軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26:シルヴァ先生の魔法講義

私はドラゴンとの激しい戦いのおかげで、くたびれ果てている。

ところがシルヴァは全く手加減せずに、難しい魔法講義をぶち上げ始めた。

「いいか、魔法というのは詠唱を祈りとして特定の神に届けることで、その神の力を借り受ける行為だ。神の名はその地域ごとに異なるが、四大元素を筆頭に、主だった属性は対応する神が必ずいる。その属性に属する者の祈りは届きやすく、そうでない者は届きにくい。これは人間だろうがエルフだろうが共通する、基本事項だ。さすがにこれは知っているよな?」

「あー、えーっと」

言われてみれば、お母様がそんな話をしてくれたような気がする。

でもお母様が亡くなったのは私が小さい頃だったので、よく覚えていない。

その後はクソ父のもとで勉強なんぞする機会はなかったし。

シルヴァは私を軽蔑したような目で見ると、続けた。

「どこまで教養がないんだ、お前は? ……それで前にも言った通り、神に祈りの詠唱を届かせるためには魔力と、その種族の出自が必要になる。たとえ高い魔力を持つ人間がいても、エルフの神に祈りは決して届かない。逆もしかりだ」

彼は軽く咳払いをした。少しの緊張が感じられる。

「僕のようなハーフエルフは、血が薄いためにエルフの神にも人間の神にも祈りが届かない。僕自身の魔力は高い方だ。だが魔法的には完全に無能になる」

シルヴァは唇を歪めるようにして笑った。

魔法が使えないということが、彼にとっての強いコンプレックスなのだと伝わってくる。

「僕の両親はどちらも優れた魔法使いだった。だから僕も魔力こそ高いのに、魔法が使えない。魔法が使えないということは、神々からの孤立を意味する。世界から見放されているんだよ、僕は」

「それは……」

この国の常識に照らし合わせると、そのとおりだった。

属性を司る神々は、前世で言えば自然崇拝に近いものがあると思う。

お日様が大地を照らすのも、雨が降るのも、風が吹いていくのも、みんな神様のおかげという考え方をする。

そして魔法使いたちは、詠唱という祈りを行うことで神々の力を代行できる。

だからこそ貴族として君臨できている。

魔法とは神の力で、使用者は神の代行者だからだ。

魔力のない人は魔法を使えないけど、それでも祈れば神の気配を感じることができると聞いたことがある。

魔力という素質はあるのに、祈りが神々に届かない。

それは世界との断絶と言ってしまっていいくらいの、大きな欠落なのだろう。

「でも」

私は言った。

「私は魔法のような力を使うけど、詠唱はしないよ。つまりあれは祈りの結果じゃない。神々の力を借りたわけではないということ?」

「そうだろうな。そして、お前が壊した杖の本質もそこにある」

いちいち壊したを強調しないでほしい。ごめんなさい。

「言っただろう、あれは『魔力循環装置』なのだと。魔法的に無能の僕を助けようと、両親が懸命に研究した成果。神という外部の存在に頼らず、自分の魔力だけで魔法に準じる奇跡を起こすための道具だ」

「そんなのできるの!?」

私は思わず声を上げる。

それが本当なら、今までの常識が足元から変わってしまうことになる。

「不完全だができていた。多少の水を出したり、小さな火種を灯したり、初歩の魔法未満程度のことだがな」

そういえばいつぞや、彼は水のない場所で食器洗いをしていた。あれは杖の効果だったのか。

「だが設計上は自分の魔力だけでの発動だったはずが、実際は僕の魔力だけではないと感じている。杖の魔法は詠唱を必要しないが、発動時に何かの手応えがあるからだ」

「何かって何?」

「分からん。呼びかけに応える気配のようなものだ。声と呼ぶには曖昧な程度のものだな。僕が思うに――」

シルヴァは改めて私に向き直った。

「お前の霊珠も、仕組みは同じではないか? 神の力を利用せず、自分の魔力を基本として魔法を使う。あれだけ立て続けに使えたのは、お前の魔力が規格外に高いということだろうが……」

「ちょっと待って。霊珠は作るのにも文字を刻むのにも、発動するのにも、どれも大して魔力は使わないよ?」

私が口を挟むと、シルヴァは目を見開いた。

「何? そんなはずは……。何らかの外的存在はあるとしても、僕の杖は初歩未満の小さな魔法を使うだけで、相当に魔力を消耗した。……どういうことだ?」

私が分かるはずもない。

一つだけ感じるとすれば、漢字は文字だ。口に出して祈る詠唱と形は違えど、何かしらの意味を持つ。

それが何か関係あるのだろうか?

「しかし杖に霊珠を嵌め込んだら、実にスムーズに魔力が流れた……。まるで足りない要所を得たような感触だった。僕の杖と霊珠は何かしらの相関性があるはずなのだが、魔力の消費が違う……」

シルヴァはぶつぶつと呟いている。

(あ、これは駄目かな)

彼は時々こうなるのだ。研究モードと言うべきか。

自分の考えに没頭してしまうと、周りが見えなくなる。

でもさすがに、ドラゴンと虎の死体のそばでそれをやるのはどうかと思う。

「シルヴァ。とりあえずここを離れない? ドラゴンの死体のそばは落ち着かないし、他の魔物が来ても困る。もう戦えないよ」

「それなら心配いらない。これだけドラゴンの血の匂いが漂っていれば、魔物は寄ってこないさ。肉が腐ってくればまた別だが、今の冷える季節なら一週間くらいは大丈夫だろう」

「あ、そう。でも私、クタクタなの。今のままじゃ霊珠の追加もできそうにない。ごはん食べて休みたい」

「チッ。わがままだな」

舌打ちしたよ、この子! わがままはどっちよ!

「霊珠を作ると言ったか。霊珠はまずあの玉を作り、次に記号を入れ込み、最後に魔法を発動させるんだな?」

「うん、そう。記号というか漢字ね」

「漢字?」

「あー、その話も後で説明する」

そんな話をしながら、私たちは食事の準備を始めた。

本当は昼食時で、お腹が減っていたのだ。

戦いで全身の力を使ったせいで、もう腹ペコである。

ドラゴンをグロいグロいと文句を言っていた割に、シルヴァはすぐ横で食事をしようとしている。

「ねえシルヴァ、その位置だとドラゴンのお腹がよく見えるけど、平気なの?」

爆破したお腹は内臓が大半吹き飛んだが、まだ多少は残っている。

「え? ……あああ! せっかく忘れていたのに! 駄目だ、もっと離れるぞっ」

やはり駄目だったらしい。

言うべきではなかったかと思ったが、食べている途中で思い出すよりマシだろう。

私たちは少し距離を取って、そこで火を起こすことにした。

行きの道のりのように近くに川はないので、水は限られている。

岩場は森の中よりも一段と寒く、せめてお湯を沸かして飲もうということになった。

「お前の霊珠はもうないのか?」

「うん、手持ちゼロ。全部使っちゃった。もう少し休めば一つなら作れそう」

「そうか。僕も杖がなければ小さな魔法すら使えない。誰かが杖を壊したせいで」

「ごめんなさい」

まばらに生えている灌木の枯れ枝を拾ってきて、火打ち石で火を点ける。

枝にいきなり火を点けるのは無理だったが、シルヴァが木くずを持ってきていた。

それに火花を落とすと、小さな種火ができる。枯れ枝に移して焚き火にした。

鍋に水を入れて、沸いたらマグカップに移して飲む。

干し肉を荷物から取り出してかじった。

「あ、そうだ」

私は干し肉のかけらを持って立ち上がった。

親虎の隣で動かない子虎へ近づく。

子虎は私に気がついて、「ウウゥ~ッ」と威嚇してみせた。

「大丈夫、何もしないから。……これ、食べて」

干し肉を足元に転がしてやると、子虎は不思議そうに見た。

ふんふんと匂いを嗅いで、おそるおそる口に運ぶ。

口に入れてみたら、美味しかったのだろう。

夢中ではぐはぐと食べ始めた。

(かわいいなあ)

子虎は柴犬くらいの大きさだが、親と比べるととても小さい。

たぶん赤ちゃんか、よちよち歩きの幼児くらいだろう。

こんなに小さいのに、親を亡くしてしまって生きていけるのだろうか。

(でも、死んでしまった命は戻らない。……本当に?)

私の脳裏に漢字が浮かぶ。

蘇る。蘇生。

まさか漢字は、そこまでの奇跡を起こせるのか……?

(やってみるべきかもしれない)

今を逃せば、親虎の体は腐って消えてしまう。

逆に言えば今ならチャンスがある。

次の霊珠の使い方が決まった。