軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14話。裁判後の一幕

弾劾裁判の最終局面として趙忠に水銀を下賜された翌日。大将軍府で引き継ぎ作業を行っていた俺たちの下に 予(・) 期(・) せ(・) ぬ(・) 訃報が齎された。

「李儒様。趙忠が死亡しました」

「む、そうか、予想より早かったな」

まさか昨日まであんなに壮健そうだった趙忠が一日で死んでしまうなんて……この時代は死が隣り合わせなんだと言う事実を改めて認識すると同時に、漢の重鎮がこんなにあっさりと死んでいくことに衝撃を覚えてしまう。

荀攸もあまりの衝撃で肩が震えているようだ。

しかし俺たちは死んだ人間に引きずられるわけには行かない。このご時世、歩みを止めれば自分が死んでしまう。

「そう、俺たちの戦いはこれからだ!」

「……まぁその通りなのですがね」

俺が気合を入れると、同じ部屋で作業していた荀攸が溜息混じりで同意して来る。実際これから忙しくなるので、趙忠の死に対してグダグダ言っている暇はないのだ。

本音を言えばアレをあと数回飲ませてやりたかったのだが、流石に現時点で不老不死の霊薬とされる水銀を10グラムと辰砂を10グラム使用して作ったカクテルは高額な上に貴重品なのでそう簡単に下賜出来るモノでは無い。

今回は水銀が毒なのかどうか、また毒だとしたら趙忠が水銀を毒と知っていたかどうかの確認と、水銀を飲んだ場合にどうなるのかと言う 経過を見る為に(人体実験を兼ねて) 特別に許可が下りたのだ。

そして実験……治験の結果は黒。一晩で死亡である。

正確には霊薬を飲んだあと数時間でぶっ倒れ、継続的に呼吸困難に陥り、全身に痛みを訴えながら痙攣だのなんだのをしてから逝ったらしい。報告では死ぬ直前まで意識が有ったそうなので、中々にキツイ死に様だったと言えよう。

はい、どう見ても急性水銀中毒です。ありがとうございました。

それで、趙忠の死に様を報告する為に登城したのだが、趙忠の死に様の報告を受けて水銀の毒性とエグさを知った何后は、その詳細の報告を見て顔面蒼白状態であった。

ここで「いやぁ水銀さんは強敵でしたね!」とでも言えば良いのかもしれないが、残念ながら今の彼女にそんな冗談を許容する余裕はないだろう。

なにせ今まで 先帝(旦那) や 次期皇帝(息子) が飲んでいた霊薬が毒だと判明してしまったのだ。その衝撃は俺が想像出来る程度のものではない。

ただでさえ子を守る母親は最強と言われるのに、その子供が次期皇帝だぞ。さらに言えばこれは皇帝と言う絶対君主、つまり漢と言う国に対しての挑戦と言っても良い暴挙だ。

しかも外戚として帝を利用し、軍事や政治に力を持った 梁冀(りょうき) とは違い、帝に寄生するしか能のない宦官による犯行だ。本来なら有り得ないと言われるところから犯行を行うのだから一層タチが悪い。

「……あの腐れ玉無し野郎ども。よくも、よくもやってくれたなぁっ!」

報告を受けた何后は、地の底から響くような唸り声を上げ、ばぁん!と音が響くくらい勢いをつけて書簡を床に叩きつけた。

つーか地が出てますよ?気持ちはわかるからわざわざ突っ込まんけど。

「殿下、お怒りはごもっともでございますが、少し落ち着いてください」

騒いでもなにも解決はしないぞ。と言うか人が丹精込めて作った資料を叩き壊すんじゃねぇ。

「あ、あぁ、すまぬな醜態を晒した」

「……いえ、仕方ないことかと」

貴人としてはアレかも知れんが、被害者の妻であり母親と考えればコレくらいは許してやらねばなるまいて。

「……うむ。よし大丈夫だ。では報告とこれからのことについての説明を頼む」

「はっ。まず趙忠に関してですが、今回趙忠に与えた水銀は通常使われる量の10倍以上でした。よって彼の死はそれを理由にしようと思います」

「……ほう」

床に叩きつけられてバラバラになった書簡を拾い集めながら淡々と今後のことを述べると、向こうも冷静さを取り戻してきたようで、椅子に座り直して俺に続きを促すような仕草をしてきた。

「具体的には公的な資料に於いて『残念ながら趙忠は、不老不死の霊薬の力に耐え切れずに死んでしまったようだ』と言った感じにするのがよろしいかと」

「む?今更連中に気遣う必要があるのか?」

何后たちとしては宦官どもを皆殺しにしてその死体を晒し、名誉を踏みにじった上で散々に罵倒してやりたいところだろう。しかしそんなことをしても無意味。と言うかマイナスだ。

「残念ながら。今の段階で宦官を処刑しようとすれば、連中は袁隗たちの一派と手を結んで新帝に反逆する可能性もあります。よってまずは自らの罪を認めている袁隗ら名家閥の人間を処刑し、それから宦官を処するべきです」

「あぁ。なるほど」

結果は一緒でも重要なのは順番なんだよ順番。

特に今の名家は儒の教えや伝統と格式を重んずるが故に、宮中侵犯と言う罪に対して命で償うことに不満を抱いてはいないからな。ここで宦官どもに何かを吹き込まれて生きあがこうとされても困る。

「また今の段階で下手に処刑を行えば、連中は何后殿下を 妲己(だっき) や 呂雉(りょち) が如く扱おうとするでしょう。故に処刑は着実かつ計画的に行うべきなのです」

「そ、そうか」

連中は洛陽だけでなく地方の知識層も独占しているようなところがあるんだよな。だからここで何后が処刑を主導した場合、洛陽の人間はともかく巻き添えを喰らいそうな連中は、こぞって平民出身の何后を叩くだろう。

……それじゃ困るんだよ。

俺の言葉に一応納得したのか、さっきまで真っ赤に染まっていた何后の顔も今はやや青くなっているように見える。周囲の女官や護衛の禁軍?何后がキレた時点でずっと真っ青だから気にするな。

「話を戻しましょう。今回の件において、流石に毒を飲ませて処刑したと記録させるわけには行きません。そのため殿下には『感謝を伝えたつもりだったのに、まさか選ばれた者以外が飲むと毒になる可能性があるモノだとは思っていなかった。趙忠には悪いことをした』とお言葉を賜わるのがよろしいかと」

……なんか毒に耐えられなければ死んで、耐えれば力が手に入るって言う超○水みたいな扱いだが、それが一番自然な形になるだろう。なんと言っても皇帝陛下は天子であり、天の意志の代理人だ。

そんな選ばれし人間が飲む薬が普通の薬なワケがない!って形にすれば、少なくとも一般市民は納得するだろうて。

「先帝陛下や我が子に毒を飲ませた下郎にそこまで……いや、今はそれも必要なことなのじゃな?」

「はっ」

さっきの様子を見れば何后は元々気性が荒い方なんだろうが、後宮と言う特殊な世界を生き抜いてきたことで忍耐力はあるようだ。

ここでどこぞの名家のお坊ちゃんのように暴走するようなら、コイツも毒殺する必要があったから、ここは僥倖と思っておこう。

「……お主の言ったことは正しかった。いや、お主の言葉を疑っておったわけではない。しかし妾としては歴代の陛下が服用していた霊薬が毒だとは信じたくなかったのじゃ」

「……」

いきなりなんだ?とか、つーかそれ疑ってましたよね?とは言わんよ。

この時代の価値観的に、絶対不可侵な皇帝に毒を盛ると言う考えが無いだろうし、何より宦官にとっては皇帝とは権威を笠に着るために必要不可欠な存在だ。それなのにまさか寄生先を殺す寄生虫が居るとは思わんよな。

実際に何后が俺の言ったことを確信したのは、昨日のアレで趙忠が水銀を見て動きを固めたのを見た瞬間だろう。

俺から言われていたこともあり、疑問を確信に変えて「王允、袁隗。趙忠はあまりの名誉で頭が回っておらんらしい。……無理にでも飲ませよ」って強制的に飲ませたくらいだ。

で、そんな様子を見て王允も袁隗も(ナニカ怪しい)と思ったのか、すぐに動いた。具体的には50を超えてはいるが現役の軍人でもある王允が素早く趙忠の後ろに回り彼を羽交い締めにして、袁隗が飲ませたんだが……いやぁあの時の趙忠は泣きながら口を閉じ、必死に首を振って飲むのを拒否してたからなぁ。

きっと、どこぞのラリホー死神の本体もあんな感じだったのだろうて。

結局あれのおかげで趙忠も水銀が毒だと知っていたことが判明したから、説明の手間が省けたと言うかなんと言うか。

実際のところ水銀については『知っていたら不敬、知らなければ無能。どちらにせよ皇帝に毒を飲ませたことには違いが無いので、処刑』と言う魔女裁判もビックリな結論在りきの裁判だった。

しかしなぁ。この時代は裁判するだけ有情なんだぞ?しかも予想される罪状が皇帝毒殺であることを考えれば、弁明の機会が有ると言うのは信じられない高待遇だ。

少なくとも、本当に何も知らなければ不老長寿の霊薬を下賜されると言う名誉ある褒美だったし、死んだ後も本人の名誉や親族は守ってやれたんだから。

結果は黒だったから全員アウトだけどな!……それで、結局何が言いたいんだ?

「お主の言うことが正しいのは分かった。陛下の……弁の為にあの子が洛陽を離れるのも必要なことなのじゃろう。しかしじゃ!妾が共に弘農に行けぬと言うことについては未だに納得しておらぬぞ!」

あぁそれか。母親としてはそうだろうな。しかし認めんよ。

「殿下、これより劉弁殿下は毒と戦うのですぞ。その戦いは余人が立ち入れるモノではございません」

「しかし!」

しかしも案山子もねぇ!

「毒との戦いは病との戦いに似ます。故に劉弁殿下には、たった一人で己の中に有る病魔と闘わねばならぬと言う『心』の強さが求められるのです。そこに何后殿下と言う依存先があっては、劉弁殿下の『心』が揺らぐことになります。それではその身を蝕む毒に打ち克つことはできませんぞ!」

「うっ!」

……自分の存在が息子の戦いの邪魔になると言われてしまっては、何后としても反論する術は無い。さらに言うなら今まで李儒が言ってきたことは全て本当だったし、兄である何進も最期はこの男に孫を託したのだ。

それに、何后も医学に詳しいわけではないが『気』や『心』が病の克服に重要な要素を持つことくらいは知っている。

なので現状彼女には李儒の言葉を疑うだけの根拠はないし、今回のことも真剣に劉弁のことを考えた結果なのだろうと思えば、尚更反論が難しいものとなっていた。

そんな 何后(母親) の葛藤はともかくとして。

当然のことであるが、李儒としては今回の件に関して『気』も『心』も重要視などしていない。

確かに瀕死の重傷の際等は患者の生きる意志が必要になると言うケースは有るだろう。しかし今回の水銀中毒の治療に関しては精神論など無意味だと割り切っている。

そもそも彼が提案する治療法だってキレート等の薬の宛が無いので、曖昧な知識から来る代替療法頼りなのだ。

今のところの予定では、食事制限をしつつ普通に豆乳飲ませて、柿だったり大豆食品だったり大蒜だのを食わせて、空いた時間にそれなりに運動させたり政を学ばせる程度の考えでしかなかったりする。

闘病だの療養と言うが結局その程度のことなので、本来であればそこに何后が居ようが居まいが治療には何の関係も無い。

ならば何故彼女を弘農に連れて行かないのか?

それは単純に「なんで隠居先にモンペを連れて行かねばならんのだ」と言う李儒の我儘だ。

もしも何后が李儒の心の内を聞き取れる能力があったなら頭をカチ割るレベルの不敬なのだが、そんな能力を持たない彼女は真顔の李儒から疚しい感情を読み取ることが出来ず、その言葉を呑み込むしか無い状況である。

この状況に持ってきた時点で李儒の勝ちは決まっていると言っても良い。

「それに何后殿下が洛陽にいなければ、劉協殿下を担ごうとする人間が現れた際、それに対抗することができません」

「むむむ……」

そして言葉を無くす何后にも容赦なく追撃をかけるのが、李儒と言う男が腹黒だの外道と呼ばれる所以である。

しかしこれも間違ったことを言っているわけではないのだ。例えば何か非常事態が有り、王允等が「劉協の言葉だ」と言って法を策定したり何かしらの行動を起こそうとした際に、劉弁も何后も洛陽に不在の状況では董卓や荀攸も動きが取れなくなる。

劉協自身は劉弁を支える気満々だから疑う必要は無いのだが、いかんせん彼は8歳の子供でしかない。誰かに『劉弁の為になる』と入れ知恵をされた場合、その誘惑に勝てるかどうかわからないのだから、予防は必要になるだろう。

逆に何后が誰かに入れ知恵されても劉協が居れば彼を旗頭に反対意見を出すことが出来るので、どちらに転んでも多少の時間は稼げることになる。そこで稼いだ時間を使って劉弁の言葉を引き出すことが出来れば、政治の暴走も無くなるだろうと言う考えだ。

一言で言えば李儒は拙速よりも巧遅を選んだ。巧遅とは言っても『非常事態が発生し、何后と劉協の意見が割れた場合はこうしろ』と言うだけであり、普段は劉協やその下の三公と董卓らが組織を回せば良いだけの話なので、あくまで万が一のための保険と言える。

結論を言うなら、劉弁は数人の供を連れて李儒と共に弘農へと赴き、療養に当たることとなった。

名目上は弘農において先帝と伯父である何進の喪に服すと言うもので、期間は1年から2年。最長で3年を予定している。この期間は袁隗らが引継ぎを終えるための期間でもあった。

そして皇帝不在の間は劉協が丞相となり三公や大将軍、九卿らがそれを支えることで回していくこととなったと言う。

……ちなみに劉弁と共に弘農に下る際、李儒の公式な肩書きは太傅録尚書事光禄勲将作左校令輔国将軍弘農丞であったと言う。

――――

おまけ

「おめでとうございます孫堅殿。この度の人事で貴殿は南郡都督となりました」

「は?」

「「(ご愁傷様です)」」

「そして曹操殿は 大鴻臚(だいこうろ) です。お父上が太尉ですので、親子で三公と九卿ですな」

「はぁ?」

「「(ご愁傷様です))」」

「そして董閣下は大将軍です。ちなみに私は洛陽から離れますが、大将軍府をよろしくお願いします」

「はぁぁぁぁぁぁ?!」

「「(…………)」」