軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

100話 宣言

春の日差しの 麗(うら) らかさ。

つぼみも膨らむ花を 愛(め) で、香り華やぐ昼下がり。

「ペイストリー殿にお越しいただけるとは思ってもいませんでした」

「モルテールン家はカドレチェク家と極めて良好な関係であると自負しておりますが、偶にはこうして顔を見せませんと、スクヮーレ殿にも顔を忘れられてしまうと思いまして」

「はは、貴方を忘れるのは難しそうです。何せ命の恩人ですから」

「そうですか? 何処にでもいる普通の人間ですよ?」

お互いに会話しているのはモルテールン家嫡子ペイストリーと、カドレチェク公爵家嫡孫のスクヮーレ。

共に幼さを残しているような年ごろながら、スクヮーレの方には以前と比べて落ち着きが出てきている。公爵家の英才教育は伊達ではなく、既に一部の政務を祖父や父に代わって行う様になってきたからだろう。

今日の立食パーティーの主催もその一環で、公爵領に居る父親、王城に詰めている祖父に代わって、貴族街の公爵家別邸でスクヮーレが取り仕切っていた。

一応縁のある家には招待状を出していたのだが、昨日になって急遽招待客が一組増えている。誰あろう、モルテールン家の次期領主とその婚約者。何事も無ければ、姻戚となる義理の妹とその伴侶。

何かと借りのあるモルテールン家に対して配慮しないわけにもいかないし、何よりスクヮーレにとってはペイスは恩人であるとともに友人である。

そんな公爵嫡孫は、一つの想いを抱いていた。目の前の銀髪の少年について。

以前に会った時に比べて、また一段と風格が出てきた、と。背が伸びているせいかもしれないが、それだけとも思えない。

前から侮れない人物であるとは思っていたが、会話するだけでも、かなり厚みを増した感じを受けた。

「普通の人間は、誰も知らないレシピを持ち込んだりはしないものです。例のタルトの人気は上々でして、当家にとって大切なお客様にお出しする定番になりました」

「タルト・タタンですか」

「正直、苦い思い出もありますが、忘れてはいけない教訓を込めて。最近では、多くの客人が求めるまでになっておりまして、当家としては良い買い物だったと。中には、食べたいからとわざわざ足を運んでくださる方も居られるとのことで、祖父も感謝しておりました」

「それは良かった。当家ではボンカを手に入れるのにも一苦労でして、裕福な公爵家が羨ましいです」

「はは。ですが、求める方が増えた分、特別感が減ったと御爺様はお考えのようでして……何か良い手はありませんか?」

相談の態を装った要求である。

公爵家としても、自分たちを特別扱いしてもらえば、特別感のおすそ分けが利益を生むと考えているのだ。そして、そのカギを握っているのがペイス。

モルテールン家の若き英才にしてみても、軍家筆頭を不機嫌にさせる得は無いので、さりげなく情報は与える。

「今年の冬あたりから、新しい菓子を売り出す予定です。日持ちのするお菓子ですので、しばらくは当家に馴染みの商会のみに卸すつもりです」

「おや、それは良いことを聞きました。一つの商会が独占しているのなら、当家で買い占めるかもしれませんよ?」

「それは我が家の関知することではありませんので、商会の者とご相談ください」

ペイスは、心の中でデココに謝っておいた。

王族に最も近い、最上位の貴族からの呼び出しが、まず間違いなくあるであろうことについて。独占取り扱いの商品を、一括買い上げしてくれる優良顧客が付くのだから、許してほしいと思いつつ。

大きな利益と多大なストレスをもたらすはずで、何か手当てしておく必要があるかと考えたほどだ。

準男爵家と公爵家の二人の会話。何かと話題の多い二人だけに、周りの人間は声を掛けづらい。というよりも、主催者である公爵家の人間に対して割って入れる招待客は皆無。

故に、歓談の邪魔をするのは一人しかいない。いや、一組というべきだろうか。

「お二人とも、お話は済みましたか?」

そう声を掛けてきたのは双子の姉妹。

フバーレク家三女のペトラと、四女のリコリス。

二人が並んでいると、本当にそっくりに見える。当然といえば当然だが、鏡写しである。

「ペティ」

「リコ」

男二人は、それぞれ自分のパートナーを呼ぶ。

ここでどっちがどっちだと分からなければ非難轟々だが、幸いにも服装が違うので間違えずに済む。

にこやかな笑顔でお互いの婚約者の傍に戻る二人。スクヮーレやペイスに見せる笑顔から察するならば、姉妹同士の会話は相当に弾んだのだろう。

「二人とも、久しぶりに会って話は出来ましたか?」

「ええ。リコからペイストリー様の話も聞きましたよ。最近構ってもらえないと拗ねてました」

「それは申し訳ない」

「お姉様!!」

外見はそっくりなリコリスとペトラだが、中身は大分違う。

姉の方は、やはり何かにつけてお姉さん風を吹かせたいのだろう。活動的で、割と社交的な性格をしている。対し妹の方はかなりシャイで照れ屋。

惚気ていたことを暴露されて、顔を真っ赤にしている。

「リコの言う通り、最近は忙しくて落ち着いて話をする機会も無かったのですよ。今日はそのお詫びも兼ねています」

「なるほど。ペイストリー殿がわざわざ連絡してこられるから何事かと思えば、そういう理由だったのですか」

「ジョゼ姉様の婚約者探しという名目で。都合よく利用させてもらいました」

ペイスの言葉に、スクヮーレは安堵した。

元より目立つモルテールン家ではあるが、頻繁に社交に出る家ではない。出れば必ず何がしかの家が交流を持とうとアプローチするため、辟易としているというのが 専(もっぱ) らの噂。

事実、スクヮーレが知る自派閥の誘いだけでも月に五~六件はあるが、精々が月に一回参加すればいい方。大半がお断りの連絡だ。

しかし、ここ数日はペイストリーが積極的に社交の場に出ている。

例えば今回の社交会は身内の集まり。彼の少年は婚約者繋がりでの参加。今までであれば、ペイスやカセロール当人には血縁が無いことから断られてきた。これが初めての参加になる。

前日はカドレチェク公爵派の定期的な集まりに顔を出していたし、一昨日はジーベルト侯爵の縁者を集めた演奏会に参加していると聞く。その前は南部閥の会合に足を運んだという情報も手に入れている。

こうまであからさまに動いていると、何かよからぬ企てがあるのではないかと疑ってしまう。何せ動いている当人が稀代の策士なのだから。

スクヮーレは彼の実力と 謀(はかりごと) の巧みさを身に染みて理解している一人。侮る気持ちは欠片も無いが、目的が分からなかった点が不気味でもあった。

それが、婚約者の為である、と聞かされたのだ。

事実ならば非常に好ましい。

モルテールン家の家族愛。とりわけ、カセロールの親馬鹿は有名だ。息子の話は自慢しかしないとまで言われている。本人からすれば、事実を事実のまましゃべっているだけなのだから不本意だろうが、家族愛自体は本物。

ペイスが婚約者に対して深い愛情を持つ 性質(たち) だとしても不思議は無かった。

「リコも良い婚約者を持てて幸せね。ね、ペイストリー様」

「ペトラ嬢も、素晴らしい婚約者をお持ちではないですか。貴き血筋の優秀な美男子。スクヮーレ殿との婚約こそ、誰もが憧れる良縁だと思っておりますが」

「ペイストリー殿。そこまで言われる本人としては、気恥ずかしいのだが」

「あらあら、うふふ」

生臭い政治の世界からは一歩引いた、若者同士の和気あいあいとした雰囲気。友人同士と、その婚約者。しかも女性陣は姉妹とくる。これでドロドロとした会話をしていけるほど、経験豊富なメンバーではない。一人を除き。

焼きたてのパンケーキの香りのように、これからのことを期待させる様子に、誰知らず相好を崩す。周りの人間まで。

そう、いつの間にか周囲にも人が集まってきたのだ。

「どうやら、スクヮーレ殿と話をしたい方は多いようですね。主催者を独り占めするわけにもいきませんので、僕らはこの辺で」

「また、機会があればゆっくりと話をしましょう」

主催者は、一通りの参加者に声を掛ける必要がある。

参加してくれたことの礼やら、日頃からの“協力”への感謝など。呼びつけたなら呼びつけたなりの、交流という見返りを与えるのが義務でもある。

これを怠るような家の招待だと、声を掛けてもらえない可能性が高い人間は、参加を渋るようになる。結果として 人気(ひとけ) が減り、人の集まらない招待ならば本当に呼びたいメンバーにも疎遠にされてしまう。重要なメンバーが来ないなら、主催する意味がなく面子が潰れる。

故に、気配りという意味でも、マナーという意味でも、実利という意味でも、参加者への漏れの無い挨拶は大事。

「ペイストリー=モルテールン卿。こうして会える機会も貴重ですので、御挨拶させていただいてもよろしいかな」

「はい、構いません。失礼ですが 何方様(どちらさま) でしょう」

「オットーメッツ=モーアヴァン=ミル=クーリエガルム。お初にお目にかかる。友人から貴君のことを聞き、一度話をしたいと思っていた」

「こちらこそ、わざわざお声がけ頂きありがとうございます。クーリエガルムというと、農務尚書のクーリエガルム伯爵とはお身内ですか?」

「兄だ。私自身は農務尚書の次席補佐を務めている。親の七光りという奴だ。いや、この場合は兄の七光りというのだろうか」

真顔で冗談を言うのは四十代の貴族。白髪交じりの栗毛をした背の高い男で、目じりの皺や 豊麗線(ほうれいせん) の深さが、年齢をより際立たせる。

王国の農政全般を取り仕切る農務卿の弟で、一応は内務閥に属するのだが、農政は開墾を初めとする軍務と繋がりが深く、軍務閥のカドレチェク公爵とも親しい関係にあった。

その縁で今日の社交に呼ばれていたのだが、偶々ペイスが来ていたので声を掛けたのだ。

モルテールン家の農政改革の手腕はつとに有名で、農政を担うものとしては仲良くしておきたい家の一つ。

「うちには息子が三人居る。兄のおかげという不甲斐ない立場にある私だが、出来れば良い縁を見つけてやりたい。そういえば、モルテールン家には美人の御息女が居られるそうだな」

「今、独身なのは一番下の姉のジョゼフィーネのみですが、良き縁をと願う気持ちは同じかと存じます」

「そうか。ではまたの機会に、父君と話をするとしよう」

二言三言、社交辞令的な挨拶を交わし合い、直ぐにも男はペイスから離れていく。本当に挨拶だけだったのだろう。

「モルテールン卿。小職にも御挨拶させていただいても構いませんか?」

クーリエガム家の男が場を離れたかと思えば、直ぐにもまた別の人間が声を掛けて来る。

社交の場では目上に目下から声を掛けるのはマナー違反。つまり、ペイスに声を掛けるのは全て目上の立場ということ。

右手を左胸に当てる略礼で挨拶を交わせば、続くのは社交辞令のやりとり。

「カールセン子爵。ご無沙汰しております」

「お父上は元気にされているかな?」

「はい。幸いなことに、毎日忙しくしております」

「それは結構なこと。モルテールン閣下には色々と世話になることもあるでしょうし、出来れば直接挨拶したいが……私は魔法が使えないのでね」

茶目っ気たっぷりに片眼を瞑って見せたのは、外務閥の重鎮カールセン子爵。

カセロールとはレーテシュ家の海賊討伐時からの知り合いで、海上査察を担う宮廷貴族。密輸や密貿易であったり、他国の間諜といった海からの脅威に対して、王家の立場から監督するのが仕事。海の上は治外法権になり易く、他国の者や無国籍者との接触が多い為、王家の意図を把握している外務官が現地に行く意味は大きい。国王からの信任と、当人の実力が無ければ務まらない実務職である。お飾りでも構わない名誉職とはわけが違う。

海上交易に多大な影響力を持つ人間だが、職務柄レーテシュ伯やボンビーノ子爵を始めとする港町を持つ領主貴族とは犬猿の仲。政敵の関係にある。

例えるなら、会社の社長と国税局査察官のような関係。

「今回はまたどうしてわざわざカドレチェク家の社交会に? 普段はあちこち飛び回ってお忙しいと聞いていましたが」

「それは勿論、君に会いたかったからだよ。活躍のほどはミロー伯から聞いているよ」

「子爵もお上手だ。僕程度なら、子爵家には沢山居るでしょう。ご子息も皆優秀と伺っていますし」

「嬉しいねえ。いや、指摘通り、我が家も優秀な人間を集めていてね。どうだろう、うちに来てみるかい? 何なら美人を紹介するが。いや、うちの娘なんだがね。親のひいき目を抜きにしても私に似て美人に育った。正直他所に取られるぐらいなら、出来のいい婿をと考えているのだよ。君ならばぴったりだ」

「遠慮しておきます。子爵に似た娘さんという話なので。奥様に似ておられたなら、悩んだかもしれません」

「こりゃ一本取られた。はっはっは。そうだな、横に素敵な恋人が居るから、目移りもしないのだろう」

杯を片手に笑顔で談笑する子爵。

外務を 生業(なりわい) とするだけに、社交性の高さは今回の参加者の中でもピカイチである。ペイスと共に軽口をたたき合っても、嫌味が全くない。

「また是非一度、父上と一緒に当家にも立ち寄っていただきたい」

「父に伝えておきます」

「そうだなあ、次は貴君達の結婚祝いになるかもしれんな。はっはっは」

カールセン子爵はリコリスにも茶目っ気たっぷりに笑顔を向けながら、笑ってその場を離れる。

社交の場では、伝手を作っておきたい優秀な下位貴族などは千客万来。

高位貴族ならば挨拶攻勢もさほど無いが、ペイスには大勢が話しかける。

問題が起きたのは、そのうちの一人だった。

「ペイストリー=モルテールン卿。少しいいかな」

「はい、構いません。失礼ですが、何方様でしょう」

「アントニウス=リハジック=ミル=ダバン。ダバン男爵家の長男だ」

アントニウスと名乗ったのは、年の頃は十代の青年だった。

胸を張り、堂々とした姿勢の、見るからに武人といった様子の男。

彼は、ペイスに対して挨拶もそこそこに言う。

「既に承知のことと思うが、我こそは、ジョゼフィーネ=ミル=モルテールン卿の婚約者である。義弟殿、今後ともよろしく頼む」

いきなりの宣言に、ペイスは驚きを隠せなかった。