作品タイトル不明
漁村の朝食とお土産
翌朝
「うっ?」
物音で目を覚ますと、まだ日の出にも遠い時間だった。
湖が近いからか……厳しい冷え込みを堪え、最低限の身支度を整えて部屋を出る。
音の元は先の調理場のようだ。
「おはようございます」
「あら! おはよう」
「起こしちゃったかい?」
調理場ではメイさんとお袋さんの2人が、竈の火と小さなロウソクの僅かな明かりで料理をしていた。
「昨日早く休ませていただいたので、しっかり休めました。朝ごはんの用意、良ければ手伝わせてください」
「あらま。うちのバカ息子たちにも見習ってほしいわ」
「じゃあせっかくだし……井戸の場所は分かるかい? 分かるなら水を汲んでこの壷に溜めておいてほしいんだけど」
メイさんが見せてくれた壷は、俺の身長と同じくらいの深く大きい物だ。
井戸の場所は分かるけど、これくらいなら……
「それなら『ウォーター』」
「リョウマ君、魔法を使えるのかい」
「はい。そういえば昨日は名前くらいしか話してませんでしたね……っと、これでどうでしょう?」
「十分だよ。次は……これとこれでこれをすり潰してもらえるかい?」
渡された道具はすり鉢とすりこぎ。そしてすり潰すものは、
「 山葵(わさび) ?」
形は完全に山葵なのだが、色が黄色だ。
「ワサビ? “ホラス”をリョウマ君の地元じゃそう呼ぶのかい? 昨日も“ミズグモ”をカニとか呼んでいたし」
ホラス……と聞いて頭に浮かぶ薬草知識。
水が綺麗で浅い川や泥の中で育ち、独特の辛味がある。
殺菌効果が高く、虫下しの薬としても使われる薬草。
まったく同じではないけれど、
「おそらくかなり似た植物だと思います。これをどの程度すり潰せば?」
「形が完全になくなるくらい頼むよ。注ぎ足すスープに使うからね」
「分かりました」
昨日のスープの辛味はこれか! と納得しつつ、作業に入る。
葉の部分を取り除き、水でさっと汚れを流した根を細切れにしてすり鉢へ投入。
何度か押すように全体を潰してから、さらにすり潰していく。
言われるがままにやっているが、改めて見ると結構な量だ。
しかしこの刺激のある独特な香り……
「ちなみにこれとお魚を生で食べる料理ってこの辺にありますか?」
「そういう食べ方をする人もいなくはないけど、腹の中で悪さをする虫もいるからね。特に今の時期はやめておいた方がいいよ」
非常に残念だが、現地の人のアドバイスには従うべきだろう。
それに加熱調理や加工された食品なら寄生虫の心配はないそうなので、滞在中はそちらを楽しませてもらうことにしよう。
そう考えて思い出す。
昨日渡すはずのお土産を渡していなかった。
「お土産って、私達にかい?」
「はい。ちょっと失礼しますね」
一度部屋に戻り、ディメンションホームを使用。今や体育館よりも広くなった内部の一角で、最近仲間になったクレバーチキンの生活スペースへ向かう。
「コケーッ! コケーッ!」
俺に気づいた1羽が大きく鳴くと、身を寄せ合っていた群れから黒い雛が飛び出てくる。
『おはようございます兄貴! 今日は早いですね!』
「おはよう“コハク”。予定より早いけど、今日の分用意してもらえるか?」
『それならもう用意してありますんで、大丈夫です』
この群れのボスであり、唯一の上位種。ジーニアスチキンの“コハク”がいやらしいもみ手をしながら向かっていく先には、布を敷いた籠がいくつか並び、そのうちの2つに卵が山積みになっていた。
「じゃあ今日も貰っていくぞ。検品が終わったら今日の分の食事を用意するから」
『はい! 今日も食料箱の前で待ってます』
初対面の高圧的な態度が見る影もなくなったコハクの見送りを受けて、俺は卵の入った籠をそっと抱えてスライム達の生活スペースへ移動。受け取った卵は合体してビッグになったクリーナースライムに洗浄してもらいながら、割れた卵がないかを確認する。
せっかく布を敷いた籠をいくつも用意しているのに、2つだけしか使わずに山積みにしていることからも分かるが、クレバーチキンは自分が生んだ卵に頓着しない。もちろん囮用で子供が生まれない無精卵に限ってのことだけれど、扱いが雑なのだ。
ビッグクリーナースライムが触手のように伸ばしたからだの先から、1つずつ丁寧に体に取り込んでは反対側に用意した籠に並べていく様子を眺めていると、ため息が出る。
クレバーチキン達とは今でこそビジネス的な関係に落ち着いたが、仲間にした当初はなかなかに酷かった……餌についてはプロである前の飼い主が与えていた内容をサイオンジ商会の担当者が世話のために聞いていて、それと同じものを用意したので不満は出なかったが、問題は住処。
連れ帰った廃鉱山で放し飼いの場所を相談していると、意思疎通のために全員と契約したのも悪かったのか、あれやこれやと好き放題に要求をしてくる。
そして最終的な決定は“しばらくディメンションホームの中で生活する”というもので、その理由は“外が冬で寒いから”。俺が餌を用意するので、自分たちで外に行きミミズや虫を食べるよりも、寒くない室内に居座ってゴロゴロして生活することにしたらしい。
なお、その際“どこか暖かいところに行って自分達を外に出せ”、“自分達に代わって渡り鳥のように季節に合わせて移動しろ”などという声も上がっていたが拒否した。
その後もディメンションホームで生活するのはいいが、リムールバードやスライム達といった先住民の存在から、その生活スペースの大きさの違いなどにも不満を漏らしている。
しかし現在、彼らの中での格付けは、
俺 > リムールバード > スライム達 > コハク(リーダー) > 自分達
となっているようだ。
というか、こうなるように努力した。
特にスライム達を認めさせるまでに、何度スライムの津波で連中を押し流したか……
リムールバード相手にはあまり絡まないのだけれど(飛べないのがコンプレックス?)、スライム達は“美味しくもない餌の一種”くらいの認識だったので、だいぶ時間がかかった。
最終的に1対1の代表戦で、スティッキースライムに棒でボコボコにされた1羽が出てからは黙ったけど……あれでもダメなら檻か肉しかなかったなぁ……
なおボコボコにされた1羽は怪我をしたからと休暇(卵を産まない日)をくれと言い出すくらいには元気でしぶとかったので、しっかりと回復魔法で傷を治した後に休暇申請は却下した。
ぶっちゃけ今は生後数ヶ月の雛なのにあの群れをまとめていたコハクをかなり尊敬、そして頼りにしている。申し訳ないがクレバーチキン達とは従魔術師として、能力的な相性は良くても性格的な相性がイマイチなようだ。意思の疎通もできるけど、いまいちハッキリしない。
この件についてテイマーギルドで支部長に相談してみたところ、どちらかといえば従魔との意思疎通や関係構築に悩む方が普通であり、これまでのように何の問題もなく従魔と意思疎通ができて、お願いしたらすんなり指示を聞いてくれる方が珍しいらしい。
だから普通の従魔術師には飴と鞭を使い分け、動物と同じように調教を行う人も多くいるとのこと。考えてみれば、相手は生き物なのだから当然である。
俺はこれまで相性が良く、知性の高いリムールバードや従順で初心者向けとも言われるスライム系だけが従魔だったから、そういう経験が無かったのだろう。
勉強と考えれば、クレバーチキンも良い経験かもしれない。
コハクが緩衝材として間に入ってくれるし、卵が週5で大量に手に入るメリットは大きい。
あと卵に興味を示したポイズンスライムやアシッドスライムもいるし……おっ?
俺の足にビッグクリーナースライムが触れた。
考えているうちに卵の洗浄が終わっていたようだ。
「ありがとう」
さて今日残ったのは……52個か。で、割れたのが8個ね。
数の確認後、残りをいくつか鑑定。食用に問題なし。
割れた卵は卵に興味を示したスライムにあげて、割れていない方を回収。
最後にクレバーチキン達の餌箱に用意してある餌を入れに行く。
『お疲れ様です。どうでしたか?』
「60個中8個割れてた」
『あちゃぁ……山積みをやめさせないとダメですね』
「まぁ最初に比べたらだいぶマシだけどな」
クレバーチキン達との契約では卵を週5、1日60個納めることになっている。
26羽の群れの内、卵を産める大人の鳥が20羽なので丁度1羽につき3個。
「卵の扱いは長い目で見ても良いけど、衛生面と雛については頼むぞ」
『だいじょうぶです。毎日スカベンジャー先輩に巣の掃除、クリーナー先輩に体の洗浄を受けることについて文句は出てませんし、許しません。雛の教育についても分かってます』
衛生管理は単純にディメンションホーム内の環境整備と病気の防止で、リムールバードも受けている。
雛については、あれだ、次の世代に向けて。
成長しきったクレバーチキンはもう手の施しようがないけれど、コハクと同じ雛の5羽には未来がある。わがままも言うけれど、他の大人よりはマシ。良くも悪くも、まだ何もわかっていない状態だ。教育次第ではチャンスがあると信じたい。
「頼むぞ。俺もできるだけ協力するから」
『全力で教育します。こっちも味方を増やしたいんで』
瞳に決意の炎を燃やしているコハクに別れを告げて、ディメンションホームを後にする。
そして新鮮な卵とともに、朝食の準備に戻った。
そして朝食が完成。
本日のメニューは、まず昨夜と同じ辛子スープ。
この地域の味噌汁のような扱いで、今日の具は昨日の残りのカニの身と、俺が提供した卵。
そしてもう一品はなんと、森の中で生活していた頃によく食べていた“コツブヤリクサ”で作られた薄焼きパン。沢庵のような野菜の漬物もついている。
漁村の朝は早い。
そのため朝は手早く食べられるスープ+腹持ちの良い1品が基本になるそうだ。
「おっ! なんだ? 今朝はやけに豪勢だな」
「鳥の卵なんてどうしたのさ?」
「リョウマ君がお土産にってくれたんだよ。空間魔法で鶏を飼ってるんだと」
「用意まで手伝ってくれて、あんたらもちっとは見習ったらどうだい」
起きてきたカイさん達は姉の言葉など気にもせず、スープを見て目を輝かせている。
喜んでもらえたようで、渡した俺としても満足である。
「感謝する……」
「? あ、どういたしまして」
親父さんがボソッと呟いたので何かと思えば目が合って、俺への礼だと分かった。
彼はそのまま器を手に取り食事を始める。
低血圧なのだろうか……昨日と様子がぜんぜん違う。
「ごめんなさいね。うちの人、お酒が入らないとほとんど喋らないから。飯、酒、寝る、とかね」
「そうなんですか」
昨日聞いた気もするが、ここまでとは思わなかった。
「怒ってるとかじゃないから気にしないで、リョウマ君も食べちゃいなさい」
お袋さんはそう言いながら、コツブヤリクサのパンをドサッと皿に盛ってくる。
親父さんが食べ始めたからか、カイさんたちも食事を始めた。俺もいただこう。
……うん、美味い。コツブヤリクサのパンには独特の風味があるのだけれど、この辛子のスープに漬けて汁を吸わせるとまったく気にならない。むしろ良いアクセントかもしれない。
しかし……なんだろう?
このスープはどこか懐かしいというか、何かを思い出しそうだ……
「どうしたんだい? 変な顔をしているけど、美味しくなかったかい?」
おっと、お袋さんが不安そうにこちらを見ている。
「考え事をしていただけですよ。このスープの味が昔食べた何かに似ている気がして……でもそれが思い出せないんです」
「なんだ、そうだったのかい」
ホッとしているお袋さん。
誤解が解けたようで良かった。
時間もなさそうだし、考え事は後にして早く食べてしまおう。
皆さん結構食べるのが早いし、今日からマッドサラマンダーを相手にする。
準備は万全にしておかなければ!