軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18話

李儒が動かない。

荊州に紛れ込ませた間者が掴んだ情報によれば、動かないことで劉焉や劉繇を圧迫しているという。

荊南に移動した孫堅も動かない。

ただし孫堅は長沙やその周辺での治安維持活動として活発に軍を動かしているので、近いうちに外征する可能性が高いという。ただし、その矛先が益州に向くか揚州に向くかは不明である。

これらの情報は李儒から直接話を聞いた龐徳公から話を聞いた文官が袁術らに流したものなので、信憑性は高いと思われた。

だからなんだという話だが。

「で、それを知ってどうしろと?」

端的に言って袁術はイライラしていた。

ここ最近、長安や荊州に張り巡らせていた名家閥の繋がりが次々と絶たれていることに。どうでも良い情報をさも「重要な情報ですぞ!」としたり顔をして伝えてくる連中に。そして「今こそ漢の忠臣として立つときでございます!」と自身を唆そうとする連中に苛立ちを隠せないでいた。

「なにが忠臣じゃ。今の漢にこの儂が忠義を尽くす価値などないわ」

そもそも袁術は自身を漢の忠臣だなどと思ってはいない。

彼は袁家こそが漢を支配するべき名家であり、その名家を束ねる自分こそが漢を統べるに相応しい存在だと考えていた。

皇帝にふさわしいのは断じて下賤の血が流れる劉弁ではない。

もちろん、その弟である劉協も駄目だ。

袁術にとって、桓帝に迎え入れられる以前は皇族とは名ばかりの極貧生活を送っていた身であり、皇帝となった後も宦官どもの傀儡となって党錮の禁などの愚策を推し進めた無能である霊帝の血族に価値などないのだからして。

皇族として認められるとすれば劉虞くらいのものだ。

「あれが皇帝として立ったのであれば、頭を垂れることも吝かではないが、な」

これは袁術だけの考えではなく、袁紹や劉岱、劉繇といった長安政権に否定的な群雄に共通した考えであった。

尤も、彼らの意見を李儒に聞かせれば「陛下へ対抗するための旗が欲しいだけ」とあっさりと切り捨てる程度には浅い考えだし、当の劉虞にも”彼らが欲しているのは自分たちのいうことを聞く傀儡皇帝である”と見抜かれているため、今のところ擁立に成功する気配はない。

新たな皇帝は擁立できず。長安の名士たちは動きを封じられ、荊州に潜り込ませていた配下や、それと繋がっていた名士は軒並み逃げるか潰された。

イライラしない方がおかしいだろう。

さらに、豫州へ逃げてきた連中の質が最悪だった。

彼らに関しては李儒が『まともに働くことができない。まともに働こうともしない。働けと言ったら逃げ出した穀潰し』と評した連中である。その質は推して知るべし。

袁術としても、あまり迎え入れたくはなかったのだが、まさか自分を頼って逃げてくる連中を拒否するわけにもいかなかったので、渋々、本当に渋々荊州から逃げてきた連中を迎え入れた。

それは別にいい。

名士に頼られたという評判を得ることができたのだから、一方的に損をしたわけではない。

問題はそのあとだ。

袁術が治める豫州は元々袁家の家臣団だけで業務が回っていたため、荊州からきた連中に与える仕事がなかったのである。

要するに、ただ飯喰らいを大量に抱え込んでしまったのだ。

しかもそのただ飯喰らいどもは、生まれのせいか気位が高く、粗末に扱えば評判が落ちるという不発弾のような連中であった。

そのため袁術は忌々しいと思いながらも無礼にならない程度の待遇を与えていた。

それが悪かったのだろうか。彼らは何故か自分たちが袁術に求められていると錯覚し始めたのだ。

酷い者など『自分こそ袁家の柱石にふさわしい』と嘯く始末。

これには自己を肯定することに長けた袁術もうんざりした。

「柱石? 寝ぼけるな。荊州から逃れてきた役立たずどもに回す仕事などないわ」

いや、正確に言えば仕事はある。

だが荊州から逃げて来たばかりの連中の中に、埋伏の毒が仕込まれていないとは限らない。

下手に汝南袁家の内実に関わるような仕事をさせて、その情報を荊州に流されては困る。

いずれ愚帝には目にモノを見せてやる心算ではあるが、少なくともそれは今ではない。

まずは兗州と揚州を攻略して己の影響下に置くこと。

できれば徐州や青州も抑えたい。

そうして中原と江東を制覇した後に冀州の袁紹を潰し、名実ともに袁家を一つに纏めた後で、正々堂々正面から愚帝を引きずり下ろすのだ。

遠大にして完璧。まさしく袁家の当主が抱くにふさわしい大望と言えよう。

だがそれは、一歩間違えれば周囲に叩かれてしまう危険をはらんでいる。

そのくらいのことは袁術にだってわかっている。

「せめて兗州をこの手に収めるまでは、儂の行動に疑いをもたれるわけにはいかぬ。それまでは大人しく従っている振りをせねばなるまい。本当に忌々しいことだがな」

最初から疑いをもたれている、というか信用されていないのだがそれはそれ。

袁術自身がそう考えているが故に、信用できない新参者に仕事を回すわけにはいかないのだ。

「連中は兗州に回してやろう。そうだな、それがいい。そこで儂の為に働かせてやろう。そう考えれば今のうちに恩を売っておくのも悪くない」

取らぬ狸もなんのその。未だ兗州に足を踏み入れてさえいない。それどころか兵を興してすらいないのに将来のことに思いを馳せることができる男は彼くらいの者だろう。

そんな袁術の脳裏には、すべてを通り越して至尊の座に座る己の姿があった。

もしも自分が皇帝になったらどうするか。

通常妄想は子供だけに赦された特権だが、なまじ権力がある彼にとって、それは妄想ではなく現実味のある計画であった。

「ふむ。漢に代わる国号は、そうさな……仲がよかろう」

仲とは、春秋左氏伝にその名を残し袁家の始祖と言われている英傑、 轅濤塗(えんとうと) の字である。

「くっくっくっ。袁家が治める国を語るのにこれ以上ふさわしい名はあるまいて」

己の才覚に満足する袁術だが、国号の先は考えていない。

どのような法を敷くのか。

どのような国にするのか。

そんなことは考えもしない。

当たり前だ。彼にとって己は君臨する存在であって、働く存在ではないのだから。

袁家の、否、己の威に触れれば全ての問題が解決すると本気で考えている人間が、真剣に政と向き合えるはずがない。

だからこそ妄想に浸れるし、妄想に本気で一喜一憂できるのだ。

ただし、決して現実に目を向けることができないわけではない。

「……惜しむらくは今少しの時間が必要なことか」

袁術は我慢強い人間ではない。

むしろ我慢ができない人間だ。

それでも、袁紹という明確な敵がいて、それを打倒した後に待つ栄誉を妄想している間は我慢ができた。

そして袁術が余計なことをしない限り、袁家が治める土地は優秀な官僚たちによって無駄なく回される。

無駄なく回されることで国力が増し、袁術の妄想が現実へと近づいていく。

すばらしい好循環であった。

だがしかし、悲しいことにこの好循環は袁術が余計なことをしないことが前提となっている。

この場合の余計なこととはなにか。

言わずもがな、出兵である。

それも本来の目的とは関係のないところへの出兵こそ、袁家にとって最悪の行為であった。

目下袁家の家臣団が警戒しているのは荊州方面への出兵だ。

だが、幸いなことにこれに関しては袁術も諦め気味であった。

「李儒らが動かんというのであれば仕方がない。ひとまず荊州は諦めるか」

諦めるもなにも荊州は袁術の管轄外なのだが、実はこの袁術、李儒や孫堅が江夏に兵を進めたら援軍として兵を派遣する予定であった。その目的はもちろん漢への忠義を示すため……ではない。

「援軍として迎え入れた軍勢が実は敵が用意した軍勢であった。そんなことはよくあることだからのぉ」

それで孫堅が死ねばそれでよし、生き延びた連中がなにを言っても知らぬ存ぜぬで通す心算であった。

事実偽旗戦術はこの時代に於いてもポピュラーな戦術なので、ありえない話ではない。

孫家が長安に被害を訴え出たところで、こちらは『劉琦側による離間の計だ』と言えばいい。

現場を見ていない連中には正しい裁定など不可能なのだから、結局は袁家と孫家の発言力の差が全てを決することとなる。

そうなったとき、司空を身内に抱えている袁家に負けはない。

袁術は孫堅にしてやられたことを忘れていなかった。

必ずや意趣返しをしてやると心に誓っていた。

「そう考えれば、先の機会を逃したのは重ね重ね惜しかったな」

前回の攻勢は絶好の好機だったが、さすがの袁術も冬に遠征の兵を出すことはできなかった。

もし兵を出していたとしても、孫堅は船戦を早々に終わらせて荊州内部の鎮圧に動いていたので間に合うことはなかった。むしろ不要な出兵によって資財が消費された上、孫堅や長安から疑いをもたれていただろう。

それらのマイナスがなかったことを喜べばいい。

策士ならそう考える。武官でもそうだろう。

だが軍事に疎い袁術にはそんなことはわからない。

ただ損をした気分になって不愉快になるだけだ。

間の悪いことに、つい先日袁術が不愉快になる情報が入っていた。

孫堅の列候叙任である。

「くそっ! 戦う事しかできん猪が列候だと!? 忌々しいっ!」

格下と思っていた猪が自分の地位を飛び越えたのだ。

袁術にとってなによりの屈辱であった。

「あの不届き者をどうしてくれよう。とりあえず劉繇を動かすか? うむ。そうしよう。同時にそろそろ兗州を落としておこう、その後は……」

孫堅と劉繇を戦わせて両者を疲弊させる。

その間に自分は兗州を平らげて勢力を強化する。

強化した力で以て、疲弊した孫堅と劉繇を落とし、さらに勢力を強化する。

その強化した力で徐州と青州、そして袁紹がいる冀州を落とす。

「うむ! 今こそ好機! 誰ぞある!」

完璧な作戦だった。

もし彼の思惑通りに事が運べば、誰もが袁術のことを称えたことだろう。

だがそうはならなかった。現実は非情である。

「なぜ劉繇は動かんッ! 今が絶好の好機だとわからんのか!?」

「兗州の連中が内応に応じない? そんなはずはあるまい! もっとちゃんと言葉を尽くせ!」

「徐州の陶謙が妙な動きをしている? 勝手な真似をするなと叱責してこい!」

「孫堅にも李儒にも動きがない? 動かせ! それが仕事だろうが!」

「えぇい、どいつもこいつも、なぜ儂の言うとおりに動かんのだ!」

暫くの間、袁術が本拠地としていた平輿県では癇癪をおこして暴れ回る袁術の姿が散見されたそうな。

その姿を見て少なくない数の名士たち――主に荊州から流れてきた者たち――が汝南袁家から距離を置くことになったのだが、それは袁術にとって数少ない朗報であったという。