作品タイトル不明
第15話 エリオット②
ボクがお父様やお母様と一緒にラズダン伯爵家に行くときも。
サディアがサディアのお父様やお母様と一緒にヘンストリッジ伯爵家に来るときも。
大抵、サディアは辞書を読んでいた。
最初は母国語の辞書。次第に外国語の辞書とかにもなっていったけど。
退屈ならボクとお話してくれてもいいのに。
どうしてサディアは他の女の子たちみたいにボクとお話したがらないのかな? 不思議なんだよなあ……。
お父様とお母様はサディアを「しっかりしている子だ」とか「頭がいいのね」とか褒める。
そうか。
サディアはしっかりしていて頭がいいのか。
「たくさん辞書を読んでいるからかな?」
ボクが首をかしげたら、お父様は「勉強家だな。将来文官でも目指すのかな?」と言った。
「将来というのなら、エリオットを支えるために、今からいろいろ勉強をしてくれているのかもしれないわね」
お母様が言った。
「そうだなあ。我が家の天使は天使だから……、愛らしく、素直だという美点を持っているが……」
「貴族社会の海千山千の相手や領地経営には向かないかもしれないわ。ウチの天使はのんびりしているし。やっぱりサディアのようなしっかりしたお嫁さんが必要だわ」
ふうん。ボクにはサディアが必要で、ボクのためにたくさん勉強しようとしているのか。
偉いなあ、サディア。
確かにボクはサディアが読んでいる辞書とか外国語の本とか、書かれていることの意味が分からない。
だけど、おばあ様の言う通り、ボクは笑顔で、素直に、嘘は言わないでいればいいんだよね? 難しいことは、サディアがボクのためにやってくれて、ボクはみんなが笑顔になるようにがんばればいいんだ。
きっとそうだ。
ええと、なんだったっけ?
そう、この間、お勉強を教えてくれている家庭教師が使った難しい言葉……、ええと……。
「てきざい、てきしょ……ですか?」
聞いたら、お父様が「適材適所なんて、我が家の天使は難しい言葉を知っているなあ!」と感心してくれた。
「サディアに、ええと、領地の経営とかをがんばってもらって、ボクがみんなと仲良くすれば、ヘンストリッジ伯爵家はあんたいですか?」
あんたいという言葉も家庭教師が使っていた。
「そうだな。それで安泰だ」
うん、よし。わかった。
ボクはやっぱり、笑顔になって、素直でいて、嘘は言わないで、それで……たくさんの人と仲良くしよう。
だって、サディアはボクに話しかけてこない。聞けば答えるけど、それだけじゃあ、たくさんのお友達はできないでしょう?
だから、ボクがたくさんの仲良しを作る。
大丈夫。ボクはみんなから愛されている。
人が大勢集まる場所に行けば、みんなはボクと話たがる。ボクはみんなから愛されているから。
そうして仲良しになった相手を、サディアにも紹介すればいいんだ。
将来ボクのお嫁さんになる人なんだ。よろしくね。サディアはお話が苦手だから、みんなから話しかけてあげてね。
……ボクのそんな思いは……、全くの的外れだと知ったのは後のこと。
でも、幼いときのボクは、本気でそう思っていたんだ。
***
ヘンストリッジ伯爵家とラズダン伯爵家は、隣同士の領地を持っているから、定期的に交流をする。
もちろん、それ以外の領地の家の人とも交流はある。
ボクも、お母様に連れられて社交とかいう名のお茶会に連れていかれることがある。そんなときはボクと同世代の子どもがたくさん集まるんだ。交流会とかも兼ねているんだって。
当然、ボクはたくさんの子どもたち……特にご令嬢たちにすぐ囲まれる。
サディアは人と話すのが苦手みたいだから、ボクが引っ張ってあげないと!
「サディア。はぐれないように、手を繋ごうよ」
手を差し出したら、サディアは眉を顰めた。
「……ご遠慮しておきます」
「なんで?」
「何でと言われましても……。子ども同士の交流会で、エリオット様と手を繋ぐ意味が分かりません」
そう? だって、前の交流会とかのときだって、ボクはすぐに大勢に囲まれるから、サディアとはぐれちゃったでしょう?
手をしっかり繋いでおけば、はぐれずに済むのに。
そう説明したのに、サディアは不快顔。
「エリオット様と一緒に居なくても……。わたしはあちらで過ごしますし」
「あちらって、会場の隅っこでじっとしているの?」
「……ご挨拶すべき方にはきちんといたします」
「子ども同士の交流は?」
サディアはすごく嫌そうな顔をした。ん? 何だろう? モゴモゴと何か言った。
「……がいなければ。わたしだって友人の一人くらいは……」
最初、何を言ったのか、あんまり聞こえなかった。
エリオット様がいなければ、わたしだって友人の一人くらいは作れます。
そういう内容の言葉だと理解が出来たのも、ずいぶんと後のこと。
「とにかく! ボクにはたくさんの友達がいるからさ! 今日はサディアにも紹介するよ! ボクの友達と仲良くしてよ。だって……」
サディアは将来のボクのお嫁さんなんだから! と続ける前に、ボクの友達の……フェイとマージョリー、デボラ、アビ、キャスリーン、ソーニャにデイジーたちがボクの側にやってきた。
「エリオット様~」
「ねえねえ、あちらにチョコレートが用意されるんですって! みんなで行きましょうよ!」
ボクの右腕にフェイが腕を絡めてきた。左手にはマージョリー。
デボラ、アビ、キャスリーン、ソーニャ、デイジーもボクをぐるりと取り囲む。あ、あああ……。サディアが一歩二歩と後ろに下がってしまった。
「行くのはいいけど。サディアも一緒でいい?」
ボクが聞いたら、みんな黙った。
何だろう?
サディアは「わたしは遠慮します。チョコレートは苦手ですから」と言って、すぐさま去ってしまった。
「あっ! 待ってよ!」
チョコレートは苦手? そんなことないでしょ? だって、いつだったか、使用人に礼を言って、食べてたよ。嘘は駄目だよ。
「サディア!」
呼んだのに、サディアは振り向いてもくれなかった。
「ねえ、エリオット様。どうしてあんな不愛想な子を構うの?」
フェイが聞いてきた。
「え? だってサディアはボクのお嫁さんになるんだよ? だから、ボクの友達のみんなと仲良くしてほしくて……」
「お、お嫁さんって……、婚約はされたのですか?」
「えーと、まだだけど」
でも、親同士も親しいし、ボクはサディアのご両親にも気に入ってもらってるし。
うん、そのうち、もう少し大きくなったら、ちゃんと婚約とかするんだよね?