軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8話

五月 長安。

「よもやこれほどまでに動きがあるとは……どれだけ狩っても匈奴の数と無能の種は尽きぬとはよく言ったものよ」

劉協とともに長安に入り、重臣として名家の纏め役を務めつつ長安の政や洛陽の復興作業のためにその知恵を使っていた荀攸は、軽い手慰みと思ってやった行為に己の予想をはるかに上回る反応があったことで、思わずそう独り言ちていた。

荀攸がしたこととは『弘農で無聊を囲っていた太傅が、勅命によって呂布を護衛として荊州へと赴くこととなった』と、いう情報をいち早く広めただけであった。

なんのことはない、少し待てば誰でも手に入れることができる情報だ。

敢えてこの情報に価値を付けるとすれば「自分が荊州へ行く!」と鼻息荒く息巻いていた文官たちの頭を冷やす効果がある程度だろうか。

荊州に軍監を送るという話が出てからというもの、なぜか『自分を軍監にしてくれ』と熱心に 付け届けを送ってくる(自殺を志願する) 者たちをあしらうことに疲れていた楊彪からすれば実にありがたいことだろうが、決してそれ以上の価値はない。

しかし、この報は長安にいた多くの名家閥の者たちを動かした。

まず、この情報を聞いた多くの者はこれを『都落ち』と捉え、かつては皇帝の教育係まで上り詰めた男の末路を嗤った。

なにせ拠点としていた弘農から離された上、世界の中心である長安に招かれるのではなく、弘農以上に長安から離れた地である荊州へと送り込まれるのだ。

これを凋落と捉えるのは、当時の常識としてはなんら間違ったことではない。

また、命令を下した皇帝劉弁も命令を受けた李儒も、周囲に対して特に説明やら弁明やらをしなかったことも、この流れに拍車をかけていた。

最大の後ろ盾と目されていた李儒が左遷されたことを受け、長安にいる者たちの間には『これから長安に於いて弘農派の一掃とそれに伴う楊彪派による官職の独占が行われる』という噂がまことしやかに流れることとなる。

もちろんその噂を流したのは自分たちの派閥で官職の独占を狙う楊彪……ではなく、これから一掃されると予想されている弘農派の筆頭のような扱いを受けている男、荀攸であった。

彼からすれば「今更この程度の情報が回ったとて騒ぎたてるような阿呆はいないだろうが、まぁ一応な」という、謀略でもなんでもなく、ただ『あの男が動いたのになにもしないのは勿体ない』という理由で噂を流してみたのだが、その効果は絶大であった。

周囲から権力争いの勝者と見做された楊彪の下には、日々大量の付け届けと弘農派と目される者たちに対する讒言の数々が贈られてくるようになった。

それに付随してか、荀攸らの仕事を妨害してくる連中が増加の一途を辿ることになった。

「ここまで阿呆な真似をしてくるとは……」

完全に想像の埒外であった。

確かにこれまでも忘却を装ったサボタージュはあった。しかしそれはあくまでさりげないものであり、言い訳も用意されていた。しかしここ最近は違う。

相当の阿呆でもなければ理解できる程にあからさまに邪魔をしてくるようになったのだ。

それも荀攸の部下相手にするのではなく、荀攸本人を相手にしてやってくるのである。

破落戸と名高い李傕と郭汜でさえそんなことはしない。というかできない。

それこそ司馬懿や徐庶、なんなら劉弁でさえも彼を怒らせるような真似はしない。

なぜならこの荀攸という男は――李儒の黒さに隠れがちだが――謀略を得意とする超一流の策士なのだから。

そもそも荀攸は漢に名だたる名門、荀家の人間、それも中枢にかなり近い位置にいる人間である。

荀子はその思想から儒家の中にも敵が多かった。

さらに皇帝からも好かれていなかったため、自分たちの身は自分たちで守らなければならなかった。

数百年の間、権力の闇と向き合ってきた荀家が蓄えてきた力と知識は並ではない。

普段はそれを使うことはないが、それはあくまで使わないだけの話。

彼はその気になればいつでも、地獄の蓋を開けることができるのだ。

そんな人間を徒に怒らせる人間など存在しない(正確には一人だけいるが、その外道とてサボりや讒言で彼を怒らせるようなことはしなかった)。

「これが、舐められるということか」

名家の生まれであり、幼少のころからその聡明さを讃えられてきた荀攸にとって、ここまでコケにされたのは生まれて初めてのことだった。

それも、相手は同格や格上の相手ではない。

明らかに能力も家の格も格下の連中からコケにされたのだ。

これで怒らないほど、荀攸という男は達観していない。

頭に血が昇るということを、言葉ではなく心で理解した。

袁紹や袁術のように必要以上に面子を重んずる連中を見下していたこともあったが、これからは考えを改める必要があるとさえ感じたほどであった。

「自分が舐められるのは、まだいい。己の能力不足と自省しよう。しかし自分を産み育ててきた荀家と、自分を重用している皇帝陛下を舐めるのはいただけぬ」

嫌がらせにも限度と作法というものがある。

彼らは一線を越えてしまったのだ。

もしかしたら、連中とて荀攸を舐めてはいても、荀家や皇帝を舐めているつもりはないかもしれない。

しかし、もはやそんな言い訳は通用しない。

そもそも『荀攸の仕事の邪魔をする』という行為は『皇帝の政の邪魔をする』という行為である。

今の長安に於いて荀攸が行っている仕事の重要さを理解できない人間にどのような価値があろう。

もしそれを理解した上で邪魔をしているなら、それは立派な反逆である。尚更生きる価値などない。

「……絶対に許さんぞ虫けらども」

荀攸はキれていた。今までにないほどキれていた。

初めての経験だからこそ、制御ができない程にキれていた。

もしもこの場に李儒がいれば「今回に関しては自業自得では?」とツッコミを入れたうえで処分する対象や量刑を決めるよう提案していただろうが、幸か不幸かこの場に荀攸を諫めることができる者はいなかった。

しかして荀攸は策士である。

”怒りに任せて報復”などという品のない真似はしない。

「じわじわとなぶり殺しにしてくれる……」

あくまで静かに。

あくまで法に則って。

さりとて絶対に逃がさない。

現行犯ならそのまま連行。

隠れてやっているなら証拠をつかんで連行。

証拠を見せないならこちらで証拠を造って連行。

連行されるのを恐れて逃げるなら捕まえて連行。

開き直って逃げないならそのまま連行。

もちろん連行された者たちが帰ってくることはない。

こうして静かにキれた荀攸の手によって楊彪派に所属している役人たちが相当数処分されることとなった。

一応楊彪も派閥の領袖として苦情を申し入れたのだが、その抗議も形だけのものでしかなかったため、大した効果は上げられなかった。

結果として荀攸は、これまで数を減らすことができなかった楊彪派の、ひいては袁家と所縁のある文官たちを処分することに成功したのであった。

そうこうして、全てが終わったあとですっきりとした荀攸の脳裏に一つの可能性が浮かび上がった。

「……もしや彼は最初から私がここまでやることを見越していたのではないか?」

自分が噂を利用すること。

周囲の文官たちがそれを大げさに受け取ること。

それにキれた自分が大掃除に乗り出すこと。

結果としてこれまで手が出せなかった楊彪一派の数を削ること。

どれも憶測にすぎない。しかし感情に任せて行動を取ったことを自覚していた荀攸にとって、この憶測は否定できるものではなかった。

後日、荀攸は『不逞を働いていた』という大義名分で以て楊彪派の文官たちを処分することに成功したことを喜んだ皇帝劉弁より賞賛の言葉と褒美を与えられることになるのだが、それを当人が喜んだかどうかは本人のみぞ知るところである。