作品タイトル不明
第9話 サディア⑨
何故、ロバート様……ハードウィック子爵令息がいるの。
しかも……ベッドで横になっている侯爵令嬢の、その手を握り締めるようにして。
家族や親しい親族、お医者様。もしくは……護衛。
そんな間柄でなければ、ご令嬢の寝室になんて立ち入ることはできないはずなのに。
どうして?
家族ではないはず。
だって、ロバート様は、ハードウィック子爵家の令息だ。
そして、侍女にデライザお嬢様と呼ばれて、今ベッドに横になっているのは侯爵令嬢だ。
身分が、違うのに。
なのに、手を握っている。
どちらかが養子に出されたのだけれど、実は血の繋がったきょうだい……なのかも。
……ううん。そんなのはわたしの単なる希望的観測だ。
貴族学院のお祭りのときにちらと見た様子。それから、この場にいることからして、一番可能性が高いのは……、どう考えても……婚約者。
すうっと、血の気が引いていくような気がした。
「あ、あの……」
「君は……、何故、ここに」
わたしとロバート様……ハードウィック子爵令息の声が重なった。
「ええと、あの、君はたしか、サディア・マーガレット・ラズダン嬢だったよね?」
「はい。ロ……いえ、ハードウィック子爵令息」
ロバート様……、ハードウィック子爵令息がわたしの名前を覚えていてくれた。
それだけで、わたしは天にも昇りそうなほど、嬉しくなった。……侯爵令嬢のご容体が悪いというのに。わたしは何を考えているんだろう。申し訳なくなった。誤魔化すように、申し出る。
「あの……よろしければわたしはサディアとお呼びください」
ロバート様にだけ言うのではなく、侯爵令嬢に向かっても、告げた。
「サディアさん……ね」
ふふふ、と侯爵令嬢が笑う。
「あたくしのことはデライザと呼んでちょうだい……なんて、まるで貴族学院に入学したばかりの新入生同士みたいね」
うふふ、うふふと、侯爵令嬢……デライザ様が楽しげに笑う。
「あたくし、体が弱くて。学院に、通うのは……無理なの」
ゆっくりと息をしながら、侯爵令嬢……デライザ様は話し出した。
「祭りのときは、体調が良くて。ロバートに無理を言って、連れて行ってもらった」
「はい」
「貴族学院は……、どのようなところかしら。ロバートは……、どんなところで過ごしているんだろうって……」
わたしが、騒いで叫んで……泣いて。みっともない姿をさらしたとき、ロバート様とデライザを見た。
お二人に、見られてしまった。
「サディアさんには迷惑かもしれないけど……。あたくしね、感情を、あんなに激しくぶつけるような人、初めて見たの。あたくしの、側の者は、使用人も、ロバートも、皆……、穏やかで……」
恥ずかしさが湧き上がる。
「あ、あの……、あの時は特別で。わたしはいつもは大人しいんです」
赤くなった顔を押さえながら、言った。
デライザ様が驚いたみたいに目を丸くする。
「そうなの?」
「はい……。わたしは……いつもは地味で。教室の隅で一人で過ごしているんです……。でも、あの時は……」
ぐっと唇をかむ。
ロバート様の名は、あの時は出さなかった。刺繍の『R』のイニシャル。
でも、デライザ様にはその『R』が誰を指すのかもう言ってしまった。
わたしは、ちらとロバート様を見る。
ロバート様は気が付いているだろうか? 刺繍の『R』のイニシャルがロバート様だということを。
……気が付いているよね、きっと。だってデライザ様はわかっていた。お二人とも聡いかただ。
秘めたところでバレているのなら……。
それに、どうせ、失恋は決定なのだから。
いっそ、本人に告げてしまったほうが後悔はきっと少ない。
ぐっと噛んでいた唇から、力を抜く。息を吸って吐いて。もう一度吸って。
告げる。
「エリオット・ウィリアム・ヘンストリッジ伯爵令息にわたしのハンカチを取り上げられた。彼に対して、わたしは本気で怒った。周囲なんて、見ていなかった。憎くて、悲しくて、どうしようもなくて、叫んだ。感情の限りで叫んだ」
デライザ様……侯爵令嬢に対する言葉づかいではないけれど、あの時と同じように激昂してしまう心を無理に抑えながらだから、どうしてもぶっきらぼうな言い方になってしまう。
でも、デライザ様はわたしを咎めず、じっとわたしを見て、話しを聞いてくれている。
「わたしはエリオット様のことが大嫌いなんです。幼い頃からずっと彼と比べられてきたから。天使のようにかわいいわねと言われるのはいつもエリオット様。わたしは両親からもかわいいなんて一度も言われたことがない。卑屈に、思っていたんです」
長い話は厳禁だ。なるべく短く言わねば……と思いつつも、長くなってしまいそうだ。デライザ様の体調は……大丈夫だろうか。
でも、デライザ様は、話を聞いてくれそう。
時間の許す限り、言ってしまいたい。そんな気分になっている。デライザ様は不思議だ。教会の司祭様とか……そんな感じの雰囲気がある。外見からすると、多分、わたしより年下なのに。
「親同士が親しくて。彼と交流する機会が多くて。わたしは苦痛でしかなかった。ただ、それだけなら、我慢すればいい。だけど、彼は本当に天使のようにかわいらしい外見をしているから……当然だけど、令嬢たちからの人気が高い。貴族学院でも大勢の令嬢に囲まれて、ちやほやされています」
「まあ……」
ちやほやはわたしの主観だけど。まあ、大きく外れてはいない。
「その令嬢たちから、わたしは睨まれました。いくらわたしとエリオット様は無関係だ、婚約者ではない、幼馴染ではなくて、親同士が親しいだけだと言っても、誰も信じてはくれない。しかもエリオット様は無邪気に言うんです。『エー、でも、ボク、サディアのこと、割と好きなんだけど』だとか『あははは、サディアってば、照れ屋さんだなー』だとか。ふざけるな、エリオット様なんて迷惑だと、わたしがいくら言っても駄目」
「あら……」
「ホント無邪気に迷惑をかけてきて。エリオット様のおかげでわたし、学園でオカシナ噂が流れるわ、友人の一人もできないわで、最悪です。だけど……」
デライザ様に向けていた視線をロバート様に向ける。
「たった一度。無遠慮に勝手な噂話をしている令息たちロ……ハードウィック子爵令息が咎めてくださったんです。それが……わたしは……、泣きたくなるくらいに嬉しかった」
嬉しい……どころではない。わたしは恋をしたのだ。
「大したことは言ってはいないのだが……」
戸惑うみたいに、ロバート様が言う。
「ええ。ハードウィック子爵令息にとってはごく当たり前で、記憶にも残らないような出来事でしたでしょう? でも……わたしにとっては、世界が変換するくらいすごくうれしかった」
「大袈裟な」
わたしは首を横に振る。いいえ、恋をしたの。あの時の、あなたに。
「だから、お礼がしたかったんです。ちょうど学院のお祭りで。令嬢は令息に刺繍をしたハンカチを渡す。わたしもハードウィック子爵令息にハンカチを渡して、お礼をしたかった」
できれば、告白も。両想いになることなんて考えてはいない。仮にわたしとオツキアイでもしてしまえば、ロバート様だって、わたしのように他の令息や令嬢たちからオカシナ目で見ららてしまうかもしれない。
だから、感謝だけ。
できれば、告白も。
そんな思いで、一生懸命、刺繍をした。
「刺繍をしたハンカチは、エリオット様が勝手に奪って。しかも『あれぇ? でもイニシャル、まちがってるよ? ボクのイニシャルは『E』だよ? うっかりしちゃった?』なんて言って、きちんと『E』に直してもう一回刺繍をしろとか何とか云ってきて」
「そ、それは……酷いな」
「何というか……酷いわね」
デライザ様とロバート様は顔を見合わせた。お二人の顔がひくついている。
うん、そうよね。厚顔よねえ、エリオット様。
「それでわたし、怒鳴ったんです。ふざけるな、って。ハンカチはエリオット様のものじゃない。名前に『R』のつく、わたしのホントウの初恋の人に、このハンカチを渡したくて、ひと針ひと針、思いを込めて刺繍をしたのにって。気持ちを伝えるだけでよかったのに。それなのに、エリオット様のせいで全部台無しよ……って。本気で激昂しました。デライザ様が見たわたしは……、だから、いつものわたしじゃないんです」
ホントは大人しいです……なんて、言い訳みたいだけど、ホントだものね。