軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

演習

演習出発日の早朝。

包まっていた綿毛布から顔を出し、まだ暗い窓の外を一瞥したあともそもそとベッドから出た。部屋に備え付けられている洗面台で顔を洗って目を覚ましたあとは、適当に身支度を整え、二日分の演習用の荷物を背負う。

自室を出て静かに寮の中を歩き、昨夜リュックに詰めた装備品を頭の中で描いて再度確認しながら、首元にあるドッグタグに指先で触れる。まだ傷も汚れもなく、長い鎖が肌にあたり違和感しかないが、これから頻繁に演習や遠征に出れば馴染むと聞いた。

――キィッ、キッ……。

歩くと木の板が軋む音がハッキリ聞こえるほど静かな寮内。

「……エリー?それに、リリンやルナ?」

普段はまだ皆寝静まっている時間帯だというのに、寮の玄関の前で寝間着のまま立つ友たちの姿に、階段を下りながら目を瞬いた。

「あ、セレス!おはよう」

「まだ起きる時間ではないだろう?此処で何を……」

「はい、そこで止まって!ちょっとリュックを開けるからね」

「エリー?」

「見なさいよ、これ。絶対にこうなるって思っていたわ。エリー、それ取って」

「リリンまで……っ、おい、何を勝手に詰めて……!?」

足早に近付いてきてサッと私の背後に回ったエリーとリリンは、背負っていたリュックを開け何かを詰め込み始めた。困惑しつつ、私達の様子を見守っているルナへと視線で助けを求めるが、ニッコリ微笑まれ首を横に振られてしまった。

「あの、朝からごめんね。エリーとリリンが、セレスは必要最低限の荷物しか持って行かないって言うから」

二日だけの演習なのだから、荷物は必要最低限で構わないのでは……?

「これは酷いわ。装備しか入っていないわよ」

「替えのシャツやタオルくらいは入っているものだと思っていたのに……ないね」

「野営地に水はあるわよね?」

「そもそも野営は近くに川がある場所でするんでしょう?だから水は絶対にある」

「それなのに……タオルすら持っていかないのね」

「あ、この装備を覆っているのがタオルかも」

「嘘でしょ……」

背後ではリリンとエリーが声を潜めて話しているが、全て筒抜けである。

朝から友たちに叱られながら、生活必需品だと彼女達が用意してくれた物をリュックに詰めて寮を出た。

ずっと蒸し暑い日が続いていたが、今日は空を灰色の雲が覆い、気温も幾分か低く感じる。たった一泊とはいえ風呂に入れないのだから涼しいに越したことはないとニッと笑い、小走りに集合場所である鉄門へと向かう。

「……ん?」

学舎を通り過ぎ並木道を歩いていれば、端のほうに人影が。

この時間帯にこの道を歩いているのは演習に参加する生徒か教員だけだろう。

集合時間までまだ時間はあるが、道の端で立ち止まって何をしているだろうかと疑問に思っていた私は、段々と近付く人影が誰なのかハッキリと分かった瞬間、目を見開き人影へと駆け寄った。

「レナート」

「セレス……!良かった、会えて。今日から演習でしょう?だから、見送りにきたんだ」

早朝という時間帯にエリー達に引き続きレナートまでとは、私はこれから演習ではなく戦場に向かうのだろうか……。

「たった一泊なのに?」

「そうなんだけど、妙な胸騒ぎがして心配になったから」

「胸騒ぎ?」

「あ、セレスを不安にさせるつもりはなくて、ただ、その、心配で……」

もごもごと口を動かし何度も「心配」と口にするレナートの姿に自然と頬が緩む。

「そんなに心配しなくても大丈夫だ。街から数キロ離れたところでの演習だし、各班に教員が一名つく。それに、今回は班行動ではなく全員で動くので孤立することもないだろう」

「でも、それでも心配なんだ」

成長期だからか、ここ数ヵ月でさらに背が伸びたレナートは私よりも背が高い。顔立ちだって愛らしかったものから、美術品のような美しさへと変わってきている。

それなのに、瞳を潤ませ首を傾げた姿は子犬のようで、思わず手が伸びて頭を撫でてしまうのだからこの子は人たらし過ぎる。

「それで、これなんだけど……」

布で包まれた物を差し出され受け取り、布を開いて中から出てきた小さな短剣を鞘から出し目を見張った。剣身の部分は黒く、短剣というよりナイフのように薄くて軽い。砦や軍学校で支給されている短剣とは明らかに違う。

「これは?」

「元帥が新しく作らせている武器の試作品だって聞いた」

「御爺様が……」

お父様が鉱山から希少な金属が採れると言っていたことを思い出し、これがそうなのかと短剣を頭上に掲げ、あらゆる角度から眺める。

薄くて軽いが、強度がない物を御爺様が作らせるわけがないので、試作品だとしても従来の短剣とそう大差のないものなのだろう。

「小さいから腰ではなく、足に付けられるよ。切れ味も良いし、錆びにくいから、何かあったときに使えるかなって……」

「借りてしまっても良いのか?」

「うん。怪我などしないで、無事に帰ってきて」

「……」

「セレス?」

瞳を潤ませ懇願するレナートの姿が、偵察隊として他国へ向かう夫を見送っていた街のご婦人方の姿と重なった。

「……いや、まるで戦地に向かう夫になった気分だと」

だからか、思わずぽろっと口から心の声が漏れてしまった。

「ぇ、お、夫……?セレスが?じゃあ、っ、僕が……!?」

「そうなると、帰ってきたときは抱き締めてもらえるのだろうか」

「……っ、抱き……」

頬を真っ赤に染めたレナートの肩を軽く叩き、「行ってくる」と声を掛け鉄門へと足を進める。背後から聞こえた「気を付けて!」という声に答えるように手を上げ、だからそういうところが……と笑いを噛み殺す。

「試作品か……」

手に持っていた短剣をクルリと一度回したあと、左の太ももに付けている細いベルトに差し込んだ。

※※※

今回は初めての演習ということで、予め班分けはされているが班行動ではなく、皆で固まって行動することになっている。演習をこなし慣れてきたら班行動に移すと説明された。

演習の班は私のバディであるフィンと、シルとセヴェリ。それとどの班にも必ず一名は教員が付くので、全部で五名となる。

「待たせたか?」

鉄門にはもう既に半分以上の生徒が集まっていて、軽く周囲を見回したあと、木陰に居たフィンとシルとセヴェリの元へ駆け寄り声を掛けた。

「大丈夫、私達も今来たばかりだから。点呼を取るのは集合時間の五分前からだって」

「良かった、まだ時間はあるな」

「セレスにしては珍しく遅かったよね。何かあった?」

「遅かった、だろうか?」

「普段だったら僕達よりも先に来ているから、その、セヴェリーノが」

「セヴェリが?」

「セヴェリが、セレスはまだ寝ているって言っていたんだよ」

誰が寝坊などするか……とセヴェリを睨めば、しれっとした顔でセヴェリが「心配しただけです」と口にする。

「寮でエリー達に荷物を増やされ、此処に来る途中にレナートに会った」

「荷物は、まぁ、セレスだから心配にはなるよね」

シルの言葉に首を縦に振るフィンとセヴェリを見て、私はいったいどう思われているのかと少し心配になってきた。

「で、あの王子様は、こんな朝早くにセレスを待ち伏せしていたと」

「シルヴィオ、言い方が……。見送りに来てくださったんだよ」

「いつ通るか分からない人を待つのだから、かなり早い時間に待機していた筈だよね?うわぁ、健気だよね、あの王子様は」

「セヴェリとは違って、心から私を心配してくれたらしい」

「私も心から寝坊の心配をしっ……んぐっ」

「セヴェリーノは少し黙っていたほうがいいと思うんだ」

「んっ、んんっ……!」

「いつも一言余計なんだから」

暴れるセヴェリを片手で拘束しながら空いている方の手で口を覆うフィン。そんな二人の姿を見て指をさして笑うシル。周囲の者達はどこか緊張した面持ちで待機しているというのに、彼等には緊張感など全くないらしい。

「楽しそうだね」

「……っ、ドアン教員」

騒ぐ三人を眺めていたら、ひょこっと横からドアン教員が現れた。

「おはよう。今日からよろしく」

三人にも聞こえるように声を掛けたドアン教員は、私達の演習班の担当教員である。

彼は昨年腕に怪我を負い、完治はしたが軍には戻らずそのまま退役したあと軍学校の教員となったらしい。

まだ若く、物腰が柔らかい好青年。歳が近いのもあって、生徒達からの評判は良く、兄のようだと彼を慕う者が多いらしい。

顔合わせの翌日、ドアン教員の情報をどこからか仕入れてきたシルが教えてくれた。

「君達とは顔合わせの日以来だね。改めて、君達の演習班を補佐するドアンです。地方出身の僕が、まさかこんなに凄い生徒達を受け持つとは思っていなくて。まだ教員として日は浅いですが、一緒に頑張っていきましょう」

どこか恐縮しながらも朗らかに笑うドアン教員。その笑顔だけでも、彼が生徒から慕われている理由が分かる。

「点呼を取ったあと街を出て、数十キロ先にある野営地までは徒歩での移動となっている。荷物は各自用意した物と、更に追加で一人ひとつ、あそこにある荷物を背負ってもらう」

あそことドアン教員が指差した場所には、横長の鞄がいくつも置かれている。

「重そうだよね……あれ」

「重いよ」

シルが嫌そうに呟いた言葉にドアン教員が真剣な顔で答えたあと、「だけど」とニッと口角を上げた。

「あれの中身は物資だから、一番疲れている帰りにはあの鞄の中身はなくなっている。そう考えたら、あれくらい余裕な気がしてこないかな?」

「確かに?」

あのシルを手のひらで転がせるような人なら安心だと、セヴェリと目を合わせ互いに頷く。

「フィン……っ、あ、え?」

いつもシルに揶揄われているフィンも一安心だろうと振り返ると、何故かフィンの隣に、ツェリ教員が立って居た。

「おはよう。昨夜はよく眠れただろうか?」

「あ、はい」

「そうか、良かった。今日から二日間よろしく頼むよ」

先程のドアン教員と同じような挨拶をするツェリ教員に違和感を覚えつつ、どういうことかとフィンを見るが、彼も私と同じく動揺しているのか視線を彷徨わせている。

演習に参加するとは聞いていたが、これではまるで、私達と行動を共にするかのようではないか……。

ドアン教員もそう思ったのか、明らかに困惑した様子で「ツェリ教員?」と口を開いた。

「あぁ、ドアン教員だったね。君と同じく、私もこの班の担当となったから、よろしく頼むよ」

「……その、俺は何も聞いていないのですが」

「昨夜、急遽決まったことらしい。ほら、この子達はこのクラスの中でも身分が高いだろう?もし何かあれば、砦から恐ろしい男が乗り込んでくるだろうと、だから私もこの班に付くように言われたんだ」

冗談めかしてそう口にしたツェリ教員にドアン教員は一瞬眉を顰めたあと、「確認してきます」と教員達が集まっているところへ駆けて行った。

「というわけで、君達の班には私も付くことになった」

「他の班には?」

「この班だけ、教員が二名となる。だが、私は他の班の補佐もするから気にしないように」

ツェリ教員は身分がどうと口にしていたが、実力主義のこの学校でそんな配慮がされるとは思えない。恐らく他に何か理由があるのだろうが、教えてはくれないだろう。

――ピーーーーッ!

点呼の笛が吹かれ、耳が痛くなるほど甲高い音が響く。

「さて、君達には少しばかり厳しい演習になるだろうな……」

笛の音に消され、そう呟いたツェリ教員の言葉は、私達の耳には届かなった。