する重要度を示す、といった使い方もされる。

さっさと帰って欲しい客ならば、お茶を出さないか、出しても粗悪なものを出す。是非とも会話を弾ませたい相手ならば、出来る限りの良葉を用意する。

だが、お茶の葉も植物。天候次第で採れる量は変わるし、そもそも良いお茶には手間暇がかかるもの。上級なものになると、育てている時に必要な葉以外は 毟(むし) ってしまうようなケースもある。量産しようにも、そもそも不可能という有様。

現状、神王国でお茶の産地といえば南部。レーテシュ家を筆頭に、幾つかの家がこのお茶の生産で儲けている。良いお茶を安定的に手に入れようと思えば、南部閥の貴族と良好な関係を築いていなくてはならない。

それでも、最上級品は生産地が独占する現状。カドレチェク家が手に入れるには、贈答品を含めて、対価を積まねばならないわけだ。

新公爵たるプラエトリオとしては、自領でお茶の生産が出来ないものかと挑戦してみたくもなる。というよりも、どの貴族も一度は試してみることである。当代公爵もまたその例に漏れず、生来の生真面目さから歴代よりも熱心に試行を進めたのだ。

公爵家の力があれば、お茶の木自体は手に入れることは可能。ならば、後は自分たちの努力と研究次第だろうと考えた。若く有能であれば、先人の出来なかったことに挑戦しても、自分ならばもしかしたらと思うものだ。

爵位を継ぐ前から始めて十年以上。お茶の生産と研究を続けており、プラエトリオのお茶好きの噂は、ここからきている。

悲しいことに未だに上物には及ばない出来でしかないが、いずれは南方産に劣らぬものを作ろうと努力していた。

「ははは、私は元よりしがない貧乏騎士。良い茶ばかり飲みますと、家に帰って妻に妬まれてしまいます」

「ほう、ならば今日は幾らか持って帰るとよい。モルテールン家には常から世話になっている。お茶の一つ二つで奥方の機嫌をなおせるなら、協力しよう」

「ありがとうございます」

公爵も貴族。お土産に持たせるお茶は、勿論公爵家で試作しているお茶だ。あわよくば、それでカドレチェク産のお茶の名が広まってくれればという打算だ。

土産の一つにも気をつかい、意図を潜ませるのがこの手の社交というもの。

「それで、本日の御用向きは?」

しばらく味と香りを楽しみ、お茶のカップを置いたカセロールが、要件をきり出す。

「一緒に茶飲み話をしたいというだけでは不満かな?」

「それはそれでも構いませんが」

カドレチェク公爵も、そしてカセロールも、仕事を抱えて忙しい身の上。わざわざ呼びつけておいて、単に世間話でお茶を楽しもうというだけなのは考えづらい。

つまりは、公爵の冗談なのだが、さっさと本題に入れとせっつくカセロールの態度は変わらない。

やれやれ、といった雰囲気で、公爵は呼びつけた理由について話し出す。

「モルテールン卿は、サイリ王国の現状について、何か聞き及んでいないか?」

「サイリ王国ですか?」

サイリ王国は、カセロール達の神王国から見れば東方にある隣国。神王国とは頻繁に衝突する国であり、過去には神王国の国土を蹂躙した前科もある。

近年は某パティシエの少年によって退潮を余儀なくされており、サイリ王国内でも屈指の勢力を誇っていたルトルート辺境伯家が潰れている。そのせいで国内が混乱しているらしいとは聞いていた。

「あまり詳しいことは存じません。ルトルート地域を我が国が併呑して以降は、我々に手を出すことを控えているとは聞いていますが」

「うむ。その通りだ。その上で、最近は更に進捗があってな」

「進捗?」

ようやく本題かと、カセロールが姿勢を正す。

「あの国で屈指の武闘派であり、対神王国強硬派の中では最も勢力を有していたルトルート辺境伯家が潰れたことで、国内が対神王国融和派優勢になっているようだ。国内の世論もほぼ統一されつつある……その顔を見ると知らなかったかな?」

「はあ」

カセロールの専門分野は軍事。剣を持って最前線で切った張ったをやらかすのが得意な武闘派であり、外国の情勢にはあまり興味がない。生返事になってしまうのはそのためだ。

「しかし、サイリ王国はルトルート領の奪還を画策している」

「ほう」

事の発端は既に歴史の彼方にあるサイリ王国と神王国の紛争。どちらが先に手を出したかなど、覚えている人間は例外なく墓の下で眠っている。記憶というよりは記録でしか辿れない両国の争いの系譜。

ただ、ルトルート領併呑に至った功績が誰にあるか。カセロールは経緯を良く分かっている。

「領土を我が国に“盗られた”とするのは強硬派も融和派も変わらん。違うのは、対応の違い。我が国に対して軍事的、外交的に圧力をかけ、力づくでも領土を奪還すべきというのが強硬派の意見。我が国と関係改善を図り、交渉によって領土の奪還を図ろうというのが融和派の意見」

「どちらも一理ありますが、そう易々とくれてやるものでもないでしょう」

カセロールとしては強硬派の意見の方が分かりやすい気がした。しかし、力づくで取り合っては埒が明かないと、穏便な手段を用いることを否定するつもりもない。目的達成の手段は、多い方が良いに決まっている。

「勿論だ。割れてくれるのは一向に構わんし、中で争う分にはどんどんやってもらいたい。しかし、そう都合のいい話ばかりも無い。想定するなら、悪い方を想定しておくべきなのは分かるだろう?」

「はい」

神王国にとって悪い想定とは何か。サイリ王国の人間が一致団結し、力づくで旧地奪還を図ることだろう。

「ただ、融和派の中も割れていてな。そうさな、あえて派閥に名を付けるとすれば、現実派と理想派とでも言うのか。今は軍事行動を起こすよりも、内政に力を入れて国力を養う時期であるという意見では一致している。その上で、国力の増大を領地奪還の為に活かそうとするのが理想派。領地奪還よりも更なる国力増進の為に活かせというのが現実派」

「我らからの領土奪還という目標を実現しようとするか、それが高すぎる目標だとして、一段下がる実現可能性の高い目標を目指すかの違い、ということでしょうか?」

「そういうことだ。短期的に領土奪還を図る強硬派、今は不利として中期的に図るのが理想派、長期的に見据えて世代交代すら視野に入れるのが現実派といったところか。ところで、融和派には共通して保持する大前提がある。モルテールン卿ならば分かるか?」

「さて……」

いまだ、話の筋が見えてこない。

サイリ王国が領土奪還を狙っているが、意見の不一致から幾つかの派閥に別れているということぐらいしか分からない。

カセロールは、考え込みながらも言葉を濁した。

「我が国からの更なる介入が無い、ということだ。軍事的にも、外交的にも」

「なるほど」

「我が国の中にも、サイリ王国が弱っている今こそ、更なる領土拡張の機会であるという輩も居る。つまり彼らの大前提が崩れる可能性は、残念ながら存在するということだ。我が父や、陛下は現状を維持する方針をお持ちだ。だからと言って、無視できるものでもない」

「威勢のいいことを言う連中は、何処にでも居りますな」

敵が弱っている今こそチャンスだ。もう一叩きして、更に領土を奪ってしまえ。などという意見は、日に日に強まっていると公爵はぼやく。

そういう意見を言うのが、他ならぬ公爵の派閥の人間だからだ。

南部の諸家連合やフバーレク家が主体となった、とされている先のサイリ王国との紛争。自分たちが援軍に出向く矢先に片が付いてしまったことで、手柄を横取りされたと感じている人間が居るらしい。そういう人間が誰を恨み、或いは妬むか。

つくづく、モルテールン家も敵の多い家である。

「サイリ王国の人間も、馬鹿ではない。先に上げた、我が国の跳ねっ返りを、当然懸念している。さて、そこで……サイリ王国の連中が何を考えるか」

「大前提の履行でしょうな。土台を踏み固めようとするでしょう」

「正解だ。一戦交えてでもというなら我々が相手になるが、当面戦うつもりが無く、内を固めんとするならば、外部の介入を阻止しようと行動を起こす……はずだな」

サイリ王国の国力は衰えている。国力を取り戻そうとするならば、神王国の更なる介入を阻止すべく動くのが自然な動き。しかし、公爵の言い方にカセロールは懸念を抱く。

「はず、とおっしゃいますと?」

「実は、サイリ王国から使者が来るそうなのだ」

これが話の主題か、とカセロールは頷いた。

神王国の介入をこれ以上避けたいなら、出鼻をくじく為に軍を使うか、話し合いで落としどころを探るか。表立って動くならこの二通りだろう。

使者を送って、とりあえずの不戦の約を結ぶことは常道といえる。

「ほう、ではその者は融和派とやらですか?」

「恐らく。推測でしかないがな。しかし、気を付けてもらいたい」

「何をでしょうか?」

「サイリ王国の人間にとって、今最も目障りなものは、モルテールン卿だ。強硬派ならば迎え撃つ心づもりもあろうが、融和派からしてみても、御家の介入は望ましくは無かろう」

ずいと体を前にやる公爵。

「それは分かります。しかし、今更ですな」

公爵の態度に、肩を軽く竦めるカセロール。敵というなら掃いて捨てるほどいるモルテールン家だ。今更ひとつふたつ敵対勢力が増えても、今更だろう。

「はは、英雄の仕事は内にあっては拠り所、外にあっては誘蛾灯ということか」

「今日はそれをわざわざお教え下さる為に?」

「ああ。しかしこれからしばらくは特に身の回りに注意されよ。敵は前だけとは限らない」

「承知」

モルテールン男爵カセロールが襲われたのは、それから三日後のことであった。