軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

105話 白い騎士

神王国では、一般的に十三歳から十五歳程度で成人の通過儀礼を行う。

多くの場合は教会に出向いての聖別を受けるわけだが、モルテールン領では少し違う。何せ、新興の領地である為領内に教会が無く、冠婚葬祭を領主家が代行するという歪な状態になっているからだ。

魔法のある社会で、魔法に関わる儀式を行う教会の果たす役割は大きく、大抵の領地であれば領主が土地や建物を寄贈してでも教会の人間を呼ぶ。だが、モルテールン領では領主が魔法で王都に行けるために要らなかったという事情もある。

聖別の儀についても、簡易なものであれば領内で執り行う。本聖別と呼ばれるように魔法を授かれるものなら他所の街にわざわざ出向かねばならないが、そこまでする必要はないと考える者も多い。

新年もとうに明けた今の時期、本聖別を行わなかった者たちの成人儀式が一斉に行われていた。

「今年は去年より四人多かったな」

「来年も増えるだろうよ。グラスんところのヤントが来年だ。トバイアムの所のも来年だな」

「アーラッチか。あいつも頑張ってるらしいし、期待がもてるな。何だか最近急に張り切りだしたが何かあったか?」

「分からんが、あの年ごろの男は色々と張り切るもんだ。どちらにせよ今年も豊作だった。カセロール様は領内から三人も従士に雇ったからな。本聖別を受けた連中で三人だ。今回の聖別を受けた中にも、掘り出しものが居るかもしれん」

「そうかもしれんが、既に新人研修を受けてるあいつらもあいつらで大変だぞ。予定されてるだけで酒に砂糖に保存食に開墾? 家畜も増やすし、森でも色々試すって話だったか。若様がそれ以外でも何かやるだろうし、配属早々過労で倒れるかも」

「不吉なことを言うなよ。そうなるってことは、俺たちも道連れってことだぞ?」

今年の領内での聖別は、立会人がジョゼフィーネだった。

ペイスと違って政務に不慣れな領主家のお嬢様(?)に、補佐役としてダグラッドとコアントローが付いていて、今はその二人がジョゼの政務の内容を取りまとめているところ。

親馬鹿として有名なカセロールも、可愛い 愛娘(まなむすめ) が頑張った成果を知りたがるため、出来るだけ詳細にまとめている。

時折雑談めいた会話が混じるが、これは総評としては合格点、と早々に結論が出ている為。合否ギリギリを査定するなら緊張もするが、合格点を確実に超えた水準を議論するのは気楽なものだ。

「口上を間違えてたのは良いのか?」

「大事なところは間違えてないし、大体あってたから良いだろう」

「むしろ、あの年ごろなら、ああいうたどたどしい部分があるもんだよな。普通は」

「そうだな。ジョゼフィーネ様も立派に一家を率いる力量と才能をお持ちだろうと思うが、お前さんが言いたいことは分かる。普通じゃないのが居るってことだろう?」

「そ、俺が言いたいのはそれ。大抵のことをそつなくこなす子供ってのがおかしい。うちの子が馬鹿に見えてしまう」

二人がぼやくのは、モルテールン家の末っ子のこと。

彼が初めて人前に立ったのは四歳の時だったが、その時から大器の片鱗を見せていたというから驚きだ。

ジョゼとて美貌と才気を謳われた才色兼備の令嬢だが、弟と比べると相手が悪い。

まして、自分の子供たちと比べると、と親としては愚痴も零したくなる。

「で、その変人はどうしたよ。昨日から見てないが」

「ダグラッド、お前若様に対して酷い言い様だな」

「あの人の姿が見えないと、どうにも腰が落ち着かない。またすぐにでも無理難題を抱えて俺を連れまわすんじゃないかと」

モルテールン家筆頭外務官ダグラッド。他家との折衝に必要な 外交儀礼(プロトコル) に通じていて、対外工作や情報収集を専門分野とする外務のプロフェッショナル。

使い勝手の良い人材としてモルテールン家では重宝されているが、それだけに仕事の内容は密度も濃い上に重要なものばかり。

部下がついて仕事が楽になるかと思いきや、むしろそれを上回る勢いで仕事が増えているという状況に、ぼやきも絶好調の毎日を過ごす。

「外務の責任者は大変だな。若様は、今王都に行ってるよ」

「王都? ますます嫌な気持ちになる。厄介ごとか?」

「厄介なことには違いないが、多分お前には関係ないことだろうよ」

「関係ないこと? なんだそれ」

自分に関係が無いのなら、他人の不幸は蜜の味とばかりに身を乗り出して尋ねるダグラッド。

そんな同僚に、悪人面をこじらせたようにしてにやけるコアントローが、もったいぶって言う。

「女」

「女ぁ? そりゃ世の中で一番厄介だな。若様が女のことで厄介ごとか。ぶははは」

男二人、大きな口を開けて笑うのだった。

◇◇◇◇◇

「ふんふん、ふふん~」

陽気な鼻歌が聞こえる部屋。

少年にとっては既に二度目となる部屋であり、少年の婚約者にとってもここは初めて。

そして少年の母にとっても、実は初めてという王都のホーウェン商会。

何人もの従業員に囲まれ、そして身内に囲まれ。アニエスは気分も上々に布地を身体に当てていた。

「ご機嫌ですね、お義母様」

「そうね~こうして新しい服を作るのも久しぶりだから」

「奥様、体形をずっと維持されているということは素晴らしいことでございます」

女性たちの会話は、とても華やかである。

品の良い調度品や、センスのある衣装で飾られた部屋は、ホーウェン商会にとって上客にしか使われない。ほとんどお貴族様専用の部屋になっていて、それもある程度信頼が無ければならない。

辺境伯家令嬢のリコリスはこの部屋を使っても問題ないが、彼女は大抵の衣装を自分の父の領地で賄えていた。王都ほどでないにしても、東部では指折りの大都会で生まれ育った人間である。

わざわざ王都までくる必要が無かったという意味で、この店は初めて。

対し、結婚前は男爵家令嬢であり、結婚後は実家に睨まれた上に、弱小貴族に嫁いだアニエスは、王都の高級店に来ること自体が初めてだ。普段はもっと下級貴族向けの品揃えが豊富な店に行く。

店内に有る布で何とかそれらしくするのではなく、どんな注文だろうと応えられると豪語する豪商での買い物など、今までにない経験だ。

それだけに、足が地に着かないほどご機嫌で買い物をしていた。

「でも、私まで一緒に仕立ててもらって良かったのでしょうか?」

「勿論よ。リコちゃんはうちの子も同然だもの。ね、ペイスちゃん」

「ええ。リコも遠慮は要りません」

何故このような超が付く高級店で、しかもリコリスとアニエスの二人が揃って買い物をしているかといえば、ペイスの姉であるジョゼフィーネのお買い物が原因だ。

先日、砂糖づくりにかまけて約束をすっぽかしてしまった埋め合わせに、ジョゼをペイスが持て成した。日頃はしたくても出来ない散財に、いたく満足したジョゼだったのだが、それを母や義妹に自慢したのだ。

政務が忙しいからとペイスに構って貰えないリコリスや、親子のスキンシップを取りたいアニエスの二人が、それを聞いて心穏やかに有るわけもなく。

ペイスが大切に思う女性二人の連合軍に対し、ペイスを除いた男性陣は戦略的撤退を選択。ペイストリー軍は孤立無援の中で包囲を受けて降伏。ジョゼと同じく買い物に付き合うことを条件に、講和となった。

「でも、お高いんじゃ……」

「僕も稼ぎはあります。リコの為に服の一つや二つ贈る甲斐性は有るつもりです」

「あらら~私には?」

「母様も、今までの御礼を兼ねた親孝行です。どうぞお気のすむまで」

ジョゼだけを贔屓にしたと、ぷんすか腹を立てていたご婦人方。

機嫌をよくしてもらう方法。いや、機嫌よく出来る人間は一人だけ。ことの原因たるペイスが、彼女たちが満足いくまで付き合うことになる。

彼女たちが買い物を始めたのは朝も早い時間からであったが、終わったのも朝だった。

買い物が早く終わったのではない。買い物に、三日を掛けたという意味である。一日目が主にアニエス用、二日目がリコリス用、三日目がペイス用とお土産用であり、三日目が朝のうちに終わったのは不幸中の幸い(?)だった。

ペイスの懐が、季節外れのブリザードに襲われたのは言うまでもない。

新しい服やアクセサリーを手に入れ、ウキウキ気分で機嫌を直したアニエスや、親同伴とはいえ久しぶりにペイスとデートが出来たことに喜んだリコリス。そして、二人とは対照的にへとへとになって帰ってきたペイス。

三人がモルテールン領へ戻って来たとき。戻ってくるのを見計らっていたように、金庫番のニコロがペイスを呼びだした。

「うっしっし。若様もお疲れさまです」

「……僕が疲れているのが嬉しそうですねニコロ」

「日頃は俺らを疲れさせるんですから、たまには逆があっても良いでしょう」

「失礼な。僕はいつでも皆の快適な職場環境の整備に腐心していると言いますのに。疲れたいというなら、仕事を増やしても良いですよ?」

疲れていても、口は減らない少年。いや、むしろ数日間は我慢を重ねただけに、ここぞとばかりに攻撃的な口調になる。

もっとも、日頃から口の悪い家人と過ごしているニコロは飄々としていた。それどころか、反撃までしようと試みる。

「あらら、良いんですかそんなことを言って」

「ん?」

「折角若様の疲れが吹っ飛びそうな話を持ってきたのに」

疲れの吹っ飛びそうな話というのは、良い話のはず。

心の清涼剤を求めていたペイスは、それが何かと尋ねる。

「何です、聞きたいので教えてください」

「あ~俺仕事が残ってたの思い出したな~。忙しいからな~。従士長は酒が飲めるのにな~」

もったいぶって、しかも露骨にチラチラとペイスに目をやるニコロ。誰に学んだのか、他人の足元を見て要求を吹っ掛ける。

疲れが一層溜まった気がした少年は、はあと溜息で答えた。

「良いでしょう。新人さんが来るまでシイツに手伝わせます。酒の方も、多少は回すよう言っておきましょう」

「うひょ。じゃあ教えますけど、若様が楽しみにしていた砂糖の試作品が出来たらしいですよ。執務室に試作品が運ばれていて……って早!!」

砂糖と聞くやいなや、執務室に向けて走り出したペイス。精神的な疲労などは既に地平の彼方に打ち捨てられた。

家の中を走るなど、貴族の令息としては行儀が悪いなんてものではない。

しかし少年は、自分の後ろで若い従士が行儀の悪さについて叫んでいるのを聞き流し、執務室まで駆け抜けた。

勢いそのままに、扉をノックすると同時に開ける。

「砂糖が出来ましたか!!」

部屋の中にはグラサージュとカセロールが打ち合わせをしていた。

毎度のこととはいえ、いきなりの乱入者には驚かされる。あまりの勢いに、一瞬ぽかんとした二人だったが、慣れている分平常心に戻るのも早い。

「ペイス!! お前はドアの開け方を覚えろ。ノックと同時に入るな。何度言えば分かる!!」

「ノックよりも砂糖です。試作品はどこですか!!」

行儀作法なぞ、砂糖の前では糞くらえである。

目をらんらんと輝かせた菓子職人が部屋を見渡せば、執務机の上に布で包まれた何かが置いてあった。

色々な意味で鼻が効くペイスは、それこそ目当てのものだと気付いて飛びつく。

布を引っぺがしてみれば、黒っぽい塊がそこにあった。

「おお!!」

糖分たっぷりの汁から不純物を除き、丁寧に水分を飛ばして出来る糖の塊。一見すると石っぽく、岩塩とも間違えそうなこれこそ、ペイスが物心ついてから常に欲し続けた甘味調味料の王様である。

「うん、うん、これならいける」

ぺろりと舐めてみれば甘い味がしたと、ペイスは満足そうに頷く。

まだまだ出来が甘い。いやさ、粗い。とはいえ、自家製の砂糖が出来たことに変わりはなく、風味に癖のある砂糖でも出来るお菓子を、作る算段を始めた。

あれも作りたい、これも試してみたいと、妄想に花を咲かせながら独り言を呟きつつ、おまけに部屋の中をうろうろとし始める。鬱陶しいことこの上なく、見かねて父親が声を掛けた。

「ペイス、すこし落ち着け」

「でも父様、砂糖ですよ!!」

「分かっている。だから落ち着け」

カセロールは、興奮しっぱなしの息子を落ち着かせ始めた。慣れているはずのグラサージュが呆れるほどの時間を掛けて、ようやく話が出来るまで沈静化させる。

「下手をすれば数年は掛かるかもしれぬと覚悟していたが、ここまで順調に進むとは僥倖だ」

「色々と試行錯誤も苦労もあったんですよ?」

「分かっている。それで、丁度グラスとも話していた所だが、砂糖の製造に目途が付いたとなれば、更に先のことを考えるべきだ」

「先?」

砂糖製造の先と聞き、ペイスなどはお菓子を思いついた。勿論、カセロールが言うのはそのことではない。

「うむ。酒と砂糖も、多少のトラブルと試行錯誤があったにせよ売り物になりそうな目途が付いた。となれば、より規模を拡張した上で、生産を安定させておきたい。幾ら良いものでも、供給量が不安定過ぎては特産品には出来んからな」

「ごもっともです」

特産品と銘打って大々的に売り出すのならば、他所の商人が来た時に売れるだけの在庫を常に確保しておかねば機会損失になる。その場で売れるはずのものが売れなかった、という意味だけではない。一度無駄足を踏んだ人間は、二度目をかなり躊躇するのだ。

最低でも、何時どの程度用意できるか、という確約を貰えねば、商人などは見向きもしなくなる。供給量の安定は、需要の安定と同じぐらい大事なこと。

「後は、製品の質を上げねばならん。量が安定すれば質の安定も必要になるが、今の段階では何とか酒と砂糖と呼んでもおかしくない、といった程度。出来ることなら、他が容易く真似ができないぐらいの質が欲しい」

「生産量の安定と同時に、質の向上ですか。時間が掛かりますよ?」

「構わん。十年単位の計画が要ると思っているし、元々この話はお前が発端だ。お前の代で軌道に乗るぐらいでも構わないと思っている」

「父様……」

父親の信頼に、次期領主は感動すら覚える。

感情が揺れやすくなっている興奮度マックス状態というのもあるが、十年先を見据える父親の見識の高さに、素直に称賛の気持ちを抱いたのだ。

尊敬すべき親の期待に、全力で応えると奮い立ったのがペイス。それを見て余計に不安になるのが父親である。

「任せてください!! 酒の方は、職人を抱き込みましたし、地道な改良の目途は立っています。更にハイグレードな酒についても腹案がありますので、大丈夫でしょう。期待には応えて見せます」

「ほう」

息子が既に先々の見通しを用意していたことに、今度は父親が称賛する番だった。これがあるから、自分の息子は侮れないのだと。

ペイスの考える腹案とは、現代人なら誰でも浮かぶ発想。酒を、更に酒らしくするとなれば、考え付く思考の先には蒸留酒という言葉が浮かぶもの。

リキュール、バーボン、ウィスキー等、お菓子と馴染みのある酒については、ペイスも多少の知識がある。今後の酒の研究については、方向性があるというのも、このことを指していた。

「砂糖の質の向上については……まずは精製をしてみるべきですね」

サトウモロコシの搾汁を煮詰めて作るロゾク糖は、サトウキビやテンサイから作るよりも多くの蜜を含むし、ショ糖含有量も少ない。それ故に近代では砂糖の原料として廃れてしまったわけだが、それでも精製すれば白い砂糖が出来上がる。

もっとも、その方法については試行錯誤を要し、今後も研究開発が必要である点をペイスは気にしていた。

砂糖の質という意味では、より白くしていくのが分かりやすいと、ペイスは考えていたのだ。

「若様、精製というのはどういうことです?」

「この試作品を、より純粋な糖の塊にしていくということです」

「……よくわかりません。砂糖は砂糖でしょう? これ以上どうしようって言うんですか?」

「分かりやすく言うと、より白くすることを目指すということですよ」

「おお。なるほど」

ペイスからすれば、砂糖の色といえば白が常識。もっと言えば、氷と同じで透明である。

それを知る人間ならば、試作品のように黒っぽいものはまだまだ砂糖と呼ぶには未熟と考えるし、白くするためにもっと手間暇を掛けねばならないと思う。

しかし、砂糖というものにほとんど馴染みのないグラサージュなどは別の感想を持つ。今でも十分に売り物になりそうな砂糖であっても、満足していないペイスの向上心の高さに驚くのだ。

グラサージュの感嘆の声に、カセロールも同意した。

「では、砂糖については引き続きペイスに任すか」

「是非お任せを!!」

さあやってやるぞ、という気合のみなぎるペイス。

大人たちからすれば、言いしれない不安もあり、大きな期待もある。

「失礼します」

粗方の方針が決まったあたりで、執務室がまた一人分密度を増した。グラサージュ担当分の予算について、ニコロが報告に来たからだ。

「ニコロ喜んでください」

ペイスの嬉しそうな声。いつもより声量も三割増しにデカイ。

部屋に来て早々の不審物発見に、ニコロは警戒心を露わにした。

「なんすか? すんごい嫌な予感がするんですけど」

「貴方の仕事がこれからもっと増えそうです。砂糖を精製する方向性が決まりました!!」

「うぎゃああ、やっぱり碌でもない事だった!!」

「これから砂糖の質を上げ、目指すは真っ白な上白糖です。楽しい仕事ですよ。ワクワクしてきませんか? してきますよね。いや、するべきです」

「若様は、その腹黒さこそもっと白くするべきです。ああ、俺のゆとりが。優雅な生活がぁ」

モルテールン家の執務室。腹黒い連中を清廉潔白に染めて欲しいと、切に願うニコロだった。