軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第41話

カナティエ率いる先遣隊が対岸の廃城に入ったらしいので、俺たちも本陣を移動させることになった。

「おい急げ」

「わかってる、音を立てるな」

「こっちはもう満員だ、隣の舟に乗れ」

「隊長、鎧が足りねえ」

「どっかに余りがあるはずだ。上陸後に探せ」

ルマンデの渡し場では下士官たちが兵士たちを統率し、丸腰の彼らを手際よく舟に乗せていく。彼らの足下には槍や鎧が敷かれ、上陸直後に武装する手はずになっている。

丸腰なのは溺死や同士討ちを防ぐためで、先遣隊が安全を確保しているからこそできることだった。

「七番舟、準備よし」

「十一番舟も準備できたぞ。もう行っていいか?」

「構わん、行け行け。おい船頭、よろしく頼む」

「がってんでさ」

渡河して集結して武装するまでは何の戦力にもならないので、移動は迅速を最優先としている。

舟の舵取りをする漁民たちは慣れた手つきで舟を滑らせ、リュジオン河の流れに乗って対岸下流を目指す。

その様子を見守っていると、背後から姫につつかれた。

「何をしておる。我らも続くぞ」

「あ、はい」

この渡河作戦は時間との勝負だ。

渡河中の兵士たちはほぼ丸腰だし、隊列も組んでいない。敵に気づかれる前に戦闘態勢を整えないと、対岸で殲滅されてしまう。日が昇るまでに全ての行動を終える必要があった。

「気をつけるんだよ、二人とも」

「ああ。ありがとな、メステス」

メステスはルマンデの集積所に残り、連絡役として働いてもらう。どのみち戦場では出番がない。

俺はメステスに告げる。

「ウルリス殿下の動静をよく見ておいてくれ」

「ん? ああ、わかった。どのみち王太子殿下とは連携しないといけないからね」

メステスが素直にうなずいてくれるので、後はこの幼なじみに託すことにする。

舟に乗り込んだ姫が不思議そうな顔をしている。

「兄上がどうかしたのか?」

「いえ、先日の戦の後から少し気になっていまして」

俺の勘だけど、あのモラハラ風味のイケメン王子様は少し危うい気がする。

メステスが笑う。

「王弟殿下とその息子たちもいるから、こっちは心配いらないよ。ミオレ殿下もいるしね」

「そうだな」

ここで心配していてもしょうがないので、俺は自分に大丈夫だと言い聞かせる。

「これ、早くせぬか。総大将の私が遅参したのでは話にならぬぞ」

「はいはい」

姫に急かされて俺が舟に乗ると、漁民の操船で舟は桟橋から動き出す。

「気をつけてね」

メステスの見送りに軽く手を振り、俺たちは真っ暗なリュジオン河へと漕ぎ出した。三途の河みたいでちょっと怖いが、今さら後悔しても遅い。

一方、姫は上機嫌だ。

「この日を待ちわびたぞ。ジュナンよ、おぬしもそうであろう?」

「ええと、まあ……はい」

「よしよし」

「頭を撫でないでください」

狭い舟の上では避けることもできず、俺は姫に頭を撫でられまくったのだった。

体感ではかなり長い時間を舟の上で過ごした気がするが、暗闇の船旅も終わりを迎える。

「接舷しました」

俺がそう言うと、姫がサッと手を振る。

「よし。皆の者、ただちに下りて武装せよ」

乗船していたのは姫の護衛を務める精鋭ばかりなので、動きはスムーズだ。あっという間に鎧をまとい、腰に剣を吊して槍を手にする。

草むらだらけの河原で様子をうかがっていると、暗闇の中に微かに明かりが見えた。規則的に明滅している。

「姫、あちらに明かりが」

「カナか?」

「おそらく。あの点滅パターンは『危険ナシ、我二集結セヨ』ですね」

事前の打ち合わせでいくつかのパターンを決めており、危険があれば即座に撤退することになっていた。今のところは大丈夫そうだ。

「行きますか?」

「無論だ。こんなところにおっても埒があかぬわ」

姫はそう言い放つと、周囲の兵たちに命じる。

「行くぞ。同士討ちの危険があるゆえ、誰と出くわしても武器は使うな。ジュナン、参るぞ」

カナティエが先遣隊を率いて、メステスが留守居役を任されている今、姫の側近は俺だけだ。

「はい、姫」

俺は腰の魔剣「ウィルベルニル」の柄にそっと触れ、それから小走りに進み始めた。

そこからの道中はそれほどの苦労はなかったが、暗闇の茂みを掻き分けて進むので言うほど楽でもなかった。あちこちから味方の兵士がヌッと現れるので、心臓にも悪かった。

しかし進めば進むほどに兵士たちの数が増え、廃城に着く頃には結構な大所帯になる。

「姫様、こちらですよ」

カナティエの声が上から聞こえてきて、俺は初めて目的地に着いていたことに気づく。

「ボロボロの城じゃのう」

姫は軽く溜息をついたが、すぐに気を取り直す。

「ま、ボロボロでなければ打ち捨てられたりはせぬな。どのみち、ここでの籠城などありえぬ」

「そうですね。さっさと進軍しないとまずいですし」

朽ち果てた城内に入り、やっと明かりを灯すことができた。明かりが漏れないようにカンテラがあちこちに置かれる。

「急げ、兵糧を運び込め」

「輜重兵からの報告ですが、兵糧の箱をひとつ落としたそうで」

「なあ、やっぱり鎧が足りないんだが……」

「すみません、河原で足をくじいたヤツが」

隠密行動とはいえ、まとまった兵力が動いているのでとにかく騒がしい。

「ええい、さっさと隊列を組まぬか」

総大将なのに前線指揮官みたいなことやってるな。

ここにいる兵士たちは各地の領主が動員したもので、それぞれの家の騎士や郷士が指揮官として随伴している。彼らに任せておけばいい。

ただ指揮系統がゴチャゴチャしており、トップである姫に何かあれば誰が統率するのかちょっとわからない不安さがあった。

そのせいか姫も積極的に口出ししてくる。

「並んだか? では兵糧を受け取れ」

夜食と明日の朝食として、堅パンと干し芋を配給する。このときに点呼も取る。

案の定、何人かいない。

「七人ほどおらんぞ。迷子になったか溺れたか、あるいは早々に脱走したか……」

「最初から員数漏れで足りてなかった可能性もありますね」

徴税官の助手をやっていたから、ユナト人の気性はよくわかっている。帳簿と実数が合わないのは日常茶飯事だ。

姫は頭をわしゃわしゃ掻いていたが、やがて考えるのをやめたらしい。

「ま、よいか。落伍者については各隊で面倒を見よ。手隙の者は仮眠を取れ。夜明け前に出立するぞ」

俺は真顔でうなずく。

「良い御判断です。兵は巧遅よりも拙速を尊ぶといいますし、止まっているときよりも動いているときの方が強いですから」

ちなみに散らばっている軍勢は弱いし、集まっている軍勢は強い。だから集結を最優先させたのだ。

しかし姫はあまり嬉しそうな顔をしない。

「ええい、おぬしが兵法にまで詳しいと私の取り柄がなくなるであろうが。紋章官らしく軍旗でも眺めておれ」

ひどい。姫の為に勉強したのに。

だが良い機会なので言っておこう。

「姫は軍才ではなく、人徳と決断力によって人の上に立つ御方です。このような兵法の基礎で、姫の良さにはいささかの疵もつきませんよ」

「ああ言えばこう言う……」

ふくれっ面の姫が腕組みをしてしまい、周囲からヒソヒソ声が聞こえてくる。

「見たか、今の?」

「ああ、覇王女フィオレ様の腹心が紋章官だっていうのは本当らしいな」

「あいつだろ? 敵の総大将に死を告げに行った命知らずの紋章官ってのは」

なんか変じゃない?

俺が振り返ると、整列した兵士たちのざわめきがピタリと止まる。なんなんだ、こいつら。

姫に話しかけようと思ってそちらを向くと、また背後でヒソヒソ声。

「あの紋章官、姫が直々に選んだらしいぜ」

「他にも名家の御曹司や秀才が山ほどいたのに、そいつらには目もくれなかったとか」

いや、目どころか声もかけてたよ? あいつらがろくすっぽ返事もしなかっただけで。

どうやら姫の武功と共に、俺まで祭り上げられているらしい。完全な誤解だ

訂正した方がいいかなと思ったが、誤解されたままだと「優秀な紋章官を抜擢したフィオレ様すごい!」になるのではないだろうか。

人を見る目があるというのは、王に不可欠の資質だ。

だとすれば、誤解されたままの方が都合がいいな?

二秒ぐらいでその結論に達した俺は、腹心気取りで姫に恭しく一礼する。

「出過ぎた真似をいたしました。ですが、これも姫の覇道の礎となるためでございます、我が姫」

「な、なんか気持ち悪いぞ? そういうのはよさぬか」

そっぽを向かれてしまった。やりすぎたか。

そして姫はそっぽを向いたまま、ずっと「そういうところだぞ本当に……」などと早口でブツブツ言っていた。

俺、この子のことが今ひとつよくわからん。