軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

37話。洛陽炎上

初平2年(西暦191年)6月。洛陽付近。

「ま、まさか……」

「こ、これは……」

先日行われた軍議の後で袁術の呼び出しを決定し、無事に袁術率いる南陽方面の軍と合流して一つに纏まった連合軍は、晴れて15万を超える大軍となり、威風堂々と (袁紹談)進軍を開始した。

その空前絶後の大軍勢 (袁紹談)を前にして、彼らを率いる盟主と言う立場にある袁紹は、満面の笑みを浮かべていたのだが、彼の元に『ある情報』が齎されたことでその表情は一変することになる。

そして今や袁紹のみならず、連合に参加した諸侯の表情までもが、その表情を怒りと憤りで染めていた。

「おのれ董卓!ふざけた真似をッ!」

「然り、コレは許せることでは有りませんぞ!」

「あの成り上がり者めが!」

「何という事を……董卓めッ!」

ふぅふぅと呼吸を整えた後、袁紹が全ての諸侯に聞こえるように『董卓の暴虐』を訴え上げれば、取り巻きの連中だけでなく、諸侯も口々に董卓の名を叫んで非難を繰り返し始めている。

その様子はまるで『悪いのは董卓だ!』と自らに言い聞かせるような行為ではあるが、洛陽の状況を鑑みればそれも仕方のないことだろう。

何せ去年まで漢帝国の都として隆盛を誇った洛陽は、遠目から見ても凄惨な状況になっていると言うことがありありと分かる程に荒らされていたからだ。

特に酷いのは宮城周辺だろうか。

宮城はほぼ更地となっており、その周辺に存在した名家の家が立ち並ぶ区画は、完全に廃墟のような状況になっている。

ちなみに董卓らがこの破壊行動を行ったのは二月から四月にかけての間なので、洛陽の人間からすれば「今更何を言ってるんだ?」となるのだが、董卓らはこれまで徹底した情報統制を敷いていたし、連合軍は相対する華雄や徐栄・牛輔らに注意を惹き付けられていたこともあって、洛陽の情報を持ち得ることが出来なかったと言う事情がある。

その為、この洛陽が荒れ果てていると言う状況は彼らにとって寝耳に水の状況であり、こうして驚くのも仕方のないことと言えるかもしれない。

……情報を重んずる人間からすれば「敵を探るのを怠った貴様らが無能なのだ」と失笑を禁じ得ない状況なのだが、流石の曹操もソレを指摘して彼らを嗤うようなことはしなかった。

それは、当の曹操もこの報を聞いて驚いた人間の一人であったと言うのも無関係ではないだろう。

何せ今まで董卓が行っていた情報規制は厳粛にして苛烈であり、許可なく洛陽から出る者や、洛陽から北や東へ向かう者は無論の事、ただ付近を歩いていただけの旅人すら問答無用で斬り捨てる程に徹底していたのだ。(この時期に洛陽周辺をうろつく旅人が一般人の可能性は限りなく低いので、間者と言われても文句は言えない)

また洛陽周辺は見通しの良い平野となっているので、一度その姿を発見されてしまえば董卓旗下の涼州騎兵から逃げきれる者など居なかった。さらに連合軍と洛陽の間には彼らと向き合う形で董卓軍が存在していたので、連合軍には洛陽の情報を得ることが出来なかったと言う事情がある。

だが今回、華雄の撤退や、自分たちが合流するまで何の動きも見せなかった董卓軍の行動を訝しんだ曹操は(袁紹は大軍に怯えただけだと 嘯(うそぶ) いているが、考慮に値しないと切って捨てている)洛陽を探る為の 先発隊(決死隊) を組織し、洛陽へと派遣することを提言した。

一番乗りが……と渋る袁紹をなんとか説得し組織された先発隊は『諸君らの任務は情報を得て持ち帰ることだ。故に敵に遭遇したら即座に逃げろ』と言う指示を受けて出陣したのだが、大方の予想に反して彼らは敵と遭遇することなく洛陽へ到着し、洛陽の現状を目の当たりにすることになる。

そうして先述した『ある情報』こと、洛陽の現状を無事持ち帰ることに成功した先発隊は、それを曹操に報告。

その後、曹操から情報を聞いた袁紹や袁術を始めとした連合軍に参画した諸侯が、真偽を確認する為に必死の形相で馬を走らせ、洛陽を視認出来る場所まで接近し、齎された情報が真実だったことを確認して驚愕&憤怒に声を震わせていると言うのが、今の彼らの状況であった。

「で、袁紹。これからどうする?」

「……どうするとは?」

董卓の、いや『彼』の狙いが、連合軍の存在を出汁にして洛陽から避難することであることはわかった。

故に洛陽の荒れようは、それに従わなかった名家や連合軍と繋がりがある者たちを処刑し、その財貨を奪った結果なのだろう。これにより洛陽に沈澱してきた澱みと言える存在の大半は消滅したと言っても良い。

今後『彼』が帝をどのように扱うつもりなのかは知らないが、少なくとも朝廷内の風通しは良くなったであろうことも推察できる。

それは今まで宦官・名家・外戚と言った連中の権力争いに辟易していた士大夫層からすれば、歓迎すべきことなのも確かだ。

このことは従来の宦官閥もほぼ消滅していた曹操にとっても悪いことでは無い。

だが名家を束ねる立場にある袁紹のような存在からすれば、名家の影響力が消失するなど認め難いことだろう。

だからこそ、曹操は問う。

「これからどうするかを決めねばなるまい?」

「これから?」

「あぁそうだ」

首を傾げ、オウム返しに意図を訪ねてくる 袁紹(36のオッサン) に対して、曹操は目を向けることなく、ただ洛陽を見据えていた。

……同い年のオッサンのあどけない顔に興味が無かったとも言う。

「簡単なことさ。追撃するか、洛陽に入るか、だよ。私としては洛陽に入ることをお勧めしたいがね」

「あ、あぁ。なるほど。確かにそれは私が決めねばならんな」

「そうだ。せめて進むか退くかは決めて貰わんとな」

袁紹の顔には興味は無くとも、このまま待機するわけにも行かないので行動は起こさなければならない。

そして曹操から見て今の洛陽は(ここから見える限りでは)閑散としていて人の気配がないように見えた。更に洛陽は付近に潜む事が出来るような場所が無いので、伏兵も無いと見て良いだろう。

つまりこれが空城計のような罠と言う可能性は低い。

向こうに罠が無いと言うならば、兵を休ませることと洛陽の状況を確認する為にこのまま入城するのも悪い判断ではない。

同時に功を焦る連中が、数十万とも言える洛陽の民を引き連れて移動した董卓の軍勢に対して追撃を行うことを提案する可能性も有る。

この場合は複数の問題が発生することになるので、相談役としては輔弼することは難しい。更にその問題の大半は敵に関する情報の不足に起因する為、現状では解決することが出来ないと言うおまけつきだ。

ちなみに追撃をする際に発生する問題を簡単に挙げるなら、曹操がすぐに思い浮かぶものは大きく分けて三つ程ある。

1・董卓軍が 何時(いつ) 出発し、 何処(どこ) に向かったかが不明であること。

2・どれだけの戦力を殿としているかが不明であること。

3・目的地は不明だが確実に西に向かっていると言うこと。

等々、簡単に挙げられるだけでも厄介極まりない問題だ。

まず『1』の 何時(いつ) ・ 何処(どこ) にと言う点からいこう。

おそらく董卓軍が向かった先は劉協を逃がした長安だと推察できる。しかしこちらがそう考える事を予想して裏を掻いてくる可能性もある。何せ機動力は向こうが圧倒的に上なのだ。

もし裏を掻かれて後方に回られ奇襲を受けたなら、退路を塞がれた形となる連合軍は満足に補給することも出来ずに 擂(す) り潰されてしまう。

これは向こうが長安に退いたと判明しても同じことだ。兵は神速を 貴(たっと) ぶと言うが、董卓軍には連合軍の動きを見てから動いても裏を掻いた上で勝てるだけの速さがある。

碁で言うなら、こちらが一目を置いた次の瞬間に向こうは三目置くようなものだ。これではどのような手を打とうが勝てるはずが無い。

更に、 何時(いつ) と言う部分も重要だ。既に民衆が長安に到着しているとなれば、それは董卓軍に足枷が無くなることを意味する。

これは『2』にも絡むことだが、既に曹操は華雄らが退いた理由は『洛陽での作業が終わったから』だと言うことを確信している。

そして華雄ら董卓軍は、その作業の時間を稼ぐ為だけに連合軍の前に立ち塞がったのだと言うことも理解している。

つまり彼らは連合軍を敵として見ておらず、ただ洛陽の民を脅迫する為の材料としてしか 見做(みな) していなかったのだ。

董卓軍の立場で連合軍の存在意義を語るなら、敵軍ではなく『民衆を脅す為の群れ』と言ったところだろうか?

『民衆を脅す為には、敵が大兵力でいて貰った方が都合が良い』

『民衆を脅す為には、敵が簡単に勝てない強敵である方が都合が良い』

『民衆を 脅(・) す(・) だ(・) け(・) で(・) 終(・) わ(・) ら(・) せ(・) る(・) 為(・) に(・) 、移動の邪魔をさせない程度に抑える必要が有る』

袁紹等には認めがたいことだろうが、董卓にとって連合軍などこの程度の存在だったのだろう。

結局のところ、董卓軍が積極的に連合軍に攻め込まなかったのは『その方が都合が良かったから』たったそれだけの理由でしか無かったと言うことだ。

だが、もしもここで連合軍が追撃をかけた場合はどうなる?

仮定に仮定を重ねる事になるが、もし民衆の移動が終わっていると仮定した場合、最早董卓軍には連合軍に 忖(そん) 度(たく) して攻撃を緩める理由が無くなっていると言うことになる。

ならば追撃を仕掛けた者達に待っているのは戦ではない、一方的な蹂躙だ。

考えてもみると良い。ただでさえ兵や将の能力で劣っていて、更に唯一勝っている兵数を活かすだけの連携も不十分な連合軍を、徐栄・華雄・牛輔と言った名将が万全の布陣で迎え撃つのだ。

まともな戦になるはずも無い。

そして曹操の立場を考えれば、現状最も留意しなくてはいけないのが『3』だ。

洛陽から西に行けば何が有る?河南県?新城県?穀城県の函谷関?……どれも正解だがどれも違う。

洛陽から西に行けば在るモノ。それは……『 弘農(魔王の住処) 』だ。

董卓が長安まで兵を退いたと言うのなら、弘農で喪に服している新帝も長安に引き上げているだろう。この場合、連合軍にとって弘農は通り道に過ぎない。

故に、もし連合軍が侵攻する場合は、洛陽で補充できなかった兵糧やら財貨を補充する為に、弘農で 補給(略奪) を行うことになるだろう。

かの地は長年戦乱に見舞われることも無かった上に長安と洛陽を繋ぐ要衝として栄えて来た土地だけに、潤沢な財が蓄えられていると言うことは想像に難くない。

だが、長年 彼(か) の地を管理して来た『彼』が、みすみすと連合軍の 補給(略奪) を認めるだろうか?

答えは間違いなく『否』だ。

例え連合軍が15万の大軍が相手であっても、『彼』が大人しく泣き寝入りすることなど有り得ない。

そこで曹操は『彼』を敵に回した場合、 連合軍(自分たち) がどうなるかを想定し、己の中で色々な状況を考察するのだが、どんなに楽観的に考えても 連合軍(自分たち) が無事で済む状況が想像出来なかった。

まず井戸の水は使えないようにするか毒を入れるだろう。

酒や食糧にも毒を入れそうだ。

馬などが暴れるように細かい罠を仕掛ける可能性も有る。

仕方なく水場の近くで野営をしようとしたら、何故か野営中に天幕が燃えている様子が幻視された。

このように、追撃がどうこう以前に、物資をまともに 補給(略奪) することが出来ないどころか、水すら飲めなくなり、散々に弱ったところに弘農の軍勢と董卓軍の混成軍が襲って来て、連合軍が粉砕されるところまでしっかりと想像出来てしまう有様である。

故に曹操としては『ここで洛陽を放置するのではなく、一度洛陽に入って情報収集を行うこと』を優先したいと思っている。

まぁ、もしも袁紹が追撃を選択した場合は、自分も率先して追撃軍に参加してさっさと降伏するつもりなのだが、当然そこまで話す気は無い。

どちらにせよ、軍勢の進退に関しては袁紹や袁術の意見が優先されることになるので、ここで袁紹の意見を聞いて置けば、諸侯に先駆けて動くことが出来ると言う打算も有る。

「当然、洛陽に入る!」

そうして曹操が生き残るために必死に打算を巡らせてる中、意見を求められた袁紹はと言うと、そこまで深く考えることも無く己の意見を述べた。

彼にしてみれば袁隗や袁逢らと言った親族の弔いもあるし、洛陽に居た友人らの弔いもある。それは彼の中の名家意識もそうだが、儒教的価値観から決して蔑ろに出来ないものなのだ。

また、連合に所属する者の殆どが洛陽の名家の紐付きなので、弔いを優先すると言う袁紹に対して表立って反対できる者は居ないだろうとも思われた。

「そうか」

追撃が無くなったことで、己が連合から逃げ出す機会を失ったことになるが、同時に直近の命の危険に見舞われる可能性も無くなった。

(これは喜ぶべきことなのか悲嘆すべきことなのか……)

取り敢えずの行動の指針を得て張り切りだす袁紹をみて溜息を吐いた瞬間、曹操はどんよりとした何かに包まれた錯覚を覚えたと言う。

――――

『……連合軍は来なかったか。それも仕方あるまいよ。では連中の首を貰う代わりに、一つ仕事をして貰おうか』

――――

連合軍が洛陽に進駐した夜。

「火事だー火事だー」

「水を!水を!……うわぁ!!」

「水で消えねぇ?!どうなってんだ!」

「くそっ!火の回りが早えぇ!」

「ゴホッゴホッ!」

「ちくしょう!この煙の量はなんだってんだっ!」

「壊せ!家を壊せ!火事の時は燃えるもんを無くせば何とかなるってばっちゃが言ってた!!」

「でも寝る場所が……」

「馬鹿野郎!死ぬよりマシだろうがッ!」

「壊せ壊せ!」

「「「「う、おぉぉぉぉぉ!」」」」

比較的無事であった民家が立ち並ぶ区域から出火した火は、まるで 建(・) 物(・) に(・) 油(・) を(・) 染(・) み(・) 込(・) ま(・) せ(・) た(・) 何(・) か(・) が有ったかのような勢いで燃え拡がっていき、周囲の民家を焼き払っていく。

この日、洛陽ではこれと同じような火災が10数件ほど発生することになり、連合軍の兵士は寝る間も惜しんで 消火活動に当たった(家屋の破壊に勤しんだ) と言う。

不思議なことに、その情報は次の日には『住民が避難していて空き家になっていた家屋が、そこを宿舎にしていた連合軍の兵士によって燃やされ、破壊された』と言う噂話となって、長安近郊に避難していた洛陽の民たちに届けられたと言う。

その噂を聞いた者達が、連合軍に対してどのような感情を抱いたか……それは言うまでも無いことだろう。