作品タイトル不明
28:夢の向こうの人
その後の私はぶっ倒れてしまった。
ドラゴンという強敵との戦闘に勝利して、ろくに休憩も挟まず霊珠を二つも作ったのだ。
体力と魔力は限界をとうに超えていた。
倒れ込むようにして眠った中、不思議な夢を見た。
ゆらゆらと揺れる夢の空間の向こう、誰かがいる。
『それでね、漢字の効果はたまに遊び心を入れたいと思って』
女性の声がした。快活で明るい声だった。
『例えば『盾』。これは私が好きだったゲームの真似をしてみたよ。花のように花弁が広がって、一枚ごとに防御力がある。全部散ってしまうと盾は終わり』
『花の盾か。想像するだけで美しいね。あなたらしい発想だ』
今度は男性の声だ。若々しいが落ち着いた口調だった。
『いつか使用者が現れたら、きっと驚くだろうね』
『その人が日本のオタクだったら、あのゲームだ! と気づくかもね』
日本!? 今、日本と言った?
「ねえ! あなたたちは誰なの!?」
叫ぶけれど答えはない。
『さて。設計は大詰めだから、順次実装に入らないとね。そこは頼んだよ、魔王様』
女性の弾むような声がして、男性が頷く気配がした。
『任されよう』
夢の世界の揺らぎが増した。
目が覚めようとしている。
「待って! 日本とか魔王とか、どういうこと!?」
ウェスタ神殿の霊珠に触れた時、『原初の魔王の祝福』という言葉が聞こえた。
それと何か関係があるのだろうか。
しかし二人の人影はどんどん遠ざかっていく。
近づこうと走っても、遠ざかるスピードの方がずっと速い。
やがて揺らめく風景の向こうに消えてしまった。
◇
「待って、待ってよ!」
自分の声で目が覚めた。
パチッと目を開けてみると、夕焼け空が見える。
気がつけば私は毛布にくるまって、岩場で横になっていた。
あと、やけにお腹が重い。
何だろうと思って頭を起こしてみれば、子虎が私のお腹の上で丸くなっていた。
すぴー、すぴー、と小さい寝息が聞こえてくる。
「可愛いけど、重い!」
子虎を起こさないようにそうっと動いて、起き上がる。
眠ったままの子虎は毛布の上に置いてやった。
「む。起きたか、プリムローズ」
少し向こうからシルヴァの声がした。
彼の前には小さな焚き火が燃えたままになっている。
どうやらずっと火の番をしてくれていたようだ。
「丸一日以上、眠っていたぞ。よほど疲れたとみえる」
彼はやれやれと肩をすくめた。
シルヴァの顔にも疲労が濃い。
確かに、ドラゴンと戦ったのは昨日のお昼すぎだった。そして今は既に夕暮れだ。
長い時間を眠ったおかげで、シルヴァ一人に見張りをさせてしまったみたいだ。
「丸一日? ごめんね、見張りを任せてしまって」
「別に。ドラゴンの血のせいで、魔物は寄り付かないからな。特に苦労はない」
彼は枯れ枝を焚き火に放り込んで、続けた。
「それよりも、うなされていたが。平気か?」
口調こそぶっきらぼうだが、私を気遣ってくれるのが分かる。
つい微笑むと、嫌そうに睨まれた。全く六十二歳にもなって素直じゃない。
「変な夢を見ただけ。何ともないよ」
夢の内容を何気なく話すと、彼は難しい顔になった。
「魔王だと……。霊珠、漢字。偶然とは思えんな」
「え? どういうこと」
「お前が壊したあの杖。あれは僕の両親があちこち旅をして、『魔族』の知恵を取り入れて作ったものだ」
シルヴァは枯れ枝をパキリと折った。
「魔族はこの世界のどんな種族よりも古い歴史を持つ。既に絶滅したと言われていて、存在を知っている者すら多くはない。また、魔族は詠唱せずに魔法を使っていたという伝説がある」
「え。それって」
「そうだ。祈りである詠唱を使わない、つまり神の力に頼らずに魔法を使う唯一の種族だった。だから僕の両親は、僕のために彼らの知恵を探し求めた。ある遺跡で魔力の流れを示す文様が見つかり、その応用であの杖を作ったというわけだ」
杖の表面に描かれていた模様は、その文様の応用だったんだ。
回路のような印象を受けたが、あながち間違ってはいなかったかもしれない。
魔力の流れを制御する回路であるとも言えるから。
シルヴァは続ける。
「ただ遺跡の文様は不完全で、杖で発動する魔法はごく些細なものだった。両親は他にも魔族の手がかりがないか探すため、改めて旅に出た。僕は残って研究を続け、両親を待つことにした。それが四十年前のこと。最初の数年は手紙が届いていたが……」
しかし結局、以降の音沙汰はない。シルヴァは首を振った。
「僕は森に残って研究を続けることにした。残された資料からより効率的に魔力を巡らせる方法、より強い魔法を使える方法を模索していた。成果はさほど上がらず、多少の効率化ができただけだったが」
いつも散らかしていた紙や木板の内容が、その資料だった。
確かに神への祈りによって魔法を発動させるのが常識である以上、自分の魔力だけで魔法を使うのは異端中の異端になる。
もしもこの件が表沙汰になれば、全ての神殿と多くの人々を敵に回すだろう。
何と言っても、今までの常識と信仰を根底から覆してしまうのだから。
(シルヴァが警戒するわけだ)
事の大きさに気づいて、私はぶるりと身を震わせた。
◇
「それで、だ」
シルヴァは私を睨むように見つめた。
「行き詰まっていた研究だが、お前の霊珠のおかげで光明が差した。僕の設計では、回路の上にどうしても埋められない空白があったんだ。そこに霊珠を嵌め込むと、信じられないくらい魔力の巡りが良くなった」
「…………」
「僕の予想では、霊珠は魔族に関するものだ。お前が夢で見た『魔王』は、文字通りにとらえれば魔族の王。何らかの関与があるんだろう」
「……魔王の他に、もう一人いた」
私にとっては『彼女』の方が重要なくらいである。
日本という国に、彼女は言及した。
そういえば、霊珠に入る漢字は二十一世紀の日本のもの。
中国の漢字は少し違うし、古い時代の漢字はまた違う。でも霊珠の漢字は私が知っている形だった。
漢字の説明をするには、前世の話は避けて通れない。
シルヴァは少しひねくれ者だけど、心根の優しい子だ。
悪態をつきながらも、ずっと私を心配してくれた。
ドラゴンと戦った時でさえ、見捨てずに残って助けてくれた。
命の危険があったにもかかわらず、だ。
であれば隠し事をする必要はない。
霊珠と漢字の力が彼のためになるのであれば、私は協力したい。
もし信じてもらえなくても、その時はその時だ。
「奇妙な話になるけど、聞いてくれるかな。私がプリムローズとして生まれる前の話」
そうして私は話し始めた。
前世の日本の話と、漢字という文字の話を。