作品タイトル不明
11:お肉、お肉
私ことプリムローズは、今は十歳の少女である。
つまり食べ盛り、育ち盛りの子供なわけだ。
森に入ってからずっと果物ばかりを食べてきたが、いい加減飽きてきた。あと力が出ない感じもあった。
ここはしっかりタンパク質を採りたいではないか。
前世の職業は食肉加工工場の従業員だった。
主に扱っていたのはブロイラーだが、お肉の扱いは全体的に自信がある。
血とか臓物も平気です。
ちなみに前世の職場では、定期的に「ブロイラー捌きコンテスト」が開催されていた。
いかに素早くきれいに美しく、ニワトリをお肉に解体する腕を競うものだ。
私は入賞者の常連だった。ドヤァ。
「いやしかし、でっかいなあ」
前世でイノシシを間近に見たことがなかったので、私は思わず感心してしまった。
頭を落としたというのに、かなりの大きさだ。体重百キログラムは軽く超えていそうである。
さて、なるべく素早く捌いてお肉にしなければならない。
いつまでも血の匂いをぷんぷんさせておくと、もっと怖い魔物が寄ってくるかもしれないし。
どう捌くか考えながら何気なく毛皮を触ると。
「うひぃっ!?」
ノミみたいな小さい虫がたくさんピョンピョン飛び出てきて、私は思わず後ずさった。
『速』の霊珠をまだ握っていたので、素早く避けて虫がくっつくことはなかった。
よく見ればダニみたいな虫もいる。
「ああ、そうか。野生の動物なり魔物なりには虫がいるんだ」
前世で一番馴染み深かった野生動物は、エゾシカだった。
あれも食肉加工する際は、毛皮の虫をしっかり落とすと聞いたことがある。
「どうするかな」
ここは川が目の前にある。
川の水に漬ければいいかな?
しかしイノシシは頭を落としてもなお巨体である。少女の腕ではちょっとの距離も運べない。
「んー」
考えた結果、肉を細切れにすることにした。
ロスは増えてしまうが仕方ない。ろくな設備がない以上、ノミに噛まれる危険は犯したくないし。
「もう一回、もう少しだけ大きくなって」
『硬』と一緒に握っている『刃』に向かって念じてみると、ちゃんと反応があった。
最初は勝手が分からず伸びたり縮んだりしたが、やがてちょうどいい感じの大きさになる。剣道の竹刀くらいの大きさである。
その『刃』でイノシシを切ると、手応えが全くないままに肉も骨も切れた。
「すごい切れ味」
間違って自分の指や足を切らないようにしないと。血の惨劇になってしまう。
長い刃を活かして毛皮を剥がす。毛皮をよけようとしたのだが、刃は切れすぎて刃を当てると全部切れてしまった。
包丁の腹みたいな場所もないらしい。なんだよこれ。
手袋も手洗い石鹸もないので、できれば生肉には触りたくない。どんな寄生虫やバイキンがいるか分かったものではない。
私は近くの木から、割合に大きい葉っぱを何枚か切り離した。
見事な肉塊になった元・イノシシから、ロースやモモなどの良い部位の肉を切り分け、葉っぱに包む。
焼いて食べることになるから、五ミリから一センチ程度にスライスしておいた。
「うん。とりあえずこのくらいで」
内臓などはやっぱり寄生虫が怖いので、触らないでおく。
その後はまた肉を切り刻む。
太めの木の枝を切ってきて、それに引っ掛けるような形で小さな毛皮と肉塊を川へと流した。
細切れになったそれらは、どんぶらこ、どんぶらこと流れていく。
近くに転がっていた大きな頭も、虫にたかられないよう注意しつつ川に転げ落とした。
ごめんね川の下流の人、いきなりのスプラッタ・イノシシ三昧で。
「で、この『刃』はどうしよう」
私は拳を開いて、『刃』と『硬』の霊珠を見る。
手を開いたおかげで二つの霊珠が少し離れた。
と。
パキッ。
「あれ……」
途端に『刃』が砕けて、ミニサイズにしておいた刃も消えてしまった。
『硬』はまだ残っている。
「形容詞の霊珠にくっつけておけば、名詞の霊珠もすぐには消えない?」
そういえば、いくら『刃』といえどあの切れ味は良すぎる気がする。
仮に『硬』の効果が上乗せされていたとしたら、納得できるかも?
「私の能力なのに、まだまだ謎が多いなあ」
試せば試すほど不思議が増えてしまう。
「まあいいか。とりあえず今日は焼肉パーティだ!」
私は生肉部分を触らないよう気をつけながら、葉っぱに包んだお肉を持ち上げた。
◇
洞穴の我が家の前には、ここ何日かで集めた枯れ枝がたくさん積んである。
火打ち石の着火は上手くいかなかったけど、そのうち霊珠で火を点けられないかと思って準備しておいたのだ。
「残り霊珠はあと二つだけ」
先ほど思い切りよく三つも使ってしまったので、在庫は残り少ない。
今日の夜用の『暖』が必要だが、寝る前までには新しい霊珠を追加できるはず。
だからあと一つは使ってしまっても問題ない。
数日前に雨が降って以来、晴れと曇りが続いている。
枯れ枝はいい感じに乾燥が進んでいた。
時間はちょうどお昼時。
いい具合にお腹が減る頃合いである。
葉っぱに包んだお肉は、ざっと七、八キログラムほどはある。一度に食べ切るには多すぎる量だ。
「とりあえず、食べられるだけ焼いちゃう!」
そのためには火を準備しないといけない。
私は霊珠を取り出して、『火』の文字を刻んだ。
(『火』は名詞になるのかな? よく分からない)
たとえすぐに消えてしまっても良いように、『火』の霊珠を組んだ枯れ枝の中に放り込む。
ボッ!
すぐに赤い炎が生まれた。
勢いよく燃え盛る炎は枯れ枝に燃え移って、ごうごうと音を立てた。
「おお?」
枯れ枝が燃える中に『火』の文字が見えて、少ししたら消えた。
文字は消えたが炎は残っている。
どうやら霊珠としての火は消えても、他のものに燃え移れば残るようだ?
「よしよし、結果オーライ。焼くぞー!」
私はいそいそと木の枝に肉を突き刺して、焚き火となった枯れ枝の火で炙った。
肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。思わず唾を飲み込んだ。
かぶりつけば、肉汁がじゅわっとあふれてくる。
塩を振ったわけじゃないので、味付けはされていない。
それでも肉本来の味わいが口いっぱいに広がって、思わず笑顔になった。
(ああ、美味しい。あの子たちにも食べさせてあげたかったなあ……)
思い浮かぶのは前世の娘と息子たちだ。
シングルマザーでお給料も少なかったため、子供たちには苦労させてしまった。
そして最後には私が事故死して、どれだけ悲しませたことか……。
もしもイノシシのお肉をお腹いっぱい食べさせたら、あの子たちは何と言っただろうか。
お母さんが狩ってきたのよ! と言っても信じないだろうな。
どんなハンターだよ、ゲームじゃないんだから! と笑われるのがオチだ。
可笑しくて、懐かしくて。肉を噛みちぎりながら、涙がじわりと滲んできた。
「美味しい。生きているって、実感できる」
必ず生き抜かなければ。
二度と半端な死に方はしたくない。
前世の子供たちにはもう会えないけれど。
新しく生まれ変わったこの命を、粗末にはしたくない。
「美味しい……」
このイノシシも、きっと生きたかった。
襲いかかってきたのは子供を守るためだ。
だから無駄にはしない。
パチパチと炎が爆ぜる音がする。
私は涙をこぼしながら、美味しいお肉を食べ続けた。