軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

137話 体制変革

黄下月にもなると、夏の盛り。

モルテールン領はただでさえ晴れた日が多いのだが、地面で目玉焼きが焼けそうな日が続けば、暑いという言葉すら言いたくなくなる。

飼っている鶏が、歩いているだけでローストチキンになるのではなかろうかと、益体も無く考えるほどには。

「あつい、あついねえ」

「言うな。余計に暑くなる。風も無いのにこの天気。カセロール様の魔法で、太陽の奴を移動させてもらいたいぐらいだ」

「そんなことしたらずっと夜だし、幾らなんでも無茶だろう」

「んだよ。良いじゃんか。言うのは勝手だろが」

「最初から無理と分かってること言われると、相手するこっちが疲れるんだよ」

「ならどうするんだ?」

「そうだな。どうせなら、冷たい氷を運んできてもらいたい。若様は変なことに詳しいからさ、氷の在りかぐらい知ってそうだし」

他愛も無い世間話をするのはジョアンことジョアノーブ、バッチことバッチレー、ジョームことジョーメッセナリーの三人。モルテールン家の家人としては、最も若手な連中。

普段はこの三人だけで集まるということも無いのだが、今日は偶々お休みの日が一緒だったことから、連れ立って時間を潰していた。

「それにしてもあついな」

「だから、わざわざ言うなって。夏ならこの気温は仕方ないだろ」

「違うって。俺が言ってるのは、あいつらのことだよ」

「あいつらって……モンティやビオのことか?」

モンティやビオは、ジョアン達三人にとっては同期。色々と苦労を分かち合ってきた仲であり、新人研修では励まし合ってきた仲だ。これにコロちゃんことコローナを加えた六人は、同じ釜の飯を食った同期の桜。

「そ。あいつらが今何してるか知ってるか?」

「知らねえよ。最近遊びに誘っても反応悪いし」

ジョアンの言葉に、バッチが気だるげに返事をする。

「それ、それだよ。あいつらは今頃、綺麗なお屋敷の涼しい部屋で、いちゃこらしてるのさ。ああ、あついあつい」

「ひがむなよ……みっともない。こっちまで暑苦しくなる」

「そうそう。新婚なんだから、付き合いが悪くなるのも当たり前だよ」

休みの日なのに何故男三人だけでぐだぐだ愚痴を零し合っているのかの理由をはっきりさせるなら。すなわち、モンティ達とジョアン達を今の状況で明確に線引きするなら。その理由は、モンティとビオは先ごろ結婚したばかりだからとなる。

新婚家庭や付き合い始めのカップルは、友達付き合いに冷淡になるのが世間の相場。恋人と友人のどちらを取るのかと迫られれば、不本意な決断をする羽目になる。感情は脇に置き、理解してやるのも友人の務め。

モンティのお相手は、とある騎士爵家の御令嬢。相手さんの家は零細で、今話題のモルテールン家と縁を持ちたがっていた。モルテールン家が身内に優しく、親しい縁者に甘いことは良く知られていて、あわよくば自分たちもその恩恵を、というわけだ。

流石にペイスに娘を押し付けるほど厚顔ではないが、簡単に諦めるほど無欲でもなかった件の騎士爵。

次期領主と目されるペイスは未だ幼く、同じように若いモンティが将来的にモルテールン家の重臣となる可能性は十分あると判断した。つまり、妥協の範疇ではあった。

お見合い会でも、当人同士は同い年ということもあって意気投合。政略結婚なんて嫌だよね、などとお互いに笑い合ううちに仲良くなって「じゃあ俺たちが結婚したら恋愛結婚じゃないか」というモンティの口説き文句でゴールインという話。

元平民のモンティが、貴族令嬢を射止めたのだ。サクセスストーリーにも程があると、専らの話題。

ビオに至っては、相手の熱意が物凄かったと評判。

相手の男は、とある南部の有力貴族に仕える従士家の次男。顔がそれほど良いわけでもなく、地位があるわけでも無く、頭が良いわけでも無く、武芸が達者というわけでもなく、自己資産を持ってるわけでも無いが、行動力だけは有った。

噂を聞き、親の伝手や主家の伝手も動員してお見合い会に参加。そこで出会ったのがビオであった。

大人しく、 儚(はかな) げで、清楚で、小柄ながらも可憐なビオ。実態はともかく少なくとも彼にはそう見えたらしく、好みのど真ん中だったことから一目惚れ。確かに一見すると気弱に見えるが、意外と 強(したた) かで芯の強いところを知っている同期からすれば、相手の男にはご愁傷さまといったところだろうか。伊達や酔狂でモルテールン家の従士は務まらないのだ。

相手の男は、お見合い会の最初から最後まで他人が驚くほどの熱意でアピールを繰り返し、他のライバルたちを“押しの一手”だけで出し抜いた。

ビオ自身は既に自分が大人という自負があり結婚願望を持っていたことや、男の主家からも後援があったことが決め手となり、結婚に至ったのだ。従士家同士の結婚なのだから、こちらは極普通の縁組。

ビオとモンティ。この二人は、新婚ということもあって、モルテールン家から新たに家屋敷を貸与されている。シイツが借りている家と比べれば小さいが、それでも一家を構えるには十分な邸宅。庭付きで二階建て。仮に子供が四~五人産まれても大丈夫だろう。

新婚家庭が、新しい家の“住み心地”を試す。友達などに構わずとも、やるべきことは多い。

周りから冷やかされるのもセットメニューのうちだが。

「それに、“あつい”っていえば従士長だよな」

「違いない」

バッチの言葉に、言った本人も含む三人が笑った。

シイツの結婚に関わる騒動は、一時期はモルテールン領で誰かと誰かが顔を合わせる度に話題に上がった、超特大のニュース。挨拶代わりにされるぐらいのホットな話題。

中でも、決闘で色仕掛け、結婚式で親と間違えられる、新婚旅行で脅威のダイエット成功、の三つのニュースは、他領の人間まで口にするぐらいに広まった。どれも、シイツにとっては笑い事ではないのだが、他人からすれば良い笑い話になる。三人が笑ったのも、それを思い出したからだ。

「新妻とのあつぅい毎日。お見合い会で胸をさらけ出してプロポーズってのには驚いたけど、俺は正直羨ましい」

「二十以上も年の離れた嫁さんがか? 結婚式で畏まった礼服着てたら、教会の人間に“親御さんはあちらでお待ちください”って言われるんだぞ?」

「ああ、あれは大爆笑だったよね。新婦の親と間違われたって話だし。あんなに笑った結婚式なんて生まれて初めてだよ」

そして今も又、三人がネタにしている。村のあちこちで、同様の光景が見られるのだから、シイツも災難だ。ちなみに、シイツが新婦の親と間違えられた件については、カセロールでさえも笑いが堪えきれなかった事件だ。

尚、ペイスはここぞとばかりに大笑いした。

噂をすると影が差すとの言葉がある。

三人が駄弁っているところに、噂の主がやってきた。

「お前ら、楽しそうだな」

モルテールン家従士長にして、新婚ほやほやのシイツだ。

噂話の内容が少し聞こえていた為苦々しい表情をしているが、最早反論するだけ火に油を注ぐことになると、この件についてはダンマリを決め込む。

「おろ、従士長、大分顔色が良くなりましたね。この間はげっそりしてたのに」

「おかげさんでな。こっちに帰って来てからの休暇で、多少はゆっくりできた。旅行では死ぬかと思ったぜ」

「ご愁傷さまです。それで、俺たちに何か用ですか?」

「おう、ちょっと屋敷に集まって欲しくてな。ああ、今すぐでなくていいぞ。日暮れの時間で良い。クソ暑いときに仕事なんて、俺もしたくねえし」

「同感」

今度は、シイツも含めた四人が笑った。

「休暇中に集めて悪いとは思うが、重要な話があるんだとよ」

休みの人間までわざわざ集めて、大事な話とは何なのか。

若い連中は、興味本位の野次馬根性から、少し早めにお屋敷に集まった。

集合場所は執務室ということだったが、三人が入ると、中には既にカセロールとペイスの二人が居た。それに加えて、アニエスやジョゼという女性陣まで居るし、リコリスも顔を出している。

モルテールン家の面々が勢ぞろい。なるほど、ただ事ではないなと若い従士達も察した。

「三人共早いですね。少し待っていてください。今、シイツ達が手分けして招集を掛けていますので」

「分かりました」

集合時間よりも大分早めに来たことで、三人はモルテールン家のトップ会談を聞くことになる。

「この両家には貸しがあるわけですか」

「そうだ。以前のお家騒動で私が現当主を推した。恩を感じてくれていると思う。逆に、ここからはこの件で恨まれていると思う」

「なるほど。ならばこの件を持ち出して来たら、突っぱねるのが最良ですか?」

「それが出来れば一番いいが、他家との関係に配慮してほしい。基本はお前の裁量の内だ」

何やら、父親が息子に色々と指導しているようにも見える。

普通の家であったなら、親が子供に政務のいろはを教えるのは珍しいことではないのだが、ことモルテールン家に関しては、今更何を教えることがあるのかという気もする。

「父様、あたしはこっちが良く分からないんだけど、」

「個別の細かいところはシイツやペイスに聞け。大まかな概要だけを覚えることを優先するんだ」

「うう、どうせなら全部ペイスに任せれば良いのに」

「そうもいかんのだ」

ジョゼもまた、何かを父親から教わっている。

日頃はあまり政務に関わることもないお嬢様が、手取り足取り教えてもらっている様子など、珍しいを通り越して不気味だ。

一体何が起きているのか。

若い三人は首を傾げつつも、ただ待つしかなかった。

夕暮れになり、西日が部屋を赤く染めるころ。

ぽつぽつと、執務室に人が集まってくる。

グラスやコアンといった古株がまず集まった。トラブルの時に何かと頼りにされがちな二人。今回もまた何かトラブルかも知れないと、気をきかせて早めに来たらしい。

「お、お前ら早いな」

「感心なことだ」

おかげで、先輩より早く来ていた若手三人は褒められた。

親と同世代の二人から言われれば、新人としては何とは無しに嬉しくなるもの。

例え、今まで座っていたソファーを大先輩に取られてしまったとしても。

「失礼します」

「呼ばれて来たっす」

ガラガンやスラヴォミールも集まって来た。後ろには、ぞろぞろと若手も続く。どうやら、待ち合わせて来たらしい。

そこからやや遅れて、シイツもやってくる。ニコロやダグラッドと連れ立ってきたが、これはどうも直前まで仕事をしていたからのようだ。モルテールン家の苦労人集団のご登場。

「ふむ、これで来てないのは……トバイアムだけですね」

「あのバカ。ほっといて、先に話だけでもしますかい?」

「もう少しだけ待ってみましょう」

いつの間にかモルテールン家も大きくなったものだ。シイツは、ペイスと話をしながらそう感じた。

以前なら家中の全員集めても片手の指折りで足りていた。今は、両手でも足りない数が集まっており、部屋の中が狭く感じるほど。これからもっともっと増えていくとなれば、否応なしにモルテールン家の隆盛を感じる。

「ぶひゃひゃ、皆集まってるな」

「トバイアム、皆、貴方の到着を待っていたのですよ?」

「うむ、ご苦労諸君」

先輩たちや主家の人間を待たせていても、一切気にしない図太い神経。この無神経さはトバイアムの短所でもあるが、戦場で神経衰弱になる心配から一番縁遠いという意味では長所でもある。今更治せと言っても治せるものでもないし、諦めるしかない。遅刻しなかっただけマシというものだろう。

「はぁ、まあいいでしょう。それでは父様、全員揃ったようです」

「そうか、なら皆、聞いてくれ」

カセロールの言葉に、皆が視線を集中する。

「ここしばらく、私が王都に行くことが多くなっていたのは承知のことと思う。それは、とある内示を打診されていた為だ。内々に、カドレチェク公爵を通してとある要請があった」

「要請ってなあ何ですかい?」

「うむ、集まってもらったのもそれに関わっているのだが、国軍の再編に伴い、私に王都駐留部隊の一つを預かって欲しいとのことだった」

「国軍を率いるってんですかい!!」

皆がどよめいた。

カドレチェク公爵が音頭を執って、国軍の体制を大きく変えようとしていたのは周知の事実。公然の秘密。

かつては東西南北の各方面軍と中央軍の五軍体制だったものが、東西北の三軍プラス中央一軍半とする大改革。中央の機動戦力を増やすことで戦略上の柔軟性を増やそうという試み。公爵が自分の最後の仕事として行っている、国政のレジームチェンジだ。

中心となる政策は中央軍の強化にあるわけで、そこで一隊を預かるとなれば相当に重要な立ち位置。軍家としては大出世といえるだろう。

「国軍全部ではない。あくまで、一つの隊を預かるという話だった」

「にしたって、大変な仕事ってのに変わりはねえでしょう」

「うむ。当家が陞爵したことで、地位に不足は無くなったこと。これまでの功績が高く評価されていること。中央に【転移】の魔法使いが常駐する利便性。他にも色々と理由をあげて、口説かれた。突っぱねようにもその材料が無くてな。引き受けることになった。そして引き受ける以上は、そちらに専念することになるだろう」

「うへえ。じゃあここの領地はどうするんです?」

「代官を立て、一切を委任することになるだろう」

「誰に……って聞くまでもねえですよね」

今度は全員の目がペイストリーに向いた。

カセロールが中央に役職をもらい常駐するようになるなら、領地運営の方はペイスが代行するのが、誰の目にも無難な方策に思える。

仮に他の人間にやれと言ったところで、どうせその人間にはペイスが抑えられるはずもない。

「領地経営が未だ不安定だと言って断ろうとしたんだがな。公爵に、ペイスのことを言われてしまったよ。どうやら、色々とバレていることがあるらしい。頼もしい跡取りが居るのだから不安は無かろうと言われてしまって、私には否定できなかったのだ」

「俺には不安しかねえですが」

シイツの言葉に、何故かその場にいた従士全員が同意する。

「それに、役職を持てばその分の報酬は出る。当家としては収入が増えるのだから、悪いことばかりではない。そうだろう?」

「そりゃまあ、そうですけどね」

「そういうわけだ。今後、私は王都にて中央軍の一隊を預かることになる。ここへ戻ってくる機会も減るだろう。アニエスも一緒に連れて行こうと考えているし、他に王都に連れていく人選もしたいと思う。希望者は明後日までに名乗り出て欲しい。以上だ」

カセロールの言葉に、室内はざわめきがぶり返した。

王都で役務の拝命。とても栄誉なことである。モルテールン家にとっても、そこに仕える従士にとっても。

部下として付いていくのは誰か。雑談が騒がしくなる中、ペイスだけは一人静かに思考していた。