軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

153話 本当の狙い

王都に駐留する軍事力は大きく分けて三つ。

近衛騎士団、中央軍、貴族家の私兵の三つだ。それぞれに特徴がある。

貴族の私兵は分かりやすい。

各貴族が、自分の資産を使って養っている兵力。屋敷の警備の為であったり、身内の護衛であったり、犯罪捜査の為であったり、情報収集の為であったり、或いは他家への威嚇用であったり。時に非合法活動の為であったり。

用途は様々であり、数も正確なところは分からない。質も千差万別。しかし、兵士と聞いて市井の人が想像するのは、まずこれだ。

中央軍は、神王国という国の軍事力だ。国の組織である以上、国王でも勝手気ままに動かせない。

組織上、王が中央軍のトップに命令をすることは出来る。基本的にはその命令を受け、中央軍が動くわけだが、これには例えば第一王子であっても横やりを入れることは出来ない。

今は王が兼任しているが、元帥号を持つ人間になると、こと軍事に関しての命令であるなら例え国王その人の命令であっても拒否が可能。予算を別部署に握られているので元帥が中央軍を私兵とするのは難しいが、王の私兵化を拒否すること自体は可能ということだ。

あくまで王という個人ではなく、国家を守護するのが中央軍。任務の大半は治安維持で、戦争の際の主戦力でもある。

そして近衛騎士団。こちらは端的に王族の私兵だ。

近衛騎士団と中央軍の違いは、近衛の命令権を王族が直接持つという点。つまりは直轄部隊だ。

指揮命令系統で言うなら、王族には近衛への命令権があり、命令権の順は国王を筆頭に正室の王妃が続き、以下王位継承順となる。側室はその後に続くが、実際の指揮命令が大抵上位で行使される為、形式上の話。

任務の大半は、王族の護衛である。

つまり、王城内主要部の護衛は近衛、王城外縁部や町の警邏は中央軍と、自然に切り分けられるということになる。

モルテールン男爵カセロールが率いる中央軍第二大隊の平時任務は貴族街の警邏と治安維持。

王城に最も近い街を守る任務だけに、些細な事件が政治的なトラブルともなり易く、大隊長決済を必要とする事案が極めて多いことでも知られる部隊。大隊トップのフットワークの軽さが必要とされるだけに、カセロールの忙しさは並ではない。

下っ端の隊員では埒が明かず、大隊長が睨みを効かせなければ解決しない事件がほぼ毎日のように起きていた。

敵対する貴族家同士が道で鉢合わせし、どちらが道を譲るの譲らないのといった些細な揉め事さえ、カセロールが出張らなければ解決できないというような例もある。

今日も今日とて、第二大隊々長モルテールン男爵は忙しい。

「隊長、五班見回り終わりました。不審者への取り調べが二件、他は異常なし」

王城の外縁部。

中央軍の軍人用に用意されている建物内にある第二隊長室。日頃忙しく飛び回るカセロールも、今はここに腰を落ち着けて書類仕事と雑務に追われていた。

部下からの報告を聞き、それに対応するのも隊長の仕事だ。

「不審者? きちんと取り調べたのか」

「そう聞いています。と言っても見回りの途中、その場で対応したらしいですが」

第五班の班長が、隊長の言葉を聞いて姿勢を伸ばした。

「取り調べた後は?」

「二件とも、問題ないとして対応しました。貴族街の外に連れ出して、放免したと報告を受けています」

「うむ、その件も一応詳しく聞いておきたい。担当した者を呼んでくれ」

「はっ」

貴族街での不審者というのは、大抵が他所の家を探っていたことで捕まる一般市民。金を握らされて対立する政敵のスキャンダルを探っていたり、人の出入りを報告させていたり、或いは単に不在の確認をさせられていたりといったことだ。

物乞いの為に金持ちの集まるエリアを徘徊したりする乞食も居ないわけではないが、大体この手あいは貴族街に入る前に怪しまれて警邏に見つかるもの。

勿論、ただ単に町中を歩いているだけなら不審者であっても犯罪者ではないが、頻繁に同じ場所をうろつくような場合は警邏の隊員に目を付けられて職務質問される。

様子を窺っているというのも、単に情報収集の為といったような、合法的な事由であるなら問題なしとして開放される。だが、例えば窃盗を含めた犯罪の下見といったことも起こり得る。貴族街とはそのものずばりで貴族が集まる街。この世界、貴族とはほぼイコールで富裕層。金持ちだ。

貴族街とはいわば金庫が連なっているようなもので、邪な連中が企みを持ってうろつくのも珍しいことでは無い。

どういう目的で不審な行動をしていたのかを調べるのも、治安維持の一環だ。

「隊長、お呼びですか」

「ああ。見回りの時の話を確認しておきたいと思ってな。これから休憩だったところを悪いが、話を聞かせてくれ」

「それは別に良いですけど、単なる物乞いでしたよ?」

「念には念を入れておこうと思っているんだ」

カセロールの頭にあるのは、ついこの間起きたばかりの公爵邸での一件。

邸内のことは公爵家の領分なので詳細は分からないが、町中で外国勢力の関与が疑われる捕り物もあった。町中の騒動ならば自分たちの職分である。

「それで、不審者とは具体的にどんな行動を不審と判断したのか。物乞いというのも何故そう思ったか。教えてくれ」

無闇矢鱈(むやみやたら) と不審者扱いして、片っ端から捕縛していれば、それこそ権力の横暴である。カセロールが隊長に就任して以来、最初にしたことがガイドラインの創設だった。

実はペイスの助言もあってモルテールン領では早くから見回りにおける 行動指針(ガイドライン) が作られている。犯罪であれば勿論捕まえる必要があるのだが、世の中にはグレーなものも存在するもの。グレーな部分は、ガイドラインが無ければ属人的、恣意的になり易い。

例えば、女性に声を掛けている男性が居るとする。当人はナンパのつもりで女性を口説いていると思っていても、女性側からすれば付きまとわれて迷惑しているように見える、などというケース。

いい人だと思って居た男からのアプローチならば、口説かれた女性の方でも内心で喜んでいるかもしれない。そうでないかもしれない。傍から見て、第三者には判断しづらいケースも多々ある。

見回りでこういう行為を見かけた場合、かつては見回りをする人間の裁量に任されていた。軟派を大目に見る者も居れば、とにかくその手のことに厳しく当たる人間も居るわけで、見回る人間によって、補導や指導、時に捕縛となるかどうかが変わる。

こういった、属人的な権力の恣意的運用は、例え些細なことであっても不審を招くとの息子の指摘を受け、カセロールは非常に細かい部分まで目安となるガイドラインを制定した。

モルテールン領が他領に比べて比較的公平であるとの評価は、こういった小さい努力の積み重ねあってこそ。

この経験から、カセロールは王都の見回りでもガイドラインを設けている。

不審者と判断し、声を掛ける基準もまた決めてあり、どういった部分で不審者と判断したのかを確認するのも、制度を運用する側の責任だ。

「はい。不審者と判断したのは、普段は物乞いを見かけない場所に居たからです」

「普段いない場所?」

「コウェンバール伯爵の屋敷の傍です」

「二件の不審者と報告にあったが、同じ場所か?」

「全く同じ場所ではありませんでしたが、近い場所でした」

「なるほど、それは不審だな」

コウェンバール伯爵は南方のアナンマナフ聖国や西方のヴォルトゥザラ王国と強いコネを持つ外務貴族。御家柄、情報管理は徹底していて、私兵が屋敷の周りを定期的に見回っていることも大隊内部では有名な話。

貴族は見栄を大事にする分、自分の家の周りに薄汚れた浮浪者が居ることを喜ばない。いや、喜ばないどころか邪魔にし、目障りに感じる者が大半。

私兵の見回りならば荒っぽいものも居るので、強制的に排除されるのも珍しくないのだ。

にもかかわらず物乞いが居たというならば、私兵の見回りと見回りの間に居付いたということ。せいぜい半日程度の間に、一人ならまだしも二人の物乞いが居付く。なるほど、作為を感じ、不審に思うのも無理はない。

「それで取り調べた結果、本当に只の乞食であったと?」

「はい。第四の連中に確認をしましたところ、顔を見知ったものが居ました。身元の確かな物乞いです。当人の調べも行いましたが、本当に只の物乞いをしていました」

部下の言い方に、カセロールは笑いをかみ殺した。

住所不定の浮浪者に、身元の確かさというのも妙な話だったからだ。言いたいことは分かる。下町の見回りも管轄に入る第四大隊と、貴族街が管轄の第二大隊とは連携することも多い。知り合いに確認したら、浮浪者の顔を見知っていたというのだろう。

間違いなく、由緒正しき(?)乞食であると確認が取れた、と部下は言いたいのだ。実に妙な言い方だが、意味は通じる。

「ふむ、ならば問題無しか?……いや、ちょっと待て、普段は下町に居る人間が、どうしてまた貴族街に? それも狙ったように怪しい場所に居たんだ?」

ふと、カセロールは気になった。

不審者自身に怪しいところが無いとしても、それならば尚更状況的に怪しいのは変わらないと。

呟いたように発した言葉は、存外大きな声だったらしく、部下が困惑した様に眉をしかめる。

「さあ? そこまでは分かりかねます」

「確認しろ。誰かに 諷示(ふうじ) されて貴族街に足を運んだとすれば、必ず裏に意図があるはずだ」

「わ、分かりました!!」

慌てて出ていく部下の背中を、じっと見つめたまま見送るカセロール。

長年の勘でしかないが、何か引っかかる気がしたのだ。

明らかに怪しいと思える状況なのに、怪しさの無い人間。疑って下さいと言わんばかりなのに、疑って調べてみればシロ。

余計に怪しい、とカセロールは感じた。

一歩引いて、全体を見れば何がしかの作為を感じるわけだが、案外と隊員レベルの実務者では気付きにくいもの。気付いてやるのも、隊長の仕事という訳だ。

「やれやれ、また仕事が増えた」

その後、部下から改めて報告が上がる。

内容は、大隊長として見過ごせないものだった。

「詰問した二名が共に、同じ噂を聞いて動いただと?」

「はい。あの場所に行けば気前の良い貴族からかなり恵んで貰えると」

「噂の出どころは?」

「同じ貧民街の連中から聞いたようです。何日か続けて同じ時間、同じ場所で大金を恵んで貰えたと。それを聞いて真似をしようと試みて警邏に捕まったとか」

「ふむ……」

カセロールは、部下の報告を聞いて二つの可能性のどちらかが正解だろうと考えた。

実際に恵んでくれる人物が居た場合と、居なかった場合の二つの可能性だ。

金なり食料なりを恵んでくれる奇特な人物が居たとして。その意図が本当に善行を目的としている可能性は低い。恐らくは、工作だ。特定の時間に人目を用意するであるとか、身なりの汚らしい人間を置いておくことで人を寄せ付けないであるとか、その辺りの理由が思いつく。或いは他の狙いか。となれば、裏に居るのはコウェンバール伯爵の関係者だ。少なくとも一切無関係ということはあるまい。

敵対しているかどうかは分からないが、コウェンバール伯爵家の屋敷付近に浮浪者を呼び寄せるのが目的で金をばら撒いていたと見るべきだ。

問題は、そんな篤志家が実在しなかった場合。

噂だけが独り歩きしているという点に、目的が見えない。

誰が、何のためにそんなことをしているのか。

「今後も、貴族街に浮浪者がうろつくのは治安上よろしくないのでは?」

「……もしかしたら、それが目的なのかもしれん」

「目的? 浮浪者がうろつくことがですか?」

「ああ。噂が仮に真実なら、火元は割り出せる。誰に聞いたかを辿っていくのも容易だ。確実に根があるのだから、噂話の伝聞を辿ればある程度収束していく」

噂の篤志家が実在の人物なら、金を恵んで貰った少数から噂が広がったと確定する。噂が拡散していく過程を逆に辿ることも可能だ。物理的に切り落とされない限り、枝葉からでもじっくり辿れば、いずれ根にいきつく。

「しかし、噂に根拠が無く、全くの出鱈目であった場合、火元を見つけるのは困難だ」

噂の内容に根拠が無いのに、噂が広がるとき。これは、特定の意図を持った第三者が意図的に広めようとしているということだ。

この場合、噂を信じない人間が一定数居るのだから、噂の伝言ゲームは収束していき、いずれ誰も信じなくなる。

これを逆に辿ろうとすれば、発散していき誰が最初に言い出したかを突き止めることは困難だ。

「はあ、それが何か?」

「つまり、浮浪者に扮して貴族街に堂々と出入りできるのだ。噂が有効なうちはな。仮に我々に見つかっても、噂を聞いて来たと言えば放免される公算が高い。誰から噂を聞いたのかと問いただしても、まともに辿ることも出来ないのだからのらりくらり躱せるな」

「つまり、何者かが貴族街に出入りしようとしていると?」

カセロールの推測に、部下の顔色が悪くなる。自分達の責任範囲で、厄介事など起きて欲しくないと思うのが人情というもの。

「その可能性もあるということだ。そして、もし浮浪者が居ても不自然でない状況を作り、そこに紛れようとしている者が居るとするなら、その者は本来貴族街に居てはおかしい人物と言うことになる」

「例えば、平民とかでしょうか?」

「平民なら、貴族の使用人を装える。わざわざ浮浪者に化けずとも良いだろう」

「ならばどういう者が?」

「例えばそうだな……言葉遣いを誤魔化したい外国人、などか。頭がおかしい振りをすれば、言葉遣いが不明瞭でも誤魔化せる」

カセロールの推論。仮定に仮定を重ねたような想像でしかないが、聞いた人間からすれば先日来から聖国訛りの犯罪者が出ていることに思い当たる。

「先だっての件もあることだ、カドレチェク公爵に、注意のひとつもしておくべきだろうな」

「それでしたら、私が伝令に行ってきましょうか?」

「いや、私が直接出向く方が早い」

気晴らしもしたいから、という言葉を、カセロールはぐっと飲み込んだ。

元より体を動かす方が得意な人間だけに、じっと執務室で書類仕事と格闘し、報連相を受けるだけというのは性に合わないしストレスがたまる。

「後は任せた」

「はっ」

警邏の最中で不審者が捕まり、それが得体の知れない噂で動いた物乞いだった。

裏には外国の暗躍があるかもしれない。これは上司たるカドレチェク軍務尚書に報告すべき。

という理由を取ってつけて、カセロールはカドレチェク家の屋敷に出向いた。

モルテールン男爵を出迎えたのは、公爵家嫡流のスクヮーレ。残念ながら、公爵本人は王城に出仕して不在のことだった。

襲撃の跡も残る中、カセロールは第一大隊隊長に挨拶をする。

「それで、モルテールン卿、今日はどうされたのです?」

「少し、気になることがあってご報告に」

「それは丁度良かった。我々の方でも今、卿に知らせをやろうとしたところだったのです」

「何かありましたか?」

スクヮーレの顔色から、トラブルの気配を感じるカセロール。

「ええ。先ほど、当家の連絡網で報告が入りまして」

「ほう?」

カドレチェク家は、軍家筆頭。影響力に比例するように、情報網も確かなものがある。カセロールほどとは言わずとも、ある程度の即時性をもって情報を伝える手段も持っている。

今回もそれを使ったのだろうと推察できた。

「……気を確かにお聞きいただきたいのですが、モルテールン夫人とペイストリー殿が、誘拐されたとのことです」

「な!?」

その瞬間、カセロールは自分が大変な思い違いをしていたことに気付く。

先日来の騒動以降、何かとカセロールの周りで起きていた騒乱。

狙いが自分であったのだと。