作品タイトル不明
3.初恋相手に会いたくて
「それ以上言ったら、私もあなたの素性を推理しなくちゃいけなくなります」
「僕の素性?」
「そう。フィルベルト王子が本当は双子で、 私の(・・) ……じゃなくて、ローレラが恋した婚約相手は、影武者の弟ぎみだったって」
「恋、した」
いま気にすべき単語はそこじゃない。
もっと大事なワードが出ていたはずだが、ルトの心臓は急激に踊り出す。
そんな彼に対して、ローレはいたずらっ子のように目を細めた。
「当然でしょう? でなくば、どうして未婚娘が、若い殿方とふたりで駆け落……ンンッ、取材旅行に応じるものですか」
「え……?」
「あなたに驚かされたので、私も。気づいたことを打ち明けて良いですよね?」
その瞳があまりに煌めいて見えて。
(可愛い……!)
真剣な話題だというのに、ローレの表情にときめき、動揺してしまう自分が悲しい。気持ちを落ち着かせるため、ルトは呼吸を繰り返す。
変わらず人のない道で、見る者も聞く者もいない中、ローレとルトはしばらく視線を合わせ。
ややあって理性を取り戻したルトが、咳払いをした。
「なぜ、フィルベルトが双子だと……?」
王子の名に敬称がない。
それに気づいたローレは、すっと息を吸った。
つまり彼は、誤魔化さずに応じてくれるという意味。
「──婚約者としてフィルベルト王子にお会いするたび、おかしいと思ったのです。お顔は同じ。でも雰囲気も心遣いも、別人格のように変化されて、まるで二人いらっしゃるようだと。ですが……クラーラが妃に選ばれた時はまだ気づいておらず、私は失恋したのです」
「えっ」
「ルト、あなたの"推理"で抜けていた事実があります。ローレラは婚約者のことが好きでした。だからクラーラが妃に選ばれた時、絶望しました」
「うっ……!」
悔しそうに歯噛みする、そんなルトを慰めるように、ローレの言葉は穏やかに続く。
「けれど私が進んだ未来のひとつに、革命が起きたことがあって。その時、フィルベルト王子が双子だと判明する事態があったのです」
一瞬、重く暗い表情を見せたローレは、瞬時に切り替え、澄んだ笑みを 閃(ひらめ) かせた。
「そこで 判(わか) りました。私が好きになった方が、誰だったのか。クラーラを選んだのが、誰だったのか」
「!」
本当に?
反射的に問いそうになったルトは、 既(すんで) で声を飲み込んだ。
彼は全身で緊張して、続くローレの言葉を待つ。
「だったらフィルベルト王子は、妹にくれてやって問題ありません。むしろ 要(い) らないというか。私が好きなのはあなたで、あなただけが良いのですから」
「ローレラ姫……」
「次にその名を口にされたら、指ではなく唇でふさぎますよ? いまの私はただのローレです」
「!!」
慌てて己の口を隠したのは、真っ赤になったルトであり、その様子にローレはにっこりと手を伸ばして、彼の前髪をかき分けた。
「未来の記憶を頼りに街に出たら、懸命な変装姿で声を掛けてくださる編集部員さんと出会えました」
ルトの黒髪の間から、涼やかで美しい緑瞳が現れる。
想像通りの見慣れた瞳に、真っ直ぐに映ったローレが言う。
「私はずっと、あなたに会いたかった」
万感の思いを込めた眼差し。
ローレの瞳は、みるみる水の膜で覆われた。
ルトは気づく。
もしや彼女は、望む結果を手に入れるため何度も、未来をやり直したのではないか?
であれば、想像もつかない時間を、ひとり繰り返したことになる。
(それがもし僕に会うためだとしたら)
そこまで 自惚(うぬぼ) れてはいない。でも理由の一端だったとしたら?
いや、会いたいと思ってくれただけで。
たまらなく恋しい。
(どうしよう。彼女を絶対に、手放したくない)
ルトが 微(かす) かに手を動かす。それよりも早く、ローレはグイと目元を拭った。
毅然とした表情を作り直す。
「ルトこそなぜ、ローレラの異能が"時戻し"だと知ったのです? 世間には"クレバン公爵の先見"で知られていたはずです。推理や創作では、ありませんよね? 確信に満ちてらしたもの」
「…………。双子の弟王子の異能は《記憶共有》なのです。ひたすら兄王子の身代わりを務めるために使ってきた 能力(チカラ) ですが、ある日フィルベルトのふりをしている途中で、婚約相手の手に触れてしまって」
「まあ!」
「ほんの少し! 少し流れ込んで来ただけです。すぐに手を離しましたから」
相手が意図していた時、または溢れんばかりの記憶ではちきれそうになっている時、発動する《記憶共有》。ローレラ姫は後者に相当したのだろう。
慌てて離した手だったが、咄嗟に流れ込んできた記憶は膨大で、彼女がまだ見ぬ未来の記憶を無数に持っていると わ(・) か(・) ら(・) さ(・) れ(・) た(・) 。
同時に。姫が置かれている境遇も。
それ以来、どうしても忘れられなくなった。気にかかるようになった。どこにいても目で追ってしまうようになった。
はじめは自分と同じく、報われない立場の相手に同情しているだけだと思った。
けれどもそれとは違う感情だと、自覚してから。
何とか 救(たす) けたいと思うようになり、街で彼女を見かけた時には声を掛けていた。
クレバン家からもいずれ連れ出すつもりでいたのだが、追い出されたと聞き、保護する事を考えた。
取材旅行をねじ込んだのは、傍近くで彼女を守るためだ。
まさかローレラの方から自分を探しに街に出ていたとは、今の今まで予想だにせず。
彼女の気持ちと行動が染み入るように嬉しい。
そして何より。
ローレラが恋心を向けていた相手はフィルベルトではなく、影武者を務めていた「自分」!
(僕に気づいてくれていた。兄の影で、誰にも気づかれてなかった僕に)
ルトの見えないしっぽが興奮で揺れた。
(さすが、僕が惹かれた姫ぎみ!)
両想いだった!
高揚する気持ちが、ルトの声に隠し切れない喜びを滲ませる。
「もう使わない名前ですが、あなたには知っていて貰いたい。僕の本当の名前はジークベルト。お察しの通り、フィルベルトの双子の弟です」
「ジークベルト王子……」
口の中で噛み締めるように、大切に紡いだローレの声を愛しく思う。だが。
「王子は無しで。いまの僕はあなたと同じ、ただのルトです。平民の、編集部員の」
はっと顔を上げるローレと反対に、ルトは目を落とし、手にあるトランクをそっと地に置く。
「これまではフィルベルトの影として生きるよう、命じられてきました。でももう、入れ替われないほど、僕とフィルベルトは似ていない。彼は戦で、治らぬ傷を負ったから」
クレバン公爵の先見があるからと、安心して戦場に自ら挑んだのはフィルベルトだ。戦勝の賞賛を浴びるつもりで、初戦から油断していた。
怪我は戦を舐めた代償だろう。
今度こそ兄と成り替わり、フィルベルトとして生きる道もあるが、ルトにそのつもりはない。
王はそれを望んだが、ずっと"いらない人間"として扱われてきたのだ。双子は不吉と、隠されてきたのだ。
表の王子が怪我をしたから、はい交代だなんて、そんな勝手を受け入れる義理はない。
何よりフィルベルトの妃はクラーラで、成り替わっても王子妃は据え置き。──ローレラを虐めたいけ好かない女を妻になど、考えたくもない。
従ってルトは、この機に王家を捨てた。
「これからは自分の人生を生きていくつもりです。もし許していただけるなら……、願わくばあなたの隣で、あなたを愛しながら過ごしていきたいのですが」
しっかりとローレに向き直ったルトが、控えめに、けれど力強く愛しい女性の手を取った。
「ずっとあなたに惹かれていました。フィルベルトの身代わりなのが歯痒いほどに、兄を妬むほどに、あなたのことが好きでした。あなたが僕を見ていてくれたと知って、抑え切れないほどこの胸は高鳴っております」
ルトの一言ごとに、ローレの瞳が潤んでいく。歓喜に満ちて、輝き出す。
ルトも熱く彼女を求めた。
「どうか僕の想いを、受け入れてください」
「……っ、はい。嬉しいです、ルト。私も。あなたのことが大好きです。この先の人生を、一緒に歩いて行きたい……!」
どちらともなく強く抱擁し合った恋人たちは、手に手を取ってふたりで自国を後にした。
*
*
*
この先のことを少し書いておこう。
王国はやがて国民無視の圧政が祟り、革命軍が旗を挙げる。
他国に取材旅行という名目で駆け落ち中だったローレは、故国の情勢に編集部の面々を案じたが、ルトの編集長が革命軍幹部であること。
彼はよく王家やクレバン公爵寄りの発言をしていたが、それらは監視の目を欺くための仮の姿だった──ことなどをルトから聞き、目を丸くした。
「メンバーほぼ全員が革命派ですよ。だから白々しい世間話に、相槌打つのも面倒で」
編集部での会話に素っ気なかった理由を、ルトは後にそう語った。
なお、革命の波に揉まれて王族はもちろんローレの元家族……クレバン公爵や継母、王子妃クラーラなども悲惨な目に遭ったようだが、ローレが"時戻し"を行使することはなかった。
彼女は彼らを憎んでいたからである。
特に父公爵に対しては。実母の仇でもあった。
時間を戻すに伴い、記憶も消えるはずの"時戻し"。にも拘らず、ローレの異能をクレバン公爵が知っていた理由は、それが母から受け継いだ血統異能であることに起因する。母の一族が秘密にしていた異能を、公爵はどこからか嗅ぎ付け、妻にと望んだ。高位貴族からの求婚に断れず、ローレの母は嫁いだわけだが。
クレバン公爵は結婚後、ローレの母にも度重なる"時戻し"を強要したのだ。
彼が若き妻を得た時期、それは奇しくも、クレバン公爵が"先見のチカラ"を発現した時期と一致する。
公爵固有の異能は知られていないため、もしかしたら"能無し"と呼ばれるべき真の存在は、ローレではなく公爵本人だったのかも知れない。
"精霊の石板"も革命の動乱で、いずこかへと消えてしまった。
ローレの母は酷い夫との結婚を、"時戻し"を使ってやり直さなかった。
公爵の態度がエスカレートした頃には既に娘・ローレを出産しており、母は我が子を消し去る"時戻し"より、子がいる世界線を遵守したためだ。
彼に愛人と娘がいて、その母娘から度重なる嫌がらせを受けても、耐え抜いた。
しかし過度な"時戻し"でついには落命に至ると、ローレは自分を責め、またそれ以上に父と継母を恨んだ。
そんなローレもまた、母と同じ道を歩みかけたが、彼女が変わったキッカケに王子フィルベルトの存在がある。
一時期は失恋から思考を放棄した。
けれども進んだその先で、革命が勃発。
処刑台にそれまで隠されていた双子の王子が並んだ時、ローレの気持ちはガラリと変わった。
恋した相手は、フィルベルトではなく、もう一人の存在。でもその彼も、再び会話を交わすことなく殺された。
初恋相手の処刑回避。
そして亡き母の復讐を!
革命に際しクレバン公爵はローレに"時戻し"を命じたが、それはローレも望むところ。
うんと時間を巻き戻し、公爵に与える情報を厳選しよう。
その過程で、記憶が弄れる可能性に気づいた。
ローレにとってもリスクの高い術を、彼女は懸命に研究し。その過程で諦めがちだったローレの心は、強くくじけない精神へと変わった。
やがて。
努力を実らせ、クレバン公爵は"時戻し"の異能を忘れる。そして己に、"先見のチカラ"があると妄信した。
公爵家からの解放と逃亡。
ローレは自由を手に、愛する人の元へと走ったのである。
その後、ローレとルトは他国に移住したまま、平穏であたたかな家庭を築き、満ち足りた人生を過ごした。
互いに深く敬愛し合った夫婦だったという。
彼らについてはまた、別の物語で語れればと思う──。