軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

011話 戦いの後は落ち着こう

「坊が賊に 攫(さら) われただぁ?」

盗賊の襲撃から一夜明けて翌朝。

事後処理に奔走するシイツの元に、その一報が届けられた。

「ええっと、攫われたと言いますか、追い掛けたと言いますか、攫われたのは子供で……いや、若様もまだ子供ですが、ええっと、そのぅ」

「よく分からん。落ち着いて話せ!!」

「実は……」

◇◇◇◇◇

数十人からの盗賊が混乱する中に、二騎の騎馬が走る。

進むに進めず、退くに退けず。混乱したまま固まった集団など、騎馬突撃の的にしかならない。

更には、前後を挟まれた形になり、前を気にすれば後ろから刺され、後ろを気にすれば前から刺されと、既に三十人以上の賊が倒されていた。

「賊共、武器を捨てて投降しろ。さもなくば容赦はしない。繰り返す。武器を捨てて投降しろ!!」

カセロールの声は良く響いた。

それでも尚暴れる賊は有無を言わさず切り捨てられる。

腰に縄を付けた幾人かや、抵抗をあきらめた何人かが、武器を捨てて降伏の意を示す。

モルテールン領軍は、領民を守り切ったのだ。

あちらこちらで、勝利の叫びをあげる男たち。

その声に、不安から解放された喜びで応える女性や子供。

彼ら、彼女らは達成感と開放感に酔いしれる。

そんな中、領主や徴兵軍にはまだまだやることがあった。

捨てられた武器と、投降した連中や倒れた賊とを集め、賊は念入りに縛り上げていく。それには、かなりの時間が掛かった。

集めた武器や、賊が運んでいた幾ばくかの金銭や服などは、 本村(ほんそん) 防衛に尽力し、徴兵に協力した者達に分けられる。

幸運にも死者こそでなかったが、怪我をした者は両手では足りないほどの数になる。指を切り落とされてしまった者や、片眼を無くした者も居る。彼らの貢献に応える為にも、信賞必罰が世の中の常識だ。

賊共は一カ所に投げ集められ、見張りを残して主だった連中は領主の家の前に集まる。

これからは戦後処理になるのだ。

「次、ザースデンのグラサージュ」

「はい」

「倒したのが一名で、正面防衛の補佐役に貢献。槍と銀貨一枚を褒美とする」

おぉ、と周囲から歓声が上がる。

ザースデンとは本村の名であり、対外的には領都の正式呼称となる。たかだか村三つの中で領都を決めるのもおかしな話ではあるが、モルテールン領の中心となる村の名前だ。

グラサージュは、ペイスの担当していた敵正面に居た男であり、身分的には従士となる。次期領主を形式的には補佐していたことになり、件の少年の命令を受けて火矢を放ったのもこの男である。

槍を貰えるというのは武勲を認められたという事であり、それに加えて銀貨一枚の報奨があった事に、周囲が羨望と驚嘆を込めてどよめいたのだ。

「次、ザースデンのマルカルロにルミニート」

「はいはい、は~い」

「何で二人一緒に呼ぶかなぁ」

次に呼ばれた者の名前に、先ほどとは違った意味でどよめく。

呼ばれたのが、年端もいかない子供だったからだ。

それも、悪戯っ子のレッテルが、貼られまくっている子供。

「二人とも、大人に負けない働き見事だった。それぞれに、剣を与える。それと、大麦を一袋。これは二人合わせてだ。家に帰ったら、自慢しても良いぞ」

「よっしゃぁ!!」

「悪がきの石投げも、偶には役に立つもんだな」

「違いない。だが、このあいだみたいに俺を狙いやがったら、次こそ折檻してやる」

笑い声が周囲に満ちる。

日頃は怒られてばかりの子供二人。今日のこの瞬間は間違いなく彼らがヒーローになった瞬間だ。

誰からも口々に賞賛を受け、慣れていない彼らは逆に恥ずかしくなってしまったほどに。

そんな赤面した二人に、親友が声を掛ける。

「二人とも、お手柄でしたね」

「へへへ、ペイスほどじゃないけど、俺たちも結構やるだろ?」

「ええ、中々の活躍でした」

「ところで、ちょっと手伝ってくれ。俺らだけじゃ運べないんだよ」

報奨として与えられた大麦の袋。

大人でも持ち運びに苦労する大きさのものだ。重さでいうなら、マルクやルミの体重と同じぐらいの重さがある。

流石に子供一人で持てる重さではなく、二人でもふら付きそうになる。

だから手伝え、と彼らは言っているのだ。

勿論、今日の英雄たちの誇らしい戦利品を運ぶのだ。友人たるペイスに否は無く、三人がかりでうんしょうんしょと運び出す。

周りの大人も、それを我が事のように誇らしく見送る。

運び込んだのは、マルカルロの家。

従士であるコアントローの家であり、息子であるマルクも当然ここで養われている。

家長であるコアントロー自身は未だに戦後の後始末に奔走している為、家の中には彼の妻と娘と息子。マルクからすれば母と妹と弟が居た。

日頃は口を開けばお説教しか言わない母親も、今日ばかりは息子が無事帰って来たことを喜んだ。

げんこつも落とさず、帰って来た息子を抱きしめる。

「母ちゃんただいま」

「お帰りマルク、無事に帰ってよかったよ。あんた怪我してないかい。心配したんだよぉ」

「俺は大丈夫さ。それより見てくれ。領主様から剣を貰ったんだ。それに麦。ルミん 家(ち) と半分づつってことだけど、スゲエだろ」

「兄ちゃんすげぇ」

「ちゅげぇ」

自慢げなマルク。貰ったばかりの剣を、鞘ごと引きずりながらも腰にさして胸を張る。

世間一般では、武勲を立てて立身出世をはかるのは典型的なサクセスストーリーであり、それを体現する腰の剣は、誰しもが憧れるものだ。

「あたしゃ、お前が怪我もせずに帰って来てくれただけで良いさ。若様も、このバカ息子がご迷惑をおかけしたみたいで」

「いえいえ。マルクも、ルミも立派でした。きっと将来はモルテールン領に無くてはならない人材となるでしょう。今日の報奨も、文句なく彼らが勝ち取った物。これでお腹いっぱい食べさせてあげてください」

「はいな。腕によりをかけてご馳走を作りますよ」

一度床に降ろした麦のうち、半分をルミの家に持って行かねばならない。

ここで、半分というのが不公平にならないように、ペイスが一工夫する。

きっちり二等分になる様にマルクに分けさせた上で、ルミにどちらを持って帰るか選ばせたのだ。

これならば、どちらからも不公平だとの不満は出難い。

領主の仕事の中には、裁判権に関わるものも多い。

誰が仕事を少なく割り振られているだとか、誰それの家が他より余計に粉ひきを使っただとか、薪の割り当てが少ないだとか、争いごとの大半は利益の折衝である。それを治めるのは領主としての手腕であり、その片鱗を見せたのではないか、と考えることも不自然な発想では無い。

不公平感を極力なくす、という意味で、マルクの母親などはこの分け方にえらく感心した。当の本人からすれば、何のことは無い常識的なものであったにすぎないわけだ。現代人的な教育素養があれば大抵の人間が思いつく。

無事に半分になった麦を、ルミの家に届ける。

ここでも、今度はルミニートが家族にもみくちゃにされた。

この家の場合は、元従士であるルミの祖父がまだ存命であった為、孫の初陣と初手柄にことのほか大喜びであった。

涙を流しながら孫を抱きしめる様を見れば、大げさすぎる、と口に出すことを躊躇するものがある。

「よくやった、流石は我が孫。この年でお館様や若のお役に立てるとは、実に偉い」

「痛い、爺ちゃん、背骨が折れる。折れる~」

「うんうん、これで我が家も将来安泰。そうじゃ、さっそく祝いの場を設けねば」

ここに、タイミング良く酒を報奨として貰ってきた連中が顔を覘かせたのが不味かった。

子供たちの手柄話など最早関係の無い所で、なし崩し的に宴会が始まってしまった。

興奮冷めやらぬ戦勝祝いの中、ペイス以外の年少組二名はこっそり場を抜け出した。

何せ日頃は悪戯ばかりしている二人。抜け出すのは御手のものである。抜け出してきた理由はシンプルで、単に慣れない称賛の嵐に疲れてしまったのだ。

嬉しいことは嬉しいが、慣れていないことが疲れるのは、古今東西変わらない原則である。

二人は、貰ったばかりの剣の鞘を時折地面にぶつけながら、それでも剣を手放さない。

彼らが向かったのは、賊を一時的に収容している納屋。

自分達が初陣で戦った相手を、改めて良く見てみようぜという、マルクの好奇心からであった。

賊といっても、相手は伯爵軍でも手こずった連中。

身柄をレーテシュ伯爵に引き渡せば、当然報奨金を貰える。伯爵としても、追い払ったという体面より、討伐を成功させた実利を謳う方が功績になるからだ。

額の多寡はモルテールン騎士爵の交渉力次第ではあるものの、主犯格の頭目も居るとなれば少なくとも今回の戦費や、本村以外の二村を封鎖した損失を補填できる程度には貰える。仮に伯爵領以外でも暴れていれば首の値段も比例している事だろうし、手柄を丸ごと伯爵に進呈すれば見返りはかなり大きいだろう。

ちなみに、頭目以外の雑多な手下連中は、情報を引き出すために拷問もされたらしい。彼らは奴隷として売りとばされる運命が待ち受けている。鉱山か、研究所か、戦場か。いずれに送られても半年後に生きていることはまず無い。

そんな悲惨な運命に堕ちると分かっていながら盗賊になった人間とは如何なるものか。

興味があるのは誰しも同じであり、子供の好奇心ともなれば大人よりも大きい。

納屋に向かったマルクは、途中漂ってきたもので顔を顰める。

血の匂い。そして何カ月も風呂に入っていない賊の体臭。垂れ流しの糞尿の臭い。それらが混在となった得も言われぬ悪臭は、子供の敏感な鼻にはいささか堪える。

「臭っせえなあ」

「同感だよ」

納屋というのは村に一つある倉庫のような建物である。

犂(すき) 等の道具を雨露から防ぐための物置として使われている。村の共用物の保管場所になっていて、村人が持ち回りで管理している建物だ。

物置である以上、造りは粗雑と言って良い。

隙間風の吹く板一枚の壁。床はむき出しの地面。お世辞にも人が寝起きする場所とは言えない。

「何だお前ら。子供は危ないから近づいちゃいかん」

「良いじゃん、ちょっとぐらい」

「あ、こら待ちなさい。納屋に入ってはいかんと言うに」

建物を見張っていた大人たちの股下をかいくぐり、二人は納屋に侵入する。

厳重に縛り上げられた上で転がされている賊たち。

血の気の人一倍多い連中が、納屋に入ってきた子供二人を睨みつける。

大の大人。それも、血まみれで厳つい男たちに睨まれて、マルカルロとルミニートは怯んだ。

幾ら悪童と言えど、流石に文字通り人を殺してきた連中の気迫に飲まれるのは仕方のないこと。

それでもマルクは、自分の後ろにやや隠れるように怯えたルミに、格好つけるつもりで虚勢を張った。

「な、な、なんでい。たた大した事ねえな」

どう取り繕ってもビビって震えているように見えるのだが、子供とはいえ男の見栄があるのだろう。

震える足を叱咤し、賊たちの傍に近寄っていく。

それが如何程の危険行為であるか。彼らは知らない。知っていたとて、悪餓鬼の名を 恣(ほしいまま) にする二人であれば、あえて危険に踏み込むぐらいは日常茶飯事である。

「おい餓鬼」

低い、唸るような声。

腹の裏側まで響く、太鼓のような呼びかけに、子供はビクリと震えた。

「お前が腰に下げてる剣。それ、どうした」

声を掛けたのは、賊の頭目だった男。

彼の眼には、明らかに子供には不釣り合いな剣があった。

「なななんだ、ここ怖くなんかねえぞ」

「いいから答えろ餓鬼。その剣はどうしたんだと聞いているんだ」

「俺がお前らをやっつけた、ほほ褒美に貰ったんだ」

「そうか」

子供に話しかけた、人一倍怖い顔の男。名はヘルム。

ヘルムは賊のトップ。かつては傭兵団を率いていたこともあり、頭は決して悪くない。

腕っぷしと機転にかけては、そこそこ周りからも認められている。

彼は、彼なりに今の捕縛の状況を何とかしたかった。諦めの良さなど、大昔にゴミ箱に捨てた。生き汚く、汚泥を啜ってでも生き延びてやらねば、自身を逃がし生き延びさせてくれた者達に顔向けができない。

彼は今、真剣だった。

見張りが外から建物ごと見張っている今、下手な事は出来ない。だが、目の前の子どもを上手く使えば虜囚の境遇を解決できるかも知れない。と考える。

そこでふと、男の頭に一つのアイデアが思い浮かんだ。

「おい坊主ども。その剣、俺に貸してみろ」

「あ、馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。誰がお前なんかに貸すか」

「良いから貸せって。その剣は、俺の剣だったんだよ。実はちょいと秘密があってな。俺は死刑になるだろうが、その前に俺の剣の本当の使い方を知って欲しいんだよ」

「本当の使い方?」

「おおとも。そいつは、上手く扱えば魔法が使えるようになる」

「本当か!!」

魔法。

この世界では極々限られた人間にしか使えない神秘。

使い方次第では百人力ともなる大いなる力であり、魔法が使える人間は、最低でも準騎士爵クラス(所謂騎乗の許可された陪臣)程度の出世が見込める。

平民から成り上がろうと思えば、最短距離をショートカット出来る。

誰しもが憧れる力。まして親友がつい数週間前に魔法使いになったとなれば、その思いは切実だ。

「良いか、その剣を握って、火よ出ろと念じてみろ」

「こ、こうか?」

「おい、そんな奴の言う事なんか聞くことねえって」

ぎこちなく鞘から剣を抜き、構えるマルカルロ。

人生経験が乏しく、周りは厳しくも優しい大人たちばかりであった少年は、狡猾な悪意に気付くには幼すぎた。

「そうそう、上手えじゃねえか。中々サマになってる」

「ん、へへ、そうかな」

「おいっ、やめとけって」

ルミニートは止めようとするが、人の忠告を素直に聞く耳を持つぐらいなら、不良少年などにはなっていない。

「そこで呪文を念じるんだが、こればっかりは危険だからな。お友達にも聞かせられねえ。ちょっと耳貸せや」

さっきも大人たちに散々褒められていたマルク。

賊にまで褒められて、既に鼻はピノキオの如く伸びきっている。

何の疑いも無く盗賊の傍に顔を寄せた。賊はその様子に笑みを浮かべた。

人好きのする笑みではあったが、それがほくそ笑んだものであると気付くものはその場に居なかった。

「んで、その呪文ってぐほっ!!」

顔を近づける為に出来た隙。

剣を抜き身で持ちながら、全く無防備な様。少年がそのまま近寄った瞬間、盗賊は縛られていた身を捩る。剣に身を寄せて縄を切り、自由になったその手で殴りかかった。

突然腹を殴られたマルクは、ついさっき食べたばかりの物を地べたに吐き出し、べしゃりと蹲った所で自分の吐いた吐瀉物に顔を突っ込んだ。

思わず手放した剣は、あろうことか賊の手に渡る。

「ぎゃっ!!」

調子に乗った少年が、腹ごと鼻っ柱をへし折られたのとほぼ同時。

一緒に居たルミは、剣で斬りつけられた。

称賛すべきは子供とは思えない反応を見せたルミニートだろう。咄嗟に抜こうとしていた自分の剣の柄に、賊が振るった剣が掠った。

それ故、ギリギリの所で致命傷にならずに済んだが、それでも腹の辺りに斬りつけられて飛ばされ、胸からズボンの辺りまでがまたたく間に赤一色になった。

「何事だ!!」

「っち、流石に逃げるしかねえな」

如何に悪戯坊主たちが悪さをするのがいつもの事であるとはいえ、騒動の音は外に漏れる。

頭目だった男は一瞬、同じく捕まっている連中を見るが、それに構っている余裕は無さそうだった。

建物を見張っていた連中が即座になだれ込み、しかも続々と人が集まって来ている様子。

逃げの一手を選ぶしかなかった。

しかし、ただ普通に逃げるような男であるはずが無い。

「てめえら道を空けろ。邪魔するとこの餓鬼の首が飛ぶぞ!!」

蹲っていたマルクを片手で掴みあげ、首筋に剣を当てたまま走り出したヘルム。

子供の命を盾にされた村人は、男の勢いもあって包囲しきれずに逃がしてしまう。

ここにきて、農民故の有事への心構えの無さが露呈してしまった形だ。

普通の人間であれば、いざ目の前に子供の命と犯罪者の逃亡阻止の二択を突き付けられれば、どちらを選ぶにしても躊躇の一つもしてしまう。当たり前と言えば、当たり前の光景であった。

だが、普通、の二文字が似合わない者も居た。

騒ぎを聞きつけて駆け付けたペイストリーだ。親友二人が巻き込まれたと知った彼の形相は険しかった。

周りで右往左往する大人たちを一喝する。

「何をしているんです。そこ、すぐにルミを手当てしてください。止血優先。傷が多少残ることになっても構いません。最悪、傷口を焼いてでも止血しなければ命が危ないです」

「は、はいっ!!」

「話はさっき聞きました。賊の逃げた方角は?」

「東の方に……」

「好都合です。僕はこのまま賊を追います。父様とシイツにはそう伝えてください。早く!!」

言うが早いか、ペイスは納屋から飛び出した。

納屋の外に繋いであった馬に乗ると、見事な手綱さばきで東に向かった。

納屋には元々馬用のスペースがあるが、盗賊共を放り込むのに一時的に外に繋いでいたのだ。

二頭居るはずの馬が、一頭だけしか居ない。

その理由に思い当たったペイスは、精一杯の速度で馬を走らせた。

村の東に向けて疾駆する馬影を見送った村人は、しばらく呆けた後に、はっと我に返る。

そして、領主とその腹心に事の次第を伝える為に走った。

◇◇◇◇◇

「と、いうわけでして……」

「……やられたな」

カセロールとシイツは、互いに戦勝の喜びに冷や水を浴びせられた形になる。

戦後処理で徹夜明けの眠気など、吹っ飛ばすぐらいの一大凶事。

建物を見張っていた者達に、自分達が伝えた命令は『納屋には決して入らず、外から見張れ』だった。まさか子供が入るとは想像だにせず、それを追うにしても先の命令が邪魔をする形になる。

盗賊たちに魔法使いが居る場合などの最悪のケースを考えての対応であり、いざとなれば納屋ごと燃やすことも考えての命令だった。その為の麦藁は、元々納屋の中に山ほど積まれていた。

命令した側に責任が全くない、とは言い切れない失策だ。

いや、突発的な子供の乱入という事象を、敵にこれ以上ないほどに上手く利用されてしまったと言うべきか。

「東の方は、色々な罠を仕掛けておいたんだったな」

「坊の担当していた所だ。えげつない罠だったぜ。煤で黒くした糸が張ってあったり、足を取られる程度の片足分の落とし穴が大量にあったり」

村の東側は、ペイスが主体になって守りを固めた所。

無論父親やシイツも内容は承知しているし、時折様子を確認したりもしている。が、やはり自分たちの担当していた所とは 一味(ひとあじ) も 二味(ふたあじ) も違っている。

「なら、追いつけはするだろうが……」

本来の戦略では、万一敵が東に行った場合は時間稼ぎに終始し、その間に分散した敵を各個に潰すと言うものだった。

今回は使うまでも無かった手であるものの、時間稼ぎを目的とした罠の数々は、逃亡には大いに邪魔となるであろう。

知らずに突っこめば、何かれと足を止めるしかない。ペイストリーもそれが分かっていたからこそ追いかけたに違いないのだ。

である以上、逃がした盗賊に追いつくこと自体は難しくは無いと考えているが、カセロールとシイツが心配するのは別の事だ。

「やはり私も息子を追う。シイツは残って守りを固めろ」

「いや大将。逃げている奴はかなり腕がたつ。俺が行くから、お前さんはここで万一に備えるべきだ」

彼らが気にしているのは、攫われた子供とペイス。

比重で言えば、攫われた子供の方により心配の比重が掛けられてはいるが。剣を人並みに扱え、その上で魔法を使える者が、一対一で不覚をとるのは相当に低い確率。

それほどに、魔法を使えるというアドバンテージは大きい。

だが、攫われた方の少年は魔法使いでは無い。下手をすれば逃げる邪魔になるというだけでも殺されかねない。

「そうか。しかし、お前一人では危ない。何人か連れていけ」

「なら酒の入って無い奴らを全員くれ。遅れそうな奴は後から追いついてくれればいい」

「分かった。気を付けていけ」

重たい鎧等は全て投げ置いて、駆け出すシイツ。

馬が無い以上追いつくのは時間が掛かる。いや、馬に人の足で追いつくのは本来不可能なこと。

足止めがどれほどのものになるか。急ぐ男には、ただただ走る以外に手は無かった。

逃げた賊の足跡を辿ること自体は容易だったのは僥倖と言える。

無理矢理引き抜いたような、糸の張られていた杭。所々に目立つ穴ぼこ。引きちぎられた衣服の残骸。そういった、足止めされた残り香が点々と続いていたからだ。

もし自分がこの罠群を知らずに居たら、やはり相当に手こずったはずだと思えば、シイツは頼もしさすら覚える。

「坊っ~!!」

叫ぶ男。シイツは、戦場の鯨波も霞むほどの声を振り絞る。

生まれた時から知っている少年は、彼にとっても自分の子供のようなものだ。無事であって欲しいと願う思いが、ついつい口に出てしまう。

早く追いつけ、と願う。

だが、時として人の想いとは裏切られるように出来ている。

息を切らすシイツが見たもの。

足を止めるに充分であった光景。

明らかに戦闘があったと分かる痕跡。

そして、そこに残された大量の血痕。血だまり。

何より、その血の中に見知ったものがあった。

彼の友人が、息子の為にと選び抜いた剣。

完全に折れてしまっているそれを見た時、シイツは最悪の光景を幻視する。

気丈にも自分自身で最悪の想像を振り払い、周りをふとみれば、少し離れた所で馬が一頭こと切れていた。

足の骨折。それに加えて首が折れている所を見れば、ペイスの罠で足を取られ、勢い余って転んで首の骨を折ったのだろう。

その傍で、悲しそうに寄り添う馬がもう一頭。

ここに馬が二頭。その上戦闘痕ありとなれば、賊に追いついて戦闘になった、と考えるのが自然。

そして、ここに賊も少年たちも居ないとなれば、何処かに移動したはずだ。

一体どこに行ったのか。

「シイツの旦那、待って下さ~い」

村の方から、ようやく何人かが追い付いてきた。

「来るのが遅いぞ。ここでどうやら坊と賊がやりあったらしい。このあと何処に行ったか分かるか」

村の東の方角が、今シイツ達が居る場所。

となれば、更に東か、或いは南北の方角に居るはず。

シイツは【遠見】をさっきから精一杯働かせているのだが、影も形も見当たらないのだ。

「くそっ、何処へ行った!!」

最悪のケース。

賊が何らかの魔法使いで、人質の少年どころか次期領主まで掻っ攫っていった可能性。そして既に殺されてしまっている可能性。

それを考えずにはいられない。

一度手分けして手がかりを探す。

後から追いついてきた何人かも、総動員しての探索。

小一時間調べた結果。

結局何も見つからなかった。

「旦那、一度村に戻ってお館様に知らせた方が良いんじゃないですか?」

「……そうだな」

シイツは臍を噛む思いだった。

自分たちの不手際で賊を逃がしてしまうだけならまだしも、子供を攫って行かれた。

今回の賊退治。万全を期していたはずだったのに、と悔しく、そして自分自身が情けない。

項垂れて村へと帰り、重たい足を引きずる様にしてシイツは館に向かう。

勝手知ったる道のはずなのに、今日ばかりは酷く遠く険しい道のりに思えた。

そんな彼を、領主館で迎えた者。

「あ、シイツお帰り」

銀髪に鳶色の目をした少年。

ペイストリー=ミル=モルテールンその人であった。