軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第3話

「それで君、本当にフィオレ姫の紋章官になったのかい?」

城内に与えられた俺専用の執務室で、神官の装束をまとった美青年が心配そうな顔をしていた。心配そうな顔をしていても、サラサラの金髪が陽光に眩しい。

「幼なじみであり恩人でもある君が困っていると聞いて、僕も気になってね」

「ありがとう。だが『困ってる』の方向性が違うんだ」

俺は故郷の親友に紅茶をふるまう。現代と違って茶葉や燃料は貴重なので、紅茶が飲めるようになったのは王城勤めを始めてからだ。

「フィオレ姫は王族として外交を行うつもりでいる」

「王女が? 本気かい?」

湯気の立つマグカップを手に、あまり好意的ではない表情をするメステス。

俺は机上に姫お手製の書類を積み上げた。

「姫はまず、隣国のサイダルをどうにかしたいらしい」

するとメステスは鼻先でフフンと笑った。

「おやおや『隣の国が攻めてきたらどうしよう?』ってところかな。仲良くなるために舞踏会でも開くのかい?」

「だったら俺も苦労してないんだけどな」

俺は溜息をつく。

「あの姫、サイダルを攻め滅ぼすつもりでいる」

「おいおい」

メステスが目を丸くした。

「そうなるとユナトが万舟湾を独占することになる。実際にできるとは思えないけど」

「サイダルとの国力は拮抗しているからな。成功しても相当な痛手を負う。得られる果実を考慮しても割に合わんよ」

俺は溜息をついた。

他人の粗探しが大好きな我が友メステスは、ニヤニヤ笑っている。

「その場合に周辺国がどう動くか、姫様は理解してないんじゃないか?」

「いや、こいつを見てくれ」

俺は書類の束から一枚抜き取って差し出した。

「フィオレ殿下は最初から周辺国、特に内陸部の小国たちの反応を織り込み済みだ」

メステスは書類を一瞥し、眉をぴくりと動かした。

「おや、これは……」

「山間部の盆地に点在する小国にとって、ユナトやサイダルが持つ港は生命線だ。交易による富を生み出す源泉であり、塩の供給地でもある。だから全ての港を一国が独占する状況は避けたい」

「そうだね。ユナトとサイダルが共存している方が彼らにとっては有利だ。どちらかが阿漕な商売を始めたら、もう一方に切り替えればいいからね」

メステスの言う通りだ。神官といっても純粋培養のお坊ちゃんとは訳が違うので、彼は情勢をよく理解している。

彼は前髪をいじりながら続けた。

「山間部の小国たちは単独でユナトやサイダルを攻め落とす力はないが、どちらかに加勢して天秤を傾ける程度の力はある。サイダルが救援を求める相手には不自由しないさ」

「で、それは姫もお見通しだ。そこで同じ時期に小国間で紛争を生じさせ、疲弊させるつもりらしい」

俺の言葉にメステスは指を止め、それから額を覆った。

「悪魔みたいな女だな……。ひとつの平和のためにいくつの戦乱を生む気だい?」

「最終的には山間部の小国も全部屈服させるつもりらしいからな」

「そこまでできればこの地方の覇者だね。できればの話だけど」

メステスはそう言い、それから苦笑を浮かべた。

「計画としては確かに悪くない。でも国王でも王太子でもない、ただの姫様だろう? 直接指揮できる軍だって持ってない。できるとは思えないよ」

「本人はやるつもりだし、俺もそのためにお仕えすることになったらしい」

それから俺はわざとらしく溜息をつく。

「姫付の紋章官なんて手柄の立てようがないから、世間的には俺のキャリアは終わりなんだろうな」

すると彼は紅茶を一口飲み、それから微笑んだ。

「僕は神官だから、官僚の世界はわからないよ。まあそれでも、国王や王太子の直属になる方が出世しやすいのはわかる。なんせ姫君は戦場に出ない」

「的確な評をありがとう。それでも俺のとこに来てくれるんだな」

「君が出世しようがしまいが、僕たちの友情は変わらないさ」

そう。この若干嫌味な美形は、とても義理堅い美形でもあった。

「メステスがリンネン村を出たのが……もう八年ぐらい前か?」

「そんなものかな。あのクソ因習村には礼拝所しかなくて、神官見習いになるための儀式が受けられなかったからね」

「クソ因習村って……」

俺は呆れるが、メステスの舌鋒は鋭さを増す。

「事実だろ。伝統から知恵を読み取って創意工夫することもできず、■■的に前例をなぞるだけの■■の村さ。■■を煮詰めた■■■■の掃きだめだよ」

「ああ、草刈り鎌の改良してブン殴られてたな、お前……」

でも聖職者が口走っていい言葉じゃないだろ。やめろ。

「あのノコギリ刃の鎌、俺は使いやすいと思ったんだけどな」

前世で同じものをホームセンターで見たから実用性は確かだ。ただ農村で鉄器は貴重だから、子供が勝手にいじると怒られる。

メステスは俺を見て、にっこり微笑む。

「いつも君だけだったよ、僕の味方をしてくれたのは」

「俺はメステスが正しいと思ったからだよ。正しい側に味方するのは当然だろ?」

そっと俺の手を握り、慈母のようなまなざしを投げかけてくるメステス。

「当然のことができないのが人間というものなんだ。晴れて正神官の身分になれた今、君のためなら何でもするよ」

彼の友情、なんだかねっちょりしてて若干重い。

だが今は彼の友情が必要だ。

「何でも?」

「もちろんさ、僕の親友……」

手を優しくさするな。ドキドキしてきちゃうだろ。

「神に誓って?」

「誓う誓う」

もう少し悩めよ、神官だろ。

俺は振り返って、クローゼットに話しかけた。

「だそうです」

「よし、話は聞かせてもらった!」

クローゼットがバァンと開いて、フィオレ姫が転がり出てきた。護衛のカナティエも一緒だ。ああ、俺の服がメチャクチャだ。

「うわぁ!?」

メステスが驚いているが、姫は俺のズボンを払いのけながら仁王立ちになる。

「メステス正神官よ! 私がそのフィオレであるぞ!」

「どっから出てくるんだよ!? 姫のやることじゃないよ!?」

俺もそう思います。

しかし姫は動じない。

「ここは王城、すなわち私の自宅である! 自宅のどこから出てこようが、住人の自由であろう!」

「それもそうか」

おい納得するな。

メステスは一瞬で冷静さを取り戻すと、神官の作法で恭しく一礼した。

「お初にお目にかかります、フィオレ殿下。僕は聖流教大慈派の正神官、メステスと申します。ジュナンの友人です。あと盗み聞きは品がありませんね」

「うむ、すまなんだ」

うむじゃないんだよ。どいつもこいつも。

俺は溜息をつき、姫に声をかける。

「この者は私の幼なじみで信用でき、思慮深く交渉にも長けています。神官ですので国境を越えるのも容易ですし、他国の聖流教神殿にも人脈を作れますよ」

いわゆる外交僧というヤツだな。この辺の領主は全員が聖流教大慈派を信仰しているという建前になっているので、他領の神官にも一定の敬意は払う。

もちろんメステスは不服そうだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれよジュナン。まさか僕に姫の手伝いをやらせるつもりかい?」

「神に誓ったよな?」

「誓ったけど!?」

半ばやけくそみたいな声でメステスが叫ぶ。友達は選んだ方がいいぞ、メステス。

彼は金髪をわしゃわしゃと掻いて、それからちびっこい姫君を真上から見下ろした。

「姫の計画は承知いたしました。ジュナンの頼みとあれば聞かない訳にもいきません。ですが、姫に覇者の器がおありですかな?」

挑発するような物言いにも姫は動じない。

「知恵者が愚かな問いをいたすな。あると思っているからやるのだ」

「なるほど、おっしゃる通りです」

メステスは目を閉じてうなずき、それからフッと笑う。

「では覇者の器たる姫にお尋ねしますが、この僕の忠誠を勝ち取ることができますか?」

すると姫は首を横に振った。

「忠誠というのは重いものだ。特に知恵者は一時の情には惑わされぬゆえ、おぬしの忠誠をたやすく勝ち取れるなど思っておらぬ。それゆえ、当面はジュナンの与力として働いてもらいたい。私ではなく、ジュナンとの友情に忠誠を捧げよ」

「ほう」

少し驚いた顔をするメステス。

「それなら断る理由がありません。しかし僕は神に仕える身。世俗の地位に興味はありませんよ」

「私が兵権を得た暁には、手勢を率いてリンネン村に行ってやるぞ?」

ちょっと待って、何をするつもり!?

「姫、領民を傷つけるようなことはお控えください」

俺が慌てて言うと、姫は俺を見上げて睨んだ。

「おぬしは私を山賊の頭だとでも思っておるのか? そのような無法はせぬ。ただ、おぬしたちを連れて村を訪問するだけだ。『我が家臣の故郷ゆえ、特別に目をかけてやろう』とな」

メステスを冷遇した自覚がある者は震え上がるだろうし、自覚がない者は額面通りに受け取るだろう。

そして姫はメステスにニヤリと笑いかける。

「そのとき、おぬしは私に耳打ちせよ。私は『ほう……?』と言って、村人たちを軽く睨むからな。後は存分に脅してやれ」

するとメステスは微笑んだ。

「それはなかなか痛快ですね。なるほど、紋章官の中からジュナンを指名したのも偶然ではなさそうです。いいでしょう、ではまず兵権の獲得ですね」

メステスは姫の目線に合わせて膝をつく。

そして完全に本気の顔で言う。

「さっきの約束、必ず果たしてもらいますよ」

神に仕える身がそれでいいのか。

そして姫は力強くうなずく。

「無論だ。できぬ約束などせぬ」

約束の内容さえ考慮しなければ、結構いい場面なんだけどな。

しばしの沈黙。

「ふっ、ふははっ! あはははは! あはははは!」

「よいぞ、よい哄笑だ! はーっはっはっはっは!」

怖い。なんなのこの人たち。

こうしてメステスは姫の神学教官という身分を得て、その上で俺に与力として与えられた。

「君と一緒に働けるなんて夢のようだよ! 頑張ろうね、ジュナン」

「……うん」

俺は自分の選択が正しかったのか、少し心配になってきた。