軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最後の夜

翌日

華々しい祭りから一夜が明け、ギムルの街は日常へと戻りつつあった。

街角には祭りの飾り付けがところどころに残っているが、それも今日明日のうちにはさっぱり片付いてしまうだろう。他所から来た出店はほとんどが店をたたんでいるし、既に街をでた一団もあるようだ。

「祭りを目当てに来た観光客も続々と帰路についているだろうから、南門は大変だろうな」

俺が通った北門の門番は、そんな風にのんきな事を言っていた。

そして俺は……

「このパーツは再利用するから!」

「了解! 分けておきます!」

セムロイド一座の大道具担当に指示を受けつつ、舞台の解体作業中である。

俺も建築作業は得意な方だけれど、舞台や関連設備となると勝手が違うので、この機会に勉強させてもらうことにした。解体だけでもある程度の構造は理解できる。

「すみません、このねじのような柱は?」

「それは舞台装置だから再利用。使い方はあの下の取っ手を回して、上に乗せた人や物をせり上げていくんだ。今回は使わなかったけどね」

「なるほど」

外からは見えない隠された装置などがあり、なかなか面白い。

「店長」

「ドルチェさん? どうされました?」

「警備隊の方が、先日の石鹸盗難の件でいらしてます」

「分かりました。すみません」

「聞こえたよ。こっちはいいから行っといで」

「ありがとうございます」

ドルチェさんと共に店へ戻る道すがら、多くのお客様とすれ違った。

祭りで散々働いた翌日だけれど、うちの店は通常営業。

一日休みを入れたらどうかと思ったのだが、主婦の方々が“準備期間の忙しさで洗濯物を溜めてしまった”“準備や片づけで服が汚れる”と話していたので、需要があると見て通常通り営業することになった。代わりに今夜は以前の懇親会のように、慰労会を開く予定だ。

しかしこの目論見自体は正しかったようで、朝の時点で普段の2割増しのお客様が列を作っていた。しかもその中には、昨日知り合ったばかりのアーノルドさんが混ざっていた。なんでも創立祭は毎年行われる祭りなので、飾り付けに使われる飾り布や旗などは使いまわしているのだそうだ。

例年は保管の前に担当者が廃棄と使いまわせる物の分別や洗濯を行っていたのだが、今年は費用と効率を考えてうちの店の利用を検討しているらしい。そのために自分の衣類で試しに来ていた。

結果はまだ分からないが、もしかすると予想外の大口契約が舞い込んでくるかもしれない。

「失礼します」

さて、面会だ。

応接室に入ると、男性警備隊員がソファーから腰を上げる。

形式に沿った挨拶をして、早速本題へ。

「先日被害届の出ていた石鹸の盗難ですが、犯人が捕まりました。こちらで間違いありませんか?」

横に置かれた包みから、設置していた石鹸がネットごと取り出される。

本当に捕まったのか。こう言っては一生懸命捜査してくれた方々に悪いが、盗品は戻ってこないものだと思っていた。

「戻らない場合ももちろんありますよ。この石鹸を盗んだ犯人はスリもやらかしていまして、それで昨日捕まったんです。そして宿泊先から荷物を押収したところ、これが出てきました。被害届が出ていたので問い詰めたところ、犯行を認めました」

運がよかった。後でガインたちに祈ろう。

と思っていると、盗品の確認と返却の証明書にサインを求められたので、内容を確かめてからサインをする。

「……はい、確かに。ありがとうございました」

彼は笑顔で書類を受け取り、そのまま急ぎ足で帰っていった。

どうやら警備隊もなかなかに忙しいらしい。

「フン、フ、フ~ン」

警備隊の方を表まで見送った後、店の奥で荷物を運びながら鼻歌を歌うフィーナさんを見かけた。

「ごきげんですね」

「ひゃっ!? て、店長。いつの間に」

「今ですよ。警備隊の方が帰られたので」

「ああ、さっきの……」

「驚かしちゃいました?」

「少し……聴いてました?」

「プレナンスさんの曲でしたね」

顔が赤くなった。なかなか上手だったし、あまり気にすることではないと思うけど……それより何かいい事でもあったのだろうか?

「あっ、そうです。聞いてください店長。実はさっき接客を担当してたらですね、麦茶はもう売らないの? ってお客様がたくさんいらしたんですよ。昨日の出店で美味しかったって」

ほう……そんな事が。

「これまでずっと売れなかった麦で作ったお茶を美味しいって言ってもらえて、なんかうれしくなっちゃって」

それが出稼ぎの理由だったもんな……でもそういうことなら、麦茶を作って売ってみたらどうだろうか?

「このお店でですか?」

「フィーナさんの村でですよ。麦としては売れなくても、何か別の加工食品にして売るとか」

加工して売るとしても何に加工するのか、売れるものが作れるのかという問題はあるだろうけど、今回は麦茶が欲しいという人がもう問い合わせをしてきている状態。つまりわずかでも需要はあるのだ。

ちなみに昨夜の集計では、飲み物の出店の売り上げは7割を麦茶が占めていた。1杯だけでなく何度も購入してくれるリピーターもいたらしい。

たった2日の販売でそれなのだから、適切な方法で売り込みをしていけば、もっと欲しいといってくれる人が増えるかもしれない。

村では原料となる麦の栽培。そして茶葉への加工。この2つだけ行って他所へ売り出せば良いのではないだろうか? 実現すれば多少なりとも無駄になる麦は減るだろうし、村の現金収入も増えるだろう。

必要であれば俺がピオロさんへの紹介状を書くこともできる。祭りで売った麦茶は彼女達の村で栽培された大麦をここで焙煎して作ったものだ。彼女たちの村でも作れるだろうし、そこにサイオンジ商会の協力があれば……うん、なんだかいけそうな気がする。

皮算用になるかもしれないけれど、可能性はゼロではないと思う。

「麦の収穫量とかいろいろ考えなければならないこと、やらなければならない事は出てくるでしょうけどね」

「村では毎年、病気対策に数種類の麦を植えてます。大麦は全体の3割ですけど、来年以降ならもっと増やすこともできるはずです。でも本当に村で売っても?」

「前にも誰かにこんなこと言った気がしますが……考えはしても、僕が自分でやろうと思ったら相当な労力が必要ですから。なんだかんだで店にいますけど、今の目標は里帰りの準備なので、麦茶の販売に手をつけるほど余裕はありません」

でも麦茶が欲しいと言ってくれるお客様がいる。麦をお金に替えたい村がある。

だったら彼女達の村とサイオンジ商会に取り扱ってもらったほうが有効に活用されるだろう。少なくとも俺の手元で腐らせておくよりは。

「以前ここで出稼ぎの子の面接をしていただけるとの事でしたが、これで儲けが出たら出稼ぎはしないという人も出るかと」

「うちの店の人手としてはまだ雇ってないわけですから、街に出たい人だけ来てくれればいいですよ。足りなければ普通に他から雇います。嫌々働きに来られても困りますし、村に残りたい人が残れるなら良い事じゃないですか。孝行をしたい時に親はなし、とも言いますし……家族で過ごせる時間がとれるなら、とっておくべきだと思いますよ」

俺は時々茶葉でも送ってもらえれば満足である。

「……店長、この件について父に手紙を送ってもよろしいでしょうか? 村全体で検討してもらいます」

「もちろん構いません。ではこちらもサイオンジ商会のほうにこういう事を検討中だと手紙を送っておきます。急に話を持ちかけられても困るでしょうから」

「フィーナー! 何やってるのよー!」

「あっ、ごめんなさい!」

仕事中に話し込みすぎた。

「すみませんジェーンさん。僕が呼び止めちゃったので。フィーナさんもすみません。また後で話しましょう」

「はい!」

2人と別れ、舞台の解体に戻ることにした。

その夜。

舞台や店内の物がほとんど撤去されたフードコートに、懇親会と同じ顔ぶれが集まった。

「はらへったー、母ちゃんが今日もぐむっー!」

「余計なこというんじゃないっての」

挨拶前のやりとりまで懇親会と同じように、笑いの中で慰労会が始まる。

前回は出店の料理を提供していたが、今回は余った材料を中心にまた違うものが並んでいる。

たとえばシェルマさんが作った具沢山のスープは、ホットドッグ用のソーセージと野菜炒め用の野菜がふんだんに盛り込まれている。

さらに俺が提供する1品は“塩焼きそば”。

麺と野菜はリーミィエンの材料から流用。同じく鳥スープにラモンの汁と塩胡椒を足して、特製塩ダレに仕立て直す。これを錬金術で用意した鉄板の上で炒めて火の通った野菜と麺の上から注げば……ジュウッと音を立てて良い香りが広がっていく。

「ん~! いいにおい! 大盛りで1皿お願い!」

「俺にも!」

「了解っ!」

さっそく匂いにつられたマイヤさんやリックを先頭に、次々と参加者に提供する。

「おまちどうさま! そろそろ全員に行き渡りますか?」

「あと7人ネ」

「私達入れて10人」

「了解! じゃあ次でいったん終わりにしましょう」

10人前の塩焼きそばを作り、お客と手伝いをしてくれたリーリンさんとフェイさんの分も用意する。もちろん自分の分も忘れずに。

……さて俺も食おう。どこに行こうか……

「店長!」

おっ、カルムさんが呼んでいる。セルジュさんやプレナンスさんと一緒にいるようだ。あそこに混ぜてもらうか。

「ようこそ」

「ささ、こちらへ」

「まずは乾杯といきましょう。今日は何になさいますか?」

「そうですね……」

同じ年頃の子供も居るし、麦茶にしておこう。

「皆さんお疲れ様でした。乾杯!」

「「「乾杯!」」」

香ばしい麦茶が喉を爽やかに通り抜けて、気分がいい。

「ふぅ……なんだか祭りが終わったって感じがしますね……」

「そうですね。ですが我々にとっては始まりでもあります」

「プレナンスさんはもう新しい街に向われるんでしたね」

「ええ、明日の朝にドバナンという街へ。今度はそこでお祭りが開かれますから」

祭りが終わったらすぐ移動か。大変だな……

「今回は宿泊施設から公演会場まで全て皆様にご用意いただいたので、それほど大変ではありませんでしたよ」

彼らのような芸を生業にしている人々は、良い場所を確保するために公演を終えたその日の夜に街を出なければ間に合わないこともあるらしい。おまけに宿が取れなければ馬車の中で座って寝なければならない時もあるとか……

そうなると、ここでこうしていて大丈夫なのか? 無理に慰労会につき合わせたのではないだろうか?

「ご安心を。日程には余裕があります。それにモーガン商会と契約を結べたおかげで、宿と会場の手配が楽になりましたから」

「セムロイド一座の皆様にはオルゴールを宣伝するためにも、できるだけ良い場所で仕事をしていただきたいですからね。支店に連絡を入れ、場所を確保しておくように指示してあります」

「なるほど。そういうことでしたか」

「用意したオルゴールも完売したことですし、これからが楽しみですな。……それに楽しみと言えば、近々この麦茶を売り出すつもりがあるとか」

「あれ? フィーナさんから聞いたんですか?」

この質問に答えたのはカルムさんだった。

「先ほど私の所に麦茶の需要や利益の見込みについて質問にきましたよ。店長が許可を出していたと。村の責任者がどう判断するかは分かりませんが、彼女達は本気で説得するつもりのようですね」

そうだったのか。

「で、どうですか? 見込みは」

「紅茶よりも単価は大幅に安くなると思いますが、言い換えれば庶民にも手軽に楽しめるという事です。出店の売り上げを見れば商品価値は十分でしょう。まず損にはならないかと。店長を通してサイオンジ商会の協力を得られたものと仮定すると……食品は門外漢ですが、なかなかの商機だと私は考えます」

「私も同意見ですね。カルムは仮定と言いましたが、ピオロならまず断りはしませんよ。彼は自分の手元に投げ込まれた商売の種を捨てる男ではありません」

この2人がそう言ってくれるなら安心だ。

「祭りの片隅で売られた飲み物が、巡り巡って村を1つ救う…………これは歌になる」

1人だけ着目点が違う人がいる。こんなのを歌にするの?

「誰かや何かが救われる話は、どこに行ってもある程度の人気があるのです。ですから観客の好みから大きく外れる可能性も低く、よく題材に取り上げられます。しかしその手段が1杯の飲み物というのは新しい。よろしければ1つ、麦茶を題材に物語を書かせていただけませんか?」

話が予期しない方向に転がった。麦茶の物語? これはどう判断すれば良いのか……

「僕は個人名などを出さなければ。あとはフィーナさん達に相談してください。売るのは彼女達と村の方々ですので」

結論、丸投げしよう。

「では早速。失礼します」

彼は席を立ち、あっという間に彼女達を見つけて話しかけていた。

「本気だったのか……いや、酔ってらっしゃるのかな……」

「彼はそれほど飲んでいないはずですが」

「なるようになるでしょう」

はたしてどうなるか……

「リョウマ君」

「あ、マイヤさん」

「最後だから一緒に芸をやってみない?」

舞台があったあたりに一座の人が数名集まっている。

最後か……よし。

「すみません、ちょっと行ってきます」

「頑張ってください、店長」

「楽しませていただきます」

それから俺は新人剣舞師と囃されながら、自分なりに練習の成果を披露した。

曲に合わせて緩急を強調しつつ薪を切るたび拍手が返ってくる。

1曲終わると、さらに大きな拍手。

調子に乗って引っ張り出したギターで、日曜の夜や土曜の朝のアニソンを奏でたり……

楽しげに芸を披露する一座の皆さんに混ざって、別れの前の思い出作りができた。