軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

148話 豆菓子の噂

神王国において最も大きな建造物が何かと問われれば、大抵の人間はこう答える。王都のお城だと。

幾世代も続けて、まさに国富を費やして増築し続けている王家の住まう城。荘厳にして雄大。国威を示さんとそびえ立つのは、圧巻の一言である。

そんな城であるが、外面がでかいだけに中も広大な敷地があり、有事を想定して大軍を匿えるように出来ていた。

兵士宿舎、武器庫、大食堂、井戸場、果ては森までが城の中にある。

そして何より、馬を走らせることが出来るほどの広大な広場。ここは訓練場としても使い勝手がいい。

これだけ施設が整っていれば、兵士を鍛えんと欲する人間からすれば、何よりも便利な場所になる。

中央軍第二大隊。後方勤務を除いて定員三百五十名のこの部隊は、目下猛烈な訓練中である。

中央にあって、長らく戦時から遠のいていた為に緩んでいた風紀を引き締め、徹底的に精鋭化する為の訓練。新任の大隊長の強い意向だ。

戦争を想定した、命がけとも思えるような厳しい訓練が交代制で行われていた。全部で七班に分け、三つの班が治安任務にあたり、一班は休み。残りの三班は訓練という日々をローテーションしていく。治安任務を三日こなせば休みが貰え、その後三日の訓練を経て任務に戻るというようなローテーション。

週休一日という、中々にハードなスケジュールをこなすのが、第二の連中なのだ。泥棒を捕まえる為に荒っぽい仕事をしている方が、訓練よりもマシだとぼやく隊員が居るのは余談である。

「そこ、もっと気合を入れろ。戦場で走れなくなった時は死ぬ時だぞ!!」

「はいっ!! 申し訳ありません」

第二大隊のうち、訓練日に当たっている三つの班員百五十名がランニングを行っている。訓練場として借りている広場を、他の第一大隊や第五大隊などと共同で使用中。

百五十人の先頭に立つのはカセロールだが、指揮官先頭の率先垂範が第二大隊のカラーになりつつある。

「隊長、モルテールン隊長!!」

走っているカセロールを、呼ぶ声がする。

呼ばれた男が声のした方を見れば、自分の隊の副隊長が手を振っていた。一人ランニングから離れ、副隊長の方へ転移するカセロール。

「セミヒオ、どうした」

セミヒオ・タピア。代々続く宮廷貴族のタピア男爵家出身で、現タピア男爵の甥にあたる人物。彼の父親の兄が現男爵だ。

男爵家に世話になることを良しとせず、伝手を頼って軍に入り、実力を買われて第二大隊の副隊長に抜擢された。

まだ三十前で既婚。仕事で出会った女性との間に三男一女を設けている。背はカセロールよりも数センチほど高く、体つきもがっしりとしていて如何にも軍人といった風体。

そんな公私ともに順風満帆な男が、難しそうな顔で立っていた。

「隊長、エーベルト参謀から呼び出しです」

副隊長の言葉に、カセロールも顔を僅かに顰めた。

「エーベルト殿が?」

「はい」

ヴェツェン子爵家のエーベルトは、現在カドレチェク中央軍大将の下で参謀の任に就いているエリート。思慮深く戦略眼は確かで、カドレチェク公爵からの信頼も厚い。

軍とは秩序が大切だと説く良識派。しかしながら、秩序維持が過ぎて序列や階級を人よりも意識するきらいがあるという評価がなされている。

他の大隊長や軍内の功労者を一気にごぼう抜きして第二大隊の隊長におさまったカセロールには、秩序の破壊者として良い感情を持っていないらしく、第二大隊全体がそれとなく嫌悪されているらしい。口には出さずともそれが伝わってくるだけに、好んで会いたいとは思わない人物。

「セミヒオ、お前が私の代わりに用事を聞いてきてくれないか?」

「嫌ですよ。第一、隊長をってご指名ですし」

「また嫌味を言われねばならんのか」

「訓練は引き継ぎますので、隊長はこっちを気にせず。どうぞ存分に嫌味を聞いてきてください」

「全く、私の部下はどいつもこいつも可愛げが無い」

「子持ちのおっさんで可愛げがある方が気持ち悪いでしょう」

「それもそうだな」

おっさん二人がお互いに笑い合う。

確かに、いい年した子持ちの男が、新人のようでは困る。多少は上司をやり込めるぐらいの胆力があってこその軍人である。

「それじゃあ後は任せた。あいつらは後二周は走らせろよ」

「了解です」

訓練の指揮を副隊長に任せ、カセロールは王城の一角に向かう。

軍人でも上層部が集まっている区画。カドレチェク公爵を筆頭に、何人もの高級軍人が部屋を借りていた。

ちなみに、カセロールの執務室となる大隊長室もこの区画にあったりする。ただし不在のことが多く、専ら手紙の受付ポスト替わりにしか使われていないが。

「第二大隊々長モルテールン男爵です」

「入って下さい」

カセロールは部屋をノックして後、中からの返事を待って部屋に入った。

部屋の主はヴェツェン子爵。ただし、その中に居たのは子爵の長男であるエーベルトだ。

中々に豪華な調度品に囲まれ、まるで部屋の主のように振る舞っている。

「ずいぶん遅かったですね」

「これでも連絡を聞いてすぐに来たのですが」

「神出鬼没と呼ばれる卿ならば、もう少し早く来られるかと思っていました。とりあえずお座りください」

会話の端々にトゲのある雰囲気に、カセロールも警戒を隠せない。

「お話とは何でしょう」

「そう会話を急がれずに。お茶でも如何でしょう」

カセロールが警戒しているのは分かっているのだろうが、あえて呑気そうな声で話すエーベルト。

「カドレチェク公爵から頂いたものです」

「ふむ、良葉ですな。察するに聖国産でしょうか」

「ええその通りです。これぐらい良いものになりますと、卿でも分かりますか」

「……香りが違いますからな」

いちいち気に障る言い方をする相手に、顔色を変えずに対応するカセロール。

中央の貴族社会は、隙あらば足を引っ張り合う魔窟。ここで腹を立てて席を立つような真似はしない。

「お茶うけはどうですか?」

相手が毒見したのを確かめ、カセロールはお茶うけを食べる為に指でつまむ。

どうやら豆のお菓子らしいが、ゴツゴツとした上に見栄えが悪い。見た目的にはミニチュアのじゃが芋である。

「ふむ、思っていたよりいけますな。仄かな甘さも感じる」

炒った豆に甘い味を付けたお菓子のようだった。菓子に関しては不本意ながら舌の肥えているカセロールにしてみれば、どこか物足りなさを感じる味。だが、 巷(ちまた) で出回る菓子に比べると雲泥の差があるので、お茶菓子としては上等の部類。

故に、カセロールとしては褒めたつもりだった。思っていた以上に美味しいと。

だが、相手は褒められているとは思わなかったらしい。悔しそうな顔をして、カセロールを見ていた。

「……話というのはそのお茶うけについてですよ」

「ほう」

この場にペイスが居なくてよかった。

カセロールは心の隅でそう思った。

「先日、当家の人間が珍しいお菓子の話を耳にしましてね」

「珍しいお菓子?」

カセロールは嫌な予感がした。というよりも、妙な確信が走った。

この話の問題の根源は、自分の息子だろうと。領地でじっとしていてもトラブルを巻き起こすトラブル体質。持って生まれた天性の問題児。厄介ごとの専門商会。それが自分の愛息子だ。

まず間違いないと確信した。

「確か、ドラジェ……とかいいましたか。レーテシュ伯が結婚の折に、数ある贈り物の中の一つがそんな名前のお菓子だったとか。伯が大層気に入ったと聞いています。砂糖の衣で豆を包んだ菓子と聞き及びまして、当家でも物は試しと作ってみたのですよ」

「ほう」

なるほど、自分が呼ばれるわけである。そうカセロールは思った。

流石に大派閥の重鎮を務めるだけあって、ヴェツェン子爵も情報網が広い。レーテシュ家に伸びている手も長いのだろう。そこで、珍しいお菓子の噂を聞いたに違いない。

貴族にとって、珍品や名品は利用価値が高く、贈答、誇示、展覧、恫喝、取引と、使い勝手も多いもの。珍しく、それでいて実用性が高ければ尚更良い。

手に入れるのが難しい食材や、貴重な動物のハンティングトロフィー、地場の名産品、外国の禁輸品や宝飾品。ここら辺のものは、特に贈り物としては中々に価値が高い。

そして、目の前の男がどうしても価値の高い贈り物を欲する理由にも察しがついた。

自分たちはカドレチェク公爵派とみなされる立ち位置にあり、もうすぐ派閥領袖に代替わりがあると専らの噂なのだ。代替わりには新しいトップに贈り物をするのが恒例行事である。

「しかし、どうやら物が違ったらしい。やはり伝聞だけでは、上手く再現できないようです」

「これはこれで美味しいと思いますが」

「当家は、最高のものを欲しているのです。卿ならその辺の事情は分かるでしょう」

「まあ」

無論、お菓子一つのみを贈り物とするはずも無い。きっと多くの珍品や名品をかき集めているはずで、お菓子はその中の一部に過ぎないはず。カセロールはそう想像する。

だが、仮にも派閥の重鎮たるものが、派閥の領袖に対して人より劣る物を贈っては面目丸つぶれである。

「近々、カドレチェク公爵の御嫡孫で、第一大隊を預かるスクヮーレ=カドレチェク卿が結婚されます。披露宴の招待は卿にも届いているでしょう」

「勿論。現在準備を進めているところです」

「当家が独自に調べたところ、カドレチェク家は珍しいお菓子をことのほか喜ぶらしいのです。スクヮーレ殿が珍しいタルトを使って何組かの客を歓待したところ大変に好評だったとかで、次々代の後継者として箔を付けた。成功体験から同じように珍しい料理やお菓子の調理法を欲しているらしく、どうやらレーテシュ家に贈られたお菓子についても探りを入れていると聞いています」

「ほう、それは」

「……我が家としてもこの件について調べました。ずばり言います。レーテシュ家に珍しい豆菓子を贈ったのは、モルテールン卿、貴方だ」

濡れ衣である。カセロールとしてはそう言いたくなった。

自分は生粋の武人であり、血生臭い世界に生きてきた男。その自負こそあれ、甘い菓子の新商品を作るなどということは、どうにも性に合わない。

甘ったるい菓子が嫌いであるとは言わないが、それよりは酒の方が良いと思う。

そもそも、レーテシュ家に贈った豆菓子は出産の祝いであって結婚とは別だし、贈った時の担当はペイスだ。自分は内容を確認して、問題なしとゴーサインを出しただけ。

責任者というならば自分だが、贈った実務者はペイスである。

これを声に出して主張出来れば、どれほどストレスが減る事か。カセロールは重たい気持ちを飲み込んだ。

「当家がレーテシュ家に豆菓子を贈ったことは間違いありません。ただ、卿のおっしゃるドラジェとやらであったかどうかは、当家に持ち帰って確認してみない事には分かりかねますな」

「そうですか。ではモルテールン卿、物は相談なのですが」

「ほう」

「当家に、御家がレーテシュ家に贈られたという豆菓子の調理法をお教え願いたい。無論然るべき対価もお支払する」

「……お断りしたいですな」

どうにも目の前の男を信用できない。

カセロールはそんな気持ちだった。

貴族としての力量は確かだし、カドレチェク家に対する誠実さも確かにあるだろう。だがそれは同時に、必要とあれば格下のモルテールン家には不利益を与えることも辞さない覚悟を持っているということ。大を活かすために小を切り捨てる判断が出来る男。

「断る理由を聞かせて頂いても?」

「理由は二つ。一つは、先ほどおっしゃられた“御家の想定する新しい豆菓子”と、当家が贈ったものが同一である保証が無いこと。レシピをお教えしても、思っていたものと違うとあってはお互いに不利益でしょう。かといって、レシピをタダ取りされるわけにもいきません。故に当家としては遠慮したい」

「二つ目は?」

「二つ目は御家とのこれ以上の親交を当家は必要としていないことです。幸いにして当家はカドレチェク公爵とは親しく、また結婚を機に後継者となられるスクヮーレ殿とも大変親しい関係にあります。これ以上を当家は求めません」

「無欲ですな」

権力欲のある人間ならば、大派閥の重鎮と縁を深める機会を見逃さないだろう。

しかし、カセロールには元々その手の権力欲は無い。権力争いがしたいなら、関係ないところで勝手にやって欲しいというのが本音だ。もっとも、何故か巻き込まれることもおおいのだが。

全国を文字通り飛び回れるモルテールン家は、あちらこちらに伝手は多い。それだけに、出来る限りの中立公平を心がける立場で、特定の派閥に深入りすることは可能な限り避けたい。色々な派閥のトップがモルテールン家を深入りさせようとあの手この手で引っ張ってはいるが、カセロールがそれを望んでいるわけではないのだ。

カドレチェク派は、軍家閥の中でも影響力の大きい一大派閥。派閥のカラーとしては、中央軍を増強し、軍人の意見をより多く国政に反映させ、諸外国とは強硬にあたるべき、といった意見が多い。むしろそういう考えの人間が、同じ考えの有力者を中心に集まったのがこの派閥と言える。

派閥も色々で、地方の軍を増強すべきという意見で集まった、カドレチェク派と違う軍家派閥や、軍事力はあくまで威嚇として使い外交と対話で諸外国と当たるべきだという外務閥などもある。これらは軍事予算増大などでは手を結び、予算の使い方では対立するというような構図。

つまり、軍人にも色々あるということだ。

ヴェツェン子爵家は代々中央の軍家。当代も対外強硬派であり、カドレチェク公爵派では割と良くいるタイプ。当代カドレチェク公爵も良く似た意見の持ち主で、馬が合うのだろう。

しかしそれは、カセロールからしてみればヴェツェン子爵はカドレチェク公爵の下位互換ということになるわけだ。

縁を深める利点は少ない。そうカセロールは判断した。

これ以上を求めないとはそういうことだ。

「しかし、卿はお忘れではないかな?」

「何をでしょうか」

「私の立場ですよ。最近は各所から軍備縮小を求められていましてね。予算会議には私も出席することになっています。出来ればモルテールン卿にも配慮したいと考えているのですが、その辺はどうお考えですか?」

分かりやすい飴と鞭。

第一・第二大隊は中身が一新されている為、有力者の覚えが薄い。新しい顔ぶれを、今は覚えてもらっているところだ。新顔に予算を割く余裕が無いのはどんな組織でも同じ。足場を固めねば発言力も乏しいのだ。

予算会議に出席する有力者の助力。あれば大隊運営の一助となるのは間違いない。そして恐らく、提案を拒否すれば予算会議では何もしない。或いは他所を応援することで間接的な足かせになるかもしれず。最悪は明確に敵になることだ。

やり方は気に食わないが、これが貴族。

「……いったん持ち帰り、当家の中で検討してもよろしいでしょうか」

「勿論構いませんが、日にちはさほど待てません。数日中にお返事を頂けますか?」

「分かりました」

提案を一旦持ち帰ると、部屋を辞したカセロール。

その日の夜。

既に手紙を転移でモルテールン領に送り届けた。明日ぐらいにペイスやシイツと相談するかと考えていた時だった。

王都別邸の執務室が、蹴破るような大きな音共に開けられる。

「父様、新しいお菓子を作りましょう!!」

父が見たのは、爛々と目を輝かせる息子の姿だった。