軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話

こうしてフィオレ姫はマルダー村の領主として封ぜられたのだが、もちろんめでたしめでたしとはいかない。

「ええい、なにゆえあんな小汚い村で暮らさねばならんのだ!」

ぷんすかぴーとお怒りの姫君に、俺は淡々と事実だけを伝える。

「マルダー村には代官を置いてはならぬとの王命ゆえ、姫御自身が村人を監督する必要があります。通うには少々距離がありますので、当面はマルダー村を拠点となさるべきかと」

「それでは実質的に王城からの追放ではないか!」

「まあ……そういうことになります」

俺は溜息をついた。

「姫はいいですよ、自分で決めたことですから。しかし俺やメステス、それにカナティエ殿は完全な巻き添えです」

「あのとき、おぬしらもついてきたのだから当たり前であろうが」

「選択の余地がなかっただけです。見捨てていたら今頃は首が飛んでますよ」

偉い人に仕えるというのは、その人の波瀾万丈に付き合うということでもある。それはわかっているのだが、紋章官になった早々に城から追い出されるのは辛い。せっかく待遇が良くなったのに。

「代官の館を改装していますが、何をするにも部屋が足りません。寝室を圧縮することにしますので俺とメステスは同室、姫はカナティエ殿と同室になります」

「女官と寝所を共にせよというのか!?」

「ではカナティエ殿の寝室は納屋か馬小屋にしましょう」

「そのような気の毒なことができるか! それに騎士の娘が納屋で寝起するなど、カナの面目が立たぬ!」

そういう優しさは持ち合わせてるんだよな。いいことだ。

「ではカナティエ殿と同室ということで」

「ぐぎぎぎぎ」

不承不承ではあるが、姫はうなずいた。

代官の館は行政の拠点でもある。要するに村役場だ。村人たちと謁見や会議をする応接間、年貢台帳を保管する書庫など、それぞれ専用の区画が必要になる。

その結果、プライベートな区画は減る。

「なんと狭い屋敷だ……。前任の代官はどうしておったのだ?」

「独身だったので部屋は余っていたようですね。それにメイドや料理人は村から通いで来ていたので、使用人部屋も必要なかったそうです」

でもフィオレ姫は家臣三人を連れていくので、部屋数が足りなくなる。

「個室で寝たければ、カナティエ殿を城に置いていくという選択肢もありますが」

「いや、それはちょっと不安だな……。あやつの武勇は頼りになる」

女官なのに武勇を頼りにされているのがカナティエだ。

「確かに武勇に長じた女性は姫の護衛に適任です。女官ではなく、正式に士分として取り立てることはできませんか?」

「女性武官として従卒の身分にはしてやれるが、そこから先がない。カナは騎士になれぬ道は選ばぬと頑固なのだ」

騎士叙勲を受けるには、騎士の郎党になって槍持ちや轡取りの従卒として下積み生活を送るのが一般的だ。カナティエもそこまでならいける。

男性の場合はそこから騎士の推挙で叙勲まで行けるのだが、ユナトで女性が騎士になった前例はない。紋章官だから知ってる。

「しかし女性が騎士になった前例というと……」

俺がそこまで言ったとき、カナティエがやってきた。正装で帯剣した姿はどこからどう見ても女騎士だが、身分は女官である。

「姫様、マルダー村からの使者が謁見を求めております。工事の進捗についてだそうです」

「ああうん、わかった。どうせ工事が遅れておるのだろう。カナは私の代わりに荷造りを頼む。ジュナンはその間に本棚を整理しておいてくれ」

「承知いたしました」

フィオレ姫が出ていき、代わりにカナティエが残った。

カナティエは無言で一礼すると、マルダー村に持って行く日用品を選別し始めた。

俺とカナティエが二人きりになることはあんまりないので、こういうときに間がもたない。

仕方なく姫の本棚を眺めていると、不意にカナティエが言った。

「マルダー村の件、なぜ私の武勇を頼ってくださらなかったのですか?」

「必要なかったからですよ」

荒っぽいことをせずに無事に解決できたのだから、今さらあれこれ言う必要もないだろう。

しかしカナティエは不満そうだ。

「私に兵をお与えくだされば、村人たちを屈服させることも可能でした」

「あのとき連れていったのは正規の兵ではありません。小者たちですよ。集団戦闘の訓練を受けていません」

個人の強さと兵としての強さは別物だ。集団戦闘の訓練を受けていない素人は統率ができない。目の前の敵に夢中になって号令を聞き逃すし、肝心なところで怖気づく。

俺は本棚に背を向け、カナティエに向き直った。

「カナティエ殿は戦いたかったのですか?」

「はい。騎士は戦うのが本分にございます」

騎士じゃないだろ。いや、気持ちとしては騎士なんだろうけど。

しょうがない。この際だからはっきり言っておくか。

「カナティエ殿は騎士の出身なので、兵法にも通じておいででしょう。戦わずして目的を達成できるとき、戦うのは愚かなことです」

「それはわかりますが……」

目を伏せるカナティエ。

「あれは私が武功を立てる千載一遇の好機でした。それを酌んで戴けなかったのが、口惜しゅうございます」

「女官が村人相手に武功を立ててどうするつもりですか。その程度で騎士になれる訳がないことぐらい、カナティエ殿ならご存じでしょう」

するとカナティエは俺をキッと睨みつける。

「ですが! 武功のひとつも立てなければ永遠に騎士にはなれません! それに……」

「『戦死すれば、死後に騎士叙勲もありえる』ですか?」

俺が静かにそう言うと、カナティエが沈黙する。図星らしい。

だが俺は首を横に振った。

「確かにユナトでは女性が死後に騎士叙勲された例があります。毒蛇から王太子を守って死んだ勇敢な侍女ですね。確か五十年ほど前の話ですが、誰から聞いたんです?」

「……父です」

大事な娘になんてことを教えるんだ、クソ野郎。俺はシドール卿に憤りを覚えつつ、そこはグッと堪える。

「紋章官として申し上げますが、その方法はお薦めしかねます。ユナトの騎士は家紋とは別に個人の紋章を持ちます。戦場で個人を識別するためのものです」

「はい、存じております」

俺は本棚を振り返り、古い紋章図鑑を抜き出す。

「ですが、死後に騎士叙勲された侍女には紋章が与えられていないんですよ」

「それは死者は戦場に出ないからでしょう?」

「いいえ」

俺は首を横に振り、紋章図鑑をパラパラめくった。

「男性なら死後の騎士叙勲でも紋章を与えられます。墓碑などに刻みますからね。でも侍女には与えられませんでした。そこまで男性と同格にするのは反発があったのでしょう」

この世界では男女の役割が厳格に定められている。まだ中世と近世の境界をうろうろしているような時代だから、男尊女卑が法律と慣習で定められているのだ。

俺は紋章図鑑を閉じて小さく溜息をつく。

「それ以降、女性の騎士叙勲の記録はありません。女性の騎士叙勲にはそれほど抵抗があるのです。そしてあなたがあそこで戦死しても、王太子の命を救うほどの勲功にはなりません。従って騎士叙勲は絶対にないと断言できます」

紋章官は紋章学の専門家であり、古今の紋章に通じている。新米なのでそれほど詳しい訳ではないが、カナティエよりは詳しい。

「紋章を授与されない騎士叙勲など、馬具を着けていない裸の軍馬も同然です。確かにそれは軍馬でしょう。しかし軍馬として戦場を駈けることはできませんよ」

死後に騎士叙勲された侍女には裏話がある。

その侍女は有力貴族の娘で、一説によれば国王の隠し子を懐妊していたというのだ。王太子を守ったのではなく、懐妊を理由に毒殺されたとも噂されている。

さすがにこれはまずいということで、前例のない騎士叙勲で何とか体裁を取り繕ったらしい。事実かどうかはもうわからないが、いかにもありそうな話ではある。

でもこれをカナティエに教えると何をするかわからないので、今は伏せておく。

それよりも、もっと大事なことを告げねばならない。

「どうせなら生きて騎士叙勲を受ける方が断然お薦めですが、まあそれも諦めた方が良いでしょう。あなたは騎士には向いていませんよ」

「なっ!?……何を仰るのですか!?」

カナティエの唇がわなわなと震えている。今にも腰の剣を抜きそうな勢いだ。怖い。

だが俺は覚悟を決めて言う。

「騎士は武勲を立てるのが本分ではありません。主君の剣として、主君の代わりに戦うのが本分です。この違いがわかりますか?」

ハッとしたように目を見開くカナティエ。

俺は続ける。

「主君たるフィオレ姫が戦わずして解決する道を選ばれた以上、『主君の剣』を抜く必要はありません。それが不満な者は『主君の剣』ではありません。鞘のない抜き身の剣です」

「それは……それは確かにそうですが……」

カナティエはどう答えたらいいのかわからず、その場に立ち尽くしている。これ以上追い詰めるのは気の毒だな。

俺は笑顔を作ってみせた。

「すみません、平民出の紋章官風情が差し出がましいことを申しました。非礼をお詫びいたします」

「い、いえ……」

カナティエが戸惑っている間に、俺はこんな申し出をしてみる。

「お詫びと言っては何ですが、カナティエ殿が生きて騎士叙勲を受けられるように俺もお手伝いしますよ。確実ではありませんが、それなりに策もあります」

「ほ、本当ですか!?」

萎れていた花が生気を取り戻したかのように、カナティエの笑みが大輪の花を咲かせる。あんまり意識してなかったけど、この子も凄い美人だな。俺以外みんな美形か。

カナティエがぐいぐい寄ってくるので、俺は苦笑しながら後ずさりする。

「長い道のりになると思いますが、姫が兵権を得てカナティエ殿に兵を預けるようになれば、もっと良い武功が立てられます。まずはそこを目標としては?」

「そうします!」

鼻息が荒い。飛ばされそうだ。

「領地を得た今、姫はマルダー村に割り当てられた兵役を自分の管轄下に置いておられます。たった三人そこらですが、紛れもなく姫直属の兵です。彼らを訓練し統率する任を姫にお願いしてみましょう。俺も口添えします」

「あり、ありがとうございます! ジュナン殿!」

ぎゅっと手を握られた。見た目は細いのにゴリラみたいな握力だ。痛い。骨が砕けそう。

逃げようにも逃げられず、俺は細身の女官のゴリラパワーに身を委ねることしかできない。

そのとき背後が騒がしくなってきた。

「あー疲れた疲れた。まったく言い訳がダラダラと長……おいそこ、何をしておるのだ!?」

部屋に戻ってきたフィオレ姫が俺たちを見て血相を変える。

慌てて弁明する俺。

「何って、何もしてませんが」

「嘘を申すな! 王女の部屋で家臣同士がイチャイチャするとは不敬であろう!」

「してませんよ!?」

誤解を解くのにだいぶ時間がかかり、部屋の整理は後日に持ち越されることになった。

ああ、しんどい。