軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

41  捨てたものに用なんかないでしょう?

エマオの刑は公開裁判が行われた十日後に執行された。

沖までは大きな船で運ばれ、陸地が見えなくなった場所で筏に移された。

陸地にたどり着くことができれば助かると思っていたエマオだったが、薄着で五日分の食料しか乗せてもらえなかった。うまくいけば七日で陸地にたどり着けるが、彼には食料を節約するという頭はなかった。

執行されてから二十日が経った頃には、エマオが遺体で発見されたとの連絡がリミアリアに届いた。それと共に、エマオからのリミアリア宛の手紙が手渡された。

飲水が入れられた瓶を飲み干したあとに、手紙を入れて封をしていたため、中身が読める状態で見つかっていたのだ。

同じ瓶の中に被害者や被害者の家族宛てに宛てた手紙も入っており、それは読みたいと希望した人にのみ、順番に回していくことになっている。

手紙を読むかどうか迷ったリミアリアは、しばらくの間、自室の引き出しに入れておくことにした。

そうこうしているうちに、テイランが取り調べに耐えられず、罪を認めたという連絡があった。

ホリーは元平民だったこともあり、テイランよりも世渡りは上手で、精神的に参ることはなく、絶対に殺意だけは認めなかった。

この件で、シウナ子爵家はかなりの領地を没収され、男爵家へと降格。シウナ男爵家となり、爵位はリミアリアの弟が継ぐことになった。

ホリーは保釈金を支払い、外に出ることはできたが、男爵となった息子は「フラワ姉さんみたいに母上に捨てられたくないんだ」と言って、邸の中に入れなかった。

息子に捨てられたホリーは、彼の姉であるフラワを連れ帰れば許してくれると思い込み、現在は、フラワを探す旅に出ている。

フラワとナンサンの件は、ナンサンの両親が見張りから定期的にもらう連絡が共有されることになっていた。

「やっと終わりが見えてきたな」

「はい。あとは実父がどうなるのかと、フラワさんたちがどうなるか、ですね」

今日は天気が良かったため、仕事の休憩を兼ねて中庭を歩きながら、リミアリアはアドルファスと話をしていた。

「そんなことを考える余裕がないなら、いくらでも待つけどさ」

「……何の話でしょうか」

「元シウナ子爵たちの件が片付いたら、結婚の話を進めたいんだ」

照れているのか、アドルファスはリミアリアを見ようとしない。

「もちろんです。よろしくお願いします」

そんな彼に、リミアリアは微笑んで頭を下げた。

******

日は過ぎて、リミアリアたちの周りが変化していくと同時に、フラワたちにも動きがあった。

リミアリアは男爵になった弟のサポートを始め、腹違いの姉弟として良い関係を築き始めていた。

ホリーは息子に姉を捨てていないと証明するため、フラワと再会して、彼女を連れ帰ろうとしたが徒労に終わる。

ナンサンがフラワを離すわけがなく「ふたりの仲を引き裂こうとするなら殺す」と脅されて追い払われたのだ。頼れる家族がいなくなったホリーは、平民時代の知り合いのもとに身を寄せており、肩身の狭い生活をしている。

フラワは毎日の肉体労働に 疲(ひ) 弊(へい) しきっているにもかかわらず、夜はナンサンの相手をさせられたため、体はもう限界に近かった。

馬鹿なことをせずに、リミアリアと仲良くしておけば良かった。そうすれば、少なくともこんな惨めな生活を送らずに済んだと泣いて暮らす毎日を送っている。その話を聞いたリミアリアは、そのことにもっと早く気づいてくれていれば良かったのにと思ったが、この状態になったからこそ気づいたのだろうと考え直し、これ以上フラワのことを考えるのをやめた。

次の納品はいつだったろうかと、手帳をめくっていると『お母様の命日』と書かれたページがあって手を止める。

「そうだわ。もうすぐ、お母様の命日なのよ。去年は忙しくてお参りに行けなかったから、今年こそは行かないと」

そう呟くと、リミアリアはその日までに急いで仕事を片付けることにした。

それから十日が過ぎた、よく晴れた日の午後、黒のワンピースドレスに日よけ用の大きな黒の帽子を被ったリミアリアは、黒のジャケットに白シャツ姿のアドルファスと共に、丘の上にある墓地にやって来ていた。

ここに、リミアリアの母が眠る墓がある。本来ならシウナ家の墓地に埋葬されるはずだったが、ホリーたちのせいで場所を移動させられていたのだ。

誰かが以前に植えた花が範囲を拡大したのか、多くの墓石は赤や黄色など華やかな色合いの小さな花に囲まれている。墓地を管理している人間はいるが、雑草として扱わず、わざと残しているようだ。

(お母様は花が好きだったし、ちょうどいいわね)

リミアリアは母の墓前に立つと、アドルファスが持っていた花束を墓石の上に置いた。

アドルファスが後ろに立つと、リミアリアは墓石に話しかける。

「お母様、あなたを殺した人は平民落ちして、今は強制労働所で働いています。減刑してほしいからか、馬鹿なことをしてしまったと悔やんでいるから許してほしいという手紙が届きますが、許すつもりはありません。だって、本当に悪いことをしたと思っているなら、許してほしいなんて言えないと思うんです」

取り返しのつくものなら、許す気にはなるかもしれない。けれど、テイランのやったことはただの犯罪だし、許されるものではない。

「少しは無念は晴れましたか?」

リミアリアは母の墓に向かってそう問いかけた。

答えが返ってくるわけがない。

そうわかっていても、聞かずにはいられなかった。

(本当はもっと生きたかったですよね。いくら子供だったとはいえ、私がもっとしっかりしていれば、お母様は死ななくても良かったのかもしれない)

自分と全く同じ立場の他人がいたならば、リミアリアはあなたのせいではないと間違いなく伝えている。頭ではわかっているのに、やはり自分を許す気にはなれなかった。

「これからは自分の幸せをもっと考えるようにさせますね」

突然、アドルファスが墓石に話しかけたので、リミアリアは驚いた顔で尋ねる。

「いきなりどうしたんですか?」

「親なら、自分のことより娘の幸せを考えているんじゃないかなって思ったんだ」

そう言われた時、リミアリアの脳裏に遠い昔の思い出が蘇った。

リミアリアに似た面立ちの女性がリミアリアにこう言っている。

『あなたが幸せになることが、私の一番の幸せよ』

思い出した瞬間、リミアリアの目から大粒の涙が零れ落ちた。突然涙を流したリミアリアを見たアドルファスは慌てた顔をして彼女の顔を覗き込んだ。

「ど、どうした!?」

「いえ、ごめんなさい。その、本当に、そうですよね」

涙を隠すために俯くと、アドルファスは上着の内ポケットから出したハンカチで、彼女の涙を拭って促す。

「ほら、顔を上げろ。母親に心配をかけるな」

「そう……、本当にそうですね」

借りたハンカチで涙を拭い直し、リミアリアは顔を上げて微笑んだ。

「アドルファス様、大切な思い出を思い出させてくれて、ありがとうございます」

「思い出?」

「はい。復讐のことばかり考えていたから思い出せていなかったことが、今、記憶にあることに気づいたんです」

「……そうか。なら良かった」

アドルファスが柔らかな笑みを浮かべた時、どこからか黒と黄色の羽を持つ蝶が飛んできて、リミアリアの肩にとまった。

「えっ⁉」

今までこんな体験をしたことがなかったということもあるが、いくら綺麗な蝶であれ、肩に停まるというのは、虫が苦手なリミアリアとしてはあまりいい思いはしない。リミアリアが慌てていると、アドルファスが笑った。

「そんなに驚くなよ。慰めてくれているんだろう」

「蝶に慰められるなんて聞いたことがありません」

「そういう話を聞いたことがある。それに今、実体験をしただろ?」

「これって慰めてくれているんでしょうか」

手で払うこともできず、リミアリアが困っていると、アドルファスが蝶に指を差し出した。

すると、蝶は警戒する様子もなく、アドルファスの指に停まった。ゆっくりと体を動かし、蝶が停まっている指を近くの花に近づけると、蝶はそちらに移った。

「俺はそうだと思うよ」

「それならいいんですけど、蝶が慰めてくれるという話を私は聞いたことがありません」

「まだまだ世界について知らないってことだろ」

「……そうですよね。アドルファス様にはかないません」

その後、墓参りを終えたふたりは、管理者に一年分の管理料を支払い、手をつないで歩きながら、丘を下りていった。

「そういえば、エマオからの手紙は読んだのか?」

「いいえ。被害者の方たちから聞いたところ、謝罪の手紙だったそうですし、私への手紙も同じようなことが書いてあると思うんです。それなら読まなくてもいいかなと思いまして」

「謝ってもらっても遅いってやつか?」

「はい。だって、捨てたものに用なんかないでしょう? その人からの手紙も、今の私には必要のないものです」

「そうだな」

「もし、気になると思った時がきたら読むかもしれませんけど」

「何だよ、それ」

ふたりは微笑み合うと、馬車に乗り込み、結婚式の段取りについての話を始めた。馬車が動き出すと、窓の外で管理人が手を振っているのが見え、リミアリアは窓を開けて笑顔で手を振った。

「きっと、幸せな未来を築かれることでしょう。安らかにお眠りください」

丘の上からふたりを乗せた馬車を見送りながら、墓地の管理者が呟いた。

まるでリミアリアたちの幸せを喜ぶかのように花は揺れ、どこからか鳥の歌う声が聞こえる。そして、母の墓石の上には蝶が一匹停まっていた。

リミアリアたちの住む国の一部地域では、蝶は死者の遣いとも言われている。それを証明するかのように、管理人の言葉を聞いた蝶は舞うように墓の周りを飛んだあと、ふわりとどこかへ飛び立っていった。