軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127話 熊

熊。

食肉目クマ科の総称であり、南大陸にも広く生息する大型の哺乳類。

大きいものでは体長三メートルほど。体重は最大で一トンほどの巨躯でありながら、動きは俊敏であり、山岳地帯や森林地帯に分布する。

食性は主に植物性向であり果物などを好むが、雑食であり魚や肉も食べる。

元来臆病な性質ではあるが、人間にとって恐ろしいのは、一度人間の肉を食べた熊は、以後は人間を餌とみなして襲ってくることにあった。

片手でも大の大人を軽く吹き飛ばす腕力と丈夫な爪が一番の武器であり、ある日森の中でばったり出会えば、それすなわち死神の代行者である。

ただし、それは大人の熊の場合。

「可愛いな」

「ペイスが焦らせるから無駄に走っちまったじゃねえか」

今、集まった面々の目の前には、犬ほどの大きさの毛むくじゃらが居た。

これも一応はクマと呼ばれる生き物であるが、恐らく生後半年にも満たないだろう。

「まあ、襲われてるのが勘違いで良かったです。鳥の目だとどうも自分の目と違って大きさが分かり辛かったので」

「ある意味襲われてるけどな。モンティの顔が毛だらけになってる」

つたない動きで、一生懸命に体を動かす様子。

もしかしたらば狩りの練習なのかもしれないが、これは脅威にはなりそうにない。

「しかも、やけにモンティになついてるし」

「何であんなになついてるんだ? 野生の動物なんてそう人になつくもんじゃねえだろ」

「知らねえよ。あいつが森に行くからってんで一人だけモコモコした靴履いてるからじゃねえか? ほら、足にじゃれついてるし」

「ってかモンティは何でこんな季節にあれ履いてんだ? あれ冬用だろ?」

「どうせ緊張して間違えたんだろ」

山岳地帯に狩りに出向く場合、足を分厚い革靴でもって覆わなければ尖った岩場で怪我をする。少なくとも素足は論外。

冬の間は毛皮で作った靴なども重宝されるが、少なくとも夏とも言える時期に履くものではない。恐らく中身は蒸れて相当な臭さになっているはずである。

「それか、ハチミツをつまみ食いしてたかだな。モンティを餌と思ってんじゃねえ?」

「お、さすがルミはつまみ食いには詳しいな」

「喧嘩売ってんのかテメエ!!」

ルミとマルクの漫才はともかく、モンティは真面目な性格なので、勿論蜂蜜をつまみ食いするようなことはしていない。ペイスが熱心に注視している新事業でそんなことを出来るのは、相当に胆が太くなくては無理だ。

お菓子警察の捜査はこれでもかと言うほどに執拗で執念深い。

小熊の様子から親の熊が居ることを懸念し、一応は周囲を見回って警戒した一同。

結果、少なくとも近くには他に熊が居ないと分かって安心したものの、ならば何故こんなところに小熊が居るのかという疑問が出て来る。

「恐らく、旧リプタウアー領から来たんでしょうね」

「そうなのか?」

「熊の毛皮を売って領地替えの費用の一部を用立てたと聞いてますし。この子は親を亡くして彷徨ううちにここに来たのでしょう。森の中にはベリーの類も育ててますから」

「これが山を越えたってならすげえ話だな」

「もしかしたら親子で来ていたのが、親だけ何がしかの不幸があったのかもしれませんが……なににせよ、旧お隣さんから来たのは間違いないと思います」

リプタウアー家の当主は準男爵位に陞爵して、今は東部の辺境に居る。南部辺境から東部辺境への領地替えではあったが、爵位も上がるし、元より豊かな土地を与えられたのだから喜ばしいことだった。

しかし、領地替えをする場合には家臣となる者は連れていくが、領民は置いたままになる。

後を濁さずという潔さから、領民の嘆願があった害獣駆除を行ってから出て行ったという引継ぎがあった。カセロールがその手の報告を聞いていたのだ。

ペイスはそのことを知っているだけに、この小熊がその打ち漏らしかもしれないと考えた。或いは、子供まで殺すにしのびなく、遠くに逃がすつもりで領境の山に放したか。

彼の準男爵の性格からすれば、後者のような気もするとペイスは皆に語る。

「じゃあこの熊どうすんだ?」

「……父様に相談しますか」

ペイスもお菓子が絡まなければ常識人なので、むやみやたらと愛らしい小熊を殺すことは無い。

しかし、人に慣れたような熊だ。逃がして後々の脅威とするのも拙かろうとは思ったので、父親と相談することになる。

「最悪、レイング伯爵領の方に逃がしますかね」

「厄介ごとを他国に押し付けるって酷い奴だな」

「この熊の顔を見てください。ヴォルトゥザラ王国の熊っぽい顔してるじゃないですか。故郷に帰してあげないと」

「熊の顔なんて分かんねえよ。ってか外国っぽい熊の顔って何だよ。聞いたことねえよ」

次期領主の冗談に、周りの半分は笑う。

熊の顔で出身地の見分けが付くなんて話は聞いたことが無いわけだが、冗談だと思って笑ったのが半分。もしかしたらペイスならあり得るかもしれないと思ったのが半分だ。

日頃の行いが悪いと、何かにつけて疑われるものらしい。

「モンティ、この子を連れて屋敷に戻り、父様に報告してください」

「はい」

村人を生まれて初めて指揮したことでガチガチに緊張して、無駄に疲労していたモンティを気遣い、簡単な役目の方に回した。

ほっとしたような顔で熊を抱えて走り出す青年を見送り、一同は改めてペイスの言葉を待つ。

「んで、ハチクイ狩りはどうすんだ?」

「無論続けます。モンティの班は……アル、班長をやってみますか?」

「え? 俺ですか!?」

未成年への指示に、周りの大人たちも騒めく。

「アルならモンティと年も変わりませんし、能力的にも不足は無いでしょう。将来の勉強だと思って、班を取り仕切ってみてください」

「は、はい!!」

アーラッチは元気よく答えた。

彼がこの場に居るのは、無論ペイスの前で役に立つところをアピールすることで好印象の得点を稼ぎ、カセロールやジョゼに対する好印象に繋げることにある。

そのアピールチャンスをくれるというのだから、喜んで頷いた。

もっとも、それを見ているガラガンは、そばかす顔を歪める。

「また若様が無茶な割り振りを……未成年こき使うってどうなんすか」

ペイスが無茶振りをするのは毎度のことであり、被害担当の一人であるガラガンは、同類が一人増えそうだと軽く胸に手を当てて神に幸運を祈った。

「さて、続けます。二班はそれぞれの網について、ハチクイがかかるのに対処してください。数が集まれば食いでもあることでしょうし、捕まえたものは自由に処分して構いません」

「おおぉ!!」

「行動開始!!」

身が大してついていない小さい鳥とはいえ、モルテールン領では肉はまだまだ高級品。鶏やヤギは領主家が飼っているのだが、他の家は家畜を飼えるほどに水や食料資源に余剰があるわけではない。

村人が肉を口にするというのは冠婚葬祭の振舞いか、或いは狩猟による成果。狩猟は腕の差で露骨に違いが出るので、食べられない人間は本当に一切口に出来ない。

しかし今回は網猟。腕の良し悪しも関係なく、おまけに領主家子息が鳥を集める手立てを講じるというのだ。ペイスの優秀さと奇天烈具合は村人も良く知るだけに、自分たちも肉が食えるに違いないと期待も膨らむ。ルミなども、すでに美味しく焼けた鳥の丸焼きを想像してよだれを垂らしかけてる。

「それでは続けましょうか。捕まえることが出来たハチクイを使って、群れごとおびき寄せますよ」

モルテールン家が実力主義を標榜するのは、領主家のトップ二人が共に優れた為政者かつ魔法使いというのも理由。

時折暴走することを除いて、ペイスのことを村人は心から信頼しているので、網の傍でじっと待っている。

そこに、煌びやかな集団が現れた。

「きた。来た来た来たよ。いっぱい飛んできた!! うっし、全員網を見張るっす。網から逃げ出すようなら、石でも何でも投げつけて逃がさないようにするっすよ」

「捕まえたらどうするよ」

「絞める。森の中でやると血をまき散らすことになるっすから、森を出てやる予定らしいっすよ」

「生け捕りとか難しいこと言うよ。ペイストリー様には何か考えが?」

カスミ網猟を知らない人間は、立てただけの網で鳥が捕れるとは思っていない。いや、引っかかることで捕れることは捕れるだろうが、すぐにも逃げ出してしまうだろうと考える。

しかし、以前にも網猟の経験を持つ従士は、ニヤッと笑う。

鳥。特に樹木にとまる鳥は、網にぶつかった時に反射的に網を足で掴む性質がある。細い枝などにぶつかった際、急な失速で墜落する危険を避ける為の反射という説もあるが、羽を広げて滑空する鳥以外は、大抵この反射的な行動性質を持つ。

そして、鳥と言うのは飛び立つときには足で蹴った反動が必要な為、緩く張った網のようなものに捕まっていた場合には、飛び立とうとしても反動が得られない為に飛び立つことが出来ないままになる。

つまり、置いておくだけで鳥が捕まえられるわけで、無差別に捕鳥してしまうことから日本国内などでは規制の対象にもなっている猟法。モルテールン領ではモルテールン家が法律なので、規制なども無い為やりたい放題出来るわけだ。

「まあ、若様のやることに間違いはないっすよ。ほら、見るっす」

まるでレミングの集団自殺のように、次から次へと網に飛び込んでくるハチクイ。数にして百羽はある。

よくぞこれだけ居たものだとガラガンは思った。ハチクイが養蜂のハチに目を付けた時点で即座に駆除を試みたのは正解だったと自画自賛。

十羽二十羽でも蜂の巣の二割がやられたのだ。これだけの大量のハチクイが一斉に襲ってきていたら、とても養蜂など出来るはずも無かっただろう。一網打尽とはまさにこのことだが、それを可能にしたという一点でもモルテールン家は頼りになる領主家である。

俺はすげえ家に仕えたとばかりに鼻を膨らませたガラガンだが、興奮しているのは周りも同じである。

「うへへ、こりゃ今日は鳥がタップリ食えるぞ」

「気が早いっすね。うわ、逃げたのが居るっす!!」

「畜生が、くそっ、当たらねえ」

網の 容量(キャパシティ) を越えてしまったのだろう。網の方に飛び込みはするものの、既に捕まったものの犠牲の上に立って逃走に成功するハチクイが出だした。

慌てて石を投げる村人も何人か居たのだが、いかんせん相手は小さい鳥。石が当たることなく逃げる。

あまり派手に石を投げると村人同士に当たる為、ここら辺はしっかりとガラガンが統率しなければならないところだ。

「逃げたのは仕方ないっす。あまり考えなしに石を投げると、下手すると人に当たるんで、それぐらいで良いっすよ」

「了解っってうおぉ」

逃げ出した数羽のうち、二羽に石が命中した。

「うっし、今日は絶好調だぜ。見たかルミ。俺の腕前」

「けっ。俺だって当てたし威張るんじゃねえよ」

ガラの悪い子供が二人。人に当たる危険なんて軽く無視する、遠慮のない悪ガキペア。むしろこれ幸いと大人にわざと石を当てかねない。当たったところで開き直るぐらいはしかねない二人組。

投石紐の威力と、それをおもちゃにして育った長年の研鑽の賜物と言うべき腕前で、逃げる鳥に次々と石を投げる。外れるものもあるが、当たる確率は大人が手で投げるよりも高い。

そんな二人の目の前で、不思議な光景が生まれる。

ハチクイをハチクイが襲いだしたのだ。

「あれ? 何で仲間割れしてんだ?」

「僕の魔法です。サポートするので、どんどんやっちゃってください」

魔法によるペイスの補助もある。

襲来していたハチクイは、ほぼ全て捕獲されることになった。

「よし、全員で鳥を集めますよ。集めたのは袋に入れてください。森の中に血を撒くのもあれなんで、森の外で始末します」

村人たちは、鳥の羽を折りながら、麻袋に鳥を詰めていく。

数が数だけに時間も掛かるだろうと、ペイスが様子を眺めていた時だった。

「ペイス様ぁ、お~い」

森の外からペイスを呼ぶ声がして、少年は管理棟の方に戻る。

そこには、小熊の報告に行ったはずのモンテモッチが居た。

「モンティ、どうしました? 報告は終わりましたか?」

「その件で、カセロール様からの伝言を預かってきました」

「父様から?」

「はい」

モンティは、少し居心地悪そうに言う。

その様子にペイスも不審を抱くわけだが、とにかく伝言を聞かないと判断も出来ない。

「すぐに、お屋敷にお戻りいただきたい、ということでしたが」

「仕事を放り出して? 妙な指示ですね……モンティは何か他に知ってますか?」

「え!?」

世が世なら中学生ぐらいの年のモンティ。練達のペイス相手に隠し事などはそうそう出来るものでもないので、即座に動揺してしまう。

ジト目でモンティを見るペイス。

「父様が僕を呼び戻す理由は何ですか?」

「それが……ジョゼフィーネ様が」

言いづらそうなモンティではあるが、キリキリ白状しろと言わんばかりのペイスの剣幕に押されて、知っていることをぶちまける。

「丁度お戻りになられたところでバッタリと会いまして。あの子熊をどうしても飼いたいとおっしゃったもので……その相談だそうです」

「なんですって?!」

今日はつくづく予想外のことが起きる日だと、ペイスも呆れるしかなかった。