作品タイトル不明
第9話
伝令が戻ってしばらくすると、国王の旗印を掲げた一隊が前進してきた。取り巻きの重装騎兵と甲冑姿の徒歩武者たちが威圧的に俺たちを取り囲む。
その中でもひときわ立派な軍馬にまたがった国王オルバが進み出てきた。
「フィオレよ、まずは無事で何よりである」
「御心配をおかけして申し訳ありません、父上」
これは俺が「まず最初に謝りましょう! 絶対に謝って!」と二十回ぐらい念を押した成果だ。十四歳の少女は、無断外泊で親がどれだけ心配するか理解していない。
オルバはちょっと黙り、何か言いかけてからコホンと咳払いをする。親として言いたいことが山ほどあったのだろうが、ここは国王として振る舞わねばならない場面だ。
「伝令よりそなたの申し開きは聞いた。ウルリスの命は『城から出るな』であったはずだが?」
「兄上の言いつけに背いたこと、深く反省しております」
これも俺が三十回ぐらい念を押した成果だ。
とにかく娘が素直に謝ったので、オルバは父親としても国王としても面目を保った形になるはずだ。あとちょっと安心したと思う。
俺がドキドキしながら様子を見ていると、王は「ふーっ」と深い溜息をついた。
「その件は後ほど改めて話し合うとしよう。して、マルダー村の領民たちは恭順の意志を示しておるのだな?」
「はい、御覧の通りです」
フィオレ姫が振り返ると、輿を担いでいた八人の村人が平伏する。
国王を前にして言葉が出ない村人たちに代わり、フィオレ姫が説明する。
「村人たちは代官に不満があったようで、それについても申し開きを聞きました」
「ああよい、ここでする話ではあるまい。そうだな?」
「はい、それはもう!」
十四歳の少女が力強くうなずいている。そりゃそうだろう。女性からすれば聞くのも汚らわしいに違いない。
そして王もああ言っているということは、代官の女癖の悪さを知っているようだ。
王は八人の村人に対して言葉を投げる。
「そなたたち八名をマルダー村の代表団として扱う。これよりユナトの王として本件の裁定を下す」
その場にいる全員に緊張感が走る。王の裁定は絶対だ。そして覆ることがない。王自身にすら覆すことはできないのだ。
「まず、代官に対して不満があれば余に直訴するのが筋である。それを怠り、余が任じた代官を放逐した罪は重い。それゆえマルダー村には相応の重罰を与えねばならぬ」
そうだよなあ。下手をすれば村民を皆殺しにして、他の村から余ってる農民を移住させることになる。それぐらいのことはありえる時代だ。
だが王はこう続けた。
「しかし余の到着よりも先に恭順の意を示し、王家に対して礼を尽くしたことは認めよう。その意を酌んで王家への反逆とはみなさず、そなたらの罪を減ずる。心安らかに後日の沙汰を待つがよい」
村人たちは王家に対して恭順の意を示したことで、この件を「王家に対する反逆」ではなく「代官との個人的ないざこざ」だとアピールした。統治者にとって、これは大きな違いだ。
どうやら許してもらえそうなので安堵していると、王は俺を見た。
「ふむ……なるほどな?」
なんか嫌な予感がするんですが。
「帰ったらそなたにも話があるぞ、ジュナン・エンドよ」
やだ怖い。
王城に帰還した後、俺は真っ先に王に呼び出された。
「マルダー村の代官は罷免し、すでにヘッツァー家に送り返しておる。もはや領民との信頼関係は築けまい」
「はい」
マルダーとヘッツァーかあ……前世で作ったプラモを思い出すな。なんかもう処刑されそうな雰囲気なので、俺は今世と同時に前世も思い返す。転生者は走馬灯が二倍だ。
謁見の間で膝をついて頭を垂れていると、王はさらに続ける。
「代官はヘッツァー家当主の甥ゆえ、処遇はヘッツァー家の預かりとする。代官の仕事に不備はなかったからな、余からは処罰を与えぬ方針だ」
とはいえ、ヘッツァー家の方で何らかの処罰はされるだろう。領民に追い出されるような代官がお咎めなしでは家門の名誉に傷がつく。家臣団での発言力も低下するし、王からの信頼も失ってしまうので、名誉の価値は重い。
「後任の代官を選ぶにあたって、まずはそなたに問うておきたいことがある」
「何でしょうか、陛下」
すると王はじわりと殺気をこめてきた。
「なぜ姫を止めなかった?」
怖い。これはたぶん、返答を間違えたら首が飛ぶヤツだ。物理的に。
俺は頭の中でマルダーとヘッツァーがぐるぐる回転するのを抑え込みながら、必死に言葉を選ぶ。
「側近一同でお止めしましたが、殿下の意志は固く、どうしても翻意して戴けませんでした。このままではお一人でマルダー村に向かわれてしまうことが明白でしたので、全てをなげうってお供した次第にございます」
まあ嘘ではないよな。フィオレ姫を止めるのは無理だもん。仕えるようになってまだ日は浅いが、それは確信できた。
王は重ねて尋ねる。
「つまりそなたは、王の代理人たる王太子の命よりもフィオレ王女の命を優先したのだな?」
おおっと、さっきよりもまずい質問が来たぞ。
ここで「はい」と答えれば王家に対する反逆の意志ありと見なされても仕方がない。なんせ俺は姫の側近である前に国王の家臣だ。
かといって「いいえ」と答えることもできない。フィオレ姫の命令を優先したのは事実だ。
ああこれ、俺はもう死んだかもしれない……。
だが姫に迷惑がかかっては気の毒なので、俺は自分の後始末を頑張ることにする。
俺は顔を上げ、こくりとうなずいた。
「いかにも。左様にございます」
その瞬間、王が立ち上がった。腰の剣に手をかけている。ヤバい、斬られる?
ここで狼狽えると格好悪いので、俺は身じろぎひとつせずに王を見上げる。どうせ一度は死んだ身だ、斬るなら斬ってみろ。
だが王は剣を抜かず、そのままの態勢で俺を見つめてきた。
「そなたは王命を軽んじるか」
「いえ、王命を重んじるからこそ王女殿下に付き従うのです。私はフィオレ王女付の紋章官。フィオレ王女殿下の目となり口となるのが陛下より与えられた仕事にございます」
「ではフィオレが余を討とうとすれば、今回のようにフィオレに従うつもりか?」
その質問はズルいぞ。
だが俺は覚悟を決めて返答する。
「私はあくまでも陛下の家臣、王に弓引くようなことはできません。ですがそもそも、そのようなことは起こりません。王女殿下の御言葉の端々には、陛下への思慕の念が満ちあふれておいでです」
「うん?」
面食らったような顔をしている王。
殺気が急に消え失せ、ごつい手が剣の柄から離れる。
「そう……なのか?」
「はい」
「あまりそうは思えぬのだが……」
「それはフィオレ殿下が十四歳で、異性の親に対して距離を置く年頃だからでしょう。ですがまだまだ陛下に甘えたいお気持ちがおありのようです」
嘘ではない。離れたい気持ちと甘えたい気持ちが半々といったところだ。
俺はここで切り札を使う。
「その証拠に、王女殿下が最もお気に入りにしておられるクッションは、七歳の誕生祝いに陛下から贈られたものでございます」
一番デカいから一番気に入っているだけなのだが、まあ嘘は言っていない。
「クッション? どんなのだ?」
「丸くて大きくて、ピンク色のふわふわでございます。錦糸の家紋入りの」
「おお、あれか! ふーむ……あれを七年も……」
いけそうな感じになってきたので、すかさず俺は畳みかけていく。
「今回の王女殿下の暴走も、王家の一員として陛下のお役に立ちたいが一心でのことと受け止めております。そうでなければ衛兵を呼んででもお止めしておりました」
「うむうむ、そうかそうか」
相変わらずの仏頂面だが、口元がにやけているのがわかる。思った通り、娘に甘い王だ。そうでなければ王女に紋章官を与えたりするはずがない。
「私は陛下の命で王女付となった紋章官です。いざという時に殿下のお役に立たねば、私を紋章官に任じてくださった陛下に対して顔向けできません。私自身にもそのような焦りがあったことは事実です。誠に申し訳ございません」
やらかしであることは事実なので、謝れるタイミングで謝っておく。
だが王はもう気にしていない様子で、手をヒラヒラと振ってみせた。
「よい、よい。そなたが王家に忠を尽くす者であるとわかったゆえ、こたびの件は大目に見よう。引き続き姫の紋章官を頼む。ただし次はないぞ」
最後の一瞬だけ殺気が戻ってきたのは、さすがに一国の王だけはある。あんまり舐めたことをしていると本当に処刑されそうだ。
王は御機嫌な顔で玉座に腰掛け、それから改めて口を開いた。
「フィオレは良い紋章官を選んだようだな。あやつめ、やはり人を見る目があるわ」
親馬鹿が始まったようなのでしばらく様子を見ておく。
「そなたには明かしておくが、フィオレに紋章官を選ばせたのは人の上に立つ器があるかどうかを見極めるためでもある。あのとき任じた六人の紋章官はいずれも才ある者たちだが、どの者を選びどう使っていくのかを見届けたかったのだ」
単に甘いだけの父親ではないらしい。
王は溜息をつき、それからこう言う。
「フィオレが選んだのは農民出身の叩き上げ、つまりそなただった。後ろ盾となる貴族はなく、そなたを選んでも人脈は増えぬ。その代わり、実力は六人の中でも飛び抜けておる。今回の件を見ればわかるようにな」
もしかして褒められてる?
「フィオレは後ろ盾のことは一切考慮しなかったようだな。そこは甘い。だが後ろ盾がないということは、後ろで糸を引いておる者もおらぬということだ」
それはまあそうだな。俺は宮廷内の派閥争いとは無関係だ。
「そしてフィオレはそなたの忠誠を得ることに成功した。あんな命懸けの無茶に付き合う紋章官など、このユナトには一人もおらぬわ」
褒められてない気がする。
俺がどう答えるべきか迷っていると、王は苦笑した。
「献策したのはそなたであろう? 徴税官助手時代の仕事ぶりは聞いておる。関係者全員の利益になるよう仲介し、調整するのが得意だとな。マルダー村でのフィオレは、まさに王と村人の仲介者そのものであった」
「御慧眼、恐れ入りましてございます」
何もかもお見通しで下手な芝居に付き合ってくれた訳か。なるほど、確かにこの人は本物の王様だ。
「おかげで余も面目が立ち、村人たちを赦す口実もできた。それとマルダー村の代官をヘッツァー家から選ぶという、長年の慣例を廃する口実もな」
ということは、次の代官はヘッツァー家以外から選ぶということか。誰にするんだろうな。
そう思っていると、王はニヤリと笑う。
「マルダー村の代官は今後、ヘッツァー家からは選ばぬ。かといって他家の者を選べば、ヘッツァー家が面目を失う。よってマルダー村は当面の間、フィオレの所領とする。そなたがいれば問題なかろう」
あの村がフィオレ姫の領地になるの? つまり俺たちに領地の管理をしろと?
王はずずいと身を乗り出すと、叙任の日に俺に言った言葉をもう一度繰り返した。
「逃げられんからな?」
「承知……いたしました」
領地経営は紋章官の仕事じゃないんだけどなあ。