軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

183話 敵

「諸君、我々の中から、裏切り者が出た」

夜。月も隠れる闇の中、豆油による小さな灯りだけが、男たちを照らしていた。

うすらぼんやりとした灯りだけでは、顔を映すことも能わず。誰が誰であるかの見分けは付かない。

数にして五人程。人目をはばかる様子から、真っ当な集まりでないことは明らかだった。

「ああ、奴だな」

「我々が信仰を捧し女神に、公然と反旗を翻し、邪教を信ずるようになるとは、許しがたい」

背の高い男が、吐き捨てるように言った。彼らはとある女神を信仰するという只一点において同士であり、仲間であった。その中から、裏切り者が出たのだという話であり、全員がそうだそうだと相槌を打つ。

「然り。しかし、更に許し難きは、我らから神を奪おうとする輩だ」

横幅の広い男が、口から泡を飛ばすようにして憤る。信仰を 一(いつ) にする者たちにとって、信仰を裏切った者よりも、信仰そのものを奪おうとする者の方が許しがたい。

「許すまじ」

「そうだ、天誅を加えねばならん」

「神罰が必要だ!!」

男たちの声は、ヒートアップこそすれクールダウンはしない。いっそ今から背教者を誅すると言わんばかりの勢いと熱気。

「しかしどうする。我々では、彼奴等に対抗することは不可能だ」

「そうだ」

だが、男達の同意の中、一人それに同調しない者が居た。沸騰した鍋に水を差したが如く、熱して煮え立っていた男たちの頭を冷やす。

「これは、同士からの報告だが、彼奴等の妨害を成し遂げ、上手くすれば神を取り返すことが出来るかも知れぬ方法がある」

「何!?」

「そのようなことが出来るのか!」

奪われた信仰の奪還。何とも甘美で、心惹かれることであろうか。

男たちの間で、神のことで嘘をつくものは居ない。同士が出来るといえば、出来るのだ。これは信仰者たちの常識である。

「出来る。しかし、その為には誰かの犠牲が要る」

「俺だ」

「いや、私にやらせてくれ」

口々に、自分がやると言い出す。神を取り戻す聖戦とあれば、身を犠牲にするは喜びである。

「では、人選はあとにするとして、策は……」

密談は、夜遅くまで続いた。

◇◇◇◇◇

「閣下、どうぞ緊張せずに、気持ちを楽に」

「う、う、うん、わわわかってる」

「はぁ」

ケラウスは、溜息をついた。

これから、ウランタとジョゼフィーネの婚約披露会だというのに、当の主役が先ほどから上がりっぱなし。

確かに、十歳そこらで、大の大人に大勢囲まれ、大舞台の主役になるというのは緊張することかもしれない。惚れた女性と、いよいよ婚約を正式に発表、となれば、肩に力が入るものなのかもしれない。

緊張するのは当然であり、恥ずかしむべき何ものも無い。しかし、ケラウスの溜息は深くて重い。これは、ウランタの場合、絶対に比較される人物を想定しているからだ。

ジョゼフィーネの実家はモルテールン家。大戦の武勲で成り上がった、新興貴族の筆頭格。実力主義にして精鋭主義の家風が知られており、モルテールン家の家人は、上から下まで精鋭ぞろいという話だ。特に、覗き屋として知られるシイツなどは有名。

そんな、実力も名声も実績も確かな連中が、たった一人の子どもを敬愛し、心服しているというのは、ボンビーノ家の中では周知の事実。

その子供とは、言わずもがな、ペイストリー=ミル=モルテールンである。

他所の家はいざ知らず、ことボンビーノ家でペイスのことを知らない奴は居ない。居ればそいつは他家のスパイであろう。

ウランタと同い年ながら、築き上げた武勲は既に英雄と呼べるもの。百戦錬磨の風格すら漂う実力者。

家族の絆も強く、姉には懐いていると聞く。ならば、かの銀髪の少年は、間違いなく披露会に来る。

全く同い年。いずれは共に領主として王家に仕えることになる同輩。同じ軍家。どうしたって、横に並べば比較されることになるだろう。

ペイスと比較される。これは、今のウランタにとって悪夢だ。爵位を継いでいるウランタの器量が、どれほど優れていようと。いや、実際に極めて優秀なことは間違いないのだが、比較相手が悪すぎる。最優良の規格品だからといって、規格外のものと並べるなという話だ。

せめて、多少なりとも見栄えがするように、堂々と振る舞って欲しい。最低でも、緊張している様子は見せずに、自信を持って臨んで欲しい。

ケラウスの望みは本当にささやかなものであるが、悲しいかな、今のウランタには 聳(そび) え立つ壁である。

深呼吸すること数度。何とか、冷静さを取り戻しかけたウランタが、それ故にふと思いついた。思い出したという方が正確かもしれないが、今まで他のことで頭がいっぱいいっぱいだったところに、僅かに出来た余裕の表れといったところか。

「あ、そうだケラウス、指輪も用意してあるよね」

「勿論です。婚約の指輪として、指示通りのものを用意しております」

今回の婚約に際し、ボンビーノ家からジョゼに対して婚約指輪が贈られることになった。神王国では珍しい風習なのだが、ついうっかりそんな風習について漏らしたトラブルメーカーが居たことから、折角ならばということで用意されたもの。

ウランタが、ジョゼを自分のものだとアピールしたい独占欲に駆られていた、というのもあるが。何にせよ、ボンビーノ家から妻となる女性に贈る、最初の贈り物。忘れるわけにはいかないと、ウランタも改めての念押しだ。

優秀な補佐役が大丈夫と言っているが、確認せずに万一があってもことである。

「ちゃんと、磨いてくれたよね?」

「勿論です。私も確認しましたが、新品同然になっています」

用意した指輪は、ウランタの母親の形見。母は祖母から、祖母は曽祖母から貰ったという、代々の逸品。

ウランタもまだまだ少年と言える年であり、母親というものに甘えがあっても良い年ごろだ。それが許されない立場でありながら、やはりどこかでジョゼには母親のような包容力を求めているのだろう。新品の指輪で無かったことに如何なる思惑があったのか。それはウランタのみぞ知る。いや、ウランタ自身も自覚していないことかもしれない。

貰った方は、重たすぎる想いに困惑するだろうと思われるが、悲しいかな、女性にその手の贈り物をしたことが無いウランタに、気付けというのも酷なことである。

「ウランタ様。そろそろお時間です」

子爵家の若手が、ウランタを呼びに来た。すうはあすうはあと息を整えていた子爵閣下は、ドアがノックされた瞬間、本気で息が詰まった。それぐらい緊張しているのだ。

「あぁあ!! 緊張する!!」

これから、ジョゼを控室まで迎えに行き、そのまま式場にエスコートせねばならない。

結婚披露宴と違うところは、あくまで婚約である為、まだジョゼはモルテールン家の人間として扱わねばならないということだ。

他家の御令嬢を、社交場までエスコートする。ウランタとて貴族の嫡男。これが初めてというわけでは無いのだが、今回は今まで経験してきたどの女性とも違う。絶対に、格好の悪いところを見せたくない相手なのだ。失敗できないという緊張は、今がピークかも知れない。

何せ、歩くときに右手と右足がセットになっていた。歩き方まで忘れたらしい。

モルテールン家控室。その前に立ったウランタは、震える手でノックする。

「む、迎えに来ました!!」

「ウランタ様、まずは名乗りませんと」

「ウランタ=ミル=ボンビーノです。ジョゼフィーネ嬢をお迎えに参りました!!」

神王国のマナーの話。扉の向こうでノックがあっても、相手の顔は見えない。剣と魔法の物騒な世界であるし、自分の身は自分で守る自力救済が大原則の文化。ノックされて扉を開けたら、相手が襲い掛かって来た、などという例はごまんとある。

だから、ノックした人間は、自分が誰であり、何のために来たのかを扉を開ける前に告げるのがマナーである。開ける前に自分の目的と身元をはっきりさせ、扉の中から許可が出てから扉を開ける。そうでないなら、開けた瞬間剣を向けられても文句は言えないところだ。

ノックもせずに扉を開けるなど、論外の行為である。仮にそのようなことをする人間が居るなら、そいつはこの上ない非常識であろう。

これらのマナーをすっかり頭の中から零れさせていたウランタ。周りの人間は、苦笑気味である。

「どうぞ」

中から、声がした。誰の声かなど言うまでもなく、今日の式典の主役の声だ。年相応の落ち着きと、年相応の愛らしさが同居する声。ああ、この中にジョゼが居るのだと、ウランタはじんわりと実感する。

許可が出たのだ。ドアをゆっくりと開ける。

「あ……」

ウランタは思わず言葉を失った。

ジョゼの服装は、白色を基調とした淡い色のドレス。裾の方に淡い水色があり、首元に薄っすらと淡い桃色のグラデーション。ジョゼの、透けるような輝く髪と合わせて、まるで精霊のようだ、とウランタは見惚れたのだ。いや、ジョゼは精霊だったのだ。神の使いが、自分を天国に誘うのだと、ウランタは本気で信じそうになった。

それほどに、ジョゼの美しさは際立っていた。あばたもえくぼというのなら、本物のえくぼは美の結晶である。元より美人な 女性(ジョゼ) に、ウランタのフィルターを掛けると、女神が誕生する。

あまりのことに、身体が硬直している少年。これでは埒が明かない。場を動かしたのは、これもまた少年だった。

「こほん、ウランタ殿、姉様のエスコート、よろしくお願いします」

ペイスの咳払いは、何とかウランタに届いたらしい。慌ててフリーズから再起動した主役が、何とかぎこちないながらも自分の役割をこなすべく動き出す。

「で、では、いきましょう」

ウランタの傍に、そっと立つジョゼ。そしてそのまま連れ立って歩きだす。黙っていれば立派な御令嬢に見えるのだから、美人は得である。

披露会の会場は、子爵家の一番広いロビーを開放して行われる。

更には、ロビーに併設されている応接室も幾つか開放されており、メイン会場と休憩室、というような扱いになっていた。

ウランタとジョゼが向かったのは、当然メイン会場の方。ロビーの中には、既に人が大勢いた。今伸び盛りのボンビーノ家の招待、断る家の方が珍しい。

近場では、子爵家の領内に居を構える商会の主であったり、隣の領地の貴族であったりと言った面々。遠いところでは、聖国からもわざわざやってきていた。盛況という言葉が、まさにそのまま当てはまる光景。この賑やかさが、すなわち現在の子爵家の影響力でもある。

ジョゼとウランタが指定の場所に座り、雛人形の如く飾りになったタイミングで、本格的に披露会が始まった。司会から開会の宣言が告げられる。

まず、真っ先に動いたのは、普段は王都にいる宮廷貴族達だ。

彼らは、日頃王都から出ることは無い。その上、収入のほとんどは王家からの職務給である。王家へ直に接することが出来る名誉が報酬、といえば聞こえはいいが、ようは安月給ということ。

金が無いのに、貴族としての体面は守らねばならない立場。些細な利権でも、手に入れられるなら喉から手がでるのが宮廷貴族というもの。ボンビーノ家は領内に港もあれば船もある。

例えば珍しいものを手に入れた時に融通してもらう、等ということも些細な利権だが、転売益等で利益が出せることを思えば、こんなことでも馬鹿に出来ない。

ちょっとでもウランタのご機嫌を取っておきたい連中は、行列を作って揉み手で挨拶する。

「やはり、ここの家は人気がありますね」

ペイスが、傍に居た母親に話しかけた。

娘の婚約披露だからとカセロールも参加しようとしていたのだが、国軍の職務があることから、泣く泣く母親とペイスのみが参加することになったのだ。

これは、言葉通り本当に泣きが入っていたのだ。引き止めた部下たちに、であるが。

また、他所に嫁いだジョゼの姉達も揃って顔を見せていたりもする。モルテールン家近縁の人間として、無理にウランタへ挨拶などせずとも伝手があるわけで、彼女たちはペイス達に挨拶した後は、早々に挨拶攻勢から逃げて、贅を凝らした食事に舌鼓をうっていた。落ち着いたころ合いを見計らって、ジョゼに声を掛ける予定である。

「上の娘達の時も思ったけど、時が経つのは早いわね。あの小さかったジョゼが、もうお嫁に行くのだから」

「母様、今日は婚約披露ですよ。結婚はまだ分からないのでは?」

「ペイス、変なことを言わないで頂戴。あの子は、ちゃんとお嫁に行ってもらわないと困るわ」

「……大丈夫じゃないですかね?」

政略結婚というならばその通りではあるのだが、今回の場合はウランタがジョゼにベタ惚れであることを、ペイスは知っている。

勿論、ジョゼがあんまりにも酷い嫁であれば、百年の恋も冷めるかもしれない。だが、それを懸念したアニエスが、自分の社交をほっぽり出してまで嫁入り修行を課したのだ。元々の地頭は賢いジョゼ。最低限の猫を被れる程度には、女子力が身についているはずである。たぶん。

主役の片方の実家とあって、そんなモルテールン家には挨拶しに来る人間も多い。

大抵は、顔見知りである。日頃から割と仲のいい相手が、お祝いの言葉をモルテールン家に言いに来るわけだ。気楽な挨拶ならば、ペイス達も変に構えることなく対応できる。

だが、中には見逃せない相手も居た。

「久しいな」

ペイスに掛けられた何気ない一言。

聞いた瞬間、ペイスは思わず腰の剣に手が伸びた。抜かなかったのは理性の賜物である。

「今日は祝いの使者として来ている。警戒するなとは言わんが、無粋は止めておけよ」

「これはこれは。誰かと思えば、聖国の英雄殿でしたか」

「折角の機会、神王国の英雄に挨拶しておこうと思ってな」

ビターテイスト=エスト=ハイエンシャン。

聖国十三傑の筆頭にして、ペイスとは何かと因縁のある相手。

元々厚顔無恥を地で行くペイスではあるが、唯一、戦って勝ちきれなかったと認める相手。ペイスをして必勝を確信できない、強敵である。

唯一の救いは、現時点では聖国との講和も済んでおり、今回は祝いの使者という平和的立場にあること。

「貴方ほどの重要人物が、どうしてここに?」

聖国は、神王国と比べて国力が低い。しかし、こと魔法に関してのみは聖国の方が上。魔法使いは、聖国にとって外交的にも軍事的にも経済的にも重要な要素。

そして、魔法が属人的なものである以上、聖国は魔法使いを過剰なほど保護する。聖国の魔法使いのトップに立つ男ともなれば、そう簡単に外国をぶらついていて良いはずもない。

「さっきも言った通りだ。祝いに来たのだ。神王国の若き英雄は、姉を祝って欲しくないのか?」

「いえ。お祝いの言葉、ありがたく頂戴します。ですが、その言葉は当事者に贈るものではないでしょうか?」

「ふむ。そうだな。では早速」

「……僕も同行しましょう」

ついこの間まで戦争していた国の魔法使い。それも、モルテールン家を明確に仮想敵と認識している相手。油断は出来ようはずも無い。

姉の安全の為に、ペイスはビターに付き添う。或いは、そうやってペイスを傍に着けることで、穏便かつスムーズに挨拶を済ませたいという思惑があったのかもしれない。

ビターとて、今回の目的はボンビーノ家と友好的な関係を結ぶのが目的。最低でも、敵視されないようにする、というのが使者の要件だ。事を荒立てるつもりも無いので、ペイスの監視を受け入れたまま、主役の二人に挨拶をする。

主役たちに露骨に媚びをうっていた取り巻きたちは、モルテールン家の嫡男と、聖国の英雄という二人の登場に圧され、言われるまでもなく場を開けた。

挨拶が終わっても、お互いがお互いを警戒したまま、ロビーの端に移動する。お互い不要な騒動を避けたいし、目立つところで睨み合っても得るものはないとの思惑。言葉にしたわけでは無いが、お互いに相手の考えていることなど読み切っているので、阿吽の呼吸というものが出来上がる不思議。

傍(はた) から見るだけならば、きっと二人は親友だと勘違いしたに違いない。

ペイスとビター。共に優れた魔法使いであり、優秀な頭脳を持っているのだが、悲しいかな、人の目は複数を同時に見るようにはできてない。

だからだろう。ウランタがジョゼに、顔を真っ赤にして指輪を贈るシーンを見逃してしまっていた。