軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

湖の洗礼

四聖が決まったことで洗礼を受けることになった。

洗礼を受けると聖なる力が飛躍的に上がり、結界、浄化、治癒、豊穣、四つのうちのどの巫女になるかが決定される。

場所は例の湖だ。

神官長が告げる。

「それではまず、アロマ様から入水していただきます」

入水といってもこの湖は、感触は確かに水だが離れるとどこも濡れていないという、まさに神秘の宝庫。だから人前でビショビショのあられもない姿を晒すことはないのだが、なぜかアロマは躊躇した。

儀式で四位だったアロマは小柄でかわいらしい侯爵令嬢だ。唯一残ったカトリーナのとりまきだが、彼女はいつも塊の後ろで大人しくしており、アリーヤは話したことがない。

「どうしました?アロマ様」

「あの、この湖の水はとても冷たくて」

「ですが洗礼を受けるには湖の中央まで行く必要があります」

神官長の言葉にアロマはゴクンと唾を飲み、緊張した様子で足を湖に浸けた。

だが。

「つ、冷たすぎます!」

両足首が浸かったところで悲鳴を上げた。

神官長が困った顔をする。

「この湖は聖なる力が強いほど心地よく感じるのです。アロマ様は少々力が足りないようですね」

アロマは涙目になっている。神官長も眉を下げて、今度はシシリーを見た。

「ではシシリー様、よろしいですか」

アロマと代わり、湖に入っていくシシリーの後ろ姿をアリーヤはじっと見つめた。なぜならカインがシシリーも力を隠していると言っていたからだ。

理由がわからないだけに気になる存在だった。

シシリーは腿のあたりまで進んだのだがそれより先に行くことはできないようだ。

「申し訳ないが私もこれ以上は難しい」

「そうですか。ではカトリーナ様、お願いします」

「わかりましたわ」

カトリーナはハニーブロンドをふわっと払った後、アリーヤを睨み付けるのを忘れない。アリーヤのトップ通過がよほど気に入らないようで、儀式以降こうして冷たい視線をぶつけてくるようになった。

そんなカトリーナだったが膝下あたりで止まってしまった。ガチガチと震えだしているがギブアップはしたくないようだ。

「カトリーナ様、無理をしてもあまり意味はありませんよ」

神官長に言われて悔しそうに唇を噛みながら湖から出てきた。

やはりといっては何だが、カトリーナよりシシリーの方が力が上のようだ。

「ではアリーヤ様、どうぞ」

「はい」

手で触ったときは気持ちよかった。入水となるとどうだろうと思ったが。

ーーあ、やっぱり気持ちいい

ぬるま湯の心地よさがある。そのままどんどん進んでいくたび、それが強くなる。

ーーなんか、全身つけてみたくなるわね

その思いのままズブンと全身を浸らせた。

すると自然に体が浮いてきて、まるでベッドの上で寝転んでいるかのように仰向けの状態になった。それならと目を閉じると、真綿で包み込まれている感覚に陥っていく。その絶妙な感覚がなんともいえない。

ーーなにこれ。最高に気持ちいい

ゆらゆら、ふわふわ、揺らされるのが心地よい。このまま眠ってしまいそうだった。これぞまさに極上のひととき。

このままもう少しだけ、そう思った。

「………様!……ヤ様!起きてください!アリーヤ様!」

誰かが叫んでいる声が聞こえ、アリーヤはうっすら目を開ける。

「アリーヤ様!寝るのはまたにしてください!今日は洗礼を受けてほしいのです!アリーヤ様!」

「あ。あれ?神官長?」

「ああ、やっと起きましたね。アナスタシア様もよくお眠りになっていましたが、あなたもですか」

「え?私、寝てました?」

クスクス笑っているカインと苦笑する神官長。目を丸くしているアロマに、楽しそうに口角を上げているシシリー、真っ赤な顔で睨み付けてくるカトリーナが見える。

「眠ってしまうほど心地よく感じるのは力が強い証拠です。大変喜ばしいことですが、まずは洗礼を。そのまま中央まで行って誓いの言葉を唱えてください」

そういえば洗礼の途中だったと思い出し、言われたとおり中央に進んだ。

「我ら至高の女神セイレーン様に祈りを捧げます。どうぞ我に力をお与えください」

すると湖の水が眩い金色に輝きだした。その光はアリーヤまでも包み込んでいる。

びっくりしていると神官達の「おおーーっ!」というどよめきと、神官長の弾んだ声が聞こえた。

「おめでとうございます!アリーヤ様は結界の巫女に選ばれました!」

「あ、結界ですか?」

「はい、この金色の光は紛れもなく結界の巫女の証です。力もずいぶん上がったでしょう?」

言われてみれば以前よりも数倍の力を感じることができる。元々の力も強かったが比較にならないほど体内で漲っているのがわかり、これが四聖の力かとアリーヤは両手の平を見つめた。

「それでは結界を意識して祈りを捧げてください」

アリーヤは目を閉じた。

すると頭の中にじわじわと情景が浮かび上がり、大陸が鮮明に映し出された。そこに先代の巫女が張った結界の残滓を見つける。その残滓をなぞるように大陸全体を覆うことに意識を集中した。

自然と言葉が溢れ落ちる。

「我、結界の巫女となり。全身全霊を以てこの力を捧ぐ」

その瞬間アリーヤを包んでいた金の光が花吹雪のように周りに散りだした。無数に舞い散る光は強く激しくなっていき、辺り一面すべてを金色に変えてしまう。儀式のときに放った白い光とは比べものにならないほど強い光だ。

一面を覆っていたその光は一気に天に向かって吸い込まれるように流れていき、やがて大陸中に結界が張り巡らされたことを感じ取った。

時間にしたら一瞬だっただろう。だがあまりにも強烈すぎたため、誰もがただ黙って光を見送った。

静まり返っていたその場は一呼吸おいて、神官達の歓声と拍手に包まれていく。

ぼうっと空を眺めていたアリーヤだったが、神官長に声をかけられて我に返った。

「お疲れ様でした、アリーヤ様」

「結界が……」

「ええ。完璧な結界で覆うことができましたね。あなたのお力ですよ」

いまいち実感が湧かないが、結界からは確かにアリーヤの力を感じる。

「アリーヤ様、素晴らしい光でしたね」

「ええ!本当に素敵で!わたくし感動してしまいました!」

「私もだ!思わず魅入ってしまった!」

湖から上がったアリーヤに、カイン、アロマ、シシリーが口々に褒め称えてくれる。周りからも拍手喝采だ。

「それにしてもいきなりあれほどの光を放つとはさすがですね。力の強かった先代の結界の巫女様でさえ、最初から全土を覆うことはできませんでした。いえ、過去誰も成し得ていないでしょう。本当に素晴らしい」

空を眺めて目を細めていた神官長は、姿勢を正してアリーヤに向いた。

「アリーヤ様。結界の巫女就任、おめでとうございます。どうぞこれからも、この大陸の平和のためにお力をお貸しください」

両手を胸に交差しておき、ゆっくり頭を下げた。神官の最上礼である。それに合わせて、その場にいた神官全員がアリーヤに向けて同じ礼をとった。

シシリーとアロマは笑顔で拍手を送ってくれて、そんな扱いに慣れていないアリーヤはえへへと照れた。

だからアリーヤは気付かなかった。

少し離れた場所で、カトリーナだけが手を強く握りしめていたことに。