作品タイトル不明
1."異能"の消失
突出した異能を誇るクレバン公爵が、国家反逆の罪に問われた。
当主である公爵は" 先見(さきみ) の 異能(チカラ) "を持ちながら、国境戦でその能力を用いず戦は大敗。
国は甚大な被害を受け、戦場で指揮を執った王子フィルベルトも再起不能の大怪我を負った。
なぜ公爵は"先見"を使わなかったのか。
彼が未来を読み、取るべき道を示していたら、すべて避けられた事態。
この疑問に人々は、彼の娘・クラーラ公女の妊娠が関係しているのではないかと憶測する。
クレバン公爵家の次女クラーラは王子妃として、フィルベルト王子の子を宿した。
国王は老齢の身。もし戦で王子が鬼籍に入れば、生まれてくる子は次の王であり、外戚たるクレバン公爵は絶大な権力をふるうことが出来る。
──公爵は、王位簒奪を目論んだのでは。
ゆえに王子と自軍の危機に"先見"をしなかった。
あくまで推測である。
が、諸々悪い噂もあり、取り調べのため公爵は捕らえられた。それがまた一層、疑惑を呼んだ。
真相が明るみに出るかどうかはわからない。
しかしもし、何者かが敗戦の責任を負わされるなら、クレバン公爵は必ず含まれるだろう。国民たちは囁き合った。
◇
「本当のところ、どうなんだろうね?」
通りにある小さな出版社では、たくさんの書類に埋もれた壮年男性が、近くの青年に話を振る。他の社員は出払って、狭い事務所は二人だけの様子だ。
「さあ」
気のない返事をして、青年が流した。
長い前髪と大きな黒縁眼鏡で隠れ、容姿はわかりにくい。
だが、のぞく鼻梁も口元も品良く整っている。
豊かな身長はしっかりとした筋肉に支えられ、しかし、ダボついたシャツとベストのせいで、ぼけた印象を残す彼は、身なりに構わないタイプのようだ。
再び、デスクの男が問いを発した。
「クレバン公爵の異能を失って、ウチの国は大丈夫なのかな」
「──もともと未来なんて 視(み) えないものだし、むしろ"先見"があるという思いが安易な開戦を招いたのだとしたら、そんな異能はない方が良いと僕は思いますけどね」
呆れたように青年が返すと、納得いかない様子で男がゴネる。
「それはそうだけど……」
「何です? 編集長。 煮(に) え切りませんね」
「いやだって。公爵閣下は長年、国に貢献してきた忠臣だろ? 王位乗っ取りの嫌疑で、その功績まで無視ってなると、お気の毒じゃねぇか?」
「そうでしょうか。公爵も大概な性格ですよ。異能を持たないご長女を追い出してます」
「っあ! クレバン家の幽霊姫!」
少し前に騒ぎになった一件を思い出し、編集長が膝を打つ。
「金髪揃いの公爵家で、真白な髪を持つ公女様! 妹のクラーラ姫とは正反対という、社交に出ない姫君か」
クレバン家には"幽霊姫"と称される、ほぼ姿を見せることのない姫がいた。
王子妃クラーラの姉、ローレラである。
だがローレラ姫は貴族には珍しく、異能を持たず。
そのせいか家にも社交界にも馴染めず引籠もっている。
一時は王子フィルベルトの婚約者であったにもかかわらず、責務を果たさず、将来の見込み無しと判断されて婚約取り消し。その後、妹のクラーラが王子妃となって以来、名前を聞くことも滅多になかったのだが。
そのローレラ姫が先般、公爵家を追い出された。
何でも妊娠した妹を妬み、手を出したことが原因で、父公爵の怒りを買ったという話だが。
それが本当なら王子妃への狼藉だ。除籍処分の上、投獄ものの厳罰。
だが実際は放逐のみ。籍は抜かれたらしいが、それすらも定かではない。伝え聞いた話だ。眉唾な部分が多いのだろう。
「……まあ、僕たち庶民には関係のない話ですね」
興味なさそうに青年が嘆息した時、ちょうど事務所のドアが開いた。
ぱっ、と青年の纏う空気が明るくなる。
「待っていましたよ。ローレ!」
顔をあげていそいそと扉に駆け寄り、訪れた人物を迎え入れた。
「あの変り身よ」編集長がそう呟くほど、青年は先ほどまでの気だるさを打ち捨てて、見えない尻尾をちぎれんばかりに振っている。
「ごめんなさい。準備に戸惑って、遅くなってしまいました」
ローレと呼ばれた少女の手には、トランクがある。
「全然大丈夫です。じゃあ行きましょうか。あ、荷物なら僕が持ちます」
自身の背負い袋を肩に、ローレの荷物を片手に、いそいそと扉から出ていこうとする。
その背を苦情が追いかけた。
「事務所を待ち合わせ場所に使うなよ」
「でも編集長、これ仕事ですから。新進気鋭の作家ローレ先生の取材旅行。事務所で待ち合わせるのは、理に適ってます」
「ったく、作家を口説き落すなんて、よろしくやりやがって。ウチの社の評判に関わるから、他言すんなよ? それと旅行は、あくまで取材だからな」
「了解してますって。旅先から原稿を送りますので、よろしく!」
「ああ、ああ。気をつけて、良い旅を」
「行ってきます」
同盟国への取材旅行に出発した若手社員と作家を見送ると、編集長は再びデスクに沈み、新聞に目を向ける。
国境戦は負けたが、割譲ではなく賠償金で話がついたらしい。戦が長引かなくて何よりだが、このところ、王国軍の無策無謀が多すぎる。
「あいつら晴れやかな顔で去ったなぁ。ま、青少年には笑顔が一番か」
真面目に生きてる人間が、希望を抱ける社会であって欲しい。
そう願いながら、編集長は紙とペンを取り出した。
街道を足早に、青年と少女が進む。
「さっき、何のお話をされていたのですか?」
「うん? ああ、クレバン公爵の噂についてです。クレバン公爵はなぜ"先見のチカラ"を国境戦で使わなかったのか、って編集長が呟いてたんですよ」
「……ルトは、どうしてだと思います?」
隣の青年──ルトを見上げて、ローレが尋ねた。彼女の後ろで、 一括(ひとくく) りにしたミルク色の髪が揺れる。
「え……? そうですね。僕が思うのは……。公爵は"先見のチカラ"を使わなかったんじゃなくて、使えなかったのかな、って」
「!」
「そしてそれは、追放された"幽霊姫"に関係してる。彼女がいなかったから、公爵は"先見"が出来なかった」
「その言いよう。……能無しと呼ばれた公爵家の長女に異能があったと思ってるような、口ぶりですが」
心なし、ローレの声が硬さを帯びる。ルトは平然と言葉を続けた。
「ええ。"幽霊姫"に異能はありました」
ローレが目を見開く。
「……断言、ですか? まさか"先見のチカラ"を持つのは"幽霊姫"で、公爵が彼女の手柄を横取りしてたとでも? でも、それじゃあ公爵が、"幽霊姫"を追い出すはずがないと思います。もし当主が娘の功績を奪っていたのだとしたら、彼女を手放すことは、自身の能力の喪失につながるもの」
「あくまでこれは、編集部員が考える創作として聞いて貰いたいのですが」
前置いて、足を止めずにルトは語り始めた。
「おっしゃる通り、公爵は姫の手柄を横取りしていました。しかも"幽霊姫"の異能は"先見"なんてレベルじゃなく、もっと強大な 能力(チカラ) だったのです」