軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

155話 覚悟のススメ

神王国南部。なだらかな平原と広大な森が点在する中に、南部街道と呼ばれる大きな街道が通っている。

この街道は沿岸部の海沿いルートと、内陸部の森沿いルートの二つの街道からなるのだが、この二つの街道がどちらも通っている領地は一つだけ。ボンビーノ子爵家だ。

厳密に言えば王都とレーテシュ領もこの二つの街道が通ってはいるのだが、街道の始点と終点をそう呼んでいいかは別である。

古来から整備された街道は物流の基礎であり、物流は人と物と金が行き交う実体経済の血流。

血の巡りの良い場所は肉付きも良くなるのが道理であり、とりわけ最近になって、壊死寸前から急に血の巡りが良くなった場所ともなれば、肉の付き方は尋常ではない。反動による回復プラス成長拡大の相乗効果。右肩が上がるどころの話ではない。

何のことかと言えば、ボンビーノ家を取り巻く状況のことだ。

一時期は敵対する貴族に押し込められて、没落寸前のところまで追いつめられていたボンビーノ子爵家だったが、とある事件を切っ掛けに盛り返し、今では往時の勢いを上回るほどの活況を呈するようになった。

この偉業を成し遂げた、いずれは中興の祖と呼ばれるであろう後世の名領主内定者が、現ボンビーノ子爵家当主ウランタ。御年九歳。前髪を切り揃えた髪型が幼さを強調する、将来性豊かな少年である。

恐らく陰謀と暗闘の結果殺されたと言われる先代の跡を継ぎ、紆余曲折を経て領主の地位に就き、大きな幸運と僅かな不幸で一発逆転を為した。

ちなみに大きな幸運とはモルテールン家の嫡子と出会えたこと。僅かな不幸とは、ペイストリーと知り合ってしまったことである。

「ケラウス、それって本当?」

「はいウランタ様。複数のルートから同じ情報を得まして確認を取りました」

そんな少年が、早朝の起き抜けに補佐役の人間からとんでもない知らせを聞いた。

眠気など飛んでしまいそうな話で、まさに寝耳に水と言うべき。

「じゃあ、本当に聖国と戦争するのかあ」

先日、王都で第一王子の結婚祝賀が行われた。その際、国王の口から聖国への宣戦布告が為されたと言う。

祝賀会不参加は不敬になるとウランタも勿論参加していたのだが、馬車の故障で遅刻したために、国王の宣戦の布告を聞かずに居たのだ。遅れて祝賀会に顔を出すと、妙に騒がしいことから事情を知り、すわ一大事とばかりに対応に追われた。

宣戦に至る経緯を調べ、国王の意思が堅いことを確認できたのが今日という訳だ。

「聖国との戦いとなると、まずは海の上かな?」

「そうなるでしょう。アナンマナフ聖国との争いですから、よほどこちらが不利になるか、或いは当方が圧倒的有利にならぬ限り、海上で押し合いとなるでしょう」

神王国と聖国は、ケレスーパ海という地中海を挟んで睨み合う国。この海は西側にぐるりと湾のようになっており、東側は広大な外洋に繋がる。

ユノウェル山脈とヴォルトゥザラ王国が神王国の西方を塞いでいる為に、地続きで聖国との交流が難しいものの、船での交流は割と盛ん。

尤も、海洋資源や交易を巡っての諍いも多く、決して友好国とは呼べない間柄。

ボンビーノ子爵家としても何度となく煮え湯を飲まされた相手であり、聖国の幾つかの領主とは明確に敵対している。片手で握手し、片手で殴り合う関係というのが、まさに的確な表現と言えた。

祭政一致の政体を取る聖国は、宗教的に神王国とは相いれない。理屈では無く精神的な、感情での反発なので、聖国内の一部理性的な人間以外は神王国人と見れば何かと見下す。或いは軽蔑と敵対心を持つ。いつ不満が噴出してもおかしくない、いわば火薬庫のようなものだ。

それでも今まで小康状態を保ってきたのは、偏に両国の国力差による。

神王国の方が国力は高い。軍備も上。経済力もある。

だからこそ聖国から神王国に対して戦争を吹っ掛けるようなことはしてこなかった。神王国側も、南で争いを起こせばここぞとばかりに乗じる油断ならない大国が東西北にあることから、手出しを控えていた。

両国の国力差と政治的事情による均衡。それがこれまでの平和の正体。

この世界の戦闘用の船とは、内燃機関を持たない帆船か、或いは手漕ぎの櫂船。主力は勿論帆船だ。この帆船の機動力は帆に受ける風に依存しており、破れやすい帆は戦闘中に破損しやすい。つまり、戦闘中に身動きの取れなくなる船が出やすいと言う事だ。

それ故に、よほどの戦力差が無い限り、時間が経つほど戦闘から離脱せざるを得ない船が双方に増え、痛み分けに終わる場合が多いという事情があった。

また大型船舶の場合、風上から風下には機敏に動けても、風に逆らっての遡航は極めて難しい。風向きが変わることでも戦局は変わるわけで、有利な体勢が徹頭徹尾続くとは限らないのだ。

海戦では、同等戦力が争い、一方が圧勝となる戦闘は極めて稀。これがこの国のみならず、この世界の常識。

神王国と聖国は、海軍力自体がほぼ五分なので、仮に戦争になったなら、海上でお互いに睨み合いになるだろうと補佐役のケラウスは見込みを伝える。

ごく常識的な判断と言えるだろう。よほどの非常識な事態が起きない限り、海上で押し合いが続き、戦争のメインは調略戦となるはず。そう男は予想する。

「他国の介入はあるかな?」

「あり得ます。むしろ、聖国側から積極的な働きかけがあると見るべきです。しかし……」

「しかし?」

「他方のうち、サイリ王国の動きは鈍いだろうと思います。まだ先日の敗戦の影響が強く残っており、それもあって国内がガタガタだという噂です。報復を訴える対神王国強硬派と、今は国力回復を優先すべきとする穏健派が政争をしているとか。我が国の中央軍の参謀達は、東部の脅威は低いと見ています」

社交の場での情報交換というのは、こういう時に役に立つ。

噂話として、東部の貴族から色々と情報を聞くこともある。

また、自分たちの国の上層部が何を考えているのかを知る為にも、適度に顔を合わせて話を聞く機会を設けるべきなのだ。あちこちの情報全部を効率よく集めようと思うなら、大勢が集まっている場に出向いて聞いて回るのが最も効率的かつ合理的というもの。今回の王子の結婚は、絶好の機会だった。

「なるほど。陛下が聖国と争うと決心されたのも、それがあるからかな?」

「恐らくはそうでしょう。小競り合いの多い東部には今まで精鋭が配置されておりました。これを活かせると言うなら、聖国相手でもやり様はあると考えたのでしょう。また、北方のオース公国も不介入を確約しているとか」

北方には神王国に匹敵する大国があるが、直接は国境線を持たず、緩衝地帯としてオース公国がある。無論、立場の弱い小国だけに他所の国の圧力に負けると言うことはあり得るが、少なくとも敵対していないのなら対聖国という意味では十分。

「公国が? エンツェンスベルガー辺境伯が動いたのかな?」

「北方を取りまとめる彼の家であればその可能性はあります」

「可能性? 確実にそうだと断言できないってこと?」

「今回の件について、エンツェンスベルガー辺境伯が公国に働きかけた形跡が無いのです。あくまで公国の自主的な判断という可能性や、王家を含めエンツェンスベルガー辺境伯家以外が動いたという線も捨てきれません」

補佐役が曖昧な顔をした。

彼とて情報収集は怠っておらず、出来る事なら確実な情報で断言したいところではあるが、そこまで出来る実力がある家など神王国でも数えるほどだ。ましてボンビーノ子爵家は一度没落の憂き目を見ている。情報網の質と量は、掛けた費用と時間に比例するもの。まだまだ整備途上なのだ。

北の公国が、今回の対聖国戦で中立を明示し、不介入を公表したことまでは掴めても、そこに至る経緯や関係者の裏の思惑まで知るのは、かなりの難事である。

「難しいね。北の方の情報は、どうしても後手になるし」

「止むを得ません。人を入れだしたのが最近ですから、どうしても後手になります」

「今後強化していくところかな。また人手が要る。どこかに纏めて一個中隊ぐらいの有能な人材が転がってないかな?」

急激に拡大するボンビーノ子爵家は、同じように急拡大するモルテールン家などと似たような苦労がある。それが、人手不足に起因する苦労だ。

王都にも多少の伝手のあるボンビーノ家としては、人を雇おうと思えば頭数はすぐ揃えられる。名家としての看板もあり、その点に苦労は無い。

しかし、伝統的な貴族家という看板に群がってくる連中は大抵考え方が保守的で、実力的には物足りないのにプライドだけは高い場合が多いのだ。モルテールン家のように優秀な人間を集めたいという希望はあれど、ボンビーノ家の立場としては難しい。

もっとも、成り上がった英雄の看板に集まる連中は総じて野心と自己主張が強く、実力と協調性が反比例するような、個性的すぎる人間が多いという、モルテールン家のような苦労は無いのが救いだが。

優秀で協調性があってフリーな人材など、万に一つといった幸運が無ければ出会えない。

仮に出会えたとしても、自家に雇われてくれるとも限らない。

優秀な人間を雇うには、自家の魅力を可能な限り高め、人材への投資は惜しまず、機会があれば好待遇で迎える度量が要る。

ボンビーノ子爵ウランタには、少なくともこの度量があるだけ将来性がある、とはモルテールン家の異端児の意見である。

事実、その成果が実ったケースもあった。

「そう都合よくいくことも無いでしょう。最近雇い入れた魔法使いでも、相当に苦労しましたから」

「鳥使いだったっけ? 役に立ちそう?」

「立ちますな。情報をやり取りするのにうってつけですし、密偵の真似事も出来る。大枚を 叩(はた) いた甲斐はありました」

先だって東部で戦争が起きた際、ルトルート辺境伯家が潰れた。

神王国屈指の大家フバーレク家の向こうを張って長年戦ってきただけに人材は豊富で、流出した人材の確保には多くが血眼になった。

敵だった神王国貴族に雇われたがる人間は少なかったが、それでも雇われて日が浅かった者やルトルート家で冷遇されていた者のように、幾人かは神王国貴族の下で雇われることに頷く。自分の能力に自信があり、敗軍に身を置き続けることを嫌った者も居た。

ボンビーノ子爵家が、ルトルート辺境伯家の抱えていた魔法使いの一人を確保できたのは近年にない大収穫と言える。

これだけでも援軍に駆け付けた甲斐があったと、ウランタの評判を高めた成果でもあった。

「もっともっと人が要るけど……贅沢は言えないね。去年は魔法使いを雇う事すら夢のまた夢だったわけだし」

「はい」

ボンビーノ家が魔法使いを雇えるのも、経済力あってのこと。それが無くて苦労していた去年までと比べるなら、状況は格段に良くなっている。

それでも、更に優秀な人材が欲しいと思ってしまうのは、人間の飽くなき欲求。 性(さが) のようなものなのだろう。

「それで、そんな魔法使いを使っても、情報は集まらない?」

「無いものを探すのは難しいのです。本当に存在しないと判明するまで、時間が掛かるのは仕方がありません。ただ……未確認の噂ではあるのですが、公国の姫君が神王国への介入に反対したとか」

唯一、ボンビーノ家が独自の情報網で手に入れた機密情報がこれだ。公国での不介入派のメンバーの情報。その筆頭が、公王の娘だという噂がある。

「そんなことってあり得るの?」

「普通ならばあり得ません。公子たる兄と敵対する可能性があります故。ただ、女性というものは情で動くもので、もしかすれば辺境伯あたりに懸想しているのやも」

「推測と言うよりは想像だね、それは」

「はい。それ故、噂の真偽を測りかねています」

ケラウスは溜息をついた。

子爵家がかつての勢いを取り戻しつつある現在、何度考えても、やはり人手が足りていない。今までの伝手を含めてあちらこちらから人を集めてはいるが、どうしてもちぐはぐな組織になりがち。

調整を行うのは、補佐役としてのケラウスの仕事なのだ。

忙しいと言う字が毎日のスケジュールに必須となる現状。情報の詳細な分析までは手が回らないと言う意味で、ついた溜息だった。

ケラウスは相当にいい年だ。顔に皺も増えた。女性の扱いについてもウランタより遥かに経験を積んでいると自負する。しかし、その価値観の根底にあるのは家父長制の精神であり、男性上位の思想。

女性にも合理的な人間が居るし、男性だって情や義理で動くという現実論ではなく、女性をステレオタイプで判じる一般論でウランタに説明した。

王族の女性が家父長権を無視して差し出口を挟む不合理があったなら、ケラウスならばこう考える。女性は情で動くから、不合理には恋愛が絡んでいるはずだ、と。

悲しいかな、恋愛対象がエンツェンスベルガー辺境伯であろうという予想だけは外れている。

補佐役の予想は、あくまでも予想。そうウランタは判じつつ、ふと気付いたことを口にした。

「北も東も介入が無い。西はどうなの?」

「これは政治的に対応できていると聞きました。情報の出どころはミロー伯です。どうやら最近、対神王国穏健派が政争の主導権を握っているらしく、ヴォルトゥザラ王国も今回の件では傍観する可能性が高いと」

「へえ、じゃあ本当に南に集中できるってことか」

「はい」

これにはウランタも驚いた。

誰がどう動いたのかは分からないが、東西南北のうち南以外は全て対策済みだというのだから。つまり神王国は、本当に対聖国に全力で当たれる状況だと言う事だ。

長い歴史の中で、こんなに政治的に恵まれた条件で対外戦争を出来たことは無い。それを彼は勉強して知っている。

「流石は陛下ってことかな。いつの間にかそんなことになってたなんて」

「聖国は、我が国と絶対に相いれない国体です。聖国が信仰を捨てるか、我が国が聖国の教義を受け入れるかの二者択一。叩けるときに叩いておくのは、必要なことだと私も思います」

「あの国の教義って、枢機卿だったか大司教だったかは神の代理人だから絶対服従、って奴だよね?」

「はあ、かなり大雑把に言えばそうです」

「なら、無理だね。盲目の羊になれと言われて喜ぶ人間は居ないでしょう」

ウランタも、誰か頼りがいのある人間に頼り切ってしまえるのなら、それが楽だと言うのは分かっている。自分自身、ともすれば子爵家の当主という責任を放り出して、誰かの言う事を聞くだけで良いという状況を望んだことが無いわけではない。

しかし、そうなってしまえば自分の成長も無いと断言できる。これは、今のウランタにとって大問題だ。

彼の今の目標。夢ともいえるのは、たった一つ。モルテールン家の跡取りのような頼れる人間になり、素晴らしい伴侶を傍に迎えることだ。

人間、知らないということは幸せである。幸福とは無知と同義。全知はパンドラの箱の悪魔。お菓子の為に周りの迷惑を省みないペイスの本性を知らずに居られるというだけで、ウランタはかなり幸福な部類に入るだろう。

ウランタは気付いていないが。

「聖国に隷属することは無い、となればやはり戦いあるのみですな」

「勝てるかな?」

「比較すれば我が国が優位です。しかし……」

「しかし?」

「多少の不利でも覆すものの存在を忘れてはなりますまい」

「……モルテールン卿のこと?」

世の中には、当たり前の常識を無視し、当然をひっくり返す非常識な存在がある。ウランタはそれを肌身で感じたことがあるのだ。

具体的には魔法使いと言う。それも、一人で戦局をひっくり返してしまう事例を、ウランタは二例知ってた。一つは二十年以上前の大戦の時。そしてもう一つは東部での戦争の時。どちらも共に関わるのは、モルテールンの名を持つものだ。

「彼の御仁も勿論そうです。私が気にするのは、敵にもモルテールン卿に匹敵するような魔法使いが居る可能性が十分考えられるということです」

「そんなのが居るの?」

少年領主は、本気で驚いた。

彼は、ペイストリーやカセロールと言った非常識の権化を知っている。それに匹敵する魔法使いなど、そうそう居るはずも無いと心から信じてもいる。

しかし、そう思った時点で気づいた。そうそう居るはずも無いと言う事は、裏を返せばあり得ないことでもないのだと。

「噂では、聖国では各枢機卿が切り札と言える魔法使いをそれぞれに抱えているという話です。癒しの聖女は有名ですが、それ以外にも居ると見るべきかと。十三人のそれぞれに居るとすれば、癒しの魔法使いを除いても他に十二人。最悪は、これらを全て敵にすることになる。敵の戦力を最大限見積もるならば、モルテールン家を基準にすると良いでしょう。あれが残り十二家ある」

「……ペイストリー殿が十二人居たら、勝ち目が無さそうなんだけど」

「彼の御仁は魔法の能力自体は絵描きです。転移は父親の魔法。単純な戦闘能力だけならば、対処は可能でしょう。何事も、対応策次第では?」

「そうだね。それじゃあ、僕らも準備しようか。総力戦……かな」

ボンビーノ子爵家の持つ大型船舶十隻。小型船舶三十五艘。最大動員人員が約四千人。

ウランタは、今回の対聖国戦線に全てを投入する覚悟を決めるのだった。