軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

187話 片思いにはラズベリーを

波の音が聞こえる。

遠くでは海鳥の声。綺麗な星空に、潮の香り。夜の海の素晴らしさは、何時の時代も共通している。

感慨深げなペイスは今、船の上に居た。

昨日、無事に犯人を捕まえることに成功したペイス達は、犯人の身柄をモルテールンではなくボンビーノ子爵の元に送った。

モルテールン出身者だけに身内の恥ではあるのだが、ことの起きた場所が子爵の館の中だったのだ。治外法権でもない限り、捜査権と司法権はボンビーノ家にある。それが常識だ。

幾ら犯人がモルテールンの人間だとはいえ、他所の土地での事件を、モルテールン家が裁く権利はない。

犯人引き渡しの後、折角贈ってもらった指輪を取り返せなかったことに対してペイスが詫びると、ウランタも仕方がないと頷いた。

勿論指輪の捜索は続けるし、犯人の記憶も尋問することだろうが、とりあえずひと段落はついたとの認識を共有。誰が悪いかといえば窃盗犯であり、モルテールン家とボンビーノ家の友誼と信愛は変わらないことが確認された。

さて、ここでウランタとしては、どうしても改めて、両家の連帯と友好を喧伝する必要性があるのではないかと思い至る。

このままであれば、すなわち窃盗事件と犯人引き渡しが済んだだけならば、もしかすればボンビーノ家とモルテールン家は不仲になった、と誤解されるかもしれない。何せ、友好の証を紛失したのは事実なのだから。

犯人の狙いが両家の離反であるならば、今回の事件だけでなく、続けて二の矢、三の矢が届くかもしれない。何せ、犯人が単独犯という確証も無いのだから。

そうなる前に、付け入る隙は与えないように防ぐべき。

何とかしたいと考えてウランタが打った手は、改めてのパーティー開催である。

続けて豪華なパーティーを開けるボンビーノ家ならではの解決策だ。貧乏な家ならばこうはいかない。

その上で、ウランタは更に考えた。今回の事情を聞けば、自分がジョゼに相応しくないと思われていたのが原因らしい。

一度、きっちりとボンビーノ家の力量をアピールした方が良い。そう考えた発想は素晴らしい。彼もペイスを始め周りの人間から色々と学んでいるようだ。

ボンビーノ家の力量を示すにはどうすればいいか。この家が誰に対しても誇れることといえば、代々維持してきた強力な海軍である。レーテシュ家に次ぐ数。そして、質ならばレーテシュ家を越えると自負する、自慢の海軍。神王国一、いや近隣諸国でも一番だと言える精鋭部隊。これを示さずにどうするのか。

よし、船上でパーティーをしよう。

ウランタは、自分の思い付きに自画自賛した。

海軍にとって船の数はすなわち軍事力。自分たちの船の数と設備を見せつけることで、ボンビーノ家の実力を見せつけてやる、と気合を入れたのだ。

そして今、ペイスとウランタは、揺れる波音の中で仲良く談笑していた。

「流石はペイス殿。迅速さでは敵いません。我々ではとても太刀打ちできない」

「いえ、偶々父から魔法を借りていましたので。それがあってこその成果。運が良かっただけです」

「なるほど、カセロール殿の【転移】を、ペイス殿も使えるのですか。これは重要な話を聞かせて頂きましたね」

「一応、血縁者の魔法使いのみに貸せるという制約があります。が、それを知られれば弱点にもなる。このことは、口外無用に願いたいのですが」

「分かりました」

今回の事件で、モルテールン家はボンビーノ家に借りが一つできてしまった。要らぬ事件を起こして、手間を取らせたのだから。

連れて行った人員の中に盗人が居た。これはモルテールン家の信頼を大きく損ねかねない情報。緘口令と情報封鎖に協力してもらおうと思えば、代わりに何がしかの手土産が要る。

モルテールン家の機密として、対外的に隠されている隠蔽情報。その一端を伝えることが、その手土産だ。モルテールン家の代名詞ともいえる魔法を、父親のみならず息子も使える。この情報はデカイ。上手く使えば、モルテールン家に対する毒にもなるだろう。

だからこそ、ウランタは聞いた内容を心にしまい込む。

モルテールン家を毒することで、ペイスはともかくジョゼに嫌われるのは絶対に嫌だったからだ。

「とりあえず、乾杯しましょうか」

「ええ。事件の解決と、我々の変わらぬ友誼に」

キン、と銀杯の澄んだ音。

中に入っているのはかなり薄めた蜂蜜酒。極めて甘いデザート用のお酒なのだが、身体の出来ていない二人には丁度良い。

「ああ、美味しい」

「そうですね」

色々と気疲れすることが多かったせいだろう。ぐっと一気に飲み干したウランタは、大した量でも無いのにすぐに赤くなった。水とほとんど変わらないはずなのだが、もしかしたら雰囲気に酔っているのかもしれない。

「ここにジョゼが居れば完璧でしたが……」

「申し訳ありません。あんな事件があった以上、外に出しておくと万が一があり得るとのことでして」

窃盗事件の目的が、ジョゼに対する熱烈な好意から来ていたと判明したのだ。モルテールン領内にジョゼのファンが一人とは限らず、モルテールン家の目が届きにくい場所で、第二第三の事件が起きては、それこそ取り返しがつかなくなるかもしれない。

モルテールン出身であることを利用した、自爆テロ的な状況の増加。モルテールン家としては悪夢だ。

そこでしばらくほとぼりが冷めるまで、ジョゼを王都の方で護衛することとなったのだ。アニエスが、自分の目の届かないところに娘を置くことを嫌がったというのもある。

「代わりに、良いものをご用意しています」

「へえ、何でしょう」

船上パーティーの開催が告げられる前、このままでは両家の仲違いが噂されるかもしれないと危惧したのは、モルテールン家も同じだった。

そこで、ペイスは考えた。両家が親密であることをアピールするのに、良い手はないかと。

そうなると、ペイスが思いつくのは決まっている。スイーツだ。

新しいスイーツを作り、そのレシピをボンビーノ家に進呈する。これならば、ジョゼが嫁に行ったときにも役に立つだろうし、いいことづくめ。

などと、ペイスがペイスらしい結論を得るに至った。

早速とばかりに、ボンビーノ領でも採れる素材を集めたところ、手に入ったのはラズベリー、牛乳、蜂蜜にお酒、などなど。

これで出来るスイーツで、実にぴったりのものを思い出したペイスが、厨房に籠る事二時間。

何故かパーティーの招待客全員に振る舞っても問題ないほどの量のスイーツが出来ていたのである。

シイツなどが呆れたのは言うまでもない。

改めて確認するまでも無いが、パーティーの開催が知らされたのは、ペイスがお菓子作りを始めた後である。パーティーが無ければ、大量のスイーツをどうするつもりだったのかと、問い詰めたくもなるだろう。

「では、ご賞味あれ!!」

「おお!!」

ペイスの用意したお菓子で、歓声が上がった。

モルテールン家のお菓子が美味しいことは既に有名で、高級菓子のメッカとしても知名度を上げつつある。そんな家が用意したスイーツだ。今までの甘いだけのお菓子ではあるまいと、大勢がスイーツを手に取る。

尚、甘いものに目が無いニルダ女史は、群がる男を力づくで押しのけて、複数個を確保していたりする。旨い旨いと言いながら、バクバク食べている。

それを脇目に、ウランタも一つ手に取る。

乾杯用に用いる小さな 杯(ハイ) に、ふんわりと乗せられたお菓子。見たところベリーの上に白い何かを掛けているように見える。

「これは何というお菓子なのですか?」

ウランタの疑問は当然のものだろう。

生まれて初めて食すスイーツ。食べてみれば、仄かにお酒の味もする。今まで甘いものがお菓子だと思って来たウランタにとって、ベリーの酸味や、お酒の風味といったものが感じられるお菓子など初体験である。

「クラナカンと言います」

「クラナカン?」

ペイスが用意したのは、スコットランドの伝統的なスイーツ。

牛乳から作られるホイップクリーム、蜂蜜、ラズベリーを混ぜたものを、お酒に浸したオートミールに掛けて食す、夏場の涼感スイーツの一つだ。

大抵は混ぜて食すものだが、混ぜずに食べても中々美味しい。

ウランタはどうやら混ぜて食べる派らしく、気に入ったのかお替りまでしていた。

「これ、美味しいですよ」

「喜んでもらえてよかった。後で、作り方を書いたものもお渡しします。姉様にも作れるようになってもらうつもりですので、次に食べたいと思ったら、是非姉様の手料理として食してください」

「それは勿論、喜んで!!」

ウランタは、満面の笑みでペイスに頷いた。

いずれジョゼに作って貰えるというのなら、これは自分の一番好きな料理になるかもしれない、などと思いつつ。

これほど喜んでもらえるのなら、ペイスとしても職人冥利に尽きる。

しかし、ただ食べて喜んでもらうだけではないのが、ペイスが悪戯坊主と呼ばれる所以でもある。

「実は、このスイーツには更に逸話がありまして」

「え? どういうものです」

「それは……」

このスイーツを作った一番の理由。それを話そうとした時だった。

「ペイス様!! こんなものが!!」

船室で休んでいたはずのガラガンが、布切れのようなものを持って駆けよって来た。

慌てた様子に、周りも何事かとざわつきだす。

「何です?」

「はい、先ほど、急に頭の上に降ってきまして」

「降って来た? 船内でですか?」

「はい」

摩訶不思議な状況。

船という、ある意味で隔離された密閉空間に、不審物が舞い込んだというのだ。どうやったのかは謎だが、警戒するなというのは無理である。

手渡された布切れを、広げてみるペイス。

そこには、綺麗に整った几帳面な文体で、ペイスあてにメッセージが書かれていた。

「っ!!」

その内容に、ペイスは思わず心を乱した。

「何ですか?」

「……ウランタ殿、これは嫌がらせです」

「嫌がらせ?」

「ええ、読んでみて下さい」

ペイスから見せられた布の字を読むウランタ。

書かれていた内容は、ウランタにとっては意味不明な内容だった。

『偉大なる神の恩恵は正しい信仰者に与えられる。神王国の英雄殿におかれては、正しい信仰を取り戻し、正道を行かれんことを望む。ご所望の指輪は、神の導きによりて我が手の内にあり。菓子などというものは潔く捨て去り、神の御許に参じるべし。さすれば神の恩寵が与えられるだろう。ゆめ疑うなかれ』

最後まで読んだウランタは、言葉を失う。

「これは……例の盗難事件に黒幕が居たということでしょうか?」

偉大なる神だの、正しい信仰だのという言葉がある。ジョゼを女神だと崇めるという異常な連中が騒動を起こした現在、その手の言葉遣いが気になって仕方がない。

ウランタの考えは、ある意味では正しい。だが、ペイスには、ペイスにだけは、この布切れを送ってきた人物が分かった。

「これを送り付けてきたのは、聖国の連中です」

ペイスの頭には、自分を英雄と 揶揄(やゆ) した青年の姿があった。赤毛ののっぽで、自分とはとことん相性の悪い魔法を持つ菓子嫌い。何から何までペイスの神経を逆なでするような奴が、これを送って来たに違いないのだ。

そう思って船内を見回す。さっきまでは確かに居たはずののっぽが、見当たらない。やはり間違いない。

「正しい信仰? どういう意味でしょう」

「……」

書かれた文言の意味を、じっと考えるペイス。

そこで、はっと気づく。

「菓子を捨てる。あの男ならばっ!!」

バッと走り出したペイス。何故か、自分で作ったクラナカンを片っ端から食べ始めた。

「何をしているのです!?」

驚いたのはウランタだ。

ペイスの行動が突拍子も無いことは今に始まったことではないが、せめて説明が欲しい。

「恐らく聖国の連中は、僕らが犯人を捕まえに動く前から、事件について察していた。今思えば、そう思える節があった。その上で何故見逃したのか。恐らく、その方が自分たちの目的に適うと考えた」

「自分たちの目的?」

「うちとボンビーノ家の接近ですよ。両家が対等に結びつくには、うちが借りを作る形で歩み寄る必要があった。だから、窃盗犯を見逃したんです。或いは、諭したのも聖国の人間かも知れない」

「なんですって!?」

「しかし、同時に監視もしていた。指輪を拾えたのはその為でしょう」

「……信じられない」

ペイスには確信があった。あのビターならば、それぐらいはやってのけるだろうという確信だ。

そして、盗品と分かっていて拾ったものを、これ幸いと懐に入れるようなことも無い。そんな欲深さとは縁遠く、盗品を元の持ち主に返すような正義感で動く男だ。

だが、真正面からそのまま返しに行けば、自分たちが疑われる。だからこそ、ペイスにだけ分かるメッセージを寄越してきたのだ。

メッセージの中で、唯一具体的に場所を示すのは、菓子という文言。菓子を捨てるということから、菓子の中に指輪を入れた可能性がある。

猛烈な勢いで食しながら、指輪を探していくペイス。菓子を愛する男に、捨てるなどという真似が出来るわけもないのだ。

結果として、ペイスの行動は無駄になった。

推理が間違っていたわけでは無い。ペイスの予想は、真っ当に的を得ていた。誤算だったのは、ペイスに釣られてクラナカンにがっついた一人の女性だった。

「まさか、ニルダさんが指輪を見つけるとは……」

そう、凄い勢いで食い散らかしていたニルディアが、食べている途中に何かをガリっと噛んでしまったのだ。石でも入っていやがったかと、ぺっと吐き出したところ、それが件の指輪だったという訳である。

ニルダの食い意地のお手柄というべきだろうか。

あのペイスが神妙な顔になったというのだから、実に面白い話である。

「ウランタ殿」

「はい?」

「実は先ほど言いかけていたことなんですが」

「はあ」

渋い顔をしたペイスが、ウランタに語り掛ける。

「このクラナカン。結婚式の時に指輪を入れて振舞う風習がありましてね」

「え!?」

「指輪が当たった人間は、次の結婚式の主役になるという 謂(いわ) れがあるんです」

「ええ!? ニルダさんが? え? 本当に?」

「本当です。指輪にちなんで作ったお菓子だったんですが、まさか本当にその逸話を再現することになるとは思いませんでした……もし、ニルダさんが結婚するようなら、これも何かの縁です。このクラナカンを振る舞ってあげてください」

「分かりました」

散々食い散らかし、次は酒だとあおりだした豪快な女性。

彼女が次に結婚することになるなんて、本当だろうか。

ウランタは、どうにも信じられない気分のまま、クラナカンをお替りするのだった。