作品タイトル不明
34:シルヴァの気持ち2
足元に転がってきた小さな霊珠を、僕はほとんど無意識に拾い上げた。
すると同時に、体の中で何かが脈打つのを感じた。
(……声が聞こえる)
世界と断絶されたはずのハーフエルフの体に、何かの声が響く。
僕は研究成果である、魔族の技術で作った杖を握りしめた。
(……何を言っている?)
耳を澄ますけれど、言葉までは聞こえない。
ただ確かに僕に呼びかけている。その気配を感じる。
杖で小さな魔法を使う時に感じる気配と似ている。
僕の杖は魔族の技術を応用した魔力循環装置。
しかしながら、個人の魔力だけで魔法を行使するのはやはり不可能なのだ。
それは小魔法を成功したからこそ実感している。
神ではない。
けれど何かしらの外部の力が手助けしてくれてこそ、魔法は発現する。
聞き取れない言葉に耳を澄ますうち、声はだんだん僕の内側から湧き上がるものに変じた。
外側の声と内側の声が、波が押し寄せるように満ちていく。
『シルヴァ、私たちの愛しい子。どうかお前に、幸せな人生がありますように』
聞き慣れた、けれどもう遠い声がした。
「父さん?」
『どうかあなたの思うままに、生きられますように』
優しい、懐かしい声もする。
「母さん!」
叫んでも答えはない。
けれど僕は一つの解答を得ていた。
僕は両親に愛されて生まれた。
二人は僕の幸せを願い、力を尽くしてくれた。
そして今、思うままに生きろと背中を押してくれている。
僕の思うままとは何か?
目の前で死にかけている子供を見捨てて、自分だけ逃げ帰ることか?
「そんなわけあるか!」
父さんと母さんの愛情を受けて育ったのに、その愛情を誰に返すこともなく、見殺しになどできるはずがない!
外側の声を探していたはずなのに、僕を突き動かすのは内側から湧き出た声。
その矛盾に気を配る暇は、今はない。
すぐ近くに散らばった霊珠がいくつも落ちている。
拾い集めれば、自然とやるべきことは分かった。
この霊珠の奇妙な気配は、僕の杖と似ている。僕の杖の空白部分、いくら研究しても埋められなかった部分に、信じられないほど似ている。
何かに導かれるように空白へ霊珠を嵌め込むと、ぴたりと収まった。
同時に杖に今までないほどの力が満ちる。
「プリムローズ、これを使え!」
投げつければ、彼女は受け取ってくれた。
――それからは見事としか言いようがない。
ドラゴンの弱点を看破し、その腹へと刃を突き立てた。そして最後には高威力の魔法で、ドラゴンの腹と内臓を吹き飛ばしたのだ。
僕の杖ごと吹き飛ばしやがったのだ。
いや、分かっている。
ああしなければ勝つのは難しかった。
だが、だからといって、人が長年心血を注いで作り上げた杖をあっさり壊すか普通!?
ムカムカしてだいぶ嫌味を言ってしまった。
プリムローズは平身低頭して謝っていたが、嫌味を続けてしまった。
大人げない自覚はあったが、あの杖は本当に大切なものだったのだ。まったく。
◇
その後の前世の話は信じがたかったが、同時に腑に落ちてもいた。
彼女はこの世のことわりの外にいる。
詠唱も祈りも必要とせず、大魔法レベルの魔法を軽々と使いこなしている。
そんな存在が通常の常識で測れるはずがない。
そしてこの規格外の『霊珠』と『漢字』の力は、どうやら魔族の技術に通じているようだ。
先ほど小さな霊珠に触れた時、世界から孤立しているはずのハーフエルフの僕に、何らかの声が聞こえた。
杖を握っている時にぼんやりと感じた手応えが、声として聞こえた。
あの声をもっと聞きたい。何を言っているのか聞き取りたい。
声に耳を澄ませていたら、父と母の言葉になった。
二人の言葉は僕の内側の声とシンクロして、行動する勇気をくれた。
あの声がなければ、僕は自分を臆病者として一生許せないまま生きていく状態に追い込まれていただろう。
霊珠を手に取ったことで、僕は勇気をもらい、次なる希望を得た。
だから何よりも、可能性を与えてくれたプリムローズに報いたい……。
そんな気持ちが芽生えていた。
魔族の技術を研究し続けることと、プリムローズのための魔法の杖を作ることは同じ道の途上にある。
妙な話だが、一挙両得だ。僕にとってはいい話でしかない。
スノータイガーの仔を引き取ることにしたのも、実に彼女らしいと思った。
前世では二人の子供の母親だったという。愛情深い性質は変わっていないのだろう。
まあ、それで僕を子供扱いするのは止めてほしいが。
そうして家の近くまで戻ってきた時、最後の衝撃を受けた。
プリムローズが両親の遺品を持っていた。
聞けば南の森で拾ったのだという。
古びて土に埋もれた馬車の話を聞き、僕は「やはり」と思った。
エルフである父も薬師である母も森の暮らしは慣れている。
細い道を無理に馬車で通って滑落するなど、そんなミスは信じがたい。
気を配る余裕のない状況で追われていたか、事故を装って殺されたか。どちらかだ。
どの神の魔法使いがやったのか知らないが、いずれ必ず報いを受けさせる。そう、内心で誓った。
両親の遺品の中には、僕の知らない魔族の記録が入っていた。
この内容と霊珠があれば、杖の制作は今までとは比較にならない完成度になるだろう。
悲しみと期待がないまぜになった心で、僕たちは小屋に帰還した。
悲しみはあるが、希望もある。
何よりも彼女が隣りにいる。
それが心強くて嬉しくて、僕は研究に没頭した。
◇
僕は以前、一人でも平気だった。
けれど今となっては……プリムローズとコタローのいない生活は、考えられなくなってしまった。
かつての同居人が今は旅立っていったように、いつか彼女たちも僕の元を離れるのかもしれない。
だいたい、人間はこんな人里離れた場所で暮らすべきではない。
霊珠という秘密はあるが、プリムローズはもっと広い世界で生きるべきだ。
それが正しいと分かっているのに、彼女が僕の元を去ると考えると心が苦しくなる。
願わくば、なるべく長くこの幸せが続きますように。
そう願わずにはいられない。
……本人に知られたら、間違いなく子供扱いされる。だから絶対に秘密にしておくけれど。