作品タイトル不明
09:動詞・名詞・形容詞
翌朝起きてみると、雨は既に上がっていた。
洞穴の外に出てみれば、あちこちに水たまりができている。
湿った土と木々の匂いが満ちていた。
「家を造っておいてよかった。ずぶ濡れになるところだった」
そうなれば、『暖』の霊珠だけではどうにもならない。
それとも濡れてしまっても『乾』の霊珠を使えば全身乾燥できるだろうか?
「少しずつ試してみよう。今日はその前に、っと」
周囲を少し探してみると、例の緑の木の実を見つけた。キウイ味のあれだ。
もいで食べつつ、持ってきたマグカップに詰め込んでおく。
これで今日の分の食料は何とかなるだろう。
「それで、どうしようかなぁ……」
はっきり言って今の私は迷子だ。
西を目指していたはずが、今がどこなのかも分からない。
もう一度西、朝日の反対側を目指しても、ほとんどが道なき道だ。また方向を見失うに決まっている。
では、このまま森のサバイバル生活を続ける?
それも無理がある。
当面の住居は確保したし、木の実を食べていれば空腹もしのげる。
けれど今は秋、もう数カ月で冬になる。
この国は日本の東京と同じくらいの気候で雪はあまり降らないが、それでも野外で暮らしていたら凍死の恐れがあった。
だいたい、初日の熊のような魔物に襲われたら、毎回勝てるとは限らない。
「ううーん」
しばらく考えて決めた。
もう数日から十日くらいは、ここを拠点にして霊珠を増やす。
その後は慎重に西を目指して、王都を探す。
迷ってしまう可能性も大きいが、どうしても森から出られなかったら、また拠点を作ろう。
冬がいよいよ近づいてきたら……その時に考えよう。
握り込んでいる『暖』の霊珠は、今もまだ暖気を放っている。半日程度の持続効果なので、もう少しで砕けるだろう。
夜は『暖』を使わざるを得ない。
ひるがえって霊珠の生産は一日に二個は確実、頑張れば三個いけるかもしれない。
節約しつつも必要な時は思い切って使わなければ。
「そう、例えば」
今欲しいものとしては、水だ。
緑の実は果汁たっぷりなので水分補給になるけれど、今の私は全身薄汚い。服も顔も体も汚れている。
洗ってスッキリしたい。不潔なままでは病気のリスクも高まる。
仮に『水』の文字を霊珠に刻めば、水が生み出されるのだろうか?
それとも洗う目的なら『湯』がいいかな?
でも『湯』だと、温度設定とかが不安になる。熱湯が出てきたら大変だ。
私は『暖』の霊珠を握りしめた。
(この効果が出ているうちに、試してしまいたい)
ついでに飲み水も確保できるとありがたい。
私は一度洞穴に戻って箱を開けた。
箱の蓋には不思議な文様が描かれているが、意味は分からない。あの馬車の人の家紋などなのかもしれない。
で、マグカップの緑の実を箱に移し替えた。
次に二つのマグカップを手に取り、外へ出る。
『暖』の霊珠を握った手と反対の手にマグカップ二つを持ち、頭上に掲げる。
『暖』の霊珠の他にカラの霊珠を持って、『水』の字をイメージする。
本当はタライとかの水を溜めておける物が欲しかったが、ないから仕方ない。
「『水』ッ!」
霊珠がカッと輝いた。『水』の文字が入ったのが分かる。
途端、頭上から大量の水が降ってくる。洪水みたいな勢いだ。
ざっぱーん!
ざぶーん!
「わわわ!」
水の勢いに押されて転びそうになったが、どうにか堪えた。
もう頭から足先までずぶ濡れだ。
掲げていたマグカップには水がなみなみと満ちている。
――はずだったのに。
「え? どうして!?」
マグカップの水が急速に消えていく。まるで蒸発していくように、跡形もなく。
気がつけばずぶ濡れだった服と体も水気がなくなっていた。
後にはほんのちょっぴり汚れが落ちたプリムローズだけが残された。
◇
地面に流れたはずの大量の水も消えてしまっている。
水たまりはあくまで昨日の雨のもの。
地面に大量の水が流れて泥が乱れた後は残っているが、水そのものはどこにもなかった。
濡れたのがなかったことになったのと、未だ『暖』の効果が続いているので寒くはない。
不可解な出来事に私は頭をひねった。
「水の霊珠は確かに仕事をしたんだけど。なんで消えた?」
今までの霊珠の文字を思い出してみる。
最初は『殴』。熊を殴る動作をしたら、パンチの魔法(?)が発動して霊珠はすぐに砕けた。
次におなじみの『暖』。こちらは周囲の空間を温める効果で、半日ほど持続する。
殴と暖の違いは何だろう?
殴は動作、動詞。
暖は形容詞。
じゃあ水は? 名詞?
名詞は生み出されてすぐ消えちゃう?
「分からないことばかりね」
私は肩をすくめた。
不安は大きいけれど、ちょっと楽しみになってきたところもある。
私はこれでも工夫の人なのだ。前世でもお給料前はもやしと豆腐で美味しく食べられるよう、レシピを工夫していた。
まあ工夫も限度があって、娘と息子は「またもやし~!?」と不満顔だったけど。
さて、手持ちのカラの霊珠はあと二つ。今日の夜までにもう一つ作るとしても、『暖』は必ず使う。
「今日の実験はこれまでにしておこうっと」
あとは夕方まで、この周囲を探索しようか。
私はマグカップを洞穴の箱に戻すと、歩き始めた。
◇
ただ闇雲に歩き回れば、また迷子になってしまう可能性が高い。
そこで私は、馬車の残骸の幌を利用することにした。
ボロボロになった布をちぎり取って、少し進むごとに枝に結んでおく。
「よし。こうすれば帰り道を見失わないで済むよね」
緑の実や紫のアケビ、山ブドウや栗、ドングリなどの木の実はそこかしこで見つけた。
さすがは実りの秋、当面は食べ物に不自由しなさそうだ。
そうして一時間ほど歩くと、小さな川に出た。透明な水がさらさらと流れていた。
汚染の危険があるので、飲もうとは思わない。
でも天然の水があるなら試してみたいことが思い浮かぶ。
「明日以降、また来よう」
帰り道は木の実を口に入れつつ、枯れ枝を拾って確保しながら戻った。
『暖』の霊珠があるとはいえ、火を点けられるならそうしたい。獣避けにもなるだろうし。
ただ昨日雨が降ったので、枝は湿っているのが多かった。火が点くか不明だ。
枝を抱えつつ洞穴に戻ると、お昼を過ぎたようで『暖』の霊珠が砕けた。
「えーと、湿っている枝は避けて」
乾燥している枝をより分けてみる。
小さく枝を組み、箱の中に入っていた火打ち石を取り出した。
カチカチと打ち合わせてみる。
……火は点かない。
火打ち石という存在は知っていても、使うのは前世・今世通して初めてだ。
私は特にキャンプとかの趣味はなかったし。あっても火打ち石を使う人は相当なマニアだろう。
「そう上手くはいかないか」
マッチを擦るようにこすり合わせてみたり、色々試したが駄目だった。
この火打ち石も相当に古いものだし、シケってしまっているのかもしれない。
火花はちょっと飛んでいるような気もするのだが……。
「それなら、『火』の霊珠だったらどうかな」
今日はもう在庫が尽きているが、試してみる価値はある。
ただし『水』のようにすぐに消えてしまうのであれば、難しいかもしれない。
でも霊珠の力で生み出された火が、枯れ枝に燃え移ったらどうだろう? それも消える?
まあ、今は手持ちの霊珠があまりないので、貯めてからやってみよう。
何だか楽しみになってきた。
「本当に魔法使いになったみたいで、ちょっとワクワクしちゃう。さてと!」
私はもう一度立ち上がって、先ほどとは別の方向に歩き始めた。
もうしばらく探索をしつつ、木の実や枯れ枝を集めるつもりである。