軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

167話 悪だくみは港町で

「あれがそうです」

小高い丘の雑木林の中、藪からこっそりと視線を飛ばす二人組が居た。

「お手柄ですよ」

「最近この町は行商人の出入りが多かったですから、楽でした」

二人組の内、片方は如何にも駆け出しの行商人といった感じの若者だった。

商売相手に警戒心を抱かせないように練習した作り笑顔、きっちりと整えられた髪型、高級過ぎず、それでいて清潔感を失わない服装。町中を歩いていても、その他大勢に埋もれてしまうであろうごく普通の青年。

対し、もう一人の方は良家の子息といった感じの少年。

“黒髪”に鳶色の瞳。どこかのボンボンといえばその通りに思われそうな、仕立ての良い服を着た子供。

利発そうな顔つきと、幼さの残る風貌がミスマッチであり、背伸びをして大人ぶっている感じがした。

「ウランタ殿は、やはり良い領主ですね」

「本人が優秀かどうかは、まだ分からないでしょう。伝統のある貴族家となれば、家臣の中にも縁戚に当たるようなのは多いでしょうし、忠誠心と能力を兼ね備えた補佐が付いているのでは?」

「優秀な人材を使いこなすのも、領主の器量ですよ。海戦の際に得た情報を十二分に活かそうとする発想と、迷わず決断して投資する行動力。侮ってはいけないでしょう」

「天才って奴ですか?」

「余人より才能が有るのは否定はしませんが、幼い時から苦労と努力を重ねてきたのも大きいのでしょう。試練は人を磨くものですから」

二人組の眼前にあるのは、かなりの広さがある畑。それも、二十ほどに区切られて管理された、いわゆる果樹園だ。

区切ってある区画には、葡萄、ボンカ、桑、梨、ヤマモモなどの樹木が並ぶ。

この果樹園の特徴は、これらの木々が植えられてからまだ一月も経っていないという点にある。

「壊血病対策にフルーツ……それを聞いて実験農園まで整備するとは。是非とも丸ごと頂きたいですが……」

「ペ……じゃないライス様。考え方が大分物騒になってます。俺らは今は、ただの商人ですよ?」

「おっとそうでした。それでは、ばれないうちに退散しますか」

正体不明の二人組は、その場から魔法のように消えていた。

◇◇◇◇◇

ボンビーノ子爵領の港街ナイリエ。潮風と共に喧騒がやって来るこの町は、昨今の好景気も相まって、人が溢れていた。

寒さも厳しいこの時期は、港町のかきいれ時である。イワシを始めとする魚群が港町近くまで回遊し、それを追って大型のカツオなどもやって来る。寒い時期こそ、港町は忙しくなるのだ。

漁師が忙しい時は、魚を扱う商人も忙しい。町の宿屋や魚屋に卸す問屋も忙しいが、何より忙しいのは子爵家に魚を卸す御用商人だ。

領主になってまだ間がないはずの少年が、ここ一、二年の間で領地の経営を急激に立て直したのは有名な話。伝統ある子爵家であるからして、景気の良さもあって、あちらこちらから客人がやって来る。

客が来れば振る舞う料理は魚料理。港町の地場料理なのだから当然だ。いつどんな客が来ても困らないよう、毎朝出入りの商人がイキの良さそうな 上物(じょうもの) を買いに来る。

日頃は取り止めの無い雑談で終わる商人の買い付け。

しかし今、この商人は何かと噂を聞くことが多かった。

他ならぬウランタの、醜聞という形で。

誰かが意図的に広めているとしか思えない噂の内容。

それは、ウランタが女性を無理やりの力づくで辱めたというものだった。

「ですから、誤解なのです」

ナイリエにある領主館。

幾つかある応接室の中で、最も格式ある部屋。重要人物をもてなすために使われる客間で、ウランタが困った顔をして叫んだ。

「詳しく説明を」

ウランタの対面には、ボンビーノ子爵家と友好関係にある男爵家の領主代行が座っていた。誰あろうペイストリーだ。

ウランタとは共に戦った戦友でもあり、ペイスとの仲は割と近しいのだが、それはそれとして今回はペイスとしても困惑していた。

事の起こりは王都での戦勝祝賀会。

ウランタが、女性を襲ったという事件が起きた。いや、正しくはそう騒いだ人間が幾人か出た。

レーテシュ家のセルジャンや、モルテールン家のカセロール、ペイストリー、或いはカドレチェク家のスクヮーレといった、ウランタに近しい仲の良い人間が、ウランタの傍に誰も居なかったという“偶然”もあり、事件そのものを目撃した人物は少数。

それらが全て、ウランタが“女性を襲って辱めた”と口をそろえているのだ。

勿論、ウランタとしてはそんなことはしていないと無実を訴えた。

ことが祝いの場であったこともあり、一旦は王家預かりとなってその場は治まったのだが、人の口に戸はたてられない。いささか不自然なほどに噂は広まり、困りかねたウランタがペイスに相談する為連絡を取ったというのが現状。

「最初から説明しますと、戦勝祝賀会での出来事が発端です。その際、私は何人かの女性に囲まれました」

「それは父が見ていたそうですね。その場にはセルジャン殿も居られたとのことですから、間違いない。女性の積極的なアピール合戦になったとか」

ウランタは、ただでさえ伝統ある格式高い子爵家の御曹司。それも既に爵位を継いでいる血統書付きのハイソサエティ。

領地経営は非常に上手くいっていて、家も裕福であり、そのうえ軍功と名声もあるとなれば、放っておいてほしいと思う方が間違っている。

ペイスもリコリスと結婚するまでは似たようなことが多々あったが、ペイスの場合は多少の名が売れるころには、既に婚約者が決まっていた為に、遠慮する者もあった。フバーレク家を敵にしたくないという思惑からだ。

だが、ウランタは婚約者も居ない独身である。ペイスの人気など翳るほどに大人気。

まだ未成年という一点を除いて、パーフェクトな相手と言えるだろう。

日頃、貴族で領地に籠りがちな者でも、一堂に会した希少な機会。社交に対する気合の入れようがそもそも違う。

その上、自領から中々出ることが出来ないような令嬢まで沢山来ていたのだから、日頃の何倍も多くの女性に囲まれたことだろう。

「最初からずっとそんな調子です。いい加減疲れてきた頃に、一人の女性が静かな場所に行こうと誘ってきました。周りが騒がしいことに辟易していた為、供を付けてならばと同行しました。御供は、女性が友人に頼んでいました」

「ふむ」

「そして誘われたのが、体調不良等の為に用意されていた控室の一つ。ここならばと入ったところで、そこには先客がおりました」

悔しそうな顔をするウランタ。

自分でも、この点で不用意過ぎたと分かっているのだろう。

魑魅魍魎蠢く貴族社会で、幾ら疲れたからと言っても、警戒もせずに、また身内の供も付けずに知らない人間についていくなどどうかしている。

まだまだ人を疑う経験が少ないから、普段なら補佐役が付いているのだが、王都の祝賀会は貴族しか入れない場所であったことも不運。

いや、陰謀を巡らせる人間からすれば、あえて狙っていたというべきだろう。

「それが、今回訴え出た令嬢ですか」

「私が扉を開けた時点で、彼女は既に服を脱いでいたと思われます。大声を上げられたのは部屋に入った時であります。決して、私が彼女の服を脱がせたわけでは無いのです」

ウランタが部屋に入った時は、部屋の中は真っ暗だった。

王城の、それも客の為に整備されていた休憩室が暗いなど、どう考えてもおかしいのだが、ウランタも経験不足で気付けず。

部屋の中に入り、休憩用にソファーがあるからと案内され、そこで初めて半裸の女性が居ることに気付いたという。

今回ウランタを訴えた女性は、自分が先に体調不良で休んでいたところに、ウランタが無理やり押し入ってきて、 厭(いや) らしいことをしてきたと主張する。

毛も生えていないような 子供(ウランタ) がそんなことをするかというのがペイスやカセロールの意見だが、女性側の立場からしてみれば、筋道の通った主張のように思える。少なくとも、誇張はあっても矛盾はない。

ウランタをよく知る人物から見れば、どう見ても第三者にでっち上げられた冤罪のように思えるのだが、訴え出た女性が嵌めた人間と繋がっているとは限らない状況というのが厄介だ。疑うにしても、誰をどう疑って良いのか分からない。

「なるほど……つまり閣下は嵌められましたな」

「嵌められた?」

「閣下の悪評を流すことで妥協を迫り、あわよくば閣下の婚約者に押し付けようという狙いでしょう」

「そんな……」

今回の件、幾つか狙いが考えられる。どれが正解かは現状では分からない。

一つは、ただ単に嫌がらせを目的とする場合。

モルテールン家ほどでないにしても、ボンビーノ家も中々に派手な活躍をしている。近々陞爵もするのではないかとも言われているのだ。妬み嫉みの類は、数えだせばキリが無いだろう。

他にも、南部閥や軍家閥のみが力を持つことを警戒する派閥力学が働いた可能性もある。カドレチェク家やレーテシュ家を敵にするのは無理でも、ボンビーノ家でならまだ足を引っ張る余地があると考えた人間が居ても、不思議は無い。

或いは、本当にただの事故という可能性もあった。こうなってくると、何がこの事件の狙いで、誰が策謀しているかなどさっぱり分からない。

ペイスでも分からないのだから、ウランタでは尚更だろう。

こういうトラブルで裏に糸を引いている人間が居るとするなら。ウランタが困り切ったところでひょっこり顔を出し、散々勿体つけて解決の恩を売りつけるのが良くある手口。

つまり、一番怪しいのは親切そうに相談を受けている菓子職人だったりするのだが、今回に限っては完全にシロである。

「一番波風を立てずに場を治めるなら、相手の女性と婚約すれば早い。先方もそれが望みでしょうから騒がなくなるでしょうし、恋人同士だったなら裸の一つや二つで大騒ぎする者は居ません」

辱められたと主張する女性は、あろうことかウランタを囲んでいた一人だったという。

仮に事故でも、これ幸いと既成事実を作ろうとしているのかもしれず。話し合いで解決しようと思えば、なにがしかの譲歩を迫られるだろう。

譲歩案で先方が出してきそうなのは、ウランタとの婚約である。これならば、大抵の無茶であっても黙らせられる神通力がある。

「分かっています。相手の家もかなりの大家ですし、当家としてもある意味でチャンスでもあることは。しかし……」

「しかし?」

若干悔しそうに言いよどんだウランタに、ペイスが続きを促す。

「私にはジョゼフィーネ嬢への想いがあります。ペイストリー殿は御存じだと思いますが、私は彼女以外を妻に持ちたいとは考えておりません」

力強い宣言だった。決意に一片の陰りも無い。

この誓いを言いたいがために、ペイスを呼んだのかもしれないと思えるほどに。

「その御覚悟は、弟として嬉しく思いますが……相手も諦めないと思いますよ? 何せレーテシュ家を出し抜いて武勲を挙げた、海戦のスペシャリストというのがもっぱらの評判ですから。先の海戦でも、ウランタ殿の采配が無ければ勝利は覚束なかったとか。将来を見越したとしても、豊かな御領地をお持ちだ。名声と実力をどちらも備えた上で年若く独身。まず諦めません」

「何とかなりませんか? こんなことを相談できるのは、ペイストリー殿しか居ないのです」

ウランタの言葉に、腕を組んで考え込むペイス。じっと無言で思案する時間がしばらく続く。

そわそわとしたウランタも辛抱堪らず、更に駄目押しをしようかと口を開きかけたタイミング。

「……一つ、手が無いことも無い」

「それはどのような?」

ペイスの言葉に、ウランタは藁にも縋る思いで耳を傾ける。体を前に乗り出すようにして、欠片でも聞き逃すまいと力を籠めた。

「相手方がここまで騒ぐのは、ウランタ殿の横の席が空席だから。それが欲しくて騒いでいるのです。ならば、空席を埋めてやれば、相手も大人しくなる」

「ですからそれは……いや、もしかして?」

ペイスの言葉に、はっと気づくウランタ。

銀髪の少年の顔には、イタズラを楽しむ悪ガキの雰囲気があった。

「ええ。ウランタ殿と、我が姉、ジョゼフィーネとが婚約すればいいのです」

「是非とも、喜んで!!」

喜び勇んで立ち上がったウランタ。

彼の目には、これ以上ないほど頼もしい“義弟”の姿が見えていた。