軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

116話 信じられない話をしよう

神王国の王都ボーヴァルディーアにある王城は、騒がしさの中にあった。

隣国の侵攻を受け、フバーレク辺境伯が敗北し、至急の援軍を求める報せが来ていたからだ。

カドレチェク公爵などは、すわ一大事とばかりに救援のための軍を編成。

第一陣にコーリーフ伯爵以下十五家の五千。うち騎兵百八十。

第二陣にアングルワット伯爵以下十八家の六千八百。うち騎兵百五十、攻城兵器二十。

第三陣にバッツィエン子爵以下十二家の三千三百五十の補給支援部隊。

これに、必要とあればカドレチェク公爵直々の直卒を加えるつもりであり、総数は二万を越える大軍。

どのような事態になっているかは不明ながら、不測の事態でも十分に対応できるだけの戦力のつもりである。

しかし、大軍だけに欠点もある。

兵站の整備と準備、武器や兵装の用意、行軍ルートの策定、戦費の調達と、動かすために必要なものが多く、それだけに即応性には欠ける。

出来るだけ急いでおかねばと焦るカドレチェク公爵であったが、そんな彼に早馬で知らせが届いた。

内容に驚いた老人は、早速とばかりに国王に対して面会を求める。

国家の重鎮にして軍務のトップ。それが戦争準備の最中に面会にくるなどただ事ではないと、国王も又、面倒な手続きごとをすっ飛ばして最優先で面会に応じた。

「陛下、臣らの不徳にて 宸襟(しんきん) を騒がし 奉(たてまつ) り、 今日(こんにち) に至っては急なる御臨座を賜りましたこと、まことに恐縮にござります」

「よい。公爵には俺への直言を許している。回りくどいのは嫌いだ。率直に申せ。ああ、そんな堅苦しい言葉遣いは無用だぞ。小さかった時には小言を貰っていたじいに畏まられると気色が悪い。何があった?」

「はっ。今朝がた部下から報せが参りまして、それによりますと、フバーレク家が領都を落とした、との 由(よし) にございます」

「何? そうか、間に合わなんだか……」

国王カリソンは、瞑目して深く息を吸い込んだ。

そして、大きなため息と共に気持ちを落ち着ける。

カリソンの治世は、よく知られるように戦乱から始まった。

周辺諸外国は全て敵意向きだしで襲ってくるところからのスタート。難易度から言うならば超高難易度。ハードモードどころではない状況から始まったのだ。

そんな中で、現在まで大きな騒乱を起こすことも無く、父親から引き継いだ領土を維持。或いは若干増やす程には外交的成功を収めてきた。

外交とは綱引きに似ている。お互いが国益の為にあの手この手で引っ張り合って、利益を手繰り寄せようともがく。実際には微々たる動き、矮小な利益のやり取りに見えても、その裏で動いている圧力はまさに一国を揺るがすほどの大きな力。

つまり均衡を保つというだけでも、老獪で狡猾な連中を向こうにとって負けない力量が必要なのだ。

領土を守ってきたというただその一点のみを見ても、現国王の非凡さが垣間見える。

だが、カリソンとて全てが自分の実力と 己惚(うぬぼ) れる人間ではない。多くの人間の献身や、幾多の幸運があってこそ今の均衡がある。

だからこそ、いつかその均衡が崩れる可能性はあると思っていた。

東西南北全てで諍いが有るのだ。たまたま東部が上手くいかなかったといっても、有り得る話だ。

カリソンは、サイリ王国がルトルート辺境伯を筆頭に大軍を差し向けたという知らせを受けた時から、最悪の事態は覚悟していた。

フバーレク領の領都が落とされる。フバーレク家が潰される。これもまたあり得た未来。突き付けられた現実と、気持ちを奮い立たせた。

だが、公爵の様子がおかしい。

「いえ、陛下。臣の言葉が足りず申し訳ございませんが、ご懸念は無用にございます」

「ん?」

「臣が申し上げましたことは、フバーレク領の領都が落とされたという報告ではございません」

「どういうことだ?」

「ルトルート辺境伯領の領都を、攻略したとの報せでございました」

「何!? もう一度言ってみろ」

「フバーレク軍はサイリ王国軍を撃退し、余勢を駆ってルトルート領に痛烈な反攻。敵領を完全に攻略したとの朗報でございます」

カリソンは、思わず椅子からずり落ちかけた。

つい先日の報せでは、敵軍は数万の大軍であり、野戦と、続く砦防衛戦に 悉(ことごと) く敗れ、前線は全て壊滅。敗残兵でフバーレク領アルコムにて止む無く籠城。寡兵に 如何(いかん) ともし難く、至急の援軍を求む、というものだった。

城壁で敵を食い止めている、と言うだけでもまだ朗報の類。領都防衛に成功したという報せならば神に幸運を感謝するレベルの奇跡だ。

どこをどう間違えれば、敗残兵が勢いづく大軍を破り、あまつさえ敵の本拠地攻略まで成し遂げるというのか。

自分の耳が腐ったと言われても、今ならば心の底から信じられる。

「……敵の調略や誤報の可能性は?」

「陛下のご懸念は 真(まこと) に 御尤(ごもっと) も。臣も信じられず、何度となく確認いたしましたが、間違いございませんでした」

カドレチェク公爵も、既に孫が結婚してもおかしくない高齢。そろそろ息子に後事を任せて隠居しよう思うぐらいには年を重ねており、それだけの期間を 魑魅魍魎(ちみもうりょう) の 蠢(うごめ) く王宮で泳いできただけに経験も人一倍豊富。

その御仁をして、信じられないと言わしめたニュースだ。耳を疑って当然である。

「詳しく話せ。一体、何があったのだ?」

「さすれば、ことの初めは東部の騒乱にモルテールン家が気付いたことにあります」

「カセロールならば気付いてもおかしくは無いな」

「はい。そして、縁故から助力するに至りました」

東部辺境から南部辺境まで。普通に移動すれば一ヶ月以上掛かる距離があるが、それを無視できるのがモルテールン家が重宝がられる 所以(ゆえん) 。

遠く離れた東部辺境の争いに、気付いたとしても不思議は無いし、気付いたならば嫡子の婚約者からの縁で援軍を求められるのは当然。フバーレク家とするならば、ここで伝手を使わないならいつ使うのかというぐらいには追い詰められていた。

「しかし、如何にモルテールン準男爵と言えど、数十倍にもならんとする大軍を前に防戦を余儀なくされ、負傷するに至ったそうでございます。その際には、モルテールン家の従士長も重傷を負ったとか」

「カセロールに覗き屋が揃って戦線離脱か。余計に分からん。押し返すどころか劣勢になる一方ではないか。二人は無事だったのか?」

「命は取り止めたとのことですので、詳細は分かりかねますが……この時、息子の方が援軍を集めておったようです。南部のレーテシュ家やボンビーノ家といった主だったところから数百の手勢を集めて東部に送ったとのこと。合流した時にはモルテールン卿は負傷しておりましたから、息子の方が指揮を執ることになったとか」

「絵描きの息子か。あれも中々利発な 男(おのこ) であったな。しかしあの年の子供が指揮など執れたのか?」

「……そこです」

カドレチェク公爵が、一瞬言いよどんだ。

自分がこれから言うことが、あまりに荒唐無稽なことだからだ。国王に向かって真面目な顔で「海の水を飲みほした男が居る」であるとか「山を一つ持ち上げた力持ちが居ります」などと言い出せば、まず阿呆かと言われる。信じて欲しいという方が無茶だ。

さて、まだ十歳にもなっていない少年が一軍を率いて敵軍を撤退せしめ、その上フバーレク家を含む全軍を指揮して逆撃を加え、ほとんど被害も出さずに奪われた砦を奪還し、更には敵領のほとんどを手に入れ、万を超える大軍を徹底的に討ち果たす功績をたてた。

などと言うことを、まじめな顔で言うべきかどうか。

悩んだおかげで、口はへの字になりながらも目は厳めしく、それでいて冗談めかした笑い話っぽく語るという、なんとも形容しがたい報告になったのも仕方がない。

「カセロールの息子がそこまで? どこから冗談だ?」

「冗談ではございません。臣とて信じ難くはありますが、事実でござりますれば」

「ふはは、ふははは、そこまでくると笑ってしまうな。英雄劇の台本でももう少し信憑性のある内容を書くだろう。なんだそれは」

「聞くところでは【転写】の魔法を使って敵将の顔を描き、敵の命令を混乱せしめて同士討ちをさせたとか。子供ならではの柔軟な発想に、臣は感服いたしました」

「俺もだ。おい、この際だから城の警備にも連絡しておけよ。変装の達人が居るとな」

「はっ」

実際は、ペイスが顔を取り繕ったとはいえ、明るい中でしっかりと見ればすぐに分かる程度のものだ。

暗い中、変装しているとは思いもしない人間相手であったから上手くいった。

しかし、カリソン達にはそこまで分からないのだから、警戒だけは怠れない。

「まあ、ことの是非は置いておいてだ。カセロールの息子は最後の詰めまでやったか? やっていたのなら国賓級のパレードを催して、新たな英雄に祭り上げてやるところだが……」

「いえ。ルトルート領侵攻の後は、レーテシュ家の者が指揮を執って領都攻略に対応したとか」

「レーテシュ家……はて、あそこの当主は身重では無かったか。ああ、オーリヨンの次男坊か。婿の方だ。あの“お騒がせ結婚式の婿がね“だったか?」

「はい、その御仁でございます。フバーレク家が残存兵力と共に領内の再編にあたる傍ら、レーテシュ家を筆頭とする諸家連合でルトルート領に侵攻し併呑。ほとんど空の巣を攻めるだけだったそうで、早々に領都も陥落。晴れて百年来の懸案事項が一つ片付いたという訳でございます」

以上、と報告を終えたカドレチェク公爵は、疲れていた。

自分でも未だに本当かどうかと疑ってしまいそうな内容を、人に説明するのだ。当たり前の内容を定型文で報告するのに比べれば、百倍は疲れる。

「ふむ、そうか。ご苦労。さて、そうなってくると後事が大変だな」

「御意。ルトルート辺境伯は王都に逃げ帰る途中、追剥ぎまがいの盗賊に襲われて命を落としたそうです。子供らは皆領都陥落時に俘虜にしたか、自害したかのいずれかであったと。親族は居りますが、直系は既に絶え、報復の名目も旗頭が居らぬ状況です」

「ならば当分は安泰。早々に併呑、といきたいが……フバーレク家にそのまま任せるわけにはいかぬな」

カリソンが今聞いている限りでは、フバーレク辺境伯は行方不明。

嫡子が跡を継ぐことはほぼ決まりで、そこに問題は無い。ただ、ルトルート領まで含めると問題がややこしくなる。

本気を出せば万を超える兵を動員できる辺境伯領を、一家が二つとも抱えるようになれば、明らかに過剰な戦力。辺境の有力貴族に軍事力、権力、富が集中する状況は、王家としては面白くない。

更に、次代継承も厄介だ。

経験は浅く、実力未知数な上に不安定な長男。おまけに、全ての婚姻関係が浅くなる。

例えば、今まで直系の娘の婚約者だったペイスなどは、義理の息子。一親等の姻族予定者だが、妹の婚約者となると二親等の姻族になる。

全部が全部こうなるのだから、繋がりという面ではあらゆる方面で相当に浅くなるだろう。

フバーレク辺境伯が個人的に親しかった友人たちも、息子相手となると今まで通りに接するということも無い。

人脈やコネの再構築には、時間が掛かる。

「……ルトルート領は分けるしかないな」

国王は、王として判断する。新たに併呑するとなるならば、ルトルート領は細かく分けるしかないだろう、と。

ざっと考えて、一子爵家、一男爵家は確実。ここら辺の中位貴族は、増やすと後が困る。一つづつが妥当だろう。旧ルトルート領の取りまとめ役に子爵家。補佐に男爵家を配し、ばらけすぎてサイリ王国への備えが弱くなることを防ぐ。

残りは、三~四つの準男爵家、五~十家の騎士爵家を新たに創設する。戦力的に、旧ルトルート領を別けるならこれぐらいだろう、というおおざっぱな計算。

「陛下、臣としましては、旧ルトルート領を分割するとなれば任せるに人選が重要であると愚考致します。迂闊に任せますれば騒乱を呼びます」

「分かっている。野心の強いもの、経験の浅いもの、軍事に疎いもの、忠誠心の低いものはそれぞれ却下だな」

野心が強ければ、敵国と向かい合う新領地では不要に争いを求める為に向かない。

経験が浅いものは、安定している土地を無難に治めるならまだしも、元敵地という難しい土地を治めるには不向き。

軍事に疎ければ、敵軍が何時再侵攻するか分からない辺境を任せるには不安がある。

忠誠心が低いものは論外。取り潰された旧アーマイア公爵家の縁者などがその該当者になるだろうが、王家に対して恨みを持っていそうな人間に、王家の目の届かない僻地で軍権を預けるなど出来るはずも無い。謀反の火種を煽るだけ。

「今回の戦いにおいて戦功のあったもので、非貴族の者から選りすぐって騎士爵位を与えて任せるか?」

「陛下、それはお止めください。旧ルトルート領の人間は、我が国への恨みを持つものも多いと聞き及んでございますれば、今回の戦いで矢面に立った人間などはより一層恨まれておりましょう。爵位を与えることについては陛下の御胸襟の内にございますが、国防について臣が考えますに、幾ら功ありといえども取り立てて間の無いうちに辺境に配するは危険かと存じます」

「ならば、今までに功績のあったものを取り立てることになろうが……領地替えが要りそうだな」

「さすれば、その儀は臣に御一任頂きたく存じます」

「……相変わらずじいは抜け目がないな。良かろう、任せる。ただし、“他の者”ともよく話し合って、最善となるよう尽くせ」

「御意」

新たな領土獲得。それによる膨大な利権の差配。

さしあたって、新たに新設されるであろう貴族家の椅子や、陞爵するであろう者達への調整。

高位貴族ならではの美味しい利権に、カドレチェク公爵が食いつかないはずがない。そして、他の連中に嗅ぎ付けられるのも時間の問題。

「とりあえずはそれでいいとして、関係者も集めて調整する必要があるだろうな。おおそうだ、どうせならカセロールに頼むか。奴も関係者だし、人を集めるにはうってつけだ」

「左様ですな」

「関係者と言えばフバーレク伯だな。息子が居るから当面は良いとして、やはり消息が知りたい」

自分の臣下として長年従ってきてくれたフバーレク辺境伯の顔を思い出すカリソン。

王として私情にとらわれるのは良くないが、一個人として親しかったものの安否を気遣うのは当然だ。

「陛下……非常にお伝えしづらいのですが、その件でもご報告が」

カドレチェク公爵の声色は、酷く沈んでいた。