軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第16話

* *

万舟湾にはいくつかの川が流れ込んでいるが、最大の河川がリュジオン河である。

この河は豊富な水源であり、同時に川舟が行き交う交易路でもあった。

特に春先は雪解け水で水位が上がるため、材木を筏にして川下りする光景がよく見られる。

そしてこの河は、サイダル王国とユナト王国の国境線でもあった。

「川向こうで妙な動きがあったというのは本当か?」

リュジオン河の上流、サイダルや内陸諸国との国境にあるティゲル市。ユナトにとって交易と防衛の拠点であり、国境防衛の拠点であるティゲル城がそびえ立っている。

そのティゲル城の城主がオルフィン・シュテンファーレン。国王オルバの実弟であり、国王が最も信頼する将軍でもあった。

兄そっくりの顔だが、穏やかな気風のオルフィンは交易商人たちからの信望が篤い。

今ここにいるのも、内陸出身の商人たちだった。

「はい、オルフィン様。フィオレ王女殿下にお届けする材木を運んでいたところ、サイダルの兵に無理やり木材を買い取られてしまいました」

オルフィンは整えられたヒゲを撫でる。

(本当に無理やりかどうかは、いささか怪しいな)

交易商人たちは抜け目がない。サイダルとユナトの両方に良い顔をしようとするので、そこは差し引いて考える必要があった。

(いずれにせよ、姪っ子が買う予定だった材木を横取りされたことは事実か。だがなぜ、そんな無茶なことを?)

サイダルとユナトは互いを敵と認識しているが、たまに小競り合いをする程度だ。双方の国力は拮抗しており、共倒れになっては元も子もない。

「して、サイダルに売った材木はどれほどか?」

「丈夫な角材が二十本ほどで……こちらが納品伝票にございます」

差し出された伝票を見て、オルフィンは眉をぴくりと動かす。

「思っていたよりも寸法が大きいな。これは土木工事用であろう」

「はい、良い品だから相場の倍で買うからよこせと……」

(どこが無理やりだ。目先の金欲しさに商売の仁義を違えただけだろう)

オルフィンは呆れたが、これを咎めると彼らは本当のことを言わなくなる。だから苦笑してみせた。

「相場の倍額で無理やり買い取られたというのか」

「ええ……」

心底申し訳なさそうな顔をしてはいるが、交易商人たちの本心ではないだろう。彼らは図太い。

オルフィンは目録を書記官に手渡す。

「伝票の写しを二通作りなさい。一通は保管。もう一通は国王陛下に早馬で届けてくれ」

書記官が一礼して下がると、オルフィンは交易商人たちに向き直った。

「よく知らせてくれた。材木の件は私からフィオレ王女殿下に取りなしておこう。『材木はサイダルのせいで遅れますが、誠実な交易商人たちが改めて届けてくれますよ』とな」

「はい。それはもう、ただちにお届けいたしますので」

交易商人たちが深々と頭を下げる。彼らにしてみれば、荒稼ぎできた上にお咎めなしだ。これなら不満はないだろう。

とりあえずの問題を処理したオルフィンは、じっと考え込む。

(こんなに太くて頑丈な材木を使うとなれば、かなり重厚な建造物であろうな。橋か?)

一瞬そう考えたが、すぐにその考えを打ち消す。

(今は春だ。雪解け水で水位が増しているから工事は無理だろう。麦の刈り入れも近いし、兵とて集まるまい)

そこまで考えたところでオルフィンはいったん思考を止め、交易商人たちに告げる。

「よく知らせてくれたな。この件でお前たちが咎めを受けることがないよう、私の方で計らおう」

(どうせそれが目的なのだろう? 望み通りにしてやるから、今後も良い子にしていろ)

あくまでも穏やかに言うと、交易商人たちは笑みを浮かべながら頭を下げた。

「はい、今後もユナトの法と秩序に従います」

(そう、それでいい。建前だけでもそう言ってもらわねばな)

オルフィンはうなずき、こう返す。

「では引き続きサイダルの動向を知らせてくれ。もし戦にでもなればお前たちに被害が及ぶ。それは何としても避けねばな」

「ありがとうございます。では私たちはこれで」

交易商人たちが深々と一礼し、謁見の間から退出する。

オルフィンは窓の外を流れるリュジオン河を見つめた。

「さて、いつもの『ちょっとしたいざこざ』で済めば良いが……」

* *

フィオレ姫がお怒りだ。

「材木をサイダル兵に奪われただと!?」

「大声を出さないでください。聞こえています」

至近距離から甲高い声を浴びせられたので、耳がキーンとなっている。

マルダー村で暮らすようになってから、姫の声がやたらと大きくなった。畑にいる村人たちに何か言おうとすると、これぐらいが標準になる。

報告をもたらしたメステスが肩をすくめる。

「すぐに代わりの材木を発送してくれるってさ」

「それも奪われたらどうするのだ!」

「外交ルートを通じて抗議するしかないだろうね。既に王弟殿下がなさっていると思うけど」

本来なら俺が出向く案件だが、外交デビューしていないフィオレ王女付の紋章官じゃ交渉力がない。悔しいが今はまだ雌伏のときだ。

カナティエが溜息をついている。

「土橋の補強に使う予定ですのに……」

「よい、もともと農閑期にやらせる予定だったのだ。今すぐ必要という訳ではない」

今は農作業でみんな忙しいので、この時期に村人を駆り出すと収穫が減ってしまう。

だがそれはサイダルも同じはずだ。

「農繁期に大規模な普請ができないのはサイダルも同じですから、この時期に土木用のゴツい材木を持っていった理由がわかりませんね」

「そんなもの戦に使うに決まっておろう。リュジオン河に架橋すれば、ユナトへ攻め込みやすくなる」

姫の言葉に俺は首を横に振る。

「水位が上がってる今は無理ですよ。それに農繁期は普請だけでなく戦争も無理です。農民兵が集まりません」

「農繁期だからこそ戦を仕掛けるにはちょうど良いのだろう」

変なことを当たり前のような顔で言う姫。

「私も一軍を率いるようになったら、一度でいいから農繁期に攻め込んでみたいと思っておったのだ」

「だから兵が集まらないんですってば」

ユナトの軍隊は九割が農民兵だ。騎士や郷士、その郎党たちは常備兵だが、それほどたくさんいる訳ではない。食料生産が安定していないので、なるべく多くの人間が農業に従事する必要があった。

すると姫は得意げな顔で言う。

「それは向こうも同じであろう。条件が同じならいつ攻め込んでも同じことよ」

「野戦ならそうでしょうが、城攻めとなるとそうもいきませんよ。城壁の厚みは農繁期でも同じですからね」

例えば兵力が半分になって投石器の数が半分になると、城壁の破壊速度も半分になる。

「それに防衛戦なら農民たちにとっても死活問題です。防衛側の方が兵を集めやすいですし、本拠地に近いので補給の問題もありません。ていうか、わかって言ってますよね?」

すると姫は腕組みをしてフンと鼻を鳴らす。

「そこらへんをどうにかする知恵でもないかと案じておるのだが、知恵者のおぬしにも策はないか」

「そんな都合のいい策なんかありませんよ。金を稼いで常備兵でも召し抱えてください」

戦争しかやらない専門の常備兵なら、農繁期も関係なく戦える。ただし彼らは食料生産をしないし年貢も納めない。むしろ逆に給料を支払い続ける必要があるので、かなりの「贅沢品」と言える。

「やはり常備兵しかないか。金がかかるのう」

難しい顔で腕組みをしている姫。

「常備兵を揃えるには、農民たちからの年貢が何よりも重要であるな」

「そういうことです。農民が農業に専念できれば収穫も安定しますし、戦による損害で人手不足になることもありません。内政の安定なくして兵は養えませんよ」

自国の経済規模に見合わない軍備を持つと、それが経済の足を引っ張って悪循環を招いてしまう。そこは姫もわかっている。

するとメステスが口を開く。

「サイダルの件、少し探っておいた方がいいかな?」

「そうだな。オルフィン殿下にお会いした方がいいだろう」

俺がうなずくと、姫が文句を言う。

「そういうのを決めるのは私の役目であろうに」

「聞くまでもないかと思ったんですが……」

俺の言葉に姫はうなずいた。

「うむ。メステスはただちに叔父上に謁見を求めるがよい」

結局そうなるんだから、いちいち聞かなくてもいいだろ。時間の無駄だ。

だが問題がある。

「ティゲル市まではかなり距離があるから、何度も往復するのはさすがに無理だよ。それに王城との連絡役がいなくなるからね」

「あー……では最初だけ頼む。二回目からはミオレに中継を頼もう。ちょうど中間地点であるからな」

ギリギリの人数でやりくりしているので、こちらもなかなか身動きが取れない。

王弟オルフィンとの間で何度か書簡のやり取りをしているうちに、季節がどんどん巡っていく。

やがてマルダー村で過ごす最初の夏が訪れようとしていた。