軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話 サディア①

隣接するヘンストリッジ伯爵領とラズダン伯爵領。

関係は至極良好。

親同士は、年に数度、お互いの領地を行き来して、交流を重ねる程度には仲がよい。

親同士……は、だ。

子ども同士は違う。少なくともわたしの側は仲がいいなんて思ってはいない。

子ども……、ヘンストリッジ伯爵家の一人息子、エリオット・ウィリアム・ヘンストリッジ伯爵令息。

そして、わたし、ラズダン伯爵家の末娘、サディア・マーガレット・ラズダン。

ヘンストリッジ伯爵夫妻が「この愛らしさを何と表現すればいいのだろう」と自慢気に言うほどには、確かに客観的に見ても、エリオット・ウィリアム・ヘンストリッジ伯爵令息はかわいらしい。

金色の緩やかな巻き毛に青い瞳。

笑うとえくぼができる、熟したアンズのような頬。

まさに、絵にかいたような美少年。

成長すれば、きっと美青年になるのだろう。

エリオット様のお母様は、咲き誇る薔薇の花にも負けないほどの美人。

エリオット様のお父様は、優雅且つ堂々とした態度の紳士。

素晴らしいご両親と素晴らしいご令息。

絵にかいたような、しあわせで、立派なご家族。

だけど、わたしはエリオット様が嫌いだった。

だった、ではない。出会った時から嫌いだし、今も嫌いだし、きっと未来でも嫌いだ。

わたしはエリオット様のような金色の緩やかな巻き毛は持っていない。どこにでもいるような茶色の真っすぐな髪。その髪を、瞳と同じ赤茶色のリボンで緩くまとめているだけのパッとしない髪型でしかない。

顔もそうだ。

決して不美人ではない。

だけど、かわいらしい、愛らしいという表現を使われたことは一度もない。

「サディアはしっかりしているね」

「さすがラズダン伯爵家は教育が行き届いている。十歳とは思えないほどの優雅なカーテシーではないか。これなら王族付きの侍女にでもなれるだろう」

エリオット様は持って生まれた外見の愛らしさで、誰からも褒め称えられる。

わたしは学習と努力によって身につけた事柄を褒められる。

親たちにしてみれば、エリオット様のこともわたしのことも褒めているのだから問題などないと思っている。

わたしの荒れ狂う心情になど、欠片も気が付いていない。

「サディアのようにしっかりした令嬢が、エリオットのお嫁さんになってくれたらいいわね」

「そうだな」

「そうね。遠くや、親戚付き合いに困るようなところにはお嫁に行ってほしくないわね。エリオットなら安心だわ」

「なあ、サディア。エリオットのように美形の旦那様を持てば、自慢になるぞ!」

親たちがしあわせな未来を夢見て笑いあう。

うふふ、あはは、ほほほ……。

そんな親たちを見て、エリオット様が「お嫁さん? サディアがボクのお嫁さんになるの?」と、無邪気に首を傾げる。

「そうだったらいいわねーっていうお話よ」

エリオット様のお母様が楽し気に言う。

……わたし一人だけが、無言。淑女の笑みを張り付ける。

しっかり者と褒められても嬉しくはない。わたしはただ、両親から「サディアはかわいいわよ」と言ってほしい。親の欲目でいいから、一度でいいから、努力して得た知識や立ち居振る舞いではなく、ありのままの、何も努力していない、素のままのわたしを「かわいい」と言ってほしいのだ。

たったこれだけの、小さな望みが叶えられたことは……ただの一度もない。

エリオットが側に居る限り「かわいい」のはエリオットで、わたしは「しっかり者」でしかない。

きっと、一生、ずっと。わたしは「しっかり者」なのだ。

しっかりしていると褒められることが嫌なわけではない。

つらいというほどではない。

ただ……、ほんの少し、息がしづらい。

だけど、もしもエリオット様と婚約や結婚などをしたら、一生、この息のしづらさを抱えて生きないといけないのか……と思うとぞっとする。

だから、言った。

「……エリオット様は天使のようにかわいらしくて、大人になればヘンストリッジ伯爵のように素敵な男性になることでしょうね。だったら、その頃には、たくさんの、エリオット様と釣り合う外見の素敵なご令嬢たちから、求婚されるかもしれませんね」

羨ましいですね……と、冷えた瞳で。一字一句はっきりと、わたしは告げた。

親たちの顔色は、変わった。

エリオット様のご両親の顔は「しっかり者のサディアは婚約者候補としておくが、他のご令嬢とのご縁も視野に入れておくべきかもしれない」「やっぱり顔のつり合いも考えねばならない」という感情がありありと浮かんでいた。

わたしの両親の顔は少しだけ蒼ざめて、緊張したようだった。

「今のうちにエリオットと婚約を結ばないと、将来別のご令嬢に持っていかれるかもしれない」とか考えているのだろう。

親たちの思いに少し段差ができた。

特にエリオット様の両親は顕著だった。

何せ、十歳にして天使のように愛らしい令息なのだ。

美貌を武器にすれば、同等の伯爵家の娘と急いで縁を結ばなくても、侯爵家や公爵家などの姫君からエリオット様が恋をされるかもしれないのだ。

今から婚約者を決める必要などないのではないか。

それに、サディアならば、数年程度は待たせておいても他の令息に取られることはないだろう。何せ、性格や学習面はともかく、外見は平凡なのだから……。

そんな言葉が聞こえてくるようだった。

わたしの両親が「仲良しの幼馴染同士で将来を考えてみれば……」と婉曲に婚約を進めたい意を表明しても、エリオット様のご両親は「まあまあ、本人たちがもう少し大人になって、自分たちの意思を表明できるまで待ちましょう」と、わたしの両親に明確な返答を述べない。

貴族の結婚は、家同士の結びつき。

けれど、数年前、第三王子殿下が『真実の愛』を唱えて男爵家令嬢と婚儀を結んだことにより、貴族の間にも、恋愛結婚や、政略だとしても本人同士の意思を尊重すると言った風潮が強くなっている。

……本人の意思を聞いてくれるのならば、わたしは絶対にエリオット様などと結婚はしたくないと言う。

今でさえ、こんなにも息がしづらいというのに、これが一生続くなんて思うだけでも嫌になる。

エリオット様が悪いわけではない。

わたしが勝手に卑屈になっているだけ。

でも……天使のようにかわいらしい外見の令息と、平凡な令嬢が、並んで歩く苦痛を……親たちは、考慮してはくれない。考えにも入っていない。

ただ、親同士が仲がいいのだから、子ども同士も同じように仲がよいはずだ。

そう思っているだけ。

それが本当にわたしは……嫌なのだ。