軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ミラベルはほくそ笑む

試練や妨害がなくても、後ろ盾がなくても、私がすることは変わらない。

私にはまだ手駒があるのだから。

長い廊下を抜けて突き当たったところには建物の最上階へと続く階段があり、その階段へ足を掛ける。ゆっくりと階段を上がりながら鼻歌を口ずさむが、この時間帯にこの階段を使う人はごく少数なので羞恥心などない。

寧ろ、鈴の音のような声で歌う私はとても可愛らしいので是非聞いてほしい。

――カタッ……トン、トン。

一階と二階の間には大きなガラス窓があり、そこからは夕焼けに包まれた王都という綺麗な景色が見える。そこで足を止め、上から聞こえてくる足音に耳を澄ませながら窓の外へと顔を向けた。

「……ミラベル?」

私の直ぐ後ろで足音は止まり、それと同時に名前を呼ばれ振り返る。

夕焼けに染まったヒロインに見惚れ言葉を失う放課後イベント。

「フロイド様?」

このイベントは、セレスティーアの婚約者であるフロイドのもの。

「君が、どうして此処に?」

「あのね、此処から見える景色が好きで、よく眺めているの」

窓を背に「ほら!」と無邪気に両手を広げて見せれば、肩から力を抜いたフロイドが微笑んだ。

「もう寮へ帰る時間だよ」

「そうよね……でも、私は寮へ帰っても一人ぼっちだから」

「学園内で学友といるところをよく見かけるが……?」

「あ、お友達はいるの!でも、皆、その、平民なの。私のお部屋がある階は貴族専用の階だから……」

「貴族に親しい者がいないのかい?」

「……」

「親同士の繋がりや、社交の場には子供部屋だってあっただろう?」

「男爵家だったときは親しい人もいたの。でも、伯爵家の養女になって……嫌われてしまったみたい」

「……それなら、ロティシュ家と親交のある家柄の令嬢と親しくすれば良いよ」

「あのね、そちらからも嫌われているみたいなの。お茶会に誘われることもないし、挨拶してもまるで存在していない人のように無視されるから……」

「無視を?」

眉を顰めるフロイドを上目遣いに見つめコクンと弱弱しく頷く。

好感度を上げないように適切な距離が必要ではあるけれど、この男は絶対に手放せない優秀な駒。

「今迄ずっと……」

音楽祭以降、こうして顔を合わせて話すのは初めてなのに好感度はまったく下がっていないらしい。私の頭をそっと撫でながら呟くフロイドに微笑みながら小さく顔を横に振る。

「言ってくれれば良かったのに」

「フロイド様はお忙しいから無理は言えないし、心配をかけるわけにはいかないと思って黙っていたの。ごめんなさい」

「ミラベルが謝ることではないよ」

そう、私ではなくフロイドが謝るべきなのだと眉を下げながら心の中で悪態を吐く。

学年が違うから顔を合わせる機会が少ないことは分かっていたけれど、朝から夕方まで王太子や側近達と行動を共にしている所為で少ないどころかゼロだった。

偶に擦れ違ったときや遠目に見かけたときに手を振って気付いてもらうことが精一杯で、それでも側に居た生徒達は勝手に妄想してはしゃいでいたからいいけど。

「ずっと忙しくて気に掛けてあげられなかった。ごめん」

「仕方がないわ。今も、側近のお仕事中なのでしょう?」

チラッと視線を階段上へと向けると、フロイドは苦笑しながら頷いた。

「この時間にこの階段を使えるのは、王太子殿下と護衛、それと側近だけ。だから、ミラベルは早く此処から離れたほうが良い」

「そうなの……?どうしよう、怒られる?」

ふるっと肩を震わせ怯えて見せれば、幼子を見るかのような目を向けるフロイドが私の頭を優しく叩いた。

「怒られる前に離れよう。出口までなら送って」

「あのね……!」

背を向けたフロイドを呼び止めるように声を上げ、彼の腕の裾をそっと掴んだ。

「此処に居たら、王太子殿下のお姿を少しだけでも見られるかもしれないって、そう思って来たの」

「殿下の……?」

「うん。音楽祭のときに私が迷子になっていたときに、理由も訊かずに私を叱る義姉様から王太子殿下が庇ってくださったの。怖くて泣きそうだった私に優しく声を掛けて慰めてくれたし、広間まで自身の護衛を付けて送ってくれたわ」

「お優しい方だから」

フロイドの言葉に同意するように顔を縦に何度も振ったあと、頬を両手で覆い恥ずかしげに俯く。

「だから、そのね、王太子殿下は……私の初恋なの」

「……それは」

言葉を詰まらせるフロイドに向かってガバッと顔を上げて、「でも……」と続ける。

「想うだけなら、迷惑にはならないよね?」

「殿下を想う令嬢は多いから……」

「そうよね、素敵な方だもの」

目に涙を浮かべながらフロイドから顔を背けたあと何度か瞬きをすれば、零れ出た涙が頬を伝っていく。

そこそこ好感度があり妹以上の気持ちを私に持つフロイドなら、こうして涙を流す私を放っておけずに手を貸してくれる筈だと、そう思っていた。

だって、この時期のフロイドは家族との仲が壊れていて、自身の側に居るヒロインに執着を見せ始めるから。

「本当は一目だけでも王太子殿下のお顔を見られたらって……無理、だよね?」

執務室には行けなくても、ルドウィークが寮へ戻る時間くらいなら教えてくれるよね?と裾をギュッと握り首を傾げた。

あとはどうやって自然とルドウィークに近付けるか……そんなことを考えていた私に、思いがけない言葉が返ってきた。

「無理だよ」

「……ぇ?」

「王太子殿下がお忙しいのもそうだけれど、授業以外の場であの方と会える者は限られているから」

「違うの、会えなくてもいいの。ただ、お姿を……」

「此処で待っていることを見逃すことも、殿下のスケジュールを教えることもできない。あの方の危険を排除するのも私の役目だから。ごめんね、ミラベル」

まさかこうもきっぱりと断られるとは思っていなかった。

だって、私の言うことを鵜呑みにして、お人形のように言う通りに動いてきたのに。

「私が殿下に何かするとでも……?」

「私はそうは思わないが、他は違う。それと、これは規則だから」

逆に腕を掴まれ一階へと引っ張られていきながら、抑えていた苛立ちが沸き上がる。

他は違う?規則?何よ、それ。私はヒロインで、ルドウィークはメインヒーローなのに?

「……伯爵家では義姉様に誤解されて冷たくされ、学園では貴族の輪に入れてもらえない。ひとりぼっちで寂しいけど、王太子殿下やフロイド様が居るからって……頑張ってきたの」

「ミラベル」

「私は義姉様とフロイド様の仲を取り持つために幼い頃から頑張ってきたのに、フロイド様はたった一目だけという私の願いすら駄目だと言うのね……」

小さく「分かったわ」と呟き、呼び止めるフロイドを無視して一人で階段を下りて行く。

家族からの愛情に飢え、ずっと側に居てくれる私が離れることに怯える男。

このままだと貴方の側には誰も居なくなってしまうわよ?早く私に縋り付きなさいよ。

「待って、ミラベル!」

隣に並んだフロイドに口角が上がるが、怒っているのだとアピールするために頬を膨らませてフロイドを見上げた。

「君には沢山感謝している。セレスティーアの前に出ると委縮してしまう私を励まし、力になってくれたのだから」

「フロイド様……」

「なるべく君の助けになりたいし、願いだって叶えてあげたい」

微笑むフロイドに頷き、「それなら!」と口を開くが……。

「だから、他のことならどんなことでも頑張るよ」

「……は?」

「来年は侯爵家のご令嬢が入学してくるから、私からミラベルを紹介するよ」

「他……?紹介……?」

「寮で一人だと言っていたから、侯爵令嬢と親しくしておけば無視されることはなくなる」

「それは嬉しいけれど、違うの、そうじゃなくて……!」

私はルドウィークと親しくなりたいのであって、他はどうでもいい。

善意なのか、それともただとぼけているだけなのか、笑顔で意味の分からないことを言うフロイドに頬が引き攣る。

「セレスティーアが何か誤解をしていると言うのなら、互いに思っていることを口にすれば解決できると思う」

憂いを含んだ瞳、言動に暗い部分が見え隠れし、家族からの愛情不足で独占欲が強いのがフロイド・アームルの特徴であり、ファンから愛されている部分であった。

それなのに、コレは誰?

「先日、殿下に付き添って城へ行ったときに叔父上に私もそう助言されたんだ。だから、夏に帰省したときにでも両親や兄上と話をしてみようと思っている」

掴んでいた裾を離し指先を丸めたあと、明るく太陽のように笑うフロイドの顔へ向かって指先を伸ばした。

「フロイド様」

駄目よ、貴方はあのフロイドなのだから。

ずっと、ずーっと、家族とは不仲でひとりぼっちでなければならない。

「話し合って、それでフロイド様の望むような関係になれなかったらどうするの?」

「それは……」

「ずっとフロイド様の心を傷つけてきた人達よ?寂しさや悲しみ、虚しさなど、気付いてくれなかったのに」

「でも、叔父上が」

「離れて暮らしている人に何が分かるの?その人よりも、幼い頃から側にいた私のほうがフロイド様のことをよく知っているわ」

「だが……」

「遠くから帰ってきた義姉様と話をしようとして、私が冷たくあしらわれたのを見ていたでしょう?」

「それには理由があったから」

「養女として家に入ってきたことも、自身の婚約者と仲が良いことも、私の何もかもが気に入らなかったのだとしたら?」

「……」

「話をしても無駄だわ」

「……」

「それにね、人ってそんなに簡単には変わらないの」

ゆっくりと、優しく、毒を含んだ言葉を紡ぐ。

「お兄様のカイン様は、今年宰相補佐官になったのよね?だったら、叔父様は本当にフロイド様のことを想って助言したのかしら?」

「……」

これ以上シナリオを変えさせるわけにはいかない。

段々と瞳から光を失っていくフロイドを見つめながら、幼かった頃にしていたように彼の頬を優しく撫でた。

「私は、いつだってフロイド様の味方だったわ」

「……ミラベル」

「私が側にいるから」

まだ、貴方は私の大切な手駒だから。

彼らしくなかった明るい笑みは暗くどこか影のあるものに戻り、これこそがあのフロイドだと微笑む。

「早く夏にならないかなぁ」

「……夏?」

首を傾げるフロイドから離れ、ふふっと声を漏らして笑う。

「うん。私にとって、とーっても重要な出来事が起こるから」

今年の夏、スレイラン国の第三王子ディック・アールクヴィストの弟が亡くなり攻略が始まる。その重要人物である弟の姿はディックの回想シーンで名前だけが出ていた。

「確か、シルヴィオ……だったかな?」

ヒロインである私の幸せの為だけに存在しているモブ。

「貴方だけは、ちゃーんと役目を全うしてね」