作品タイトル不明
13:人との出会い
やがてガサガサと茂みから出てきたのは、手斧と剣で武装した猟師風の男性だった。
顔中にヒゲを生やしているので、年格好は良く分からない。
「な、子供!?」
その人は私を見てたいそう驚いた。
声は野太く少ししわがれているので、年配な感じがする。
久々に人間を見て私も驚いた。
よく様子を見てみるが、相手はただただ驚いているだけのようだ。
「ここ数日、森の中で煙が上がっているから、山火事かと思って様子を見にくれば……」
彼は焚き火へと目をやった。
焚き火は今も燃えていて、細い煙を空に上げている。
「お前さん、どうしてここにいるんだね。ここは森の中でもけっこう深い場所だ。子供が一人でいたら危ないぞ」
声は野太いけれど、口調は存外優しかった。
普通に私を心配しているのが感じられる。
何と答えようか。
猟師は特に悪意はないように見える。
だったら嘘をついても仕方ない。
私は思い切って口を開いた。
「迷いました。森に入った後、道に迷ってしまって。王都に戻りたかったけど、戻る道が分からず困っていたんです」
「なんと、迷ってこんなところまで……」
猟師は唸った。
「よく生きていたなあ。夜は冷える季節だし、ここいらは魔物も出る。……よし、俺が王都まで連れて行ってやろう。親御さんが心配しているだろうよ」
おお。思わぬところで道案内をしてもらえることになった。
私は聞いてみる。
「王都はここから遠いですか?」
「少し遠いな。最寄りの町は王都の一つ北の宿場町になる」
宿場町は、街道沿いに設置された小さな町だ。
乗合馬車や徒歩で一日に進める距離に合わせて、設置されている。
確か間隔は二十五キロメートルくらいだったか。王都からそのくらい北に来てしまったとういことだ。
「何、心配するな。俺も王都まで獲物を売りに行こうと思っていたところだ。ただのついでだから、遠慮はいらんよ」
猟師は素朴に笑ってみせた。人の良い笑顔は、裏表を感じられない。
この人は本当に、迷子の子供を心配しているだけのように思える。
「というか、お前さん……」
ふと猟師が首を傾げた。あごに手を当ててしばらく首をひねっている。
「銀の髪に紫の目、十歳の女の子。まさかとは思うが、アートライト伯爵様のお嬢さんかね?」
「え?」
いきなり実家の名前が飛び出してきて、私はぎょっとした。
「いや、町で張り紙を見かけてな。お前さんの人相書きが張り出されていたよ。それならラッキーだ。お前さんは家に帰れる、俺は報奨金をもらう」
「いえ、あの……」
まさか実家が捜索をしていたとは。親どもが森に私を捨てたくせに。
いや、違うな。たぶんどうせ見つからないと思っての、形ばかりの捜索に違いない。
クソ父は体面を気にするカス野郎だった。母方の祖父母の手前もあるだろう。
王都と隣の宿場町くらいに、とりあえず張り紙を出す程度の捜索をやってみせたのだ。
「よし、お嬢ちゃん。もう大丈夫だからな。俺がきっちり家まで送り届けてやる」
「……違います」
「ん?」
「私はその、ナントカ伯爵の娘じゃありません。別人です」
「おぉ、そうか……? だが迷子なんだろ? ここは危ない、王都へ戻った方がいい」
このままこの人についていって王都に戻ったらどうなるか?
アートライト伯爵家に戻されて、その後はどうなるか?
絶対にろくなことにならない。
条件の悪い政略結婚の駒にされるなら、まだマシ。
今度こそ本当に殺されるかもしれない。
クソ父は母方の祖父母を警戒している。私が一度実家に戻ったら、そう簡単に接触できなくなる。
助けを求めることもできず、命の危険が待っている。
(逃げよう)
私は心を決めた。
たとえ王都に戻っても張り紙が出ているのであれば、祖父母に助けを求める前に実家に連れ戻される可能性が高い。
だったら逃げよう。
実家の捜索が及んでいない場所まで。
幸いなことに、私の予想では捜索は本気ではない。ただの体面上のおざなりなものだ。
だったら距離を取れば、それ以上は追ってこないはず。
「すみません。王都には行けません」
私が言うと、猟師はぽかんと口を開けた。
「お、おい。何言ってんだ。子供がこんな場所にいて、今まで生きていただけでも奇跡なんだぞ。さあ、帰ろう。あぁもしかして、俺の顔が怖いかね。大丈夫、俺はこんなヒゲ面だが何もしないから」
猟師は心から私を案じてくれているのだと思う。
「ごめんなさい! あなたは悪くないです!」
私はカラの霊珠を一つこっそりと握ると、『速』の文字を刻んだ。
だんっ!
強く地面を蹴る。
まずは洞穴に飛び込んで、マグカップとナイフの入った箱を引っ掴んだ。
次に焚き火の前で広げていた干し肉をいくつか箱に放り込む。
それから振り返らず、北の方向へ向かって走り始めた。
この間、およそ五秒。
「はやっ!?」
背後で猟師が驚きの声を上げている。
その声もあっという間に遠ざかった。
(ごめんね猟師さん。今はあなたの親切を受け取るわけにはいかない)
『速』の霊珠の効果は素晴らしく、周囲の景色がぐんぐん後ろに流れていく。
北へ。宿場町をいくつも超えて、とにかく北へ。
その先に私の自由がある。
そう信じて走り続けた。
時折空を見上げては、時間とともに移り変わる太陽の位置を確かめる。
今度はなるべく迷子にならないようにしないと。
『速』の霊珠を強く握りしめる。
私には霊珠の力がある。だからきっと大丈夫。
プリムローズの人生を、今度こそ最後まで全うしてみせる!
藪をかき分け、小川を飛び越えて。
私はひたすら北を目指した。
◇
こうして私は住み慣れた(?)洞穴を出て旅立った。
長い旅になるのは分かっていたが、森での暮らしは少し慣れてきている。
木の実で食料を確保しながら、見つけたウサギや山鳥などを霊珠の力で狩りながら、森を駆け抜けた。
旅暮らしである以上、洞穴のような拠点は作れない。
大木の木のうろだとか、根本などで雨風をしのぎながら野宿を続けた。
『暖』があるから寒さは平気だったが、虫がたかってきたり魔物の気配が通り過ぎたりして、気の休まる暇はなかった。
「よく考えたら、あの猟師に頼んでお祖父様の家へ連れて行ってもらえばよかったかも」
途中でそう気づいたが、後の祭りである。
あの時は王都を離れたい一心で判断ミスをしてしまった。ため息しか出ない。
霊珠を貯めつつ、いくつかの実験もした。
いつぞやの『暖』を握りながら川に入って、『乾』を使うのも成功した。
おかげで今の私は、薄汚れた状態から多少マシなところをキープしている。
汚れるのは見た目も嫌だが、病気に直結する。清潔は大事。
そうした旅を続けること、約一ヶ月。
日数を忘れないように拾った枝に一日ごとに印をつけて、それが三十個になった頃。
その頃には徐々に秋が深まり、また北に進んでいることから寒気が強まっていった。
「そろそろ街道に出たいんだけど……森が終わらない」
ある日の朝、朝もやの中にどこまでも目の前に広がっている森を見て、私はため息をついた。
方角だけは慎重に確かめているので、北へ向かっているのは間違っていない。
しかしよく考えれば、森のどちらの方向に街道があるのかも分かっていないのだ。
「あの時の猟師さんに街道まで連れて行ってもらって、そこで北へ向かえば良かったかなあ」
後悔先立たずだ。
とはいえあの時点で街道に出たら、実家の捜索に引っかかる可能性があった。判断の是非はできない。もはや仕方がない。
「んー、寒い」
私はぶるりと身を震わせた。
最近は夜だけでなく、真昼以外はだいぶ冷えるようになった。
これは今のうちに木の実やお肉を蓄えるなどして、冬を越せるよう準備するべきかもしれない。
ここのところは移動続きで、あの洞穴のような拠点は作っていなかった。
旅の疲れも溜まっているし、ここらで小休止しようか。
こうして私は少しだけ旅の足を止めることにした。
ここでの滞在が新しい出会いのきっかけになると、まだ知らずに。