作品タイトル不明
第115話 特別講師
グレンバーレルに条件付きでサインを貰うことができ、意気揚々と騎士団団長の執務室に戻ってきました。
ですが、レクスの姿が見えません。
はぁ、やっぱりグレンバーレルが言い過ぎたのですよ。あそこまで他の組織の団長に言われるなんて屈辱的だと思うのです。
定時まで仕事をしていたものの、レクスは戻ってくることなく、この後予定があるため、私は置き手紙をして今日の仕事を終えることにしました。
職務放棄とかではないですよね?
宿舎に剣を取りに戻ったところで、 肉々(憎々) しい壁にぶつかってしまいました。
「毎回、やめてほしいのですけど」
私は谷間から赤い髪の女性を見上げます。
「マルトレディル君が可愛いからよ」
「可愛いは褒め言葉ではないです」
「そう?」
私は弟のアルバートとしてここにいるのです。可愛いは褒め言葉にはなりません。
「私としては褒め言葉なのだけど、あと丁度メイド君を連れてきたのよ」
解放された私は、メリッサさんの背後に視線を向けます。
メイドですね。
え? このメイドの格好をわざわざさせたのですか?
不機嫌を隠すこともなく、イライラした感じの黒髪の見習い騎士がいます。格好はメイドですけどね。
「この格好でなくてもよかったのですが?」
「あら? メイドの姿でも戦えるようにするべきだと私は思うのよ」
無意味とは言いませんが、本人の不服感が凄いので、基礎訓練は隊服でいいと思います。
「それは基礎訓練ができてからでいいと思います」
「そうなの? 私は戦うメイドっていいと思うのよ?」
メリッサさん、スカートって意外と足に絡まって上手くさばかないと、動きを阻害するのです。
ドレスで戦うなんて、足首が折れるかと思いましたよ。あ、あれは足に凶器がつけられていたからでした。
「ファングラン見習い騎士。隊服に着替えてきてください。あと今日は剣は帯剣しなくて構いません」
「何故、貴様の言うことを聞かなければならない」
私の言うことを聞くのがいやという感じですか。しかし、これは手を打っています。
「ファングラン見習い騎士の指導者は、グレンバーレル魔導師団長です」
「は?」
「え? ……ええ〜!」
これがグレンバーレルに提示した条件です。
血族の魔法が使えないと思い込んでいる騎士に魔法を教えてみないかと。
自分自身で実証してみないかと言ったのです。
そう、ファングランの血族の魔法が使えないデュークアルベルト・ファングランに魔法を教えてみないかと。
「なので、剣は必要ありません」
「ちょっと待って! マルトレディル君! あの魔導師団長が?」
「はい。ファングラン公爵家の方に私が基礎を教えるなど烏滸がましいですよね? ですから特別講師を用意しました」
何かと私に突っかかっているファングラン公爵家の坊っちゃんに、私が教えると言っても反感を買うだけです。
これはフェリランのときに散々言われたことです。
女のクセに隊をまとめる能力があるのかと。
あのときは、背負うものなどありませんでしたから、力ずくで言うことを聞かせました。
しかし今の私はアルバートなので、流石にファングラン公爵家の坊っちゃんをぶん殴って訓練に来いというのは、後々問題になるので使えるものを使いました。
「これはエレアちゃんの言っていたことは本当ということなの?」
騎士リエグリスが言っていたこと? あの鷹の目の能力を持つ女性騎士ですよね?
……は!
「メリッサさん。それはないです」
「え? マルトレディル君がモテモテということだから、別に隠さなくてもいいのよ?」
今日の訓練が楽しみねと言いながら、去っていくメリッサさん。
絶対に勘違いしているではないですか!
「おい、本当にあのグレンバーレル魔導師団長がくるのか?」
メイド君が赤い瞳で睨んできましたが、これは嘘だろうと思われているのでしょうか?
「はい。取引したので、来ると思いますよ」
「わかった」
おや? ファングラン公爵家の坊っちゃんは、いつものように突っかからずに、踵を返して私に背を向けて去っていきました。
これはやはり、私が教えると言わなくて良かったということなのでしょうね。
そして、私は自分の基礎訓練を行うために、訓練場に向かったのでした。
……騎士団本部の訓練場は広いです。それは、本部に詰めている部隊が複数あるためと、団長直属の部隊の訓練に使用するためです。
ですから、時間外の使用は団長直属の部隊であれば申請しなくても使えます。
その訓練場が、見るに無惨なほどにボコボコになっているではないですか!
土煙が立ち上る訓練場の中央には、白い隊服を身につけた人物が立っています。
いいえ、正確には上着を脱いで剣をふるっている人物ですね。
「はぁ〜、これ絶対にグレンバーレルのせいですよね」
「私のせいにしないでいただきたいものです」
私の背後から聞こえるグレンバーレルの声に反応するように、幽鬼のように剣を振るっていたレクスが、こちらを見ました。
そして、異様な覇気をまとってこちらに来るレクス。
「魔導師団長。ご指南を願いたい」
「無駄の極みです」