軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ミラベルの策略

学園に入学した年。暑い夏が終わり、涼しくなった秋頃。

ラッセル王国の王都アルクの中心に立つ高い塔の側にある噴水広場には、フードを目深に被り項垂れている青年がいた。

この時期になると各領地で収穫祭が行われ、それを目的とした他国からの旅行者や商人が一時的に増える。王都にも多くの人が集まり賑わいを見せ、皆どこか浮かれた感じで過ごしているというのに、青年だけは違った。

『あの、大丈夫ですか?』

休日の朝からお気に入りのパン屋に駆け込んだ少女は、噴水の縁に座ってピクリとも動かない青年が気に掛かり、パンが入った紙袋を抱えながらその青年の隣に座って話し掛けた。

『もしかして体調が悪いのですか?それとも何かお困りなことでもありますか?』

『……』

『あっ、お腹が空いているのならパンがあります。このパン、とても美味しいんですよ』

『……』

反応せず黙ったまま項垂れている青年の隣では、少女がひたすら話し続けている。その異様な光景は街を歩く者達の視線を集め、それに耐えきれなくなったのか青年が顔を上げた。

『良かった。顔色は悪くなさそう』

睨みつけ追い払おうとした青年は、自分を見て微笑む少女に目を奪われる。

『凄く、悲しそうだわ』

『……っ』

自身の頬へ伸ばされた白く細い指先を咄嗟に振り払った青年は、驚いた顔をする少女から顔を隠すようにフードを下げた。

ずっと眠りが浅く、当然ながら長い旅路の疲れは抜けず、フードの下の顔は酷いことになっている筈だ。それなのに少女は疲れているとは言わず、悲しそうだと口にした。

『俺が……悲しそう?』

そう呟いた青年に何も言わず、少女は膝の上でギュッと握り締められている青年の手にそっと自身の手を重ねた。

日が沈むまでずっと、隣に座りただ黙って寄り添ってくれた少女のおかげで、スレイラン国第三王子ディック・アールクヴィストは、久しぶりに息が吸えたような気がした。

これが攻略キャラであるディックとヒロインの初めての出会いとなる。

正確な日時は分からないけれど、制服の衣替えがあった週の休日の朝、噴水広場での出来事だった。だから毎週休日はパン屋に通い、噴水が見える路地に待機しているのに……。

「全然現れないんだけど」

休日と噴水広場は絶対に間違いなく、パン屋が開く時間から日が沈む夕方まで路地に隠れ見張っているのに、ディックらしき男は一向に姿を現さない。

「嘘よね……?まさか、またなの?」

ゲームのストーリー通りなら、実弟を亡くしたディックは王都に現れ、本格的な冬を前にスレイランに戻る。それなのにディックに会えないまま、季節は秋ではなく冬になろうとしている。

「あの女がまた何かしたのかも……」

王都に居なくても邪魔をするセレスティーア・ロティシュ。

絶対にまた何らかの形で関与してストーリーを歪めたのだろう。

もう何度目だとパンが入った紙袋を力任せに腕で抱き潰し、唇を噛み締める。

ディックの実弟であるスレイラン国第四王子シルヴィオの亡骸は、この国とスレイランの国境付近で見つかったと、ゲームの中でディックが語っていた。国境ということは、あの邪魔なセレスティーアが滞在している辺境の地であって、そこには攻略キャラであるこの国の第二王子レナートまでいる。

「レナートだけじゃ足りなくて、ディックまで……?はっ、ふざけないでよ」

ディックの実弟の亡骸が国境付近で発見されたとき、胸元にはこの国で使用されている短剣が刺さっていた。政治的なことが絡み調査は行われず、ディックは実弟の亡骸を抱き締めながら真相を暴こうと決意して単独で国を出る。けれど一人で何か分かるわけもなく、疲弊したディックは王都でヒロインと出会うのだ。心も身体も疲れ果てていたディックと休日に会い、彼に寄り添い好感度を上げれば勝手に溺愛ルートに入る。

「待って、実は隠しキャラとかで、何かしないと会えないとか?」

ヒロインはディックの実弟を殺した国の民だというのに、その優しさや温かさに触れ魅かれ始めてしまう。実弟を想いヒロインから離れようと決めたディックは、自身がずっと身に着けていたネックレスを噴水に残し、別れも告げずに姿を消してしまった。

自国に戻ったディックは異母兄弟によって実弟が亡くなったことを知って激怒し、異母兄弟達を排除し王太子の座を勝ち取る。

「たった数ヵ月だけで攻略出来る、お手軽で良い物件だったのにっ……!」

自身の地位を確立したディックは、学園を卒業したヒロインの前に現れ求婚する。

噴水に置き去りにされたネックレスを身に着けていたヒロインが、真っ赤な顔で先ずは恋人からだと慌てているのを眺めていたディックが破顔するスチルは好評で、その切り抜きは商品化されて爆売れしたほど。

「はぁ……」

ディックが好きだと言っていたクリームパンは紙袋の中で潰れていて、溜め息を吐きながら取り出したクリームパンを頬張った。三ヵ月間毎週二人分のパンを食べている所為か、頬がふっくらしてきた気がするけれど、私はヒロインだから問題ない。

「セレスティーアなんてただの脇役なのに、開発者が力を入れるからおかしなことになるのよ」

無駄に美麗なキャラクターデザインもそうだし、全ルートにセレスティーア専用エンディングスチルまで用意されていた。そのセレスティーア専用破滅エンドは、ヒロインが誰を攻略するかによって内容は全く異なり、どれも悲惨な結末となっている。

だけど悲惨とはいえ残虐なものはなく、ただ家から出され修道院に入るだけ。命があって寝食に困らないのだから、悪役令嬢という役目を全うするべきだと思う。

「あと一月くらいは様子をみるとして……」

このままただ黙ってやられていたら私の望む幸せなエンドにならない。

手に付いたクリームを舐め、路地から出て学園へと戻りながら脳内でこれからの予定を軌道修正していく。

今のところ邪魔されずに攻略出来そうなのは、この国の第一王子ルドウィークと義兄となる予定のフロイドの二人。

それと、学園で働くマナー講師の男性教諭。この人は王妃様とは親類という設定で、攻略キャラではないけれど特別にスチルが用意されているというサブヒーロー的な扱いだった。

他にもサブ枠にはルドウィークの側近達が入っていて、フロイドを使って好感度を上げ続けた結果、彼等とは一緒にお茶を飲み、他愛のない話をするくらいには仲良くなった。

「フロイドはまだ家族とすれ違っているからどうとでもできるし……」

フロイドの好感度を維持し続け、私ではなくセレスティーアに過度な執着を持つよう誘導するのは凄く大変だけど、これはあの女への嫌がらせなので苦ではない。

だから攻略に集中するべきは、ルドウィークだけ。

側近達を取り込み、自然に顔を合わせる機会は増えたのに、彼は私を見ないし話すらしない。

王太子の側近で、幼馴染でもあるディランとジェイクがいいアシストをするから、私を認識してはいると思うけど、ただそれだけ。

笑顔もなく、初恋である私を見ても顔を赤くすることもない。愛想笑いすら見たことがないという塩対応。それがデレに変わるところが面白いので許してあげるけれど、あとで絶対に謝罪させると心に決めている。

「取り敢えず、卒業までにルドウィークを攻略すれば私の勝ちよね?」

だって、彼は次期国王だから。

レナートやディックを取られたとしても、ルドウィーク一人いればそれでいい。

「面倒だから嫌だったけど、王太子妃も悪くないわよね」

学園の門を潜りゆっくりと寮へ歩いていると、校舎から出てくる見知った三人を見つけ、サッと身だしなみを整えてから「皆……!」と声を上げ駆け寄った。

「ジェイク、ディラン……!フロイドも一緒だったのね!」

「あれ、ミラベルだ?」

「どこかに出かけていたのか?」

休日も忙しいらしく、疲れた顔をしているディランとジェイクに「大丈夫?」と声を掛ければ、二人は私の頭を軽く叩いて笑みを浮かべながら頷く。

「この時間に外に?しかも一人でなんて危ないだろう?」

「パンを買ったあと噴水広場で休憩していたから。もう、フロイドは過保護なんだから」

口煩い義兄だと顔を顰め、ディランとジェイクの腕に掴まり歩き出す。

「そうだ!今週は学園にある庭園でピクニックをしましょう?私が昼食を用意するわ」

「ピクニックかぁ、楽しそうだよね!」

「ディラン。そんな時間があると思うか?」

「忙しいのは分かっているわ。でも皆顔色が悪いから、少しだけでも休憩しないと」

「だって、ジェイク。偶にはいいよね?」

「時間を調整する必要があるな」

ほら、ヒロインである私に落とせない人間なんていない。

「フロイドは?皆一緒の方が絶対に楽しいんだから」

「参加するに決まっているだろう。ジェイク、二日後であれば殿下も時間が取れるかもしれない」

「じゃあ、二日後かな?うわぁ、楽しみだね!」

「そうするか」

「それならもう休憩は終わりかな……」

そう、これが本来あるべきヒロインの姿。

彼等と一緒にいるようになってから、私を空気扱いしていた貴族令嬢達から敵意を向けられることが多くなった。

王都の学園は身分関係なく、皆同じ生徒で仲間だと謳っているけれど、貴族は平民を気に掛けることはなく、関わろうとすらしない。こういった格差があるとよくある虐めや、権力を行使した暴力などといったことはなく、透明人間扱い。平民からすればそれはとても楽なことなのに、何故か不満は沢山出てくる。

貴族の令嬢や令息が凄いのではなく、親が凄いだけだと貴族を悪く言う平民までいるのだから面白い。

私はそれを利用して、下級貴族や平民を味方につけた。

あのロティシュ家が後ろ盾となっている令嬢でありながら、身分など関係なく分け隔てなく接する心優しい少女。

学園の中のヒエラルキートップである王太子やその側近達と親しくする少女が、まるで友達かのように接してくれるのだから、下級貴族や平民は自尊心が高まり、傷つけられた小さなプライドが回復する。

入学してから半年かけ学園内の半数から好感を得た。

「来年も、その先もずっと、皆と一緒にいられたらいいな」

来年、侯爵家の令嬢が学園に入学してくる。

音楽祭で何度か見かけた侯爵令嬢は、綺麗だけどキツイ印象を受ける顔立ちと苛烈そうな性格で、まさにこれぞ悪役といった感じだった。

本物の悪役令嬢の代わりにするには打ってつけで、来年その令嬢を私がルドウィークを攻略する為に利用する。

「やっと始められる」

セレスティーアがストーリーを歪めるのであれば、私は元通りにするだけ。

辺境の地で好きなだけ足掻けばいい。絶対に破滅させてやるんだから。