作品タイトル不明
21:同居生活
シルヴァとの同居生活は、こうして楽しく始まった。
岩の洞窟は幸いにして荒らされておらず、作りかけの干し肉はしっかりと回収ができた。
私は狩りでの肉確保と家事担当。
シルヴァは一人暮らしが長い割に、家事能力が低い。
小屋はいつも散らかし放題だし、掃除も行き届いているとは言えない。
料理だって干し肉をそのままかじったり、せいぜい野菜を煮たり焼いたりする程度だ。
「よくこれで暮らしてこれたね。だいたい狩りができなくても、釣りをしてお魚を獲るのはどうなの? 川、あるよね?」
人間には(ハーフエルフにも)タンパク質が必要だと思うのだが。
もしや彼がいつまでも少年の見た目なのは、栄養不足だからでは……?
いや、そんな馬鹿な。
私が内心でやきもきしていると、シルヴァは肩をすくめた。
「魚か。一応釣れたが、捌くのが無理で諦めた。はらわたが気持ち悪い」
これである。
森の中で暮らしておきながら、何言ってんだお前と言ってやりたい。
魚のはらわたなんか、獣の臓物と比べれば屁でもないでしょ!
そして彼は、例の紙と板に書かれた設計図の図面に埋もれるようにして暮らしている。
資料を出そうとしてはしょっちゅう雪崩を起こすので、見かねて整理を手伝うことにした。
「紙がバラバラになってしまうのを防ぐのに、こうして板で挟んで紐でくくってみたら?」
いわゆるバインダーだ。
「おぉ? プリムローズ、お前、頭いいな」
「木板の背にしるしをつけておけば、棚に並べておいても内容が分かるでしょ」
本の背表紙みたいなものである。
「素晴らしい!」
シルヴァは最初こそ私が図面に触るのを嫌がっていた。
が、私が特に図面に興味は示さず、整理整頓テクを披露していくと態度が変わった。
実際にそうして片付けてみると、研究の効率がアップしたらしい。
しばらくすると自分からきちんと整理するようになって、散らかし放題だった小屋はすっきりとした。
こうなると掃除もはかどるので、助かっている。
ベッドの問題も解決させた。
毎日彼を床に寝かせるわけにはいかない。
まず木枠でベッドくらいの大きさを作る。
次に落ち葉をたくさん集めてきて、煙で燻して殺菌・除虫した。
さらに木枠に落ち葉を敷き詰め、予備のシーツをかぶせて完成!
新しいベッドに寝転んでみれば、カサカサと落ち葉のこすれる音がする。
藁のベッドほどじゃないけど、床で寝るよりよっぽど快適だ。
「何でも作れば作れるものだな」
シルヴァが感心している。
「まあね。でも私一人じゃ無理だったよ。木材もシーツもなかったから」
シルヴァの小屋も決して物資が豊かではないが、それでも木材の端材や最低限の生活用品は揃っている。
釘や金槌もある。
これらがいかにありがたいか、文明の利器なのか、私は心の底から実感していた。
とはいえ、一人から二人暮らしになったので、足りないものも出てくる。
当面は冬に向けて食料の備蓄だ。
畑の野菜は収穫期がもう終わる。
森の木の実もどんどん減ってしまっている。
私が狩りをしてくるとはいえ、お肉だけ食べていればいいというものではない。
「一度、町まで行くか。必要なものを手に入れよう」
ある日の夜、夕食を終えてまったりとしている時間、シルヴァが言った。
「誰かさんがよく食うおかげで、パンの在庫がなくなりそうだしな」
わざとらしい意地悪な口調に、私はジト目を返す。
「失礼な。これでも遠慮しているのに」
「おお、怖。遠慮していてこれじゃあ、遠慮がなければどれだけ食うのやら」
二人で笑い合う。
「でもシルヴァ、お金はあるの?」
「ほとんどない。だから薬草を売らねばならんが、こちらも手持ちが今一つだ。町へ行く前に、ちょっと遠出して採りに行かなければ」
「遠出って、どのくらい?」
私が聞くと、シルヴァは東の方角を指さした。
「東側に岩山が見えるだろう? 片道二日ほどの距離だが、あそこの麓に珍しい薬草が生えている。ちょうど今の時期が旬だ。採ってこよう」
「じゃあ、私も行く」
「ふむ」
彼は小首を傾げた。
「まあ、いいだろう。お前を一人にしておく方がよほど心配だからな」
「よく言う。私はシルヴァが心配よ。一人にしておいたら、ろくにご飯も食べないんだもの」
「食べてるだろ! 今まで四十年も一人暮らししていたんだぞ。僕を何だと思ってるんだ」
「だってシルヴァの食事って、パンと野菜をちょっと焼いたのくらいじゃない。料理とは言えないよ、あれじゃ」
私が言い返すと、彼は渋い顔になった。
「……まあ、お前が料理上手なのは認める」
最近は野菜と木の実が不足しがちだったが、代わりに食べられる草を教えてもらったり、肉だけではなく野鳥の卵をゲットしたりして、なかなか豊かな食卓になっている。
シルヴァはニラみたいな山菜を入れたオムレツが大のお気に入りになっていた。
ケチャップがないのが残念だ。きっとあれば喜んだだろうに。
「だが、遠出中は料理している時間はないぞ」
「うん、分かってる。パンと干し肉と、さっと食べられる山菜を用意して行こう」
「道中は魔物が出る危険性がある。魔除けの香草も持っていく」
「うん」
魔除けの香草はやはり森に生えている薬草の一種だ。
燃やして焚いたり、ポプリにして身につけたりする。
この小屋でも常に匂いが漂っている。ちょっと薬っぽいような香りだ。
そういえば、この小屋を最初に見つけた時に漂っていた香りが魔除けの香草だったわけだ。
「いつ岩山まで行くの?」
「準備があるから、まあ明後日というところだな」
「了解」
私は頷いた。
(万が一の危険に備えて、霊珠を多めに持っていこう)
あれから毎日霊珠作成を行っていたおかげで、数はだいぶ貯まっている。
常に三個程度持ち歩いている他、残りは岩屋の洞窟に置いた箱へ入れておいた。
蔓草で編んだ巾着袋も使いやすいよう工夫中だ。
具体的には、シルヴァにお古のベルトを借りて、その金具に引っ掛けるというもの。
この形であれば手が塞がることもない。
蔓草の巾着は素材が草なので、あまり耐久力がなく大きなものは作れない。
そのため手頃な大きさのものを、いくつか作っていた。
直径二センチ足らずの霊珠を三個も入れれば、だいたいいっぱいになってしまうくらいのものだ。
今は巾着を一つだけ持ち歩いているが、遠出に備えて二つ三つ用意しておこう。
(もちろん、何事もないのが一番だけど)
最近は霊珠の実験が滞りがちだった。
名詞や動詞、形容詞の違いなど、基本的なことは分かってきている。
ただ、それまでなのだ。
『速』で小動物や鳥相手の狩りは事足りる。
『暖』や『乾』でお風呂や服の洗濯も何とかなる。
シルヴァがよく切れるナイフを貸してくれたので、『刃』は特に必要がない。
困りごとがなければ、工夫の意欲も生まれない。
やはりイノシシと戦った時のように、切羽詰まった状況でこそ新しい手段が生まれることもあるのだ。
別に危険を望むわけじゃないが、多少のことがあった方が新しい発見があるかもしれない。
(今回の遠出で、何か少しだけ。ほんの少しだけ、変わったことが起こるといいな)
私は心のどこかで少しだけ期待をしてしまっていた。
それを後ほど死ぬほど後悔する羽目になるとは、この時の私はこれっぽっちも思っていなかったのだった。